桜間 - みる会図書館


検索対象: 人は影のみた夢 2 : マリオネット・アポカリプス
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1. 人は影のみた夢 2 : マリオネット・アポカリプス

「わかっております」 「あれを殺せるの ? 」 「はい」 「なぜ ? 」 訊ねられ、言葉が滑り出す。 「わたしは母の手により、十五年、影として縛り付けられて参りました。その鎖を断ち切りた ふくしゅう この人生に、復讐をーー」 鶸子の目が底光りする。 「許しましよう。離空に留まる間は、遠王と同じよう、わたしの家に部屋を。塔埜、おまえは いまから一族の者。わたしの息子」 むせるような花の香り。塔埜は目を閉じた。その時。 「お待ちください ! 」 上ずった女性の声が、遮るように響いた。右の上座の女性が、体の向きを変え、立ち上がら んばかりになっている。 さき 「塔埜が前の〈桜御前〉の息子であるならば、彼は桜間方の者。桜間の血を引く者の身の振り 方は〈桜御前〉が決めるものと、お忘れでございますか ? 」 桜間の者を勝手に臣下には出来ないという彼女に、塔埜から離れた鶸子は笑んで返した。 くさり

2. 人は影のみた夢 2 : マリオネット・アポカリプス

かば んでいる。情報をもたらすものがいなければ、赤沢たちは羽月を庇うククリにやられたのだと 思うのが普通だろう。 「どうなの、遠王。わたしとしては、最近一族を抜けた者が係わっていないよう、祈っている のだけれど」 まゆ その含みを持たせた言い方に、素に戻った遠王が眉をひそめる。 「なんだそりや。誰が天望を抜けたって ? 」 塔埜にはもちろん、遠王もそれは初耳のようだ。怪訝そうにする彼らに、鶸子の声が届く。 ゆかりこ わかさき 「迫当主由和と、〈若桜木〉桜間紫子よ。〈桜御前〉によれば、あの二人は許されざる恋を選ん だのだとか。すでに〈若桜木〉も代替わりし、残されたそれぞれの家の者たちも、恋ゆえのこ とであるから一切の処罰も追及もなされないのだけれど」 聞いていた遠王の顔に、理解の色が広がった。にやりとする。 「なあるほどね」 夢塔埜にも意味はわかった。あの二人は迫とも桜間とも関係のない人間になった、という建前 ので、〈桜御前〉は羽月も家の者も守ろうとしているのだ。鶸子たちはそうやって先手を打たれ はたため、由和たちが羽月を庇っていると知りつつ、それを直接口にはしない。 ・人ちんぶ 陳腐な建前を納得させた〈桜〉は、相当の力を持 0 ているのだろう。迫と桜間は、表立 ってではないが鶸子に対立している。一族の特別な家と、天望家当主に仕えてきた家が。 す けげん

3. 人は影のみた夢 2 : マリオネット・アポカリプス

「ああ、桜間の本家だ。おまえの実家、といってもいいかー その言葉に、ルームミラー越しに運転手が彼を見る。初めて見る少年が桜間の血筋の者だと いうのは、さすがに興味を引かれるものがあったのだろう。 運転手は塔埜と目が合うと、さりげなく視線を外した。 : 二つだけ、空に近い場所にあるのは、特別ということか ? 」 塔埜は「天望ー「離空」という二つの名前を思い出す。空から離れて、天を望む。 だからこそ、空に近い場所は神聖であり、権力の象徴のような気がしたのだ。 ちょうそう 「ご名答。うちはそういうところだからな。ちなみに、死んだら鳥葬だ。罪人は土葬にする」 かえ 「土に埋めると、空に還れないというのか ? 」 「そういうことだ」 げんっ うなずいた遠王は、言を継いだ。 「次のカープを曲がると、もう一つ、建物が見えてくるぞ」 かげ 塔埜は桜間家が山の陰に隠れてゆくのを見送った。次のカープを待ち、見えてきたそれに息 み を呑んだ。 の 影 雪の森から、黒いものが突き出していた。 人 ( 岩だ : ・ : ・ ) それは奇岩と呼ぶのにふさわしいものだった。黒くごっごっした岩肌が、まるで塔のように

