どういうことだよ亜羅写は尋ねたかったが、その質問をぶつける相手はいない。 ぐん。 透緒呼がいちだん持ち上がった。地上からはなれてゆく透緒呼に、すさまじい力がかかり、 亜羅写は引きずられて立て膝になった。 ぐ : : : ん。 「うつ」 浮力が亜羅写を中腰にさせた。 なんだかわからないが、このまま透緒呼を浮かせていいとは思えない。どうなるかわからな いのだ。 必死に押さえる。 亜羅写のつかむ透緒呼の肩が、彼のカで砕けそうだ。みし。嫌な音を聞いた気がした。 立ち上がらせられる。それでも足りなくて、亜羅写は背伸びになった。 幽 ばさり、透緒呼の黒髪が垂れ下がる。花のような香りが、彼の鼻をくすぐった。 姫 トオコ : 嵐 どきりとして、亜羅写は彼女を見上げ、すぐに背筋を寒くした。 しかめ面の透緒呼。頭を押さえてうずくまった姿勢の透緒呼。そのまま動こうとしない彼女 くだ せすじ
亜羅写は視線を足元に落とした。 カタチのないものは、捕まえられない、閉じ込められなし耒 、、殳すことも出来ない。 ・『透緒呼様は、やはり〈陽使〉』・ そんなささやきは、消すことが出来ない 情けなくなってきた。亜羅写は気分が落ち込んでゆくのを、止められない。 オレは カウス日ルーに来てスグの頃。トオコにひどいことを言った。傷つけてシマッタ。 けれど、トオコはそれを流してくれて。 あのとき、たしかに自分は救われた。 それなのに。 「オレには、噂は消せない : オンを返せもしない そんなことがあっていいはずは、ないのに 溜息をつき、亜羅写は透緒呼の部屋のまえで立ち止まった。
Ⅷは、息を。 呼吸を、止めていた : ・ 「トオ、トオコ」 くちもと 結ばれたロ許は、呼んでも動きはしない。鼻孔さえも彫刻のように凍ったままで ふか サナギ 孵化する蛹のように。 ヘンーー変だリ トオコが、おかしい : それがなんの異変なのか、亜羅写には理解のしようがない けれど、このままじやトオコはシぬじゃないかー 「トオコ、トオコ息をしろよ ! 」 それでも、透緒呼は浮かびつづけていた。 ぐっ。 つまさき 亜羅写の爪先が、いまにも床から離れそうになる。背中とふくらはぎがびん ! と張り、ふ るえはじめる。 だめだ。オレじやオサ工きれない : こむらがえりを起こしそうだ。亜羅写はカみすぎて眼がくらみかけ、声を限りに叫んだ。 りき
: よくイマ笑えるよ。 亜羅写は苦く思った。いし つよっ蹴ってやりたいのをこらえながら、進む。 寝室の扉は、すでに跡形もなく、壁もほとんど崩れていると言ってよい状況だった。 高温の炎にあおられて、燃える木が真っ白に光り、ガラスだったものが、どろりと赤く溶け 出していた。 「これじゃあ駄目ですかね、狭間殿も」 のほほん。獅伊菜が言い、とうとう亜羅写は彼を蹴っ飛ばした。 「おっと、失礼。べつに、他意はないんですよ」 「それのどこがタイがなーーあ ! 」 亜羅写が駆けだしかけ、獅伊菜に掴まれる。 「エセラ殿、焼き人 ! 」 「でも、シーナ、そこにだれかころがって : 幽 姫黒っぱい影は、透緒呼よりもかなり大きい 「近づきますよ」 嵐 ふたりはその人物に近づいた。 「クヨー」
126 部屋のなかでなにかの倒れる音。 「トオコつ」 亜羅写はまっさきにイヤなことを想像し、扉を開けた。なかに駆け込む。 「トオコ , つつ」 寝室の扉を乱暴に開けたところで、亜羅写は止まった。立ちつくす。 「〈ョウシニンギョウ〉・ 宙に浮いた〈陽使人形〉が、握った巨大な袋から何かをつかみ出しては、透緒呼に投げ付け ている。 ばらつ。ばらばらつ。 白いかたまり。陶器の破片 ? 対する透緒呼は、解放した空牙刀で、飛んでくるかけらをなぎ払っている。 緊張にか、眼は異常なほど光を帯びて、頬がこけていた。 「トオ : : : 」 すけ 武器さえあれば、助つ人できる。そう思った亜羅写が彼女を呼びかけた。その時。 人形が異常な笑い声を上げ、爆発するように消えた。こなけむりが立ちのばる。
