屋敷 - みる会図書館


検索対象: 人は影のみた夢 4 : マリオネット・アポカリプス
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1. 人は影のみた夢 4 : マリオネット・アポカリプス

もてあそ 鶸子はゆったりとうなずいた。彼をじらすように、手の中の茶碗を弄ぶ。 そのまま、彼女は茶碗をひねくり回していた。お茶にはロを付けようともせず、テープル役 さいそく の女も、催促しようとはしない。 いらだ 塔埜は苛立ちはじめ、同時に混乱した。このくつろいだ仕草は何なのだろうか。なにを話す でもなく、彼と女を目の前に立たせている。しかも、鶸子は「羽月が来る」と言っていなかっ ただろうか ? 「おまえが殺してくれるのでしよう ? 」と笑ったのではなかっただろうか ? 「執務室まで、たどり着けないとお思いですか ? 」 長く黙っていたためか、舌に引っかかりを覚えながら塔埜は訊ねた。屋敷には警護をする者 も含め、何十人もが詰めている。それらの「壁」を抜けて羽月が姿を現すことはないと、鶸子 は茶など飲んでいるのかもしれないと彼は考えたのだ。 だが、鶸子は言った。 「来るわよ」 「は ? 」 「来る、と言ったのよ。あの娘はここへ駆け込んでくるでしようね」 「駆け込んで ? 」 そんな力があるだろうか。羽月がどんな力を持っていようと、屋敷の者たちがただで通すは ずがない。

2. 人は影のみた夢 4 : マリオネット・アポカリプス

きかなかった」 「お話 ? 」 そうりようやしき 「総領屋敷に一緒に住んでいたからね。よくお守りをさせられました、お姫ィさま」 飛滝は冗談めかして頭を下げた。羽月はあいまいに応じる。 ( 総領屋敷 : : : ) ひわこ 羽月が生まれた当時、すでに一族を治めていたのは母の鶸子だったはずだ。その彼女は、羽 月を追うまでは、同じ家に住まわせていたというのだろうか。 うつむいていた羽月は気づかなかったが、飛滝の目がわずかに細まった。彼女が何に動揺し ているのかを察して、そっと教える。 くら そうじ 「鶸子は何も、おまえが生まれた瞬間から憎んでいたわけではないよ。それは蒼司と較べれば ふと彼は言葉を切った。うろたえるように顔をしかめたのを、羽月は見逃さなかった。もち 醪ろん、彼が漏らしたその言葉も。 ( 蒼司 ! ) 影 「おじちゃま、蒼司、って」 人 。後回しにしないか。いま聞かせても、おまえが混乱するばかりだろう」 「混乱しない。教えて ! その人はあたしの兄なの」

3. 人は影のみた夢 4 : マリオネット・アポカリプス

ろうか。儀恵の屋敷まで。 可能なはずだ。羽月は離空にその方法でやって来た。追っ手をかわすため、森と同調した。 それしか方法はないようだった。やるしかないだろう。これ以上体力を奪われてからでは、 願うことも出来なくなってしまう。 ひぎ 羽月は目を閉じた。膝に顔を伏せる。 〈気〉が体を巡るような、そんなイメージをした。呼吸にあわせて心中でつぶやく のぞ ( あたしを運べ。連れて行け、希むところへ ) じゅもん 自分の内側へ潜る呪文のように、それを繰り返した。周りの音が聞こえなくなってゆく。透 明な球に包まれ、その中に静かに力が満ちてゆくような気がした。 羽月は思い出す。由和に連れられて異次元を抜けたときの感触を。 思うことはカになる。思い出す感触は力を形作る。 ( すごく寒い場所を通り抜けたら、あたしは屋敷に着いてる ) 羽月を包む空気が、休息に冷え始めた。体から月のような鈍い銀色の光を立ち上らせ、羽月 は自分でそうと知らないうちに森から姿を消した。 にぶ