4. 人は影のみた夢 2 : マリオネット・アポカリプス

「緋沙子。たしかに血はそうでも、塔埜はすでに廃籍された者の子。それで、〈桜間の者〉と いえるの ? 」 「それは、そうですが」 緋沙子は、痛いところを突かれたように口をつぐんだ。 「桜間の者でない者のことで、こちらが指図される覚えはないわ」 「ですが」 わかさき 「桜間方に新たに籍を作るには、〈桜御前〉の承認がいるのだったわね。では、〈若桜木〉のお まえが、いま一存で決めるというのなら考えましよう」 緋沙子が怒りに顔を赤らめた。 鶸子は、彼女にそんな権限はないと知っていて言っているのだと、塔埜にもわかった。はな から取り合うつもりがないのか、緋沙子を試しているのか。 彼女が黙り込んだため、鶸子は声にして笑った。ここで強引に何か出来たならば、おまえの み ことを認めてやったのに。そういうような眼差しをする。 影しよせん 所詮、緋沙子は紫子の代役。〈若桜木〉の器ではないと、鶸子が思っているのは明らかだっ 人 勝者の顔をした鶸子は立ち上がり、座に戻る。 っ ) 0 ひさこ はいせき

5. 人は影のみた夢 2 : マリオネット・アポカリプス

「あの子の義兄でしよう、塔埜とかいう」 「彼は、おまえたちの何だ ? 」 「わたしたち ? 桜間の男児、 「やっと気づいたか」 理解した紫子に由和はそう言った。 彼女は、髪をかきあげる。そう、そうだった。 桜間の男児は短命。二十歳を越えられる者は、ほとんどいない。 いくっ 「塔埜は、何歳なの ? 「羽月さまの二つ上だ。十九」 「 ! じゃあ ! 」 「残された時間は、もうない」 だから、このまま行けばやがて事は露見したと、由和は言うのだ。羽月の〈香気〉を覆うも 夢のがなくなれば み紫子は唇を噛みしめた。富貴子に問いかける。 ( 姉さまはそれを承知で ? 彼の少ない時間を、すべて羽月に ? ) 人 ( なぜ ) なぜそこまで : ろけん おお

6. 人は影のみた夢 2 : マリオネット・アポカリプス

しよし くつわぎ 「轡木家の庶子のおまえに、そのような口の叩ける者ではない ! 」 彼はそれを言いたかったのだろう。はったりをきかせた後、ふいにげらげらと笑い出した。 轡木と呼ばれた男が、顔を朱に染めて今にも立ち上がろうとするー 「やめぬか、総領の御前であるぞ ! 」 長老の鋭い叱責に、轡木は拳を握り締めた。歯を食いしばり、頭から湯気の出そうなほどこ らえて、座り直す。 長老は、歳のせいで黄ばんできた目を遠王に向けた。 「高屋敷。ならば誰であると申すつもりだ」 遠王はにやりとした。 「桜間塔埜。総領さま、前の〈桜御前〉、富貴子の息子にございます」 「桜間」 「富貴子さまの」 座がどよめいた。右の上座にいた若い女性が、はっと腰を浮かす。彼女は経四郎同様に、平 み 然としていた二人の、もう一人の人物だった。 の 影 食い入るように見つめる彼女に、塔埜はぎこちない視線を返した。彼に・はそれが誰だかわか 人 らないのだ、当然だ。 背に流した長い黒髪を揺らし、女性はロをひらく。けれど辺りをはばかったのか、言葉を出 あた

7. 人は影のみた夢 2 : マリオネット・アポカリプス

「うそよ ! 」 反射的に紫子は叫んだ。ぐらりと床が揺れる。 結界は完璧だったはずだ。現にいまだって、警鐘は鳴った ! どん、とまるで体当たりするように、由和が壁にもたれる。汗ばんだ額の彼は、両腕を抱く ようにして、眼鏡の奥から彼女を見る。 「よく考えろ紫子。おまえの結界は、何に弱い ? 」 弱点はたった一つだ。同族。 桜間の血には効かない。 「遠王と一緒だったのは誰だ ? 」 なぐ 訊ねられ、紫子はべッドを殴りつけた。桜間塔埜 ! 紫子は屈辱のあまり、卒倒しそうだった。自分の〈城〉の中から、おめおめと盗み出される なんて ! くそっ、はづきさま ! 」 「遠王か 「由和。それは違うかもしれない」 馨はなにごとか考えるよう、眉根を寄せていた。 「さらわれた、とは限らない。姫ィさん、あの兄貴が好きなんだ。諦めきれないっていってた から。だからさ」

