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検索対象: 人は影のみた夢 2 : マリオネット・アポカリプス
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1. 人は影のみた夢 2 : マリオネット・アポカリプス

他人の欲望を、一族は責めない。兄が弟を殺そうと、夫が妻を殺そうと。 ふち なぜなら、一族もまた支配するのは欲望だからだ。母は息子を自分の道具とし、娘を死の淵 に追いやろうとした。 そんな総領の治める一族に、塔埜は連なろうとしている。 ふくしゅう ふさわしい気がした。彼は母に自由を奪われ、いま、その復讐を妹にしようとしている。 男の顔に表れたものを、塔埜は知っていた。あのどす黒いもの。 欲望と憎しみ。 あれは彼の中に潜む気持ちそのものだ。 どんなに平凡に見える者のなかにも、あれは存在する。・そして一族を動かす。 塔埜を動かす 「退屈だな。出るぞ、塔埜」 ささや あくびをした遠王が、囁いてきた。聞いていた鶸子が、軽く振り向いた。 「行っていいわよ、塔埜。裏から出なさい」 塔埜は正座を解き、遠王について座敷から抜けた。 廊下を歩きながら、遠王は首を鳴らしている。 「あの男の気にあてられたか ? 」 たず 黙っている塔埜に、彼はそう訊ねてきた。

2. 人は影のみた夢 2 : マリオネット・アポカリプス

「そう」 鶸子の笑みに、光が射した。意味がっかめず塔埜は背筋を冷たくした。 「塔埜、こちらへ」 手招きされ、彼はためらって遠王を見上げる。遠王は無言でうなずいた。言われたとおり せんばう 塔埜が歩を踏み出すと、ざわめきがかすかに走った。非難か、羨望か。 壇の縁まで行き、見下ろしてはいられないので膝をつく。 きわだ 近くで見ると、鶸子の美しさは際立っていた。ただ、毒をひそませているような怖れは拭え 。その、笑みのせいだろうか。 こしよう 変わらない表情に、塔埜はうろたえて視線を外す。自然と、右奥に控えていた小姓のような 少年に目がいった。その顔に、塔埜は息をするのを忘れた。 ( はづき ) グレーのハイネックセーターを着たその人物は、中性的だがたしかに男性だった。 なのに、その輪郭も髪の長さも、唇の形までもが彼女だった。羽月だった。 みは 目を瞠ったまま、塔埜は凍りついた。なぜ ? これは誰だ

3. 人は影のみた夢 2 : マリオネット・アポカリプス

塔埜は絶句した。羽月の、実の兄。双子の兄。 同じ顔。 すうっと血の気が引いた。あいつの亡霊がそこにいるようだ : 鶸子が脇息から身を起こす。立ち上がり、塔埜に歩み寄る。 濃い花の香りを彼は嗅いだ。百合のようだが、ねっとりと甘い香り。首をつかまれて、引き 倒されるような めまい 〈香気〉に当たることはないはずなのに、塔埜は目眩を感じていた。いや、それともこれは びやく 〈香気〉ではなく、香水なのだろうか。媚薬を含むそれを、鶸子はあえてまとっているのだろ , っカ ( これが総領のカか ? ひれ伏ざせるーー ) それともあの顔のせいか。目の前の蒼司に動揺しているのか 鶸子が、膝をついた塔埜に屈みこむように上体を折った。見上げた彼に、白い指先が伸び た。触れる。 ナイフの切っ先のような気がした。もしくは、獣の三日月の爪。 まぶた 塔埜は瞼を閉じそうになるのを、必死でこらえていた。目を閉じればきっと、そのまま倒れ てしまうだろう。 「塔埜」 か

