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検索対象: 嵐が姫 : カウス=ルー大陸史・空の牙 幽幻篇
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1. 嵐が姫 : カウス=ルー大陸史・空の牙 幽幻篇

筮音に助けを求めた。眼で訴える。 「ーーそのことで、わたくしから。あなたの父親のことについて、知っていることのすべてを 話しておこうと思ったのよ」 春の初めに、辞退した申し出。いまさらの、けれど、なによりもいま必要な真実。 透緒呼が拒否の姿勢を見せなかったため、筮音は話しはじめた。 「わたくしの知っていることは、ごくわずかだけれど。どちらかと言うと『知らない』ことを 『知っている』と言ったほうがいいようなほどね」 ザカード自身が出てきたことは、筮音にとって、大きな衝撃だった。紫の瞳の〈陽使〉。も しかすると : 、との危機は、かなりの確率で存在する。 それならば。すべてがザカードの手で暴かれるならば。 わたくし自身で言おう。筮音らはそう考え、透緒呼のもとへやってきたのだった。自分の手 さら の内はすべて晒してしまおうと。 ゆっくりと筮音のこころは十七年前に帰ってゆく。 幽 姫そして、筮音は話しはじめた。すべてのはじまりから。 「透緒呼、あなたも大体のことは知っていると思うけれど : コウ いいなずけ わたくしと公は生まれたころからの許嫁、でした。界座大公家と、清和月王家を結ぶ。わた きさき くしはなんの疑問もなく、いずれ公の妃になるのだと信じてーー」

2. 嵐が姫 : カウス=ルー大陸史・空の牙 幽幻篇

246 筮音がくすくすとロ許を押さえた。貴里我が笑いを噛み殺す。 「だから、透緒呼。恥じぬようにお生きなさい。たとえおまえがあの方の敵に回ったとして も、それはそれ。よろしい、わたくしが許します。文句を一一一一口う筋合いはあちらにはありませ ん」 冗談めかしたセリフに、透緒呼はつられた。笑う。 そして、気持ちを切り替える。寝台から降りた。 「ちょっと後宮に行ってきます。ーーー見て、きたいから」 自分がしたことと、これからしなければならないことを。 「ええ。そうなさい」 筮音が送り出す。 透緒呼が去ったあと。筮音は胸のあたりをそっと押さえ、かるく息をついた。 おわった。これで自分のすべきことは。 「これから、どうするつもりだえ ? 」 彩女大公が問うた。筮音のこれまでのことを聞いたいま、彼女に大公妃らしさを望むこと は、しないつもりだった。 「わたしが口をきいてやってもよいえ。円満に、の」

3. 嵐が姫 : カウス=ルー大陸史・空の牙 幽幻篇

「お元気そうでございましたよ」 言われない名前。指すのは、十年前、十五の時に大公家を出奔した男性。貴里我の孫。彼 女の甥。 「ふん。陛下になら、私も逢うたわ」 カラ威張りで関係のない人物を上げ、彩女大公はわずかに横を向いた。 「 : : : 陛下ではありませんよ」 「わかっておるわ、かようなこと」 つけたした。 いまいましそうに老婦人は言い、 「さきほど見たわ。あの馬鹿者ならば」 かんどうもの そう、あの馬鹿者を。不幸者の、放浪者を。自分を、一族を、街を捨てていった勘当者を ひさしく呼びかけたことのない名前を、心でつぶやき、貴里我は感傷的になっている自分に 腹を立てた。 あのロクデナシが生きていたことに感動などして、どうするつもりだえ ? かすかに顔をしかめた母に、娘は遠慮がちに声をかけた。 「晩餐にお出になると思いますが ? 」 おい お しゆっぱん ヒト

4. 嵐が姫 : カウス=ルー大陸史・空の牙 幽幻篇

活題をかえ、華やかな義娘をほめる。 しずみがちな空気を、皐闍が引き上げた。 = 一口 「透緒呼。よく似合うな」 彼がそんな風に直接的な言葉を口にするのはめずらしくて、彼女はどんな表情をしていいか わからずに、困ってうつむく。 大公の方も、それ以上一一 = ロ葉を継げずに、着飾った彼女に、まぶしそうに眼を細めた。と。 ふつ。視界がプレた。うつむいた透緒呼に、二重うっしの映像が見える。 きょぞう 透緒呼に、だれかがかさなっている。虚像のまっすぐな瞳が、大公をつらぬくように見つめ ている。 紫の、つよい意志。 「透緒、呼」 幽 そのことを、皐闍は少女に告げようとし、ふと口をつぐんだ。 姫 なんと言えばいし 嵐『わたしは、昔おまえの本当の父に会っているかも知れない』 『わたしは、おまえによく似た少女か青年を、おまえの源を知っている』

5. 嵐が姫 : カウス=ルー大陸史・空の牙 幽幻篇

「お母様」 サヤメ 外からそう声がかかり、チャッと音がして扉がひらいたとき、彩女の女大公・貴里我は、窓 辺に立って、じッと前庭公園の方をみつめていた。 おうか 夏がはじまって、 そしてあのトウザーシャの事件からーー十四日。初夏・央夏・終夏と ばんさんかい あるカウス日ルーの夏のうち、打ち上げをかねた立食晩餐会の行われる今日で、初夏は終わり である。 まだ、ーー雨は降り続いていた。 げいひんかん じようげん 迎賓館の窓の外が、上弦の半月に照らされた霧雨に、銀色に煙っている。 「どうだったかえ」 げんえき 貴里我は、振り向こうとはせず尋ねる。八十をこえても、いまだ現役である彼女は、だれも かなわないほどの威厳と、するどさを備えた老婦人だった。 五十過ぎの彩女大公の実娘は、母が窓の外のなにを見ているかを知り、複雑に微笑んだ。そ 第一章煙雨

