「穢したく、ねえしな」 よご ( 穢れ ? ) 死に立ち会わせること、だろうか。 遠王が、開け放したままの玄関から、羽月を外に追いやろうとした。 「おまえはちっと出てろ」 だめ、やめて。そんなことしないで ! 」 「ーー遠王 ! 「これは、おれのけじめだ。おまえとは関係ねえ」 「関係ある ! 関係あるでしようあたしはあんたの体を : : : 」 「奪われたのは俺だ。踏みにじられたのも俺だⅡ」 遠王は彼女を押し出そうとし、二人は玄関でもみあった。引き戸の桟に足をかけた羽月は、 儀恵に近づこうと必死だった。 「おばあちゃま ! 逃げて ! どうしてそこにいるのどうして黙って殺されようとしてる み 羽月にはわからない。理解できないー の 影 他人の体を取り上げてまで羽月を逃がそうと思った人が、なぜ自分を生かそうとしないのだ 人 ろう。遠王の怒りは当然だからその怒りを受けることが、罪の清算だと思っているから それとも岬 さん
とうき、よう・ 「東京」 富貴子は言った。息を継ぎ、頬にかかる髪を払いのけ、空を見上げた。 たかぎ 「高木が、わたしの夫が待っているの。生きて戻れと、そういって別れたわ」 「おとうさんが : ・・ : 」 「そうよ」 富貴子が、羽月の頬に触れる。 「ここに来る前にすべて打ち明けたの。だから、わたしたちを待ってる」 「そこへ、俺たちも ? 」 、 ) うてい 不安そうに眉根を寄せる馨に、富貴子は肯定してみせた。 こば 「高木は拒まないわ。あのひとは覚悟してる。もう一度、やり直す覚悟を」 「やり直す ? 」 「ええ。家族ごっこを」 じちょう 富貴子の言葉は自嘲気味だった。ごっこ。たしかに、ずっとそうだった。高木家はゆがんだ み 家族を演じ続けてきたのだから。 の 影 けれど、羽月の心には強く響いた。家族。たとえ、それが形だけだとしても。 人 ( あたしたちは、やり直せるかもしれない。そうやって、生きてゆくことが出来るかもしれな ほお
「とうのつ」 わな 「姫ィさん戻れ、それは罠だーーっ」 馨が叫んだが、羽月は止まらなかった。塔埜に駆けより、抱え起こそうとする。 彼女は腕を伸ばした。鶸子がほくそ笑む。 ( 塔埜 ) にら 羽月は手を引いた。塔埜が彼女を睨み据えている。ほんのわずかに目が動いた。何か言おう とするよ , つに。 出来はじめた血だまりからほんの数センチの場所で、羽月は射すくめられたようになってい た。塔埜から、目が離せない。 信じられない思いで、彼女は彼を見ていた。声ではなく、べつの方法で塔埜は話していた。 『来るな、僕にさわるな』 きょぜっ 拒絶ではなかった。羽月を嫌うからではなく、彼はそう言っていた。 ( 妹だから : : : わかるーーー ) ぎようし 羽月は、馨に引き戻された。おとなしく従いながら、羽月は塔埜を凝視していた。 ( お兄ちゃん ) 「桜間の血にさわっちゃだめだ。力が消えちまう」 、、ゝ 0
なが 後部座席で窓の外を眺めてつぶやいた塔埜は、運転手の様子がおかしいのに気づいた。速度 が落ち、車が崖つぶちへと向かっている。 「 ! すいません ! 」 うな 運転手はすぐに我に返り、ハンドルを切った。アクセルを踏み直しながら、唸るようにのど を鳴らした。 「ちくしよう、びりびりしやがる」 はつろ 運転をしながら、彼は体のそこいら中をさすった。ククリではないようだが、〈発露〉はし こき ているらしい。その証拠に、かすかな〈香気〉を塔埜は感じた。暖かみのあるスパイスのよう な香りだ。 ひとりごとを言った運転手に話しかけようとはせず、塔埜は窓の外に視線を戻した。足を組 どうやらこの揺れは、一族の者たちに影響を及ばす、特別なもののようだ。それも、運転が 一瞬おろそかになるほど強く。 彼自身ははとんど感じない。桜間の血を引いているせいだろうか、髪のはえぎわがざわざわ するくらいだ。 数時間前に一度目の揺れがあったのだという運転手の言葉に、塔埜は興味を引かれた。身を む。
279 人は影のみた夢 だめ 「近づいちゃ駄目だ、さわっちゃ駄目だ ! 」 「だって ! だってこれって ! 」 なぜ富貴子がここにいるのか、羽月にはわからなかった。だが、これはわかる。倒れている のだ。床に倒れているのだ。白いコートに焦げあとを付けてー 「塔埜 ! 」 彼女は兄を呼んだ。羽月をみとめた塔埜が、ふいに顔をゆがませる。かすかに、ほんのわず かに首を振った。 わななく口からつぶやきを漏らし、塔埜が涙を吹きこばす。繰り返すが、言葉にならない。 体の自由を奪われているのだとわかった。だれに ? ひじか ほおづえ 羽月は馨に支えられたまま、その女性を見た。肘掛けに頬杖をついている。長い髪、黒い 服、白い肌。 心臓を貫かれるようなショックに、羽月は反射的に一歩引いた。血が足にざあっと落ちる。 おそ 言うべき言葉が見つからず、羽月はロを半ば開いて止める。震えが彼女を襲い、寒くもない のに歯がぶつかりあって鳴った。 なか
