178 のが 「いまを逃す手はないだろう ? みんなの不信も、かなり高まっているはすだから」 「タシカにね」 決起しやすいはずだ。ひとびとが集まってくる自信はあった。 「わたしが周囲の説得は行おう。桂斗、君は昔の知人を頼って、その方面の仲間を得てほし 亜羅写は、わたしと回ってくれないか。〈空牙衆〉がいる。それは、大きな勇気となるは ずだから」 玲尉の言葉に、亜羅写たちはしずかにうなずいた。
玲尉が進み出てくる。その脇に桂斗がいるのを紫万が、亜羅写がいるのを獅伊菜が見つけ っ ) 0 ( 桂斗ーー ) 泥だらけの少女は、紫万を見ていた。目をそらすことなく、逃すまいとするように見開い て。 獅伊菜は亜羅写に向かって、につこりと手を振ってみせた。少年に、仲間の不審な視線が飛 ぶ。 まくしや、く やりにくそうに顔を伏せた彼に、獅伊菜は肩をすくめてみせた。そして、若き信爵・玲尉 に問いかける。 「あなたはたしか、反逆の罪に問われた伯爵の息子さんでしたね。いまはお継ぎになって、伯 いったい、わたしとなにをお話したいんです ? だめですよ、死者は生き 爵様でしようか ? 返らせられませんからね」 ざわりと怒りの声が持ち上がる。玲尉はかッとまなざしを鋭くしたが、亜羅写に肩を掴まれ て我に返った。かろうじて、冷静を保とうとする。 の 眩「あなたのお出しになった政令のことです。税率があれでは、あまりにもひどい。考え直して ください、どうか。それが叶うならば、われわれも、これ以上のことはなさずに退きます」 「おやおや」 かな わき つか
242 ひびがはいり、中の糸のみでつながっているような、みすばらしい人形に、若い〈月徒〉が つぶやいた。髪は燃えて、黒いくずのようになっている。 「ふん、怯むことない ぐわツ」 彼のせせら笑いは、悲鳴に変わった。そいつが飛び掛かってきたのだー 「うわっ、うわああっ」 首筋にがツと噛みついた人形が、ばろばろと欠けながら揺れている。〈護〉に触れても、息 の根を止めるところまではいかないのだ。 「どけッ ! オマエはうごくなよっ」 叫びながらひく人々の前に、亜羅写が躍り出た。瞳をこらす : ・ くだ 〈蛋白石〉色の瞳が光る。人形が粉々に砕け散る 「オレがやる。これはぜんぶオレに任せて ! かみつかれたくらいじや死にやしないよ ! 」 言いながら、亜羅写は地面に叩きつけられた人形を、にらみ据えてゆく。二拍待たずして、 つぶて それらは礫でもあてたように砕けていった。 こらした彼の目のはしから、水のように涙が流れつづけている。工セラを使いすぎて、両目 まぶた ふさ がしびれるようだ。涙が止まらない。瞼の裏は塞がってしまったかのように重く、ひりひりと している。 にぶ 一瞬にして鈍った士気に、亜羅写は声を上げた。目などにかまってはいられないー ひる か
の 眩「暴君にはなりきれないもんですねえ」 獅伊菜は自室の床に座 0 ていた。幼いころに彫りつけた文字を、眺めている。 城は汗を吹き出すほどの高熱に包まれていた。かなり火は回 0 ている。 「トオコ ! 」 「うるさい亜羅写だまってて , ああもうつ ! 強行突破してやるわ ! 」 一フィリュウ 煮詰ま 0 て叫び、透緒呼は雷龍を呼んだ。亜羅写をつれて乗り移る。 「ト、トオコ : 「死にたくなかったら、なるべく伏せているのね。 やけど つきぬけて、私たちを獅伊菜のも とへ運びなさい ? 火傷なんかさせないで頂戴」 シャアッ 雷龍は高く哭き、天を目指して駆けのば 0 た。そして、ひらりと身を翻し、ま 0 さかさま に彩女城へ墜ちてゆく : ・ ◆
獅伊菜が身を翻す。城のなかへ走り込む。 せつな 刹那、彩女城は白い炎に包まれた 少女の金切り声と同時に、もうひとつの水音があがる。桂斗が土を跡って飛び込んでいた。 「あああ、なんてこと : : : 」 声を上げた少女がうめき、地面にふらふらと落ちてくる。 「トオコッ 亜羅写が駆け寄ってくる。 「どうしたのサ、こんなトコロに ! 」 「あんた亜羅写・ : ばかッ ! どれだけみんな心配してると思っているのよツ。なんで あんたがこんな所にいるのこッちが聞きたいわよ ! 」 彼の声を聞くなり、透緒呼ははね起きた。額を押さえながらも、怒鳴り散らす。 ひるがえ 「獅伊菜ッ ! 」
