紫子 - みる会図書館


検索対象: 人は影のみた夢 2 : マリオネット・アポカリプス
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1. 人は影のみた夢 2 : マリオネット・アポカリプス

る。警告されているのにー 羽月は目を閉じる。指の先が汗ばんでいた。 かすかに声を漏らし、馨が動く。紫子を止めようとした彼を、由和が押さえた。紫子自身 も、軽く手をあげて合図した。余計な口出しは無用、と。 「体の力を抜きなさい」 耳元に紫子のささやきを聞き、羽月はますます体がこわばるのを感じた。自分は行こうとし ている。あそこに。あの場所に ( 少しだけ。少しの間だけだから ) 彼女はそう思って、自分をなだめようとした。これから紫子に連れられてゆくけれど、それ はきっと一瞬で終わる。 のぞ シシンが見つかればいいのだ。そうすれば、過去を覗く理由はなくなる。 紫子の指に力がこもり、羽月はびくりとした。反射的に引っ込めようとするのを、押さえっ 夢けられる。 「動かないで。翔ぶわよ、二歳のあの時まで」 膨とん、と紫子の手のひらから波動が伝わる。羽月は温かいものに包まれ、ふたたび現実から 人 切り離された。出し抜けに引っ張られ、ふいに辺りに夜の森が広がった。 とばり 紺色の闇の帳。いきもののように蠢く黒い枝。 うごめ

2. 人は影のみた夢 2 : マリオネット・アポカリプス

は、入ってくるなり、紫子の顔を見て眉をうごめかす。 「ひどい顔だな」 「ほうっておいて頂戴。あとで化粧品を馨に買いにやらせるからいいのよ」 「また言われるそ」 からかう調子に、紫子がにらみつける。 「さっきこの子にも言ったのよ。疲れているから、ケンカは売らないで。 ことを言ったら、ロを縫ってやるわ」 びん 「あれが縫われる方に、美容液一瓶賭けてやってもいいそ ? 」 さこ 「迫」 どき 怒気のこもった声に、由和はそれ以上の軽口をやめる。彼にとっては、本題に入る前の軽い プレイク・タイム 休息時間だったのだろう。 椅子が足りないため、彼は壁にもたれようと移動した。紫子の側を通り抜けると、彼女はむ っと顔をしかめる。 「タバコのにおい」 「おまえの前では吸ってないだろう。これくらいは俺の自由だ」 羽月は、紫子がタバコを受けつけない性質なのだと初めて知った。その紫子が、羽月に訊ね る。 もし馨がそんな

3. 人は影のみた夢 2 : マリオネット・アポカリプス

桜間の力は、巫女のようなものなのだろう。急かされて、羽月は押し切られるようにソファ に背を預けた。細くて冷たい紫子の指が、右手に組み合わされる。 とら まなぎ 飛び込んでくるような強い視線に、羽月の頼りない眼差しは囚われる。 紫子の目は、白目の部分がかすかに青色を帯びていた。子供のように澄んだ目だ。 同時に、氷のように冷たい目。 「嫌な子ね、強姦されるみたいな顔して」 眉根を寄せた羽月に、・紫子が苦笑する。だが、壁際の馨がにやりとした。 「そんな顔してるぜ、あんた」 「 ! おまえは向こうへ行っておいで ! 」 振り向いた紫子が声を荒げた。頭を振り、気を取り直すように、指に力をこめなおす。 かゆ 「安心しなさい。痛くも痒くもないわ。ただ戻るだけよ。ゆっくりと、漂うように」 紫子の言葉の終わりが、奇妙にプレて聞こえた。 まぶた 夢あれ、と思った途端、羽月の瞼は閉じていた。 「流れるわよ」 ささやきが、羽月を現実から切り離した。羽月は羽月を作っている源の〈もの〉だけにな 人 り、ふわりとその体から浮かび上がった。

