「また、『あれか』 ? 」 ねら 「だろうな。 ちツ」 ふぞ 九鷹はテープルに足をのせて踏ん反り返った。腹の底から、怒りがこみあげてくる。 「むかっくぜ。堂々と出てこねえでよ。きたねえ野郎だ」 さら 「それだけ、余裕があるんだろう。逆に言えば、すぐに現れてあれを攫って行ったのでは、カ ンタンに片付きすぎる、というわけだ」 強大な力。それを暗示させる行動。 なにか言いたげに蒼主は瞳に感情を浮かべ、すぐにそれを消した。 「九鷹。わたしがおまえと交わした契約をおばえているか ? 」 たずねる。 「忘れるかよ。この夏 , ーー正確には〈央夏満月〉 だろうな ? 」 答えず、蒼主はつづけた。 「では、続行中の命のことは ? 」 九鷹は嫌な顔をした。 「てめえ、ケンカ売ってんのか ? おうよ、おばえてるぜ。透緒呼を見張れ、もしもの時は。 で、期限切れ、だ。報酬は、考えてん ほうしゅう
嘘がひとつ、ふえてしまった。 執務室から逃げ出した矢禅は、後悔していた。 また、遠くなる。 や 王太子のくせに栄養失調気味で、痩せつばちだった少年、蒼主。 彼を初めて見たとき、矢禅は自分の計画すべてを放棄した。『あのひと』を裏切り、見捨て、 しゆっぱん 出奔する決意をした。 この王子の、戦友になるために。 けれど。 また、あなたは遠くなる。 まえぶれ 徴候をみてから、自分は蒼主をまともに見られなくなった。うしろめたい。その思いが、彼 をとおざける。 ふかかい 、。ナれど、これを説明するに 蒼主にしてみれば、、い当たりがないだけに不可解にちがいなしレ 幽 姫は、手の内すべてを、隠してきたものすべてを見せなければならない。 : どう、すればいし 嵐 自分が自分を追いつめはじめている。のつびきならない状態に、自分が走りはじめている。 墓穴。
「いったい空牙姫は ? 」 そういえば、見当たらない。少年もならってきよろきよろとし、ふと空を見上げて声を上げ 「トオコ ! 」 さっきと、おなじ : てんじよう 吹き飛んだ天井のはるか上空に、透緒呼はうずくまるように浮かんでいた。抱きかかえる 形で、解放された空牙刀を守りながら。 「トオコ : 呼んでみるが、聞こえてはいないだろう。ひとみも閉じられて、なにも見てはいない。 そっう ハチ、バチッと、刀と透緒呼自身の間から、電光がまたたいている。双方に疎通障害がある けんあく ような、険悪な放電現象だった。 「あれが原因・ : : ですか」 獅伊菜がごちた。 この火災のみなもとは、空牙だ。それでなければ、これほどっよい炎が、一瞬で上がったり これ ことわり はしないだろう。そしてきっと、空牙が透緒呼の不調の種。反りがあわない主と精霊は、理 の調和をかきみだし、乱を生む。 「空牙姫」
ねえぜ」 どうでもいい怪談話だ。そういわれて、娘は最後の切り札を出した。 「それが、あるのよ」 ばたばたっと包丁が引き抜かれ、ころがった野菜が手に取られた。娘たちが作業を再開しな がら、聞く体勢にもどりだす。 ギンセイショク 「〈銀聖色〉、なかったんだってさ。ほら、兄さんは〈月徒〉関係でしょ ? だから、見間違 えるはずないのよね。どう見ても、銀色はなかったってさ」 暗けりや、わからんだろうが」 「眼が銀色のオンナだったんじゃねえのか ? さりげなく。九鷹がカマをかけた。じつは、これが一番大事な証言だった。 「紫だったってさ。獣の眼みたいに、闇に光ったんでおばえてるって。髪はねえ、どうも黒っ ばかったよ , つだよ むらさき、か : ロ中でごち、九鷹は話をつないだ。 「そりや災難だったがな、兄貴に実害はなかったのかよ ? 」 娘は剥きおわった野菜をポン、とカゴに放り込み、脳天気に笑った。 「元気元気、びんびんしてらあ」 「そりや、よかったな。ところでよ、洗濯係の誰かが、おなじような目に遭ったってのは
ここにいると : : : なぜ、わかったのだろう : 「『蒼主』ではない」 セイワゲッ むつつりと清和月王がかがむ。目の高さをまっすぐ合わせられ、矢禅は後ろめたくて眼鏡を かけた。レンズごしには気付かれないほどわずかに、視線をそらす。 ふくしん みとが 腹心の微妙な態度に気付かなかった蒼主は、矢禅の下衣の膝が、湿りきっているのを見咎め た。いぶかしそうに尋ねる。 「おまえ、 いっからいたんだ ? 」 「さっきからですが ? 」 『さっき』。いやな予感に、蒼主は尋ねてみる。 「矢禅。おまえの『さっき』というのはいつのことだ ? 」 「夜明けの頃のことに決まってるでしよう ? 何を言ってるんです ? 」 よあけ ? 経過した時間を思い、絶句した王は、言い含めるようにした。 「矢禅、今は夕刻、だそ ? 」 びつくり。眼鏡の奥の瞳がみひらかれる。 あわてて窓の外を見た矢禅は、夏は夜が続くことを思い出して額を叩いた。 ぜっく
