じよちゅう れも、きっと、そまつな、みつともないもので、なんとなく、女中らしくみえるようなのにち がいありません。これからさき、おこりそうなことといえば、このくらいのものでした。セー ラは、しばらくしっと立って、そんなことを考えていました。 のぼ そのうちに、ふと、あることを考えつくと、セーラのほおに血が上って、目も、キラッとか がやきました。セーラは、ほそいからだをしゃんとのばして、顔をあげました。そして、 ました。 「どんなことになっても、変わらないことが一つだけあるわ。あたしは、ばろをまとった王 女さまでも、心のなかは、ほんとの王女さまになれるのよ。うつくしい洋服をきて、王女さま 、つも王女さまでいられるって になるのは、たやすいことだけれど、だれも知らないときに、し ぎよくざ ろうや ・アントワネットは、牢屋にいれられて、玉座 いうのは、もっとえらいことなのだわ。マリ かみ をうばわれたときは、黒い服をきせられて、髪はまっ白になり、みんなから寡婦カべとかなん とかいわれて、はずかしめられていたのよ。でも、そのときのほうが、りつばなものにかこま れて、はなやかに暮らしていたときよりも、ずっと女王さまらしかったのだわ。あたしは、こ のときのマリ ・アントワネットが一ばんすき。暴徒がさわいだって、あざわらったって、び みんしゅう くともしなかった。首をきられたときだって、女王のほうが、民衆よりもつよかったのよ。」 これは、いま考えついたことではありませんでした。いままでに、なんども考えたことだっ ぼ - フと 218
とわかったのです。そんなものをなげつけられたら、ころんだり、つぶれたりはしないまでも、 あな 大あわてでびつこをひきひき、穴の中へ逃げこまなくてはならないのですけれど。このネズミ は、ほんと , つは、 、いネズミで、わるいことをしようなどという気もちは、すこしもありませ んでした。うしろ足で立って、においをかぎながら、目を光らせて、セーラをじっと見ていた てき ときだって、自分を敵だと思ってにくまないで、わかってほしいと思っていたのです。セーラ は、なにもいいませんでしたが、あぶないことを思っているのではないとわかったので、ネズ ミは、そろそろとお菓子のかけらへ近づいて、たべだしました。そうやってたべながらも、ネ ズミはスズメと同しように、ときどき、ちらちらとセーラの顔を見ました。その顔つきが、い かにも、ししし 、わナをしているようなので、セーラは、ほんとうにかわいそうになりました。 セーラは、すこしもうごかずにすわったまま、ネズミを見ていました。お菓子のくずのなか で、一つだけ、とくべつ大きいのがありました。 ほんとにくずとはいえないくらい大きし のでした。ネズミは、たしかに、それがほしかったのです。ところが、そのかけらは、足台の ひくびくしていました。 すぐそばに落ちていたので、ネズミは、まだ、。 か・ヘ 「きっと、これを壁のなかにいる子どもたちゃ、おかみさんにもっていってやりたいのだわ。 あたしがしっとしていたら、そばへきて、とっていくと思うわ。」とセーラは田 5 いました。 セーラは、息をつくのさえ、えんりよがちでした。それほど、むちゅうになっていたのです。 に 178
のように聞こえると思ったからです。 べッキーにとっては、これほど、セーラにふさわしいよびかたはないと思われました。あの 霧のふかい午後に、気もちのいいし 、すで、いねむりをしていて、びつくりしてとび起きたとき なか から、ふたりは、すっかり仲よしになっていました。ミンチン先生とアメリア先生は、ちっと じよちゅう もそんなことを知りませんでした。先生たちは、セーラが、下ばたらきの女中にしんせつだと しんしつ いうことには、気がついていました。けれども、べッキーが、みんなの寝室の用意を大いそぎ ですませると、セーラの居間にたどりついて、ほっと、たのしいためいきをつきながら、重、 せきたんばこ 石炭箱をおろして、さて、そこで、ちょっとのあいだ、びくびくしながらも、たのしい時間を すごす、ということは、ごぞんしなかったのです。このような時間には、おはなしを一回分ず っしてもらえたり、おいしいものがもちだされたりします。それを、そこでたべたり、そうで ないときは、夜、屋根うらのねどこにいってからだしてたべるように、大いそぎでポケットに おしこんだりするのです。 「でもね、おしようさま、これをいただくときには、気をつけないといけませんの。」と、 あるときべッキーは、、 しました。「くずを残しておきますと、ネズミが出てきて、もっていく んですよ。」 「ネズミですって ! 」セーラは、ぞっとしてさけびました。「あなたのところにネズミがい きり のこ