4. 人は影のみた夢 2 : マリオネット・アポカリプス

塔埜の中に、隣にいる男に対する不信感が生まれた。これほど総領に目をかけられていなが ら、知りえた情報を渡さないというのだ。なぜ ? ( 何を企んでいる ? ) 座に満ちる「由和はやはり寝返った」という空気の中、塔埜だけが切り離されたように遠王 に意識を向けていた。 比良盛経四郎が塔埜を見遣る。だが彼は塔埜には声をかけず、遠王に向かって言った。 「高屋敷、報告が終わったのならばすみやかに退出しろ。われらはこれから客に会わねばなら ないのだ」 「あんたにはこいつが見えないのか ? 」 遠王は経四郎をせせら笑った。塔埜を彼らに示すようにして、ふたたび慇懃無礼な口調で鶸 子に向かう。 「総領さま。わたくしがここへまかりこしましたのは、この者をお目にかけるためでございま す」 み ふいに = 日題が自分に移り、塔埜ははっとした。′ 御簾越しの鶸子の視線をふたたび感じる。 の 影 「ああ。わたしに会わせたいとおまえが電話で言っていたのは、彼ね」 人 ようやく思い出したような口ぶりは、むろんわざとだろう。はじめからそのためにきている と知っていて、鶸子はじらしているのだ。力を誇示するために。 みや いんぎんぶれい

5. 人は影のみた夢 2 : マリオネット・アポカリプス

あたしは、ずっと塔埜が好きだったから 泣き顔になる前に、羽月は手をかざして、隠した。 「ごめんね」 無理を重ねさせたことと、こんな羽月を見てばつを悪くさせるだろうことへの、両方の意味 をこめる。 「もう行くから。忘れて」 断ち切る時が来たのだ。次に会う日は、きっと敵同士になっている。 「ーー待って」 身を翻そうとした羽月は、塔埜に手首を掴まれた。 とっさ 羽月ははっとし、その彼女以上に塔埜自身が驚いていた。咄嗟だったようだ。羽月がマンシ ョンのバルコニーから飛び降りたように。 視線が結ばれ、塔埜はばっと手を離した。それから、その手をどうしようもなさそうに握 の彼の戸惑いがはっきりわかった。塔埜は、自分が何をしたのか、何をしたいのか、わかって 影 いないのだ。ただ目の前を横切ろうとした蝶を捕まえるように、羽月の手を取った。 人 声をかけたくて、羽月にはそれが出来なかった。だってこんな時、何を言えばいいのだろ

6. 人は影のみた夢 2 : マリオネット・アポカリプス

遠王が、塔埜の背を叩いた。 「ま、ぶつ倒れたら、俺は置いてくから」 扉が開いた。 それほどなのかと思う間もなく、塔埜は車内から押し出された。ショルダー型のスーツケー スを肩にかけた男たちが、べージュやグレーのトレンチコーチ姿で、あとからあとから降りて くる。 準備の出来ていなかった彼は、よろめくようにホームに下り、男たちと肩をぶつけ合った。 ふいと視界から消えた遠王を探す。 遠王は、乗車口から少し離れた場所で、にやにやしながら塔埜を待っていた。恥ずかしさも ありむっとした塔埜など、気にもせすに訊ねる。 「体の方、死にそうか ? 」 だるいような気はするが、取り立ててどうと一一一一口うほどでもない。そんな気持ちを読み取った のか、彼はうなずいた。 「よっしゃ。それで普通だ」 その言葉で、塔埜ははた、と気づいた。 「おまえ。 からかったな」 「ご名答」

7. 人は影のみた夢 2 : マリオネット・アポカリプス

「おまえを ? 」 塔埜は自分が彼女に何を言ったかを忘れているのか、鼻白んでそう答えた。 「わざわざ、ダメージを受ける結界の中にか ? 」 ああ、じゃあ知っているのだと羽月は思った。自分たちに都市の〈気〉が、どんな影響を及 ばすのかを。 そこで、ふと一人の男を思い出した。 「あの人が一緒なのね、背の高い、あの時の」 ひわこ 由和は彼を「遠王」と呼んでいた。羽月を鶸子の娘だと知る、恐らくは一族の者。 「あの人だれなの ? 何で塔埜と一緒にいるの ? 」 あんな男と、どこで知り合ったのだろうか。いつでも羽月たちは一緒にいたのだ。彼が塔埜 一人に近づいて来られる機会など、なかったはずなのに。 「おまえには関係ない」 「ある」 の けしき 影 羽月の口調に、塔埜が気色ばんだ。いままでの二人にはなかったやり取りだった。こんな 人 時、彼女はいつも黙り込んでいたのだ。 塔埜の変化を感じはしたが、羽月は引き下がらなかった。強気に出られる自分を、心のどこ はなじろ

