107 エラは、じっと立って、雪の上にひびく、馬のすずの音に耳をすませました。 もう一時間もまえから、エラは何千という、ほかのすずの音をきいていたのです。さまざま しやりん の形の馬車やそりが、雪の道をすべっていくとき、雪は、ひづめの音も、車輪のひびきもすい もうふ こんでしまいましたが、すずの音だけは、たかくひびくのでした。白い雪の毛布におおわれた すいしよう じめん うまかわぐ 地面は、音もたてませんが、馬の皮具につけられたすずは、水晶のような空気の中で、氷のか こおり ぎよしゃ けらのようにリンリンなり、御者のむちは、こおった池の氷がさけるときのように、。ヒシリと なりひびきました。 ぶとうか、 エラがきいたすずは、何百というむすめたちを舞踏会へおくっていくところだったのです。 しんじゅ きぬ 乗りものの中で、むすめたちは、絹やサテンやきんらんの服をまとい、真珠やムーンス ) トーン ぎん やダイヤモンドの宝石をつけ、金や銀のくつをはき、ビロードや毛皮のマントを着て、かがや上 うつく くように美しくすわっていました。その、羽でかざり、花をつけた、つやつやとしたまき毛が雪 冫からだをかたくして、身うごきもせずにすわっているさまは、絵のようで みだれないようこ、 雪の上のすず ほうせぎ はね ふく けがわ こおり
「やめてつ ! 」エラは、みんなのほうへ、 れをやめなさい。」 ビシャリ、 ボタリという音、トントコいう音、カタカタ、キーキーなる音、それらが、いち どに、ばたっとやみました。あまりきゅうに、しんとしずまりかえったので、エラは、ちょっ とこわくなって、あたりを見まわしました。 どうぐ 「あたし、ほんとにいままで、こんなへんな道具たち、見たことないわ。」エラは、おこっ たようこ、 冫しいました。 あかりをつけて。 あぶらをさして。 ゆかをはいて。 お湯をわかせ。 べッドをなおせ。 わたしをあらえ。 わたしをやいて。 ゅ ドンと足をふんでみせました。「いま、すぐ、そ
220 ました。 けれども、このとき、炉だなの上のオルゴールが、やさしく鳴りだしました。すると、エラ は、まだ目をつぶったまま、つぶやきました。 「『ドコニモナイ国』では、こんなふうにおどるのですーーそうなんです、そうなんです げんかん とっぜん、おもて玄関の戸をたたく大きな音がして、家じゅうがゆすぶられました。 かえ おおどけい 「ああ、みんなが帰ってきた。」大時計がいいました。「さあ、しかられるそ。」 戸をたたく音は、いらだたしく、なんどもくりかえされます。 「おきるんだ、おきるんだ、おきるんだ ! さあ、しかられるそ。おきるんだ、おきるん どうぐ だ ! 」道具たちはさけびました。 いまま 戸をたたく音がやみました。きゅうにしいんとしずまりかえると、そのしずけさは、 でいろんなものが、大さわぎしてもできなかったことをやってのけました。エラはおきあがっ て、目をこすったのです。 「あらまあ ! 」エラは、うでをのばして、のびをしました。 どうぐ 「じゃ、あれ、夢だったの ? 」そういって、エラは、見なれた道具たちを見まわしました。 「ああ、たいへん、時計をごらんなさいよ。さあ、エラ、いそいで ! 」 ゅめ とけい
ほんとにそうかしら。 あらまあ あなただったの。 まあまあ あなただったの。 あああそこあそこー そっとあそこを 見てごらんなさい 音をたてないでー あれはあのかたの扇 けがわ あれはあのかたの毛皮。 つかまったっかまったー あらまあべつの人だったの ? まあまあべつの人だった。 音をたてないで ・鳥のようにかるく。 おうぎ 21 雪の中の令嬢がた
110 ロろ ひん それもいけないといわれたとき、エラはすがりつくような思いで、ゆかに落ちたけしよう品を ものおと いそいで出ていく、うちの人たちのたてる物音ーーーすべりやすい道を、キーキー、キュ ーキューならしていく足音に耳をすませました。 「こおってるよ、こおってるよ。気をつけてお歩き。さ、わたしにつかまって。そんなにぎ ゆっとっかまるの、およしよ。あたし、ころぶじゃないか。あっと。おかあちゃん、もうす こしでころぶところだった。ああ、びつくりしたよ。たまげたよ。ひつばるのおよしよ。つつ つくのおよしよ。あ、よろけた。すべった。あっと、こんどこそ、おかあちゃん、ころんじゃ うまくるまよ った。さ、おくれるよ、おくれるよ。いそいで、いそいで。馬が車寄せの先でまってるからね ぶとう・かい 小さな一部でした。 これもまだーーー舞踏会の一部 けれども、もうよろける音も、すべる音も、きいきい声も、きゃあきゃあ声もきこえません ぎよしゃ 馬車の戸が、。ハ タンとしまりました。 , 御者がむちをならし、また、すずの音がきこえは じめました。そして、雪の上を、だんだん、だんだん、とおざかっていきます。 まど エラは、耳をつめたい窓ガラスにおしつけました。まだきこえますーーーまだきこえます きこえますーーもうー・ーーきこえません。 れいじよう ぶとうかい それは、令嬢がたを舞踏会におくりこむ、さいごの馬車でした。 いちぶ いちぶ お
