ぬすんだりばかりして ! 肉入りパイを半分も、よくも ! 」 な 「わたししゃありませんてば。」べッキーは泣き声でいいました。「たべるなら、みんなたべ てしまいますーーーでも、さわりもしなかったんです。」 かいだん ミンチン先生は、怒ったり階段をのばったりで、ハアハア息をきらしました。その肉入りパ やしよく イは、先生の、とくべつのお夜食に、とってあったものでした。どうやら先生は、べッキーの ほっぺたをなぐっているようでした。 「うそをつくのはおよし、」先生はいいました。「さっさと自分のへやヘおかえり。」 セーラと、アーメンガードの耳に、ビシャリッという音が聞こえました。それから、べッキ ーが、かかとのつぶれた靴をひきずって、階段をかけのばって、自分のへやヘはいるのが聞こ しんだい えました。戸のしまる音がしたかと思うと、べッキーは、寝台の上に、どさりとたおれたよう でした。 「たべようと思えば、二つだってたべられたんだわ。」と、まくらに顔をおしつけて泣きな がらいうのが聞こえました。「でも、わたしは、ひとくちだって、たべはしなかった。あれは、 りよ、フりばん 料理番が、お気にいりのおまわりさんに、やったんだのに。」 セーラは暗いへやのまんなかに立っていました。そして、歯をくいしばって、ひろげた両手 を、はげしくひらいたり、にぎりしめたりしました。もう、しっと立ってなどいられないくら お くっ
そういってから、カーマイクル氏は、ミンチン先生に腰をおろすようにすすめて、しゅうぶ しようらい んに事情をせつめいしてやりました。セーラの将来は、安心なものになったこと、そして、な ざいさん くなったと思われていた財産は、十倍にもなって、セーラにもどってくるのだということ、そ かた ういうことを、はっきりさせるために、話しておかなくてはならないことを、こまごまと語っ ほごしゃ てきかせたのです。また、キャリスフォード氏は、セーラのお友だちでもあれば、保護者でも あるのだ、ということも話しました。 ミンチン先生は、かしこいひとではありませんでした。それで、自分がよくばりだったばっ たいせつなものをなくしてしまったと、考えずにはいられなくなると、なんとかして、 それをとりかえしたいと思って、やっきとなったのは、ほんとうにおろかなことでした。 「みつかったときは、わたしがせわをしていたのですからね。」と、先生。 「その子のことは、なにもかも、わたしがめんどうをみてきたのです。わたしがいなかったら、 町で、うえ死にでもするところだったでしようよ。」 しんし これを聞くと、インドの紳士は、かんしやく玉をはれっさしてしまいました。そして、 「町でうえ死にをするというなら、そりゃあ、あなたのところの屋根うらでうえ死にするよ 、しました。 り、よっぱど気もちよく死ねたでしような。」と、 たいい 「この子のことは、クルー大尉からまかせられたのですからね。」先生は、りくつをならべ じじよう し よ、、たてました。
じよちゅうがしら ソト」などと言うのは、ほんとにうつくしく聞こえました。マリエットは、女中頭に、お きふじん しようさまは、まるで貴婦人にお礼をいうように、わたしにお礼をおっしやる、といいました。 おうじよ 「あのおしようさまは、まるで王女さまのようですわ。」マリエットは、そうもいいました。 この新しいご主人がすっかり気にいって、ここにやとわれたことが、たいへんうれしかったの せき セーラが教室にはいって、しろしろみんなに見られながら、しばらく自分の席にすわってし つくえ ると、ミンチン先生が、もったいぶったようすで机をとんとたたきました。 しようかい 「みなさん、きようは、みなさんに、新しいお友だちをご紹介したいと思います。」子ども なか たちは、みんな席から立ちあがりました。セーラも立ちました。「どうかクルーさんと仲よし になってください。このかたは、ずっと遠いところからーー・そうです、インドからいらしたば じゅぎよう かりなのです。授業がすんだら、すぐおちかづきになりなさい。」 ぎしき せいと 生徒たちは儀式ばったおしぎをしました。セーラも、子どもらしいおしぎをしました。それ からみんな席について、またおたがいに顔を見あわせました。 たいど 「セーラ、」ミンチン先生は、こんどは、先生らしい態度でいいました。「ここへおいでなさ 先生は、机の上から本をとりあげて、ばらばらとページをめくっていました。セーラは、し
