清和 - みる会図書館


検索対象: 影曨の庭 : カウス=ルー大陸史・空の牙
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1. 影曨の庭 : カウス=ルー大陸史・空の牙

グウガシュウ 、っせいに老婦人を見る。 ようにしていた〈空牙衆〉が、し ゲット これ、お茶の支度は」 「清和月の ^ 月徒〉様ですね。ようこそいらっしゃいました。 側の侍女に、後半を耳打ちする。迎えた側としてかしこまっていた女性のひとりが、『もう やっている』と、控えめなめくばせで答えた。 「お嬢様、このばばは心配いたしました。後宮が焼け落ちたと知らされてから、ご消息が知れ ませんで。姫様も本当にお心をいためてございました」 胸に手を当てて、乳母はため息のようにそうもらした。責めているのではなくて、彼女が無 事でうれしいのだ。 後宮ガ焼ケ落チタ。 そのことばに透緒呼はかすかに眉をゆがめた。ずいぶん前の事に思えるその原因は自分。け ほほえ かんしようひた れど、感傷に浸るよりも先に、乳母に微笑んでみせる。 「ごめんなさい、ばあや。あとで、お茶をいっしょに飲んで。いま父上に呼ばれているの。私 は〈月徒〉でしよう。こんな時期だから : : : 」 後半を濁してごまかす。乳母の気持ちを傷つけるような言い方になっていないことを願いな 庭 のがら、けれど、半分透緒呼の心は飛んでいた。 影 せっしよう サヤメ 『彩女領に大反乱が起こって、未だに清和月王が、摂政殿とともに : まゆ

2. 影曨の庭 : カウス=ルー大陸史・空の牙

とがあるから」と言えない自分に。 待っていてください。 そう言いたくて、言えなかった。 その資格は、矢禅にはないのだから。蒼主の手を離れてしまった今となっては。 ふんすい 清和月は水の匂いがした。王宮の中庭にある噴水のせいだろうか、それとも明日は雨が降る のか : なっかしい広間に降り立って、緊張の連続だった供たちから、どっと声が上がった。ああ、 あんど かえってきた。そういうような、安堵の声。 とが 筮音がちいさく彼らを咎めた。指を口もとに立てて、首を振る。 真夜中の前宮だ、ということを思い出して、彼らははっとした。押し込めるように口をつぐ む。 しばら 「ながいあいだご苦労だった。こまかい報告等は明日以降にする。暫くのあいだ、出仕せずと とが も咎めはない。存分にからだを休めるように」 にお ◆

3. 影曨の庭 : カウス=ルー大陸史・空の牙

ほおづえ ショウウン あわ 窓際に頬杖をついていた晶雲がふいに走りだし、乳母は慌てて声をかけた。 「公子様 ? 」 かっか 「すぐ帰ってくる。閣下からお呼びがあったら、姉上たちとともに参りますと伝えておい じじよ まくし立てるように行って、少年は部屋からかけだしていった。すぐに、廊下から侍女たち の驚く声が聞こえだす。 「 : : : 姉上 ? 」 めぐ 透緒呼嬢様のことだろうか、と乳母は考えを巡らせた。清和月宮炎上とともにどこかへ行っ たきり、その行方が知れない、彼女の『娘』のひとりだ。 「帰ってきなさいますのか ? 」 晶雲が〈風来視〉であることは、知っている。それで、帰還がわかったのだろうか ? そうなのだろうか ? まだ、大陸の景色は晴れたままだった。 ◆

4. 影曨の庭 : カウス=ルー大陸史・空の牙

仕事の成果を失われることは、い っこうに構わない。 言うなら骸への嫌がらせに他ならない。 「たのしそうだな」 バルコニーから突き落としてやる、というような陰のこもった口調に、矢禅は気配はそのま まに顔だけで笑った。向こうからは、表清はわからない。 「そうですか ? 僕は、ただおいしいお茶を飲みたいだけなんですがね」 そのために苦労している、と言わんばかりだった。つまり、楽しそうに見えるのは、気のせ セイワゲッ 「は ! 清和月の茶は、それほど美味だったというか ! 」 「ええ、そりやまあ、とりあえずは王都の王宮でしたから」 「けッい」 吐き捨てた骸に、矢禅は思わず吹き出しそうになった。まるで、鳥が絞められたようにしか 聞こえなかったのだ。 庭「何なんです、食事が足りませんか ? 」 の 影 室内履きが飛んできた。振り返りはしなかったが、矢禅は何事もないように首を鳴らした。 そのはずみに見せかけてよける。 これは、言わばひまつぶしで、さらに

5. 影曨の庭 : カウス=ルー大陸史・空の牙

密偵には、ひきつづき状態を知らせるように指示をしてある。かといって、外からの調べで はわかることにも限度があるだろう。城の橋は、未だに落ちたままだ。 内部・ : みずか こんどこそ、自らが乗り込むわけにはいかなかった。否、乗り込むには正当すぎる理由があ る。けれど、それを行使したらどうなるか。 獅伊菜は、それを待っているのではないだろうか 戦が起きる。 と、そんな気がしている。もし蒼主が出向いたとしたら、獅伊菜は彩女軍を向かわせて 戦うか、彼をふたたび人質にして、清和月軍と戦うか。 その、どちらかをしそうだった。自らの死を急ぐために。 ( 欲しいのは死か ? ) 蒼主は獅伊菜についてそう思いはじめていた。すべてを捨てきった数々の行動。それは、だ れかが自分の〈死〉を連れてくることを願っているからなのか : 「おいツ、なにがあった ! 」 「陛ーーきゃあっ」 いくさ