4. 人は影のみた夢 4 : マリオネット・アポカリプス

底に閉じこめられる。 つまさき 見ていた鶸子が、爪先でべッドの下を示した。 しわ。始末出来るときが来たら、谷へ運び 「屋敷が落ち着くまで、そこにでも入れて置けばい、 亠ましょ , つ」 離空では罪人は谷へ投げ捨てられる。彼女もそんな扱いを受けるのだ。何をしたにしろ、鶸 げきりん 子の逆鱗に触れた者は、そうなる運命にあるのだろう。 言われたとおりにしながら、塔埜は背筋が冷たくなるのを感じた。鶸子は自分のペッドの下 に遺体をおいて平然としていられる、そんな人なのだと。 それは冷酷を通り過ぎている。すでに狂っているのかもしれないと彼は思った。それとも、 あもう なりわい 殺人を生業とし、肉親同士が血で血を洗うような泥試合を繰り返してきた天望の一族では、ご く当たり前のことなのか。 「 : : : 屋敷の者が気づきませんか、すぐに」 「かもしれないわね」 鶸子はこともなげに言った。大した問題ではないというロ振りだ。 まぎ 「騒ぎに紛れて、みな忘れるでしよう。どのみち、里にまでは伝わらない」 彼は黙った。うまくいくとは思えないが、ロにしたところでどうなるでもない。

5. 人は影のみた夢 4 : マリオネット・アポカリプス

とがあるからな」 彼はその言葉が終わらないうちに、羽月を引き立てて歩き始めた。向かってくる遠王に かみなり 雷に打たれたように立ち尽くしていた桜間の女達がざわっいた。彼は屋敷へ上がろうとして 「遠王、まさか ! 」 「黙ってろ」 ふいに気づいて声を上げた羽月を、遠王は脅しつけた。顔色を変え、咄もうとする女達の前 に羽月を引きずり出す。 ヾアの大事な姫が死ぬそ」 「邪魔すると、バノ 彼女たちはいっせいに急をのんだ。だが、 翻。して駆け出した。 「動くんじゃねえ ! 」 遠王の一喝で、その場に縫い止められたように、彼女たちは止まった。振り向くことも出来 み ずにいる女達に、遠王は笑い声を上げた。 の 影 「本当に大事な姫らしいな、こいつは。そりゃあいし」 人 羽月はふたたび腕をきつく掴まれ、女たちを押しのける遠王に連れられて屋敷へ向かった。 すれ違うときに視線を走らせると、桜間の女たちは顔をこわばらせて彼らを見ていた。羽月と いっかっ おど うらはら おもわく 遠王の思惑とは裏腹に、道をあけることなく身を

6. 人は影のみた夢 4 : マリオネット・アポカリプス

羽月は耳を澄まして返事を待ったが、やはり答えはない。いくら真夜中を過ぎているとはい さわ え、これだけ騒げば一人くらい起き出してきそうなものだ。それにだいたい、いくら知らぬ者 やす のいない離空の中だと言っても、寝む時くらい玄関の鍵はかけるはすだ。 ということは、誰もいないのだ。 : こんな時間に ? ) 屋敷に何人くらいが寝起きしているのか羽月は知らないが、軒並み出払うなんてことがある のだろうか。〈桜御前〉以下全員が同時に家を空けるなんて、あまり考えにくい だが、現実に屋敷は静まりかえっている。 しばらくためらった羽月は、腕で押しのけるようにして玄関を開けた。上がりかまちによじ 登る。 じゃま もういちど中へ呼びかけ、それでも返事がないことを確かめると、セリフを「お邪魔しま ぶく す」に変えた。壊れてしまった靴を、靴擦れの水膨れになるたけ触れないように苦労しながら 脱ぎ、柱につかまって立ち上がった。 歩くのはしんどいが、知らない家の廊下を這う勇気は羽月にはなかった。見つかって、あら ぬ誤解を受けたくもない。 なんど 羽月は一部屋一部屋、ノックを繰り返しながらのぞいていった。台所や納戸のように窓のな

7. 人は影のみた夢 4 : マリオネット・アポカリプス

ち、机の上の物が転がり、不安定だった背の高い観葉植物の鉢が横倒しになる。 すさ 部屋が瞬間的にひしやげて見えるような凄まじいそれに、出て行きかけた男が尻餅をつい かば た。ばさばさと落ちてくる本から、頭を庇って腕をかざす。 「うわっ」 彼のような悲鳴が、屋敷のあちこちから聞こえた。もともと動じない鶸子は声は上げなかっ ひじか たが、さすがに座っている椅子の肘掛けをつかんだ。 揺れは数秒でおさまった。長く尾を引くような余震はなく、ほとんどそのまま、何事もなか しず ったかのように鎮まる。 地面とは逆に、屋敷の人々が騒がしくなった。尻餅をついた男が、ほっとしたようなため息 をもらす。 なんてことだ、という彼の心の声を鶸子は聞いたような気がした。彼女自身もそう思ってい こ 0 ( 何てことーー ) これはただの地震ではなかった。地震という言葉さえ、正しくないのかもしれない。 鶸子だけでなく、おそらく一族の全員が察したはずだ。いまテレビをつけてみても、地震速 報はどの局も流していないはすだ。 さわ さっ しりもち