しました。 「あたしはね、世界を十倍したより、もっとおとうさまがすき。」とセーラはい、 「苦しいのはそのためなの。おとうさまが、いなくなったんですもの。」 セーラは、トさなひざをかかえてその上に、しずかに頭をのせました。そうして、五、六分 間もしっとしていました。 「こんどこそ泣きだすわ。」アーメンガードは、びくびくしながら、そう思いました。 でも、セーラは泣きませんでした。短い黒いまき毛が耳のあたりでゆれましたが、しっとす わったままでした。それから、下をむいたまま、こういいました。 やくそく 、。、パにお約束したの。だから、がまんするわ。だれだっ 「でも、あたし、がまんするって へいたい て、がまんしなくっちゃならないことがあるでしよう。兵隊さんなんか、どんなにがまんして こうぐん ぐんじん しることでしよう ! ハも軍人なの。戦争になれば、行軍もしなくてはならないし、のども 。、。、。、よ、そんな かわくでしようし、それから、ひどいけがをするときだってあると思うけと ことを、ぜんぶ、がまんしなくちゃならないのよ。きっとなんにも・ーー・ひとことだって、おっ しやらないと思うわ。」 アーメンガードは、だまってセーラを見つめているだけでした。が、だんだんこのお友だち を崇拝する気もちがわきはしめました。このお友だちは、とてもすばらしくて、ほかの子とは、 まるでちがっているのです。 せんそう
し、お友だちだってそうよ。こっちが、かんしやくをおこさないでいると、相手は、自分より もつよいんだな、ってわかるのよ。こちらはがまんできるから、つよいので、相手はそれがで ′」 - つかい きないで、後悔するようなつまらないことを、ロにだしてしまうの。おこるというのは、つよ いことだけれど、それよりもつよいのは、それをしっとおさえることだわ。いやなひとには、 返事をしないのが一ばんいいの。あたしは、たいていそうしているわ。きっとエミリーは、あ たしよりも、もっと、そんなふうなのでしよう。それで、お友だちにさえも、返事をしないの かもしれないのね。しっと、おなかにしまっておくのでしよう。」 こんなふうに、わけをならべて、自分を安心させようと思ってみても、なかなか、そうはい かないことがありました。ながい一日しゅう、つらい思いをして、あっちこっちにおっかいに だされ、 どうかすると、雨や風のなかを、遠いところへやらされることもありました ぬれて、おなかもペこペこになってかえってくると、またいってこいといわれます。セーラは さなからだは、さぞ まだ子どもなのだから、ほそい足は、さぞくたびれているだろうとか、小 冷たくなっているだろうなんて、だれも考えてはくれません。あらつばいことばをなげつけら れたり、お礼をいわれるかわりに、つめたい、ばかにしたような目つきをあびせられたりする りようりばん ぶれい こともあります。料理番がいやしいことや、無礼なことをいうこともあります。ミンチン先生 せいと なか のごきげんが、ひどくわるいときもあり、生徒たちが、自分のみすばらしいようすをみて、仲 あいて 198
なか ラにとっては、ほんとうにたのしいことでした。セーラは、このことを、仲のいい友だちにし か話したことがありませんでした。王女さまになるという、こんどの「つもりは、なかでも たいせつなもので、それだけは、ひとに知られたくないと気をつかっていました。セーラは、 それをひみつにしておくつもりでした。それなのに、いまラヴィニアが、学校しゅうの生徒の 前であざわらったのです。セーラは、顔にさっと血がのばり、耳がガンガン鳴るような気がし ました。でも、やっとのことで自分をおさえました。ほんとに王女さまだったら、むきになっ て、おこったりなどはしないでしよう。セーラは手をおろしました。そして、ちょっとのあい しず だ、なんにもいわずに立っていました。口をひらいたときには、静かなおちついた声になって いました。セーラがさっと頭をあげると、みんなはしっと耳をすましました。 「それは、ほんとうよ。」とセーラはい、 しました。「たしかに、あたしは、王女さまのつもり おこな になることがあってよ。そうしていれば、王女さまらしい行いができるかもしれないと思うか らだわ。」 ラヴィニアは、とっさに、なんといっていいか、わかりませんでした。セーラと話している と、ラヴィニアは、思うような返事のできないことが、前にもときどきありました。そのわけ みかた は、どうやらほかの生徒たちが、なんとなくセーラに味訪しているように思われるからでした。 いまも、みんなが、おもしろそうにきき耳をたてているのがわかりました。しつは、みんなは、