6. 嵐が姫 : カウス=ルー大陸史・空の牙 幽幻篇

67 嵐が姫《幽幻篇》 ふさわ たいぜんきひんせき 彩女大公・貴里我は、その地位に相応しい豪華な衣装に身をつつみ、泰然と貴賓席に座って 高齢の彼女を思っての配慮だったが、それがなくても、彼女は椅子を出させ、そこから動か なかったろう。 あいさっ 貴里我が足を運ばずとも、国王自らまでもが、彼女の元へ挨拶にやってくるのだから。 「お久しゅうございます」 さかずき くだけた調子で蒼主は、貴里我に挨拶をした。手にした杯には、ロ当たりのよい果実酒が 入っているのだろう。あまい香りがこばれる。 女大公は孫のような年の国王を見上げ、答えた。 「久しゅう。いちだんと風格が増したの、まだまだ、そなたの祖父王の域には達しはせぬが ことさらゆっくりと、古めかしい発音で言った貴里我に、蒼主はどのような返事をするべき か、一瞬迷った。 たしかに、彼の祖父に当たる人は、優雅な美貌の持ち主だった。政治的手段はともかくとし て、その気品だけはだれもが褒めたたえた。 ただし、彼の祖父は男色家としても名の知れた人だったのだ。 びばう

7. 嵐が姫 : カウス=ルー大陸史・空の牙 幽幻篇

「それが、おまえになんの関係がおありだえ ? 」 「 : ・・ : 失礼、しました」 引き下がるより、ほかはなかった。差し出た質問だった。 それを訊く資格は、彼にはな、 矢禅はその言葉をヒキに、一礼して脇をすりぬけた。 彩女大公・『貴里我』。 逢うたびに、感じずにはいられない。 かた あの女性は、僕を、きらっているのだろうか。やはり。 そうされても仕方ない理由、それが、自分にはある。 僕は、彩女をーー。 思いかけ、彼はやめた。 そんなものは、とうに捨てたはずだ。 あの時に - 、蒼主に逢った、十年前冫 ◆

8. 嵐が姫 : カウス=ルー大陸史・空の牙 幽幻篇

210 蒼主がはねるように腰を浮かせた。 「獅伊菜ーー ? 」 サヤメ しにぞこない 「彩女の御老体に、言ったらしいんですよ。そのようなことを。かなり昔のことなので、もし かしたら、あの女帝も見たことがあるのではないのかと」 きつい発音に、蒼主がにやりとした。 「ずいぶんな言い方をするな。恨みでもあるのか ? 」 「ええ」 ふくみを、青年医師は流した。 そち 「あそこの政治は、貧民救済措置がなってませんから」 「そうか」 わらい、ふたたび話を戻す。 「それにしても、珍しいこともあるものだ。あの義兄が不確かな話を他人にするなど。 コウジャ あ、貴里我と彼とは、近しい血縁ではあるが」 おばおい たしか、伯母と甥だったように記憶している。『一王・四大公家』は血がいりまじり、入り 乱れているので、正確なところは本人にしかわからないが 「よほど気にかかるのだろうか、さすがに義理の娘のことでは。 ところで獅伊菜。おまえ はこの情報をどこから仕入れた ? 」

9. 嵐が姫 : カウス=ルー大陸史・空の牙 幽幻篇

そう、一一 = ロうのか ? その先の確証もないのに、混乱させるのか ? 途中で言葉を止めた皐闍に、二人の女性のけげんな視線。 大公は我に返り、何でもないというように苦笑した。付け足す。 「母上に、よく似てきたな」 透緒呼は顔を上げた。会場を見回す。 ショウウン やつばり晶雲が ? 」 「母上は ? セイネカイザ 弟が回復しなければ、筮音は界座に居残ると言っていた。 皐闍がかすかに苦くなる。 「城に残った」 それ以上のコメントはしたくないようだった。視線をそらす。 話かつづかなくなって、気まずい沈黙がおとずれる。 複雑な家庭のなかでは、なごやかな会話などというものは成立しない。い らはそれを思い知った。 こんなもの、なのかも知れない : やがて、どちらからともなく別れの一一一一口葉を口にし、義理の父娘はその場を離れた。 まさらながら、彼

10. 嵐が姫 : カウス=ルー大陸史・空の牙 幽幻篇

33 嵐が姫《幽幻篇》 して、答える。 「晩餐は予定どおり行われるそうです」 「この雨のなかを、外でやるというのかえ ? 」 カ今年はこの雨である。 毎年、晩餐会の会場は銀灯のともされた中庭と決まっていた。ま、 「ええ。雨を演出の一部にすると、責任者の方はおっしやってました」 「ふん」 窓ガラスに、鼻を鳴らした貴里我がうつる。 「あの国王の考えそうなことよのー にくまれ口をたたいてはいるが、彼女はけっして蒼主を嫌ってはいない。むしろ、彩女の女 公は親王派である。 ただ、この大公にかかれば、蒼主など『まだまだ子供だ』ということになってしまうだけの ことだ。悪気はなかった。 「開演は ? 」 「定刻どおりに行うと」 「左様か」 みじかい会話をかわしながら、貴里我は窓辺から離れようとはしない 気持ちを察して、娘は言った。 ソウシュ