8. 人は影のみた夢 4 : マリオネット・アポカリプス

る者は存在しない。 鶸子は、あれを儀恵がはねつけるだろうと半ば予想しながら命じこ。どま オオカ彼女は受け入れ 緋沙子が崖から投げ落とされたのは、今日の昼だ。その時から、天望の運命は決まってい 儀恵の死は、一族の〈死〉。 結界がなければ、彼らは離空に住む理由もなくなる。い や、むしろより固まって暮らすこと の方がリスクは高い。 ( あの女が、それを考えていなかったわけがない ) 儀恵は自分が死ぬまでに、何かをするつもりだったに違いない。彼女が前総領と同じよう に、一族を解放する方法を探っていたのは、鶸子自身が一番よく知っている。 だとすると、これを考えないわけにはいかなかった。他殺ならば、ただの事故かもしれない 夢 が、自殺となると違う。 み の いや、他殺でも意味を持っと、鶸子は思い直した。一体この離空に、あの女を桜間儀恵と、 は〈桜御前〉だと知っていて手にかけようとする者がいるだろうか。ど、、 オししち、屋敷に入り込ん で殺すのは不可能に近い。あの屋敷に暮らす女たちが、体を張って守るだろうから。そして、 彼女たちの血に染まる勇気など、一族の人間が持っているとも思えない。 る。 っ ) 0

9. 人は影のみた夢 4 : マリオネット・アポカリプス

ふっと空気が緩んだ途端、羽月はまぶしさを感じた。ほば同時に、花の香りが漂ってくる。 ( 紅梅だ : : : ) 和やかな香りに釣られるように羽月は顔を上げ、玄関を照らす人工の光に顔をしかめた。手 探りの闇からふいに現れたため、金属の黒い傘のついた鈍い光の電灯でも、目にしみる。 彼女は目をだましだまし、出来るだけ早く慣れようとした。片目を無理矢理こじ開けて、格 子戸の玄関を見上げた。すりガラスを使っているため、中の様子はわからない。 ここが桜間の屋敷。〈桜御前〉の住まう場所。 羽月は這うように玄関に近づいた。拳で格子を叩く。 「すいません ! 」 はめてあるガラスが音を立てたが、返事はなかった。かすれ声のせいだろうかと、彼女はの どを湿らせてもう一度呼んだ。 「こんばんは ! 誰かいませんか」 広そうな屋敷だ。奥まで声が届いていないのだろうか。 み 「こんばんは ! 」 の 影 乱暴な叩き方をしたため、戸がたわんで動いた。鍵はかかっていないのだ。羽月はその透き 人 間に口を寄せて、精一杯の声を張り上げる。 盟「誰か出てきて ! 」 なご ゆる

10. 人は影のみた夢 4 : マリオネット・アポカリプス

そうりよう いただき その花の香りは、羽月の目指す方向にある。総領の屋敷。山の頂にばんやりと広がる黒い ろうそく 影に目を凝らすと、蝦燭の明かりのようにちいさな火が見えた。見える、と言ってもそれは目 ではなく、心の中に見える火だ 0 た。んもの能力者の〈香気〉が、灯火のように揺らいでい るのを感じる。 その中にあり、ひときわ大きい光がそれだ。濃い花の香り、紫の触手。 羽月は屋敷を見上げ、歯を食いしばった。光の大きさとカの強さは、きっと比例している。 ひわこ あれは鶸子なのだ。おそらくは。 えんおう かな 体を取られ、遠王に移し替えられたのが、彼女のもっとも哀しい、ずっと封じていた記憶だ った。けれどそれを知ったあとでも、消えなかったのがこの夢だ。 意識して封じてきたことなのだと羽月は悟った。あの夢とこの〈香気〉をつなげるならば、 見えてくるストーリーはたった一つだ。 ( あたしを追いかけて、殺そうとしたのは、お母さん : : : ) 『これはわたしのみたゆめ、これはおまえのみたゆめ、おまえはおまえのみたゆめ』 じゅもん あの夢のささやきは、呪文。羽月を追いかける母の呪文。 『おまえはわたし。おまえはわたしのみたゆめ』 『おまえはわたしのみたゆめ、これはわたしのみたゆめ、おまえのみたゆめ』 きっとそうだ。