8. 人は影のみた夢 2 : マリオネット・アポカリプス

手を振ると、執務官は転がるように出て行った。鶸子は立ち上がり、窓の外に目をやる。 「あの、女ーー」 あえて問いたださずとも、彼女には儀恵が何を企んでいたのかは知れた。生涯で二度目の 〈桜御前〉に返り咲いたあの老婆は、こちらが手を打つよりも先に、〈若桜木〉だった紫子を放 ちく 逐したのだ。 なぜそうしたのかも明白だった。羽月につけるためだ。桜間のカで〈香気〉を鎮め、鶸子の 差し向ける追っ手から姿をくらませるためだ。 現職の〈若桜木〉が、表立って一族にたてつくわけにはいかない。だからこそ、儀恵は紫子 をあえて切り捨てる形を取ったのだ。桜間とは、一切無関係だと言うように。 ねずじ ごしよもんようゆうぜん やがて訪れた儀恵は、鼠地に御所文様の友禅に、黒に近い袋帯を締めていた。配色は地味だ が、八十歳を越えた白髪の彼女が着ると、一種異様な迫力が出る。 儀恵は歳のわりにはまっすぐな姿勢で、誰の手も借りずに歩いた。足取りはたしかだ。 夢「わたくしに、何か訊ねたいことがおありとか。総領さま」 びわ 琵琶の弦をはじくような、聞く者を黙らせずにはおかない声を、儀恵は出す。なぜ呼ばれた かわかっていて、けれどそう悟らせない表情をしていた。仮面は、威厳ある〈桜御前〉の顔で 人ありながら、臣下をきどるようにどこか従順なそぶりだ。 かん 四鶸子の何よりも癇に障る顔つきだった。もちろん、儀恵は承知の上でしている。 いっさい

9. 人は影のみた夢 2 : マリオネット・アポカリプス

るべきシシンが出ない。だから、本能的に間に合わせを作ろうとして、こんなことが起こるの でしよう」 横っ面を張られたように、羽月は目を瞠った。後悔と、抗議の気持ちがごちゃ混ぜになる。 「生駒もナナ工も、間に合わせっていうの」 「器としての見地からはそうです。残酷な言い方ですが、だから生駒さんは亡くなられた」 羽月は唇を噛む。そのとおりだ。 けれど、封印されたシシンは、そうおいそれとは探せない。羽月たちはここ何日か、その方 法を模索してきたが、ことごとく失敗に終わっている。 羽月は絶望的な気持ちになる。それが出来ないならば、無差別の殺人鬼になるのと同じだ。 「由和さん。〈若桜木〉は、これ以上の事をするならば桜間の〈環陣〉でなければダメだって 言ってるのに、原因だけわかっても」 「いいえ」 さえぎ の由和は、羽月を遮るように否定した。 影 「確かにほとばりが冷めるまでは、桜間の人間に頼るわけにはいきません。ですが、眠ってい 人 るシシンではなくて、あなたが使えるシシンが手元にありさえすれば、それは防げるでしょ もさく か みは サークル

10. 人は影のみた夢 2 : マリオネット・アポカリプス

勝負は鶸子の負けだ 0 た。両者とも穏やかな牽しを交わながら、そのことを知 0 てい 「罰しはしないわ。それが恋である限り」 「それがよろしいかと存じます。総領さま」 儀恵は来たときよりもたしかな足取りで帰っていった。去っゆくその背中が、やけに大き く見える。 ふすま 襖が閉まるのを待ち、鶸子は卓上にあったガラスのペー ェイトをつかんだ。真横に振 り投げる ! はち ーウェイトは観葉植物の鉢にあたり、鈍い音を立ててけた。間接照明の作る影の下 で、溶けかけた氷のように光る。 煮え繰り返るはらわたを抱えた鶸子は、それでも笑みを浮か・つづけていた。 「罰しはしないわ」 低くーーっぷやく 「家の者はね。ただし、本人たちはどうなるかわからなくてよ」 桜間儀恵。一族を抜けた者には、おまえも口を出せまい 鶸子の心の中で、迫由和と桜間紫子が、赤く染まってゆく