じゅほう 「ふるい呪法なんだ。由和は力を・ーー」 馨が羽月にしがみつく。 彼は力を必要としていた。迫家の再興のために。 さくら′、ぜ 「行くんだ、姫ィさん。離空に行くんだ。もしもの時は〈桜御前〉を頼るように、俺、紫子さ まから言われてた。あんたを頼むって ! 」 「ーーー・かおる、かおるは ? 」 不安を覚えて訊くと、馨が厳しい表情になる。 や 「俺は由和を殺る」 ごうおん その瞬間、赤松の屋敷が轟音とともに炎上した ! 右腕に強いしびれが生まれ、遠王が力を使ったのだと知る。おそらく、あの二人が戦ってい るのだ。・ 「ぐずぐずしてると巻き込まれる」 馨は羽月をせかし、立ち上がった。 しず 「早く行くんだ。俺はやらなきゃならないから。やつのなかの雪也を鎮められるのは、この世 に俺しかいない」
116 るの。間違えないように。一族が、滅びの道に行かぬように」 「〈桜御前〉は呪われた血による清算を望んでないわ。だからわたしを遣わした。最悪のこと が起こる前に、あの子の恐ろしい力を少しでも安定した方向に持っていかなくてはならないの 抑えてきた感情が噴き出したのか、紫子がうわごとのようにロ走る。塔埜には何のことだか わからなかった。呪われた血 ? 「さあ、返事を聞かせてちょうだい」 いらだ 紫子が彼を見上げる。今にもつめよりそうな顔に、塔埜は苛立ちを覚えた。彼に選ばせるよ うなふりをして迫っているではないか。イエスといえ、と。 「嫌だとは、僕には言えないのでしよう ? 」 まなじり 塔埜は皮肉まじりに訊ねた。紫子が眦を吊り上げる。 「おまえは桜間の人間よ。すでにナナ工を導いて、その力を示したわ」 「その力を持つ者は、桜間の意思に従えと ? 」 訊きながら、怒りがにじむように広がってゆく。ほんの数日前まで存在も知られず、ひとっ おんけい の恩恵すら受けていないのに従えと ? 桜間し ( 冗談じゃない つか
気〉がはっきりと現れた。辺りを満たし、同質の由和に触れて火花を散らした。どっと風がな がれる。 うち 呼応して、由和の〈香気〉が吹きあがった。押し戻される自分の力を感じ、羽月の裡で圧力 が高まる。もう止められない。 押し返せ ! 瞬間、雨が羽月の中に降り込むような奇妙な現象を見せた。羽月の〈香気〉である風が廻 あか る。由和の紅い霧をはねのけた ! 「いやあ かんだか 甲高い悲鳴を、竜巻が消した。力の塊が由和へ向かう。守ろうとするかのように、馨が駆け る。目を見開いた由和は、羽月の力をまともに受けた。爪先が宙に浮き、馨共々後方へはじき 飛ばされる。 馨の悲鳴を飲み込むように、カの塊の縁がひずんだ。細かな火花がジグザグに走り、由和た ちを包み込んだ。そのまま消える ! せんこう 稲妻のような閃光に、辺りは昼のように明るくなった。照らされた林の木々の残像が、反作 用の爆風になぎ倒されてちりぢりになる。 かたまり めぐ
ククリの力が全開になるのだと羽月は思 0 た「カは弱まることなく、ま 0 すぐ相手に向か たかやしき 「それよりおまえ。今のはおまえなの ? あの瞬間、高屋敷がうめいたわ。引きずられて」 遠王が引きずられた。いつもは彼女を従えようとするのに。 「ーーーわたしもよ。何をしたのおまえ、わたしは桜間よ」 紫子の視線の奥に、おびえがあるのを羽月は見た。彼女は桜間だ。ククリの力は通用しない はず。 「あ、あたしにもわかんないの。ただ、ナナェで応戦してたんだけど、敵わなくて、それで呼 んだの」 「なんて ? 」 その名を、羽月は初めて口にした。 「空也」 紫子が息をのんだ。 「知ってるの」 羽月の声は、爆音にかき消された。遠王がシシンを解放し、カ任せに経四郎にぶつけたの
かわ 馨が乾いた笑い声を立てた。 「だから下らないと、前置きしただろう」 由和はそう答えた。だが、そこで会話が途切れた。 二人とも、完全に否定しきれなかった。遠王も有な存在ではある。その力も、一族の五指 に入る。 由和は前髪に指を突っ込んだ。彼がなんであれ、わかったことがひとつある。 「あの様子だと、羽月さまをすぐに殺しはしないだろうな」 「あれは、俺へのあてつけだ。力をひけらかし、自分がそうできる理由を解くのを待ってい る」 ふたたび追って来い。そう言っているのと同義だ。 「やつが羽月さまを殺すなら、俺の前でだ」 夢びくりと馨の眉が動いた。 み「させるつもりじゃないだろうな ? 」 膨由和は、馨を真っ向から見つめた。 人「当然だろう。あの方は、我々の希望だ」 「ーーその言葉に、嘘はないな」