インド人は、たしかにそれがうれしか 0 たようです。顔つきがす 0 かりわりました。そし て、むこうでも、につこりすると、まっしろな歯なみがあらわれて、まっくろな顔が、ばっと かがやいたようにみえました。だれでも、つかれたり、気分がよくなかったりするようなとき に、セーラに、したしげな目でほほえみかけられると、とてもなぐさめられました。 インド人は、セーラにあいさっしようと思ったのでしよう。サルをだいていた手をゆるめま した。この小ザルは、たいそうわんばくもので、すきさえあればとびだして、いたずらをした がっていました。それがいま、小さい女の子をみたものですから、しっとしていられなくなっ たのにちがいありません。いきなり、インド人の手からするりとぬけて、スレートの上にとび かた おりました。そして、キャッキャッとなきながら、そこをかけて、セーラの肩にとびうつり、 わら そこから、へやのなかにとびおりてしまいました。セーラは、おもしろがって笑いました。で も、これはトザルのご主人にーーーもし、あのラスカーがご主人ならーーーかえさなくてはならな いのだろうが、どうしてかえしたらいいだろう、と考えました。このサルは、自分につかまる かしら、それともきかんばうで、つかまえられたりはしないのだろうか、そしたら、きっと屋 こま 根の上に逃げだして、まいごになってしまうでしよう。それでは困るのです。これは、きっと、 しんし あのインドの紳士のサルでしよう。そして、あのお気のどくな紳士は、この小ザルをとてもか 3 わいがっているのかもしれないのです。 に
壁のむこうがわでは、セーラが、屋根うらべやにすわって、晩ごはんをさがしにでてきたメ ルキセデクと、はなしをしていました。 「きようは、王女さまでいるのがむずかしかったわ、メルキセデクや。」と、セーラがい、 さむ ました。「いつもどころしゃなかったのよ。だんだん寒くなって、通りがぐしゃぐしやになっ てくると、ますます、むずかしくなるばかりだわ。あたしがラヴィニアのそばを通ったら、あ わら かっとなっ のひと、あたしのどろんこのスカートをみて、笑ったのよ。そのとき、あたしは、 。それを、やっとのことでおさえたのよ。王女 て、なにかいいかえしてやろうと思ったの くちびる さまだったら、そんなふうに、他人を笑いかえしたりなんか、できないんですものね。唇をか んで、しっとがまんしなくちゃならないでしよう。あたしも唇をかんだの。きようは、ほんと に寒かったわね、メルキセデク。晩になっても寒いこと。」 セーラはふいに、黒い毛の頭を、両手にうずめました。ひとりばっちのときには、よくそう するのでしたが。 「ああ、 、」と、セーラは、トさい声でいいました。「あたしがバハの『小さなおくさま』 だったのは、なんて、むかしのことのように思えるのでしよう ! 」 その日、壁のあちらがわと、こちらがわでは、こんなことがおこっていたのでした。 ばん
んてこで、かわいそうで、まるで、女中さんみたいなのです。そのようすを見ると、アーメン わら ガードは悲しくなりました。そして、どうすることもできなくて、いきなり、くすっと笑、 したかと思うと、なんの気もなく、大声でこんなことをいいました。 「まあ、セーラ ! あなただったの ? 」 「ええ。」 とセーラは答えました。それから急にへんな気もちにおそわれて、顔をあかくしました。 セーラは、両手にいつばい衣類の山をかかえていて、おちないように、一ばん上をあごでお さえていました。セーラが、しっとこちらを見ている目つきをみると、アーメンガードは、ま すますどうしていいか、わからなくなりました。セーラが、自分のぜんぜん知らない、べつの 女の子になってしまったような気がしました。それは、セーラが急にびんばうになってしまっ て、つくろいものをしたり、べッキーのように、はたらかなければならなくなったからでしょ 「あの、ーとアーメンガードは、ロごもりました。「あのーーーお元気 ? 」 「さあ。」セーラは答えました。「あなたは ? 」 「あたし ? あたしは元気よ。」アーメンガードは、はにかんで、もしもししながら、 ました。それから、ふっと、なにか、もっと友だちらしいことをいわなくては、と思って、「あ いるい じよちゅう
セーラは、戸のそばに立っているラム・ダスのほうを見て、こう聞きました。 「このおサルさん、ラスカーにわたしましようか ? 」 「あの男がラスカーなのを、あなたは、どうしてごぞんしかね ? 」インドの紳士はそういっ て、かすかに、ほほえみました。 しいながら、いやがるサルをラム・ 「ラスカーは、よくぞんじております。」セーラはそう、 ダスにわたしました。「わたくし、インドで生まれましたから。」 インドの紳士は顔いろをかえて、さっと身をおこしました。セーラは、ちょっと、びつくり しました。 「なに、インドの生まれだと、あなたが ? 」紳士はさけびました。「もっと、こっちへおよ り。」そういって、手をのばしました。 セーラは、そばへいって、その手に自分の手をのせました。紳士は、それを待っていたよう ーししろ でした。そして、しっと立ったまま、みどり色がかった灰色の目で、ふしぎそうに紳士の目を 見ました。このかたはどうかなさったのだ、とセーラは田 5 いました。 「あなたは、おとなりにいるのだね ? 」紳士は、問いただすようにいいました。 じゅく ミンチン塾に住んでおります。」 せいと 「でも、生徒ではないのだね ? しんし 355