4. 人は影のみた夢 2 : マリオネット・アポカリプス

142 「羽月さまがか ? 」 みは 目を瞠った由和に、紫子は顔をしかめた。 つくろ 「これだから男は : 必死に取り繕ってるのが、毎日顔を合わせててわからないの ? あの 子、たぶん、毎日夢で弟の死を見てるわ。それで自分を責めて、自分でバランスを崩してる」 がまん 「あんたが泣くなって言ったから、我慢してるんじゃないのか ? 」 いくぶんとが ひび 馨の声が、幾分咎めるように響いた、紫子はふたたび首をもたげた苛立ちを押さえつけよう とし、こらえきれずに一言漏らす。 ばか 「馬鹿」 まなぎ 馨の眼差しがきつくなる。紫子はそれを受け止め、続けた。 「わたしがああ言ったのは、こんな風になって欲しくなかったからよ。あの子の性格じゃ、 つまでもぐすぐず泣くのは目に見えてたわ。だから、わざと言ったの。それでわたしを憎ん で、こっちにエネルギーを向けている方が上等よ」 ふち 憎しみはカになる。絶望の淵から這い上がるための。生きるための。 羽月に憎まれることなど、紫子にとってはなんでもなかった。毛ほどの痛みも感じない。む しろ、それで羽月がこの時期をやり過ごせるというのならば、よろこんで悪役を引き受ける。 羽月個人に対する情などない。紫子にとっての羽月は、〈天望の姫〉という記号に等しかっ

5. 人は影のみた夢 2 : マリオネット・アポカリプス

ないので、彼女はうなずく。 「だったら、なんでそんな悲しそうな顔してんだよ ? 」 わけがわからないといった様子で、馨が首をかしげる。それでも答えかねている羽月に、紫 子が言った。 「まさか、し 、じめられていて引っ張られるの嫌さに、だったの ? 」 「ちがいます」 紫子にとって、羽月の髪の話題は、たいした意味があったものではなかった。だが、ここま でぐずぐずと話を延ばされ、次第に苛ついてきた。 「なら何なの」 言いたくない」 それならそうと、早く言えばいいでしよう ! 」 「うるっさいな、怒鳴るなよ」 馨が顔をしかめると、紫子はきつい眼差しを向ける。 「おまえは黙っておいで」 「承知いたしました。〈若桜木〉さまのお部屋は、左手の奥でございますう」 引っ込めといわれたように感じたのか、紫子が荒々しく席を立った。乱暴にドアを開けかけ

6. 人は影のみた夢 2 : マリオネット・アポカリプス

「そう」 二歳までさかのばっていた間の、時間の感覚はなかった。長かったような気も、短かったよ うな気もする。 「大丈夫か、姫ィさん ? 」 「たぶん」 まだ、気持ちがしゃんとしてこない。羽月は急に出てきた鼻水をすすり、両手でカップをも てあそんだ。 仲立ちをした紫子も、気がゆるんだのか、すぐには言葉が出てこないようだった。立ち上が って一度髪をかきあげると、自分を抱くように腕を組み、ばんやりと宙に視線を泳がせる。 「どうだったんだ、紫子」 「失敗よ。何もしないうちに、この子が自力で戻って来てしまったんだもの」 「ごめんなさい」 夢「謝らなくていいわ。不可抗力よ」 み紫子は怒ってはいなかった。本当に、言った通りに考えているようだ。 影「ふかこ , つりよく」 人馨が慣れぬものを飲み込むような顔をした。紫子が軽くうなずく。 「誰だって、崖から落ちたら絶叫もするでしようよ。今生きているのだから、結局あのあと助

7. 人は影のみた夢 2 : マリオネット・アポカリプス

びくりと身体が大きくはね、羽月はマンションのリビングに戻ってきた。目の前に、真剣な 眼差しの女性がいる。 食い入るように自分を見つめている彼女が「紫子だ」と気づくまでに、つかのまかかった。 別人だと思い込み、意識を重ねていた幼い自分から抜けきれずに、子供の声でつぶやいた。 「おかあさん ? 」 「ーー富貴子姉さまは、ここにはいないわ 紫子は、羽月が誰と見間違ったかを理解してそう答えた。富貴子と紫子は、雰囲気がよく似 夢ている。 み「ここがどこか、わかるわね ? 」 案じる声に、やっと「彼女は紫子だ」と理解する。 人・「京都のマンション」 「よかった」 ( 銀の爪ーー ) 月もないのに、輝いて見えた。羽月はそのまま落ちてゆく