6. 影曨の庭 : カウス=ルー大陸史・空の牙

彩女城で眠れない日がつづいたというのに、蒼主はながく眠ることがなかった。ふかく眠る ことがなかった。 清和月に帰ってきても、不安は消えることがない。獅伊菜、矢禅 : 寝台に横たわっていても、ほとんど一刻おきに目が覚めた。窓を落ちた木の実が叩こうもの なら、はツとして飛び起きた。 「なさけないーー」 居間の長椅子で毛布をかぶったまま、蒼主はうなった。国を治めるものとして、不眠になる なんて、あまりにも器がちいさい こんな状態がつづけば、集中力が欠かれ、だれかに足元を すく 庭掬われるのが目に見えている。 瓏王たるもの、かまえることができなくて、どうするというのか。 影 とはいえ、思うことと行うことがちがうのは、わかりきったことだった。それができていれ ばーーーできるものならば、蒼主はこんなところにいはしない。否、何一つ気にしないで、指示 気持ちも。 鉛のように、腹のそこに沈めてゆく。 なまり ◆

7. 影曨の庭 : カウス=ルー大陸史・空の牙

息をつめてのけ反ったときには、かちりと台がはまっていた。蒼主はとっくに両手をはな し、手のひらを彼に見せている。 「二、三日は触れるといたいそ。熱いかもしれないな。はずさないでおくように。汚れた手で 触ろうものなら、耳が腐って落ちるかも知れないからな」 してい ひとごとのように蒼主は言う。耳飾りを付ける習慣のある貴族の子弟なら、おそらく子ども のころにされるのと同じおどし文句を使って。 おどろきのあまり、亜羅写は涙目になっていた。恨めしげに、国王を見ている。 「行ってよし。 呼ばなくても、いつでも戻ってくるんだ。おまえの居場所は、この清和月 にあるんだからな。 いいな ? 」 つまりそれは、帰り道の手形。 蒼主の無茶の意味を理解し、亜羅写はくちびるを噛んだ。答えは出せないけれど、言っても らえた言葉は、うれしい 「行ってきます」 少年はすこしだけ笑った。それは、けして「さよなら」ではなかった。 くさ うら

8. 影曨の庭 : カウス=ルー大陸史・空の牙

だんまつま 断末魔の絶叫・ーー・ 透緒呼を地上にたたき落としそうになったそれは、彩女のほうから飛んできたのだ。むろ ん、どんな大声だって清和月まで届くことはない。そうではなかった。 たましい しねん つまり、声は〈思念〉だったのだ。絶叫したひとびとの魂のかけらが、その苦しさを持っ たまま空に舞い上がってしまった。そして、風に流されたのだ。流されているとも知らずに。 『いまのは何』 そう問い詰めた透緒呼に、風は告げた。今朝起こったことを。 ・《彩女で、九人が殺された。獅伊菜に、殺された》・ 考えるよりも先に、透緒呼は風を呼んでいた。つかまえて、乗り、従わせていた おお 切れ目のない雲が、ずっと覆っているような気がする。どうして、こんなにも次々と嫌なこ とばかりが起こってしまうのだろう。 獅伊菜・ : セイレイケイヤク 戦うためにわたしの〈精霊契約〉は使わない。守るためだけにある。 そう言ったのは、嘘じゃなかったはず。

9. 影曨の庭 : カウス=ルー大陸史・空の牙

その法則に緊張はすでにあった。そして、ひらいて読んだ筮音は、その内容にちからを失っ たのだ。 サヤメ 『彩女城は血の匂いにむせ、城門はおびただしい赤に塗られ、まるで北家の時代が戻ってきた かと 乱れている筆跡に、彼は顔をしかめた。とんでもないことが、とうとう起こってしまった。 セイワゲッ 清和月に戻って、まだ七日しないというのに。 シイナ やったな、獅伊菜・ : 予感はあったとはいえ、恐ろしいことだ。いずれ起こったことだろうが、あってはならない ことだー 獅伊菜ガ処刑ヲオコナツ・タ 貴族や大臣ではなく、町人階級のものらしいという。身元は不明。原因も不明。とにかく、 あらかじめ告知される罪人の処刑とはちがう。ちがったのだ ! 刑場で行われる通常のものだったら、蒼主も何の注意も払わなかっただろう。少なくなった つぐな とはいえ、罪の重い者はその命での償いを言い渡されることもある。 けれど、そうではない。獅伊菜は、その理由も明らかにしないまま、城門から、遺骸を九つ にお

10. 影曨の庭 : カウス=ルー大陸史・空の牙

「 : : : かならずちからになれるとは、限らないのよ。理解はできるかも知れないけれど」 釘をさしておいて、心構えをただす。何が飛びだしてきても、おどろかない覚悟をするよう おおやけ 「 : : : 父が、陛下との婚約を公にしてしまいました」 地のそこから響くような低さで、真梛ははじめにそう告げた。 瞼を引き上げるようにして、筮音が心境をあらわす。とうとうやったか、とも、そうなの か、ともとれる表情だった。 サヤメとら 「陛下が、彩女に囚われていたでしよう。そのあいだに、父は、王位の途絶えることだけを考 せき えていたようです。 ご存じじゃありませんよね、晶雲が : 清和月に籍をうっされるつ こぶし ひッと筮音ののどが鳴った。膝をつかもうとして、拳が卓にぶつかり、派手な音を立てた。 器の水面が回り、酒がびっとしぶきを上げる。 「知っていたら、反対されていると思ってました : : : 」 真梛は笑ったけれど、それはまるで自分の考えの足りなさを嘲っているようだった。声が震 えて : : : 苦い まぶた へいか ひざ あぎけ