関野吉晴 - みる会図書館


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1. チベットの聖なる山へ

チベット疆なる山へ 、 4 関野吉晴 人類 5 万キロの旅 13 グレートシャー 小蜂書店

2. チベットの聖なる山へ

関野吉晴 ( せきのよしはる ) 1949 年東京に生まれる。 一橋大学法学部、横浜市立大学医学部卒業。 一橋大学在学中に探険部を創設、アマゾン川の全流を下る。 医師としてはたらくかたわら、南米各地を訪れ、 写真家、映像プロデューサーとしても活躍している。 主な写真集に『ギアナ高地』 ( 講談社 ) 、『南米大陸』 ( 朝日新聞社 ) 、 『グレートジャー 一人類 400 万年の旅 ( 全 8 巻 ) 』 ( 毎日新聞社 ) などがある。 チベットの聖なる山へ グレートジャー 人類 5 万キロの旅⑩ 著者 関野吉晴 発行者 小峰紀雄 発行所 株式会社小峰書店 〒 162 ー 0066 2003 年 8 月 26 日第 1 刷発行 柏木早苗 装幀 小高製本工業株式会社 製本 株式会社三秀舎 組版・印刷 編集協力 土方正志 グレートジャー イラスト・地図 諸橋美幸 一応援団 東京都新宿区市谷台町 4 ー 15 電話 / 03 ー 3357 ー 3521 ( 代 ) FAX / 03 ー 3357 ー 1027 Printed ⅲ Japan 乱丁・落丁本はお取りかえいたします。 http://www.komineshoten.co.jp/ NDC915 ISBN4-338-12413- X 22cm 119P Text & Photographs ◎ 2003 Y. SEKINO

3. チベットの聖なる山へ

ゆた 見もあります。ばくは、もともと裕福だった者は豊かさを知り、物質的欲望が強いので、 きんろ、フいよく そのぶん、勤労意欲が高いせいではないかと考えます。 いじゅう ちいきかくさん じんるい なぜ、人類が今ほどに地球上のあらゆる地域に拡散・移住できたのでしようか ? がわ くはやはり、「よりよい暮らしを求めての欲望」と「向こう側にはなにがあるかを知り こうきしん こんなん たいという好奇心」が困難を乗り越えさせ、未知の土地へ進出していった動機ではない かと思います。 すくなくとも太古の時代、おそらく文明が始まるまでは、欲望のおもむくままに行動 くらで するのはけっして悪いことではありませんでした。しかし文明が起こって、「い も富を欲しい」と思い、それをかかえこむ人間が出てくると、欲望は地球と人間にさま はかいあつれき ざまな破壊と軋轢をもたらしました。 かん しようひ しげんゅうげん 二〇世紀のなかば、地球の資源は有限であり、欲望のままに消費をすれば地球の環 境にダメージをあたえ続け、取り返しのつかないことになることがわかりました。ばく てんかんき しんけん たちはどうすればいいのか、真剣に考えなければいけない転換期にいるのです。 関野吉晴 二〇〇三年七月 きよう たいこ こ ぶっしってきよくぼう 119 あとがき

4. チベットの聖なる山へ

関野吉晴 ( せきのよしはる ) 1 9 年東京に生まれる。一橋大学法学部、 横浜市立大学医学部卒業一橋大鞣学中 ロ矣部を殿、アマゾン川の流を下る。 医師としてはたらくかたわら、南米各地を 訪れ、写真家、映像プロテューサーとして も活躍している。主な写真集に、「ギアナ 高地」 ( 講談社 ) 、「南米大陸」 ( 朝日新聞社 ) などがある。 人◇ 0 0 円年 ~ 2000 年 ; 冫コル糸従断 グレートジャー 人類 5 万キロの旅 は ] 嵐の大地バタゴニア [ 2 ] チチカカ湖めざして [ 3 ] はるかインカを訪ねて [ 4 ] 失われた世界をいく [ 5 ] 中央アメリカをかける [ 6 ] ナバホの国へ [ 7 ] ヘーリンク海峡をわたる [ 8 ] 北の狩猟民とともに [ 9 ] 道なきツンドラをゆく トナカイ遊牧民とくらす 第 ] バイカル湖への道 [ 囘草原と砂漠のモンコル チヘットの聖なる山へ 2000 年 ラヤ糸従断公 2 剛 0 日 。ラエトリ到着 表紙リ真 聖地カイラス山。 裏表紙写真 カドマントウのヒンズー教寺院のサル。 カハーー袖写真 チベット高原のナキウサギ。 扉写真 北ドルボの巡礼祭の踊り。

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