8. 人は影のみた夢 2 : マリオネット・アポカリプス

140 「そりや、由和や姫ィさんだって一緒だろ ? 煮干しでも食う ? 」 床に置いた袋をごそごそやりだす馨を見て、由和がのどの奥で笑った。紫子は、そんな二人 をいまいましげににらみつける。 「少し落ち着け、紫子」 「ーー・ーわかってるわ」 紫子は息をつき、肩の力を抜いた。 「わかってるのよ。ただ、この火事のタイミングは、あまりにも出来すぎてる。一族に、無差 別殺人を依頼する者なんて、いないわ。だとしたらと思うと、気が休まらないのよ」 「すでに我々はマークされていて、この火事はその警告だと ? 」 「そう受け取れなくもないでしよう ? 」 「おまえらしくもなく、弱気だな」 「あなたが側にいるからよ」 由和が瞬いたため、紫子はしのび笑った。冗談だったのだ。 本当は羽月のことよ。あの子をいま、ここか 「そんなに驚かなくたっていいでしように。 ら動かしたくないの。危険すぎる」 「そういや、俺のいない間に、再チャレンジしてたんだよな ? 」 冷蔵庫に買ってきた物を放り込みながら、馨が訊ねる。三日前、失敗に終わったシシンの手

9. 人は影のみた夢 2 : マリオネット・アポカリプス

「うそよ ! 」 反射的に紫子は叫んだ。ぐらりと床が揺れる。 結界は完璧だったはずだ。現にいまだって、警鐘は鳴った ! どん、とまるで体当たりするように、由和が壁にもたれる。汗ばんだ額の彼は、両腕を抱く ようにして、眼鏡の奥から彼女を見る。 「よく考えろ紫子。おまえの結界は、何に弱い ? 」 弱点はたった一つだ。同族。 桜間の血には効かない。 「遠王と一緒だったのは誰だ ? 」 なぐ 訊ねられ、紫子はべッドを殴りつけた。桜間塔埜 ! 紫子は屈辱のあまり、卒倒しそうだった。自分の〈城〉の中から、おめおめと盗み出される なんて ! くそっ、はづきさま ! 」 「遠王か 「由和。それは違うかもしれない」 馨はなにごとか考えるよう、眉根を寄せていた。 「さらわれた、とは限らない。姫ィさん、あの兄貴が好きなんだ。諦めきれないっていってた から。だからさ」

10. 人は影のみた夢 2 : マリオネット・アポカリプス

202 あわ 由和は複雑な表情をしていた。憐れむように優しく。それでいて、嘲るように冷たく。 「羽月さま。とにかく着替えてらしてください。後から参ります」 今度こそ、有無を言わさぬ調子だった。羽月は逆らえずに、のろのろと立ち上がる。 自分の部屋のドアを開けると、ライティングデスクに片頬杖をついていた紫子が目を上げ ペッドにはナナ工がいる。紫子は、不安定なナナ工に何かあってはと、一晩中ついていたの だろう。 「おはよう」 く・も 声はっていて、いつもの覇気がない。紫子の目の下に出来ているクマに、羽月は眉を曇ら せて訊いた。 「もしかして、〈若桜木〉も寝てないの ? 」 「仮眠はしたわ」 べッドの側の床に寝たあとがあった。気位の高い〈若桜木〉だが、非常事態にはそれを厭い はしないようだ。 「何もなかったの ? 」 「そうよ」 紫子の眼差しは一瞬、何か言ってやろうというように光った。だが、ただうなずいたところ こ 0 あざけ ゆかり一