しました。そしてすばらしい夢が、自分のそばから消えていくような感しがしました。 こうざん いちもん 「ダイヤモンド鉱山などをもっていると、金もちになるよりは、一文なしになるほうが多い ものです。」バロー氏はいいました。「いったい、・ タイヤモンドの鉱山だろうと、金の鉱山だろ うと、またなんの鉱山だろうと、自分が事業家でないとわかったならば、親友からお金をだし てほしいといわれても、そのいうなりになって、金をつぎこまないほうがいいのですよ。亡く なったクルー大尉はーーー」 そこまできくと、ミンチン先生は款がとまるほどおどろいて、相手をさえぎりました。 「亡くなったクルー大尉 ! 」先生はさけび声になって、「亡くなった ! まさかあなたはク ー大尉が 「亡くなりましたよ、ミンチンさん。」とバロー氏はそっけなくいいました。「マラリヤ熱と、 ′、ろ : っ 仕事の苦労がかさなって死んだのです。マラリヤ熱だけで、仕事の苦労においつめられなかっ たら、死ななかったかもしれませんし、また仕事の苦労だけで、マラリヤ熱にかからなかった ら、死ぬようなことにはならなかったかもしれません。とにかくクルー大尉は死にました。 ミンチン先生は、また、がつくりといすにおちこんでしまいました。いま聞いたことばに、 びつくりしたのです。 「お仕事の苦労とおっしゃいますのは ? どんなことだったのでしようか ? 」先生は聞きま たいい ゅめ ねっ 120
てきました。そのなぐさめや、しあわせを、セーラよ、、 。しつもたのしみに待っていることがで かいだん きるのです。雨にぬれ、疲れはてて、おなかをすかせて、おっかいから帰ってきても、階段を のばりさえすれば、しき、あたたかくなって、おいしいごはんをたべられるということを知っ ています。一日しゅう、つらい思いをしてはたらいているときも、屋根うらの戸をあければ、 なにがあるだろうとか、どんなたのしいしたくができているだろうとか考えて、心のなかは、 しあわせにしていられました。ちょっとのあいだに、セーラは、やせたのが、めだたなくなっ けっしよく て、血色もよくなり、目も、顔につりあわないほど、大きく見えるということが、なくなりま じようぶ 「セーラ・クルーは、めつきり丈夫そうになってきたしゃないか。」ミンチン先生は、おも しろくないような顔をして、妹にそういいました。 「そうですわ。」と、おひとよしのアメリア先生は答えました。「あの子、ほんとにふとって いちじ きましたわ。一時は、うえ死にしそうに見えてましたのに。」 「うえ死にだって ! 」ミンチン先生は、怒ってさけびました。「うえ死にしそうに見えるわ けが、どこにある。いつだって、おなかいつばいたべさせてあるのに ! 」 「そーーーそりやそうですわ。」アメリア先生は、おとなしくさんせいしました。そして、ま た、つまらないことをいってしまったと思って、びくびくしていました。
、 0 、 0 、 . 十、 たら とんなにさびしくなることか、おまえには、わかるまいなあ。」 つぎの日、クルー氏は、むすめをミンチン先生のところへ、あずけにつれていきました。 べんごし そのつぎの朝の船で、たっことになっていたのです。ミンチン先生には、自分の弁護士のバロ じむしょ ・エンド・スキップウオス事務所が、ロンドンでの自分の仕事をひきうけているから、どん そうだん ひょう せいきゅうしょ なことでも先生の相談にのってくれること、セーラにかかった費用は、先生が請求書をそこへ はら 送れば、すぐ払ってくれることなどを話しました。それから、自分はセーラに、週に二回、手 紙をかくつもりだということ、また、セーラののぞみは、なんでもかなえてやってもらいたい、 ということなども話しました。 「あれは、かしこい子どもですから、自分がもらってもさしつかえない、と思うもののほか は、ほしがるようなことはありません。」と、クルー氏はいいました。 それから、ふたりは、セーラの小さい居間へいき、そこでおわかれをしました。セーラは、 うちかえ おとうさんのひざの上にすわって、小さな手でおとうさんの上着の打返しをつかみ、ながいこ と、しいっとおとうさんの顔をみつめました。 「パ ( の顔を、そらでおばえようとしているのかい、セーラ ? 」おとうさんは、むすめの礬 をなでながら、そういいました。 「いいえ、」と、セーラは答えました。「もう、ちゃんと、そらでおばえているわ 0 0 、 0 、キ、
わら いいました。そして、セーラの手をとって、かるくたたきました。「ただむず に笑、なから かしいのは、この子が、あまり早く、あまりたくさん、勉強をしたりすることがないようにし てやることなんです。この子は、しよっちゅうすわりこんで、本のなかへ鼻をつつこんでいる のですよ。読むというのではないんです、ミンチン先生、まるでオオカミの子みたいに、本を まるごとたべてしまうのですよ。そして、もっとたべる本はないかと、いつも、ガッガッして えいご いるのです。おとなの本が、大きな厚い本がすきでしてねーーー英語のばかりではありません、 でんきもの れきし いのです。 歴史だとか、伝記物だとか、詩だ フランス語の本でも、ドイツ語の本でも、 とか、そのほか、なんでもおかまいなしです。あまり読みすぎるようなときには、どうか本を とりあげてください。外で馬にのるとか、お人形を買いに外へでるとか、させてやってくださ い。この子は、もっとお人形であそんだほうがいいのですから。」 と、セーラはいいました。「そんなにちょいちょい、お人形を買いにいっていたら、 お人形が多すぎて、どれをかわいがっていいか、わからなくなるわ。お人形って、ほんとに仲 が、わたしの仲よしになるのよ。」 のいいお友だちにならなくちゃいけないのよ。エミリー クルー大尉とミンチン先生は、顔をみあわせました。 「エミリー って、どなたですの ? 」と、先生が聞きました。 「先生にお話ししてごらん、セーラ。」クルー大尉は、にこにこしながら、そういいました。 たいい あっ なか