さいごのねがしを 、よ、とうとうエラの口から出てきませんでした。そのねがいがなんだか、エ ラにも、はっきりはわからなかったのです。でも、それは、なにかとても美しいものだという しごと ことはわかっていました。仕事がすんで、そして、なにかおもしろいことがすんでしまった、 うつく そのまたあとにやってくる美しいもの。 「あたし : いいながら、エラが、重いやかんを火の上にかけますと、火は、黒いけむりをぶっとエラの 顔にふきかけました。エラは、しりもちをついて、けむりをふりはらいました。そのひょうし エラは、さいごのねがいごとを思いっきました。エラは、なにをねがったのでしよう。 ね 戸の外で、馬具につけたすずの音がきこえ、雪におおわれた道の上に、馬のひづめの鳴る音 がしました。 おも うつく
111 くら 家じゅうどの部屋にも、だれひとりいず、暗い外にも音ひとっしない夜、地下のお勝手にた だひとりすわっているのは、さびしいものですーーーたったひとりでないふりをするのは、とて もむずかしいものです。テ 1 プルの上に、ほおづえをつきながら、こんなさびしい気もちにな ったのは、はじめてた、と、エラは思いました。 「上にはだれもいない。下にもだれもいない。 ただひとり・ほっち。」 けれども、じっさいは、エラさえ、そこにはいなかったのです。エラのつかれたからだは、 まど そこにありました。けれども、エラの心は、御殿の金色の窓から中をのそこうとして、やみのラ の ち 中をとんでいってしまったのです。心さえもおるすになってしまったからだが、さびしく思う っ のは、あたりまえです。 と 腰板の、ちょうどネズミあなのあるあたりで、コソリという、とてもとても小さな音がしたひ のを、エラはききつけました。 こしいた にひとりばっちのエラ どてん うちにも外にもだれもいない。あたしだけ、 かって
「コケコッコ ! 」もう三度めのなき声です。 「また、ないた。」そういって、エラはおきあがりました。「『おきる時間だ。』っていうんで しょ ) 勹 , 9 ー・ わかってるわよ。火をたきつけろーー・ーお湯をわかせ、ーーランプにあぶらを入れろ 暖炉の灰をとれーーテーブルにおさらをならべろーーお菓子をやけーー階段をごしごしあ らえーーーめんどりたちにえさをやれ。それに、ばかげた、うるさがたの、せつかちゃの、おん どりさまのえさをやるのをわすれるなっていうんでしよう。 わかってるわよ。」 「コケコッコ おんどりが、またなきました。 「コケコッコ ! 」と、エラは、まねをしました。「いいわ、そんなら、あたし、なにもし さしず てやらないから。みんなが、あたしに、ああしろ、こうしろというけど、おまえの指図までは うけないわ。」 そういって、エラは、耳をふさぐと、また横になってしまいました。これで、おんどりは、 降参したらしく、もうそれきりなきませんでした。 ところが、こんどは、お勝手じゅうに、おかしな、こそこそさわぎがもちあがりました。 どうぐ ふまん 夜が明けたのに、仕事がはじまらないのを、道具たちが不満に思っている証拠です。部屋のの 勝 お すみのおじいさん時計の音も、まえより少しおしつけがましくなってきたようです。エラは、 その音をきかないわけにいきません。 こうさん だんろ どけい し・こと かって ど よこ ゅ しようこ 力い・たん
206 立っている木。 音をたてないで 白くかがやく 土の上を しずかに歩きなさい。 もしあのかたが ちかくにいても きかれてはだめ きかれてはだめ けっしてけっして きかれてはだめ。 ここたったここだった こっちへいらっしゃい。 あれあのかたじゃない ? ついていらっしゃい。 見つかった見つかったー
108 エラは、心の目で、そのひとりひとりを見ました。みな美しく、王子さまは、どうしてその 中から、ひとりをえらぶことができるのでしよう。リンリンなるすずは、エラと王さまの御殿 はしら とをつなぐただ一つのくさりのようなものでした。ああ、もしエラもそこへいって、大きな柱 ぶとうかい のかげにうすくまり、舞踏会のようすをただ見ているだけでもゆるしてもらえたら、だれより もしあわせになれるのに。 れいじよう それから、しばらく、すずの音はとだえました。令嬢たちは、もうずっと御殿の近くにいっ ノ、るまよ げんかん てしまったからです。もうみんな、お車寄せの道に乗り入れたり、馬車から、御殿のお玄関に きんぎん つづく大理石の階段の上におりたり、金銀のくつで足ばやにその階段をの・ほっていったり、白 けがわ テンの毛皮のマントのはしで、すこしばかり雪の粉をはらったり、むらさきのじゅうたんのし ぶとうま きつめてある、まばゆい広間にはいっていったりしているところなのです。いま、舞踏の間の 入り口では、その人たちの名まえがよばれ、入り口をはいれば、そこには、光をあびて、王子さ まが、みんなをまってーーーそのくせ、そのうちのひとりをまって、立っていらっしやるのです。 どてん エラはまだ、 , 御殿も、御殿の階段も、広間のあかりも見たことがありません。それから、ど ぶとう・かい んな舞踏会へもいったことがありません。けれども、雪の上になるすずの音をききながら、ど そうぞう んなこまかいところまでも思いうかべることができました。ただひとつ、エラが想像できなか かいだん ごてんかいだん こな うつく かいだん ごてん ごてん ごてん