8. 人は影のみた夢 2 : マリオネット・アポカリプス

明らかに、自分を目指していると察し、塔埜は混乱した。セーターにジーンズの少年。 誰だ京都に知り合いなんていないー と 0 さの対応が出来ず、塔埜は立ち尽くした。足のまま、彼が駆け寄 0 てくるに任せる。 少年は、彼の数歩手前で立ち止まった。上体を折って、息を継ぐ。 せんりつ ふわっと、甘い香りがかすめた。それに、体が反応した。戦慄し、確かめもしないうちに彼 は叫んでいた。 舞い降りた羽・ : 「ーーどうして、こんなところに出て来るんだ ! 」 塔埜の叫び声に、後先を考えない行動を取った羽月は、びくりと顔を上げた。 顔をこわばらせた塔埜。 ふいに、夢が終わるように我に返る。羽月は頬を熱くした。馬鹿なことをした ! 「ごめ : : : つ」 の居たたまれなさに、言葉がきちんと続かない。拳を口に当て、うろたえた羽月は目を伏せ 影 人 「謝れなんて言ってない」 吐き捨てるように言った塔埜も目をそらした。彼も混乱しているようだった。

9. 人は影のみた夢 2 : マリオネット・アポカリプス

塔埜の息子を見ているみたいだと笑いかけ、羽月は頬のこわばるのを感じた。塔埜がにらん でいる。 七歳の彼は、今よりもずっと冷たい目をしていた。にらまれているのは、本当は五歳の、髪 の長い羽月だ。幼い羽月は身を硬くする。来年、この兄と一緒に小学校にいくのだけれど、塔 埜はちっとも嬉しそうではない。なぜかは羽月にはわからない。 なぜにらまれているのかも。 血の気のない顔をした塔埜は、凍てついた冬のようなまなざしで、輝く月のような笑みを唇 にはりつかせていた。しあわせな笑顔ではない。憎しみのーー・殺意の笑顔。 その手が伸びる ! 「あっ」 抵抗するまもなく、羽月は髪を引 0 張られた。銀色がひらめく。歯のくような音ととも に、裁ちバサミがその髪を切り落とした。 夢しやくん 細い髪が床に散る。投げ捨てられて、哀しい音を立てた。塔埜は走り去ってゆく。 膨「だからなの、あなた : : : 」 人遠い場所から、紫子の声が聞こえた。髪を短くしている理由だ。 五歳で十七歳の羽月は、涙ぐんでうなずいた。

10. 人は影のみた夢 2 : マリオネット・アポカリプス

表から、塔埜と誰かの話し声が漏れ聞こえてくる。 羽月はナナ工を抱きかかえ、その頭を自分の肩にもたせかけてやって、風よけつきのプルー のべンチに座っていた。冷え込みが厳しくなってきている。途中で調達した使い捨てカイロ が、ポケットというポケットに入っていなければ、とてもいられない。 自分たちがなぜここで遠王を待っ羽目になっているのか、羽月にはわからなかった。遠王に 会うのは、口実だったのではなかったのだろうか。 りちぎ それが、塔埜は律儀に彼に連絡を取った。 おか 彼は何のために、彼女を呼んだのだろうか。危険を冒して、ナナ工まで連れ出して。 そしてその辺りのことは、塔埜にも判断がっきかねているようだった。塔埜の中では、羽月 を連れて逃げずに、ここで遠王を待っことが、しごく当然の流れのようだ。 み ( 本当は、口実じゃなく、情に訴えてあたしをさらうのが の 影 そう彼を疑ってはみたが、羽月はこの場から離れられなかった。傍らに塔埜がいる。そのな 人 じんだ空気のせいと、一人ではナナ工を運べないことと、二つの理由で。 いくらカイロがたくさんあっても、体は冷えてつらかった。とにかくいまは、待っていた遠 かたわ