殺せ : : : 」 くちびるを物む。今となっては、あまりにも残酷な命令だった。 「できるだろうな」 見透かすように、国王が訊く。 「ーーーおう、よ」 うなずく、しか、ない。〈陽使〉に変わった透緒呼を見るよりは、マシ、だろう : はげ 烈しい後悔が、身を責める。なぜ、あんな約束をかわした 九鷹は額を押さえ、うめくように尋ねた。 まっさっ 「おっさん : : 。なんで、俺のようなョソ者にあいつの抹殺を命じた ? あんたの姪、だ。 てめえで死に水を取ることは、考え付かなか . ったのかよ ? 」 かわいさのあまり、手にかけられない。彼に限って、そんなことはないだろう。この蒼主の ことだ。いざとなれば、ためらいなど、あっさりと捨て去られる。 ふ。かるく溜息が、蒼主からもれた。眼鏡を指で押しながら、九鷹を見る。 フェア 幽 「おまえの気持ちを知りながら、ここまで残酷にやるならば、 : : : 手を見せなければ公平では 姫 がないだろうな。 嵐 九鷹、よく肝に銘じておけ。わたしにーー透緒呼は殺せない」 きもめい めい
ちゅうばう 王宮の厨房では、娘たちが忙しく働きながら、おしゃべりをかわしていた。 「あたしの兄さんね、ここの〈月徒軍〉の関係者なのね。で、夜の当直 ? それにあたってた らしいのね」 野菜クズ入れに、剥いた皮を飛ばしながら、赤毛の少女が話をしている。数人の少女が、お なじ動作をしながらうなずいており、そばで火をつかっている料理番の少年も、聞き耳を立て ていた。 「で、警備隊の人とは別に、王宮を巡回するでしょ ? そこで、見たんだってさ」 興味をそそるように、一拍をおく。 「なによ」 「さっき、と一一 = ロいなさいよ」 一人、二人がじれったそうにせつつき、彼女はおもむろに口をひらいた。 「前庭公園と、王宮の間に門があるじゃない ? その門のあたりに誰かうずくまってるんだっ 幽 好奇のささやきと目配せが交わされる。 姫 「兄さんね、近づいたんだって。そしたら、女の人らしいのね。二十歳過ぎの。で、声をかけ 嵐たんだって。『どうかしましたか』って」 ほうちし画う・ 結末が見えはじめ、包丁の動きが一斉に止まった。緊張がはじまる。 ゲット いっせい
とっぜんのことに、亜羅写がびくっと身をちちめた。 からん。全身の力を抜いて、透緒呼が空牙刀を転がす。銀鎖が柄にまとわりつきながら、巻 かれてゆく。 前のめりに手を付いた彼女を、亜羅写は支え起こした。 「だいじようぶ ? どこかケガは ? 」 「 : : : ある、といえば、ある、し。 : ない、といえば、ない、わ」 もうろう ばつりばつり、一一一一口葉を切りながら透緒呼はこたえた。どこか朦朧として、視線の焦点があっ ていない ロクに眠っていないのだろうか ? 目の下に、くつきりとクマが出来ている。 トオ・コ。まさか、さっきみたいなこと、ここ三日もやってる、の ? 」 「だったらどうなの」 幽 いらだ かんだか 姫苛立った甲高い声が、叩き付けられた。 「そうよ ! 眠ると出てくるのよ ! とろとろすると、現れるのよっ。どうにもならないし、 どうにも出来ないわよ ! しようがないでしようなにが悪いの みやくらく かなり脈絡のないことまでが、ロをついてでている。かなり精神がすりきれている証拠だ ぎんさ つか
だれにそんな趣味があると言いたいのだろう : しようさん これは、称賛と取るべきかイヤミと取るべきか まよい、それを悟られぬうちに蒼主は微笑みを返した。 「おそれいります」 どちらともとれる模範的な一一 = ロ葉をのばらせる。 「ほ、ほ」 くちはっちょう うまくかわされて、貴里我は笑った。次第にロ八丁手八丁になりつつある蒼主が、面白い のだ。 「たくましくおなりだえ。ときに、陛下。王冠はどこにおやりだい ? 」 あいさっ さきほど、開演の挨拶を述べたころは、蒼主は代々ったわる王冠をかぶっていたはずだ。そ れがいまは見当たらない 「あまり重たいので、預けてきたのですよ。わたしには、純金の重さはつらいので」 蒼主は平然とかなたを指差した。何者かの頭に王冠がのっているのが見える。 「ーーーだれだえ ? 」 トシのわりにはよく見える眼を、女大公は細めた。ひょろっとした若者 ? あれは : 「矢禅ですよ」 ぶっちょうづら さきに蒼主が答える。とたんに貴里我は仏頂面になった。
かげろう ゅうらり、陽炎がたちのばり、部屋の空気の密度が高くなってくる。 「解放するがよい、ザクーシャ」 うなが 指をのばして促した。自分が爪一枚さえ傷つくことはない、安全のなかで。 「さあ。その男をずたずたに切り裂いたのは、このわたしだ ! 」 紫水晶の瞳が、激しい憎悪に燃え、ザカードをにらむ。 彼はよろこびに胸をおどらせた。 さあ、すべてをわたしの前にさらせ 「ザクーシャ」 彼は立ち上がった。すでに虫の息にちかい九鷹に向かって、これ見よがしに手を突き出す。 「どちらがはやいかな、ザクーシャ」 感情の誘導。透緒呼が操られるように上体を揺らした。ばさり、と黒髪が胸のまえに垂れ下 》カる 「さあ」 幽 ザカードの手のひらに光が渦巻きだす。 姫 透緒呼が動き、上空の気圧が下がった。部屋の空気がばしん ! と鳴る。 嵐 「さあ ! 」 〈ザカード :