312 斜め下に進んでみてください ( 例・の文字だけ読むのよ ) 第一章ひぐらし 第二章ねびえ 第三章寝起きわるい 第四章いつものこと ささい すごい些細なことだけどさ ( 笑 ) 。いちおう文字あわせに苦労したので、見てやってくださ いまし。そいから文字あわせの話が出たついでに言うと、今回名前も結構関連性持たせてま あもう す。天望に天界伝説があるので、全部じゃないが、空関係と鳥です。 ひわこ ひたきひたきえんおうえんおうゆきや はねつばさプラス そう 鶸子↑鶸。飛滝↑鶲。遠王↑鴛鴦。雪也↑雪 ( まんまじゃん ! ) 。羽月↑羽 ( 翼 ) + 月。蒼 司↑青の主ということで空。 どう ? って、自己満足の世界だよなこれって : てなワケで、近況報告をば。 一部の人はすでに知ってますが、わたくし犬を飼い始めました。といっても、現住所では飼
戸を開けた塔埜は、鶸子の訪問に驚いていた。ばんやりとテレビを見ていたようだ。寝ころ んでいたのか、服のしわを気にして、上着の裾を引っ張った。 「どうかしたんですか ? いまの、あれが何か ? 」 結界の異変を、塔埜も感じていたようだった。そのせいだろうか、よく見ればその顔がいく ぶん青ざめている。 「なにがあったのか、おまえにもわかる ? 」 「ええ、 なんとなく」 けんめい 塔埜はうなずいたが、その目に昼間のような光はなかった。懸命にしゃんとしようとしてい るようだが、どこか生気が足りない。 うち 緋沙子の件で思い脳み、自分の裡に閉じこもっていたのかもしれなかった。そのせいで、こ はあく との重大さを把握できていないのかもしれない。 ふきこ もしくは、離空の生まれでないからか。富貴子は息子に一族のことを、ほとんど何も伝えず みにいた。そのため、塔埜には、誰よりも濃い桜間の血を引いていながら、知識が足りない。 ようしゃ 影 いつもの鶸子ならば、このような反応に容赦はない。だが、もうそれはどうでも良いことだ 人 った。いや、塔埜に限っては、はじめから気にも留めていない。 「羽月が、ここに来るわ」 すそ
ぎけい 桜間儀恵は、上がりかまちに正座していた。おそらく、羽月を追って玄関を飛び出しかけた おど 者の一人が、遠王を見つけて彼女に報告したのだろう。彼が女たちを脅してここにたどり着く までに、儀恵は飛滝の部屋からここへ出向いていたのだ。 「おばあちゃま、逃げて ! 遠王が ! 」 おさな 無意識に幼い頃のような呼び方をした羽月に、儀恵はわすかに目を瞠った。だが、彼女が続 さえぎ けて何か一言う前に静かにそれを遮った。 「知ってるよ。おまえ、わたしを殺しに来たんだろう」 遠王が肩をそびやかした。すぐに顔を怒りにゆがめ、羽月を抱きかかえたまま左足をけり出 「そりゃあ話が早ええや ! 」 にぶい音が儀恵の肩ロで生まれ、老婦人は背中から廊下に倒れた。頭を打っ鈍い音に、羽月 は叫び声を上げる。 み 「きゃああっ、おばあちゃま ! 」 の 影 「御前い」 人 廊下で遠巻きにしていた女たちが駆け寄ろうとする。複数の足音に、儀恵はとっさに上体を ひねり、顔をそちらに向けた。 みは にぶ
いや 馬鹿な子ね。そう言っているように聞こえた。塔埜は緋沙子の死に打ちのめされている。卑 おくびようもの しい臆病者だと、開き直ることが出来ずに。 「緋沙子と逃げて、連れ戻されて死んだ方が幸せだったという顔をしているわ、おまえ」 「そうかもしれません : ・・ : 」 ほほえ 塔埜は、みとめた。鶸子が微笑む。どこか聖母のように。 「いやな子」 くや くちびる 鶸子は、唇から笑みを消さずに言った。どこか悔しそうな、それでいて諦めたような声で。 「失礼します」 屋敷の女が、陶器でできたトレイをささげ持ってやって来た。トレイには茶器が載ってい る。鶸子が目で合図したのを見ると、彼がここへ来るまでに、持ってくるよう命じてあったよ にしきえ きん 女が腕を下げた。紫と黄金をふんだんに使い、錦絵のような細かな模様のかかれた、けれど きゅうす デザインはばってりと中国風の急須と茶碗が、用意されていた。トレイまで含めたセットなの だろう。模様が同じだ。 そそ 鶸子はトレイを彼女にささげ持たせたまま、茶碗をかえし、急須の茶を注いだ。後発酵の中 国茶に似た黒褐色のそれは、だがかすかに花のような甘い香りがした。 「落ち着くわ、おのみなさい」 ひさこ あきら の