透緒呼は、すばやく人物を限定した。すなわち、あの火災に関係のあった人物を、思い浮か べる。 九鷹、獅伊菜、亜羅写、私、それから、ザカード。 まず、自分をはずし、つぎに身長の関係で九鷹をはすし、髪のながさからザカードと獅伊菜 をはずす。 「とすると、亜羅写 ? 」 不安につき動かされ、とうとう透緒呼は走りだした。 なにが : : : 亜羅写 彼に迷惑がかかったのか、それとも、蒼主かだれかに命じられて、事後調査をしていたの 倒れた人物は、。 ひくりともうごかない。 やわらかめの髪が、べったりと大地にはり付いている。茶系統のあわい色だ。 幽 姫やつばり : その手に握られていたものが、輝きをはなった。銀色の、光。 嵐 、、、、ツとした。 眼鏡のつるに似ている。なにげなく彼女はそう思し 「矢禅」
武器を握り締めたままの格好で、九鷹が倒れていた。真っ黒な炭のような塊となって。 流れ出した血は熱ですでに固まり、においさえも失われるほど焦げている。 「ク・ヨー 亜羅写の力が抜ける。 「生きているそうです」 獅伊菜が絶望を否定した。より鼻のきくトカゲが、その生存を教えたのだ。 : 見て下さいエセラ殿 ! 」 「ただし、かなりキた状態ですが 獅伊菜は目をみはった。 クヨー、炎が : : : 」 踊る炎は、九鷹をさけて燃えていた。ゆらゆらとすべてをなめつくす舌が、彼を取り巻き、 それでも近付けないでいる。 まるで、結界が張られているように。地団駄をふんで。 「どうして : : : 」 「そんなことわかりませんよ。 工セラ殿ー 医師は亜羅写に立っことをうながした。九鷹を結界内に取り込む。 黒くなったからだに、亜羅写がこわごわ触れてみる。ほんとうに、焼けていないのだろうか かたまり
アラシャ ガラスの壁を叩いたままの格好で、亜羅写が彼女らをにらみつけている。怒りで、エセラが かがやきはじめていた。 「し、失礼しました」 ばたばたと侍女たちが散ってゆく。 亜羅写はいまいましそうにそれを見送り、ようやく壁から手をはなした。頭を一振りして、 後宮の方へ歩きだす。 マッタク。 苦い言葉がわいた。当たり所のないむしやくしやが、たまってくる。 かってのように、人々に、ふたたび透緒呼への不信が持ち上がりはじめていた。 恐怖の一致。〈銀聖色〉を持たない人間と、おなじ組み合わせを持っ〈陽使〉の徘徊 彼らに言わせれば、仕方のないことだ。不安になるじゃないか。そのひとことで片付くこと 幽 姫でも。 が「オレたちは、『シカタナイ』なんてことはないんだ : : : 」 ふくしん グウガ 透緒呼。彼女を亜羅写は、〈空牙衆〉は、王とその腹心は、『知っている』。 「シッテる。ほんとは、泣き虫だっ、て。こころない言葉に、傷ついているつ、て」
なぐさ とりあえず出来ることは、慰めること。 きっと、透緒呼は泣いているだろうから。こころを何度も斬りつけられて、声を殺している だろうから : 亜羅写は顔を上げ、扉を叩いた。 「トオコ ? オレ、アラシャだけど。いる ? 」 返事がかえらない。 亜羅写はかすかに首を傾げた。 ここ二日三日、透緒呼は自室にこもりきりのはずである。 〈空牙衆〉は非番の時は、めいめい好きなことをしているから、全員の行動を把握しているわ けではないが、このところ、王宮のどこででも彼女を見かけたことはない。 幻とうぜんの結果として、ここにいるだろうと予想されるのだが : 「トオコ、トオコ ? 」 姫 嵐 ガシャンい はあく
「なんでこんなことばかり、どうして紫の瞳の人形ばっかり , 激痛。 割れるような耳鳴りに、透緒呼は両手で頭を抱えた。 脳の中心に、つよい痛みが集中してくる。目の前が、カアッと熱くなる : そんな彼女の様子に、亜羅写が眉をひそめた。 「トオコ、まだ具合がえ ? 」 す。透緒呼が彼の視界のなかでプレた。 すうつ。苦しそうな彼女の頭の位置が、肩の位置が、だんだん上にあがっている。 状況を把握するのに、亜羅写は数瞬を要した。そして、あわてて、透緒呼の肩をつかむ。 「トオコつ」 透緒呼が浮かび上がっている岬 これは、どうみても『そう』としか思えなかった。