174 あきな 商うような大きなところは、明日からのこともままならない。荷が運べず、荷が届かないの 「絶えていた船便が、代わりに出るようになるんでしようね、きっと」 「そうでしようね」 ふたりのやり取りをだまって聞いていた亜羅写が、そのときふっと顔を上げた。 「玲尉、だナど、ソレハ、 俺たちが孤立したのとおなじことだろう ? 」 しん。 桂斗が口をつぐんだ。おそろしい点をつかれたのだ。 「そう、よ : : : 」 これはまるで、橋を落とした彩女城のようなものだ。南に行けないということは、清和月に 支援すら頼めないことになる。 「そうなるね」 むすかしい顔で玲尉がうなずいた。 はんき こころギ、し ・ : 彼らは、彩女大公に反旗をひるがえそうとしていた。彩女獅伊菜を倒す。その志の下 に集まったのだ。 亜羅写はあの日桂斗に会い、城下と城内で起こっていることを聞いた。ただ、自分を探すた
「だいぶお疲れのようですね」 ソウシュ さかずき 明かりもつけずに酒の杯をあおる蒼主に、矢禅はそう声をかけた。なっかしいあるじの部 屋で、彼は壁にもたれて王を見ている。 塞がれた窓からは、月光もほとんど射さない。それでも、矢禅には彼が見えた。蒼主が見え 「よくそんなことが言えるな、おまえは」 アラシャトオコ とっぜん次元をひらき、亜羅写と透緒呼をつれて帰ってきた矢禅に、蒼主はするどい目を向 けた。酔いが回りはじめ、目が赤く濁りだしていた。 鏡 「この状況で、疲れずにいられるものか」 の 眩ながいながい報告を、蒼主は透緒呼から聞いた。亜羅写から聞いた。領民が立ち上がり、反 サヤメ 乱が起き、彩女城は包囲され、 シイナ 獅伊菜が消えた・ : こ。 ふさ むげん 終章夢眩の鏡 ャゼン
235 夢眩の鏡 みな獅伊菜のやり方には、納得ができなかったのだ。それを形にすることができずに、今ま でいただけ。蜂起のはなしを伝え聞いて、すぐに彼女たちは行動を起こした。襟一兀の記章を剣 の柄でえぐりとって。 合流したのは、まだ二刻ほどまえだ。それでも真意は受け入れられた。そして、ここにい る。 「マシイ、シイナをなめちやイケナイ。あのひとが本気でちからを出したら、オレたちはこら えられるかワカラないんだ」 亜羅写が小声で言った。視線は火矢から離さない。 士気を下げ 「わかっている。私だってだてに彩女の〈月徒〉にいたわけではないんだ。 ないためには、はったりも必要でしよう」 むばう 真椎も小声で返す。はなから無謀と思えることをはじめているのだ。すくなくとも彼らを守 たて る盾は、大きく安全なものと見せておきたかった。 「ゴメン、そうダネ」 わ 亜羅写が詫び、目をこする。開き放しの瞳が乾いて、奥のほうがつんとした。 ◆
けた男たちが、次々と土袋を堀に投げ入れてゆく。 「矢はもっと上を向けて ! あの窓を狙うようにつがえテ ! 」 城門や堀に向かう矢に、亜羅写は怒鳴った。そうしながらも、目につく矢を片端から弾いて ゆく。行き先を城内へ曲げる。 おぎな 彼らが用意した矢は、ふつうに射たのでは城まで届かない。それを補うための手段としてエ セラがあったのだ。いちどにひとっしか相手にできないため、その数は少なくなるが、間違い なく当てられる。 「いそいで、もっと急いで ! 」 ケイト 桂斗は男たちと一緒に砂袋を運んでいた。手が袋の麻にすりきれて、血をにじませている。 顔も泥に汚れていたが、そんなことはかまわなかった。 彼女にできることは、これだけなのだ。玲尉のように弓がひけるわけではなく、亜羅写のよ うに〈月徒〉としてのちからもない。 ほとんどの女たちは、城へ突入したあとに戦うよう、武装して後方に控えていた。 ほうきもっと 鏡 桂斗はそうはしたくない。できなかった。蜂起に最もかかわった女なのだ。その自分が何も の 眩しないで、城を打ち破るまでみてなどいられない。 できることがあるならしたかった。たとえひとつでも。 「袋がなくなりました ! 」 あさ
新など、見たくはない。けっして。 とはいえ、亜羅写ひとりでは何もできない。桂斗とふたりでも、多くの人を集めようと思う のならばむずかしいことだった。 かば 彼らでは、ひとが安心してすがれる杖や、庇える盾にはなれない。 もうひとり柱が必要だった。桂斗が考えたように、名前だけでよく通る人物が。 そのもうひとつの柱が玲尉だ。 かれは、父を処刑されていた。原因は知らない。ただ、橋の落とされた城に閉じ込められる 形になった父が、ある日城の堀に浮かんだのだ。 ごうもん こうしゆけい すでに絶命していた。拷問を受け、絞首刑にかけられたあと、放り込まれたようだった すぐにでも抗議に行きたかったのに、母に必死に止められた。母はわかっていたのだ。行か せたら、確実に子まで失うことになると。 玲尉はそれでとどまり、とどまっているうちに亜羅写たちと出会った 「この際、武器や食料を清和月に頼ることは考えないほうがいいだろうね」 彼らは進軍のさいに必要なものを、となりの八騎と清和月に頼るつもりだった。どちらかと 言えば、後者に。 物が集まるのは、なにをおいても王都しかない。よいものを求めようとすれば、清和月にゆ っえ たて