たた よしかず・ 力の黒い球体に包まれた由和たちは、突然地面に叩き付けられた。自分たちを押し潰そうと していたエネルギーが消え、体がふっと楽になる。 おそ つかま どがほっとしたのも束の間、彼らは凄まじい痛みに襲われた。放り出された時の力は、それ にどの大きさだったのだ。 肩に衝撃を受けた由和は、辺りで木々のなぎ倒される音を聞いた。とすると、ここはどこ・か の山の中なのか。それとも。 判断のつかぬうちに、すぐそばに人の気配を感じたとっさに身を起こそうとして、半ばで かおる やめる。よく知った気配だった。馨。 「無事か ? 」 訊ねた彼の声は、ひどくしやがれていた。それでも馨には聞き取れたようだ。同じくらいひ どい声が返ってくる。 「なんとかね」 ニ影ゆすら すさ つぶ なか
212 見つめる。 「ここが特別な資質を持っ子供を育てる場所だと、さっき言ったわよね ? 」 そう切りだした彼女に、羽月はうなずいた。 「聞いた。遠王のことも」 「その子供たちの特別な力は、特別な時にだけ使われることになっているのよ。一族の命運が かかった時だけ。おまえが生まれてから追われる以前に、そういうことはなかったわ。だか ら、現環島の子供が呼び寄せられるのもあり得ないのよ」 「現環島の子供たちのカって、何 ? 子供にしかない力なの ? 」 「ええ」 そむ 紫子がそう言って、言葉を濁すように顔を背ける。 じらされた羽月はむっと口を結んだ。睨むようにして言った。 「それはあたしに隠しておきたいことなの ? 」 「そうじゃないけれど。それは直接関係のないことだと思うのよ。これ以上余計な知識をいれ ても、おまえ、訳がわからなくなるだけよ」 一族の者が生まれてから大きくなるうちに、何年もかけて覚えてゆくことを、羽月はほんの 十日やそこらで飲み込まなければならなかったのだ。 「でもこれ、あたしのシシンのことかもしれないの」
がくぜん 吐き捨てた由和に、羽月は愕然とした。次の瞬間、由和は仮面をかなぐり捨てた。 「そんなに従うのがいやなら、哲を切れ。おまえの力をすすってやる」 声がかすれて途切れた。この人は何を言っているのだろう。何を 「血でカは伝わる。その宝の持ち腐れも、俺の中で新たな力となづた方がいい」 ( 狂ってる ) ひとみに、い光があ 0 た。 羽月は辺りを見回した。馨を捜す。どうして彼は今いないのだろう〈若桜木〉は紫 子でもいし 彼女の視線の意味するところを知った由和が、くすくすと笑った。 「〈若桜木〉は死んだ」 うそっⅡ」 3 醪ざっと血の気が引した み 「嘘だと思うなら、行って確かめてこい。木にぶら下がっている」 の 影 人 羽月はよろめき、由和の指さした方へと走り出した。 おび 冗談を こ決まっている。由和は羽月を法えさせようと、そう言っただけだー
( まただ ) 鶸子は蒼司に目を据えたままむつつりと考えた。椅子の背にもたれ、足を組む。 年に幾度か、蒼司にはこんなことがあった。突然、訳もなく震えだすのだ。それが一分ほど 鶸子には原因がまったく思い当たらなかった。いや、あるといえばある。だが、そのせいか どうかはわからない。 どちらにしろ、外部に知られてはならないことだった。シシンは〈死身〉。一度対となるべ きククリと〈呼応〉してしまえば、生ける人形となる。命じられぬ限り、動くこともなくなる のが普通なのだから。 もし、これを誰かに見られたならば、どう思われるだろうか。 鶸子は唇をきゅっと結んだ。余計な波風を立てるわけにはいかない。ただでさえ、周囲は厄 介ごとに満ちている。 鶸子は立ち上がった。震えの収まらない蒼司に、背中から手を回す。その腕に静かに力をこ めながら、彼の髪に顔をうずめた。 しつこく 漆黒の闇に浮かぶ銀の月と称される自分とは、相容れない異質なにおいがする。銀の月を翳 らせる、雲をよぶ風の気配 : 「いきいき ( しいこと」 力し やっ かげ
146 手に、応えてはいけないんだ」 しよう力い 〈桜御前〉になるべき者は、生涯異性と交渉を持っことは許されない。離空全体を護る強大な 力は、永遠の処女性と引き替えに作られる : 儀恵の声が震える。塔埜は目を上げた。声を荒らげる。 「だったら何をしてもいい と言うんですか」 「わたしだって止めたさ」 びいんと琵の音のように儀恵の声が張りつめた。 「許すわけがないだろう。叱ったし、叩いたし、閉じこめもしたさ。富貴子だってよくわかっ ていたはすだよ、久巳だって。それが手に手を駆け落ちていったんじやどうしようもないだろ う ? あの子たちは一族を敵に回し、苦労するのを承知で飛び出したんだ。鹿な子だよ、馬 鹿な子・ : 儀恵がふいと横を向く。 「外に出て、私たちが生きてゆけるはずがないのに。一生、まともな職になんかつけはしな 。学校にだって行かれない。天望の存在を証明するものなんて、どこにもないんだから。闇 に住まう者が、陽のあたる場所でなんか生きてーー」 言葉が途切れた。涙をこらえているのだ。彼女は富貴子も愛していたに違いなかった。後継 者として慈しみ、大事に育てたのだろう、きっと。