たら、ミンチン先生は、セーラに、もうすこしやさしい気もちになれたかもしれませんでした。 けんりよく だいたい先生は、他人にいばりちらしては、自分の権力を感しるのがすきなひとでした。それ どうど、つ で、いま、セーラのだんことした青い顔を見たり、ひくいながらも堂々とした声を聞いたりす ると、自分の権力がまったく無視されたような気がしたのです。 むかし 「気どったまねはおやめなさい。」先生はいいました。「そんなまねができたのは、もう、昔 のことなんだからね。おまえさんは王女さまではないんだよ。おまえさんの馬車も、小馬もよ そへやっちまうし、女中にはひまをだします。これからは、いちばん古いそまつな服をきるの いしよう だよ。ぜいたくな衣装なんぞ、いまの身分には似あわないから。おまえはべッキーと同しこと なんだよ。自分ではたらいて、ごはんをたべなくてはならないんだよ。」 すると、ふしぎなことに、セーラの目に、ほっとしたような、かすかな光がさしました。 しました。「はたらけるのでしたら、びんばうにな 「はたらけるのですか ? 」とセーラはい、 こま しのでしようか ? 」 ったって、そんなに困りません。どんなことをしたら、 しいつけられたことは、みんなするのだよ。」というのが先生の返事 「どんなことだって、 でした。「おまえさんは、りこうな子どもだから、なんでもすぐおばえるだろう。役にたつ人 せいと 間になったら、いつまでもおいてやります。フランス語がうまいようだから、小さい生徒のお さらいぐらいはできるだろうね。」 に 138
はさん こうざん 「ダイヤモンド鉱山です。」とバロー氏が答えました。「それに親友ーーそして破産です。」 ミンチン先生はがとまりました。 「破産 ! 」やっとのことで、くるしそうにさけびました。 もん 「文なしになりましたよ。あの男は金を持ちすぎていたのですな。親友というのはダイヤモ のこ ンド鉱山のことで、きちがいのようになっていました。自分の金を残らずそれにつぎこんで、 おまけに、クルー大尉のまでみんな使ってしまいました。そのあげくに、親友は逃げだしまし ねっぴょう た。その知らせがとどいたとき、大尉は熱病におかされていたのです。そのショックが、あま はっきよう りつよかったのですな。大尉は、小さいむすめの名をむちゅうで呼びながら、発狂したように あとには一文も残さずにです。」 なって亡くなりました。 これで、ミンチン先生にも事情がのみこめましたが、生まれてから、こんなひどいめにあっ せいかじよじゅく かんばんほごしゃ かんばんせいと っぺんにこの精華女塾から吹きとば たことはありませんでした。看板生徒も看板保護者も、い ふほう されてしまったのです。先生は自分が不法なめにあって、だいしなものをかすめとられたよう な気がしました。クルー大尉もセーラもバロー氏も、みんな同しようにわるいのだという気が しました。 「それでは、」と先生は、さけびだしました。「あなたは、あのかたが、なんにも残さなかっ たいい 121
んでしまいました。テープルかけのおかげで、姿はかくれました。 ミンチン先生は、へやにはいってきました。つれだっていたのは、角ばったからだっきの、 こがらしんし あいそのない小柄な紳士でしたが、なにか、おちつかないふうに見えました。ミンチン先生も、 こま たしかに、おちつかないようすでした。そして、いらいらしたような、困ったような顔をして、 そのあいそのない小柄な紳士のほうを見ました。 先生は、かたくるしいいげんをつくろって、いすにかけ、紳士にも、いすをすすめました。 「どうぞおかけくださいまし、 バローさん。」 ハロー氏はすぐには腰をおろしませんでした。その目は「さいごのお人形」とそのまわりに しなじな ちらばっている品々にひきつけられたようでした。ヾ ノロー氏は、めがねをかけなおして、ふき げんそうにその品々をながめました。「さいごのお人形」はそんなことには、し っこう、むと んちゃくでした。ただ、まっすぐにすわったまま、平気でバロー氏を見かえしただけでした。 「百ポンドはしますな、」とバロー氏はかんたんに意見をのべました。「金のかかったものば ゆみず かりですよ。しかもハリ仕立てですからね。まったく湯水のように金をつかったものです、・あ わか の若ぞうは。」 ミンチン先生は、気をわるくしました。これは自分の学校のいちばんの恩人にたいするぶし ぶれい よくのように思えたのです。それに無礼なことでもありました。 じた すがた おんじん 118