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検索対象: 影曨の庭 : カウス=ルー大陸史・空の牙
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1. 影曨の庭 : カウス=ルー大陸史・空の牙

獅伊菜が言ったセリフに、自分の理解でき 尋ねたいのはそのためだった。矢禅は信じたい。 る糸があったことを。 ( どうしたという ? ) それを知りたかった。そうでなければ、矢禅の背筋を凍らせる気が、彼の考えを一つにまと める。まとめてしまう。 すなわち。 『獅伊菜はおかしい』と。 一心だったのだろうか』と。 『いままでの行動は、すべてザカードの関心を引きたい ソウシュあわ それでは、あまりにも領土の人々や蒼主が哀れだ。そんな理由、正しのものではない。 そして、思いついた二つのものは、矢禅に、こう結論を告げる。 『最後には、獅伊菜は死ぬ気なのではないだろうか』 と。 ◆ 冷えてゆく指先に冬の訪れを感じながら、蒼主はバルコニーにいた。月夜。空が、洗い流さ とお れたように透い。日が落ちてずいぶん経っというのに、明るい色をしている。 こお

2. 影曨の庭 : カウス=ルー大陸史・空の牙

密偵には、ひきつづき状態を知らせるように指示をしてある。かといって、外からの調べで はわかることにも限度があるだろう。城の橋は、未だに落ちたままだ。 内部・ : みずか こんどこそ、自らが乗り込むわけにはいかなかった。否、乗り込むには正当すぎる理由があ る。けれど、それを行使したらどうなるか。 獅伊菜は、それを待っているのではないだろうか 戦が起きる。 と、そんな気がしている。もし蒼主が出向いたとしたら、獅伊菜は彩女軍を向かわせて 戦うか、彼をふたたび人質にして、清和月軍と戦うか。 その、どちらかをしそうだった。自らの死を急ぐために。 ( 欲しいのは死か ? ) 蒼主は獅伊菜についてそう思いはじめていた。すべてを捨てきった数々の行動。それは、だ れかが自分の〈死〉を連れてくることを願っているからなのか : 「おいツ、なにがあった ! 」 「陛ーーきゃあっ」 いくさ

3. 影曨の庭 : カウス=ルー大陸史・空の牙

152 て降っている。 かすみ その奥が、ふいに黒い霞におおわれて見えた。 「あのつ、大公さまっ」 「知ってますよ」 笑いを押さえたような、濡れた声が返ってきた。三つ編みを揺らしている獅伊菜は、振り向 くことなく一一 = ロ葉を続ける。 「あなたがあの一座の者だったということくらい」 「だった ? 」 強調されて、桂斗は繰り返した。『だった』ではなく、『だ』、なのにと。 ふっと獅伊菜の口から笑いがもれた。楽しくもなく、嘲るようでもなく。 「だった、ですよ ? あなたは正直で心根のやさしい良い子ですから、だった、なんです」 さつばり意味がわからない。 「どういう、ことなんでしようか」 振り払うわけにもいかず、桂斗は従いながらたずねた。しだいに小走りになり、角を曲が 獅伊菜はすぐには答えなかった。彼女は、重ねて訊くほどの勇気もなく、ついてゆく。 「はいりますよ」 る。 あぎけ

4. 影曨の庭 : カウス=ルー大陸史・空の牙

せる。 「つかれちゃった : : : 」 それは真実でもなく嘘でもなかった。言おうとしたことを出せずにごまかしたのと、目まぐ るしい事件にぐったりしたのと、半分すつで。 ふとん 「獅伊菜様、すこしお休みさせて。お布団。あたし、眠りたい」 あまえるように言ってみた。『知らなかった獅伊菜のこと』がいくつか増えたのだ。〈空牙 衆〉、界座大公の娘、利用している。 しくじら、ないよ , つに。 検討、しなければならない。 アタシヲ利用シティル : 「いいですよ。わたしの寝室でよければ、お連れしましよう」 言うなり、紫万を抱き上げる。今までだるそうにしていたのは、まるで嘘のようだった。 少年のころからっかっている寝台に、彼女を寝かしつけて布団をかける。 獅伊菜さまのにおい : 髪の香料に似たものを嗅いで、紫万は目を閉じた。ここで安心し だめ たら駄目、眠ってしまったら駄目。 考えなきや

5. 影曨の庭 : カウス=ルー大陸史・空の牙

8 ぎようし 広間のなかでありながら、完全に閉ざされた別の次元で、矢禅が獅伊菜を凝視していた。彼 は、まるで宴を見張るようにずっとそこにいた。そして、いままでのザカードたちのやり取り をすべて見聞きしている。 花嫁・ : しようふ 矢禅は彩女大公の隣で、侍女と折り重なっている幼い少女を盗み見た。娼婦から大公妃へ と、一夜にしてその身分をはね上げさせられた紫万。 獅伊菜は、彼女を妻にするのでは、なかったのだろうか。だいいち、彼の性別は女ではない はず。 「自分が何であるか、失念していると見える」 ザカードも、息子と同じことを考えたらしかった。つまり、おまえは「男」だと。 おもしろ はがん 獅伊菜が破顔した。さも、面白いことを知ったように。 いまし 、そのような戒めがあるとは知りま 「あなたがたに 、親兄弟もないような種族の方に : せんでした。愛してさえいれば、そのようなことは気にしないのだろうと、勝手に思っていま おさな ャゼン

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逃げないで : 自分とおなじ気持ちを他人が持てるとは思わない。そう知っていても、告げたかった。耳を ふさがれても、言葉にして伝えたかった。 たいこう 祖母を恨んでいたのに、祖母の死のせいで大公にならざるをえなくなった獅伊菜。 キリガ たしかに、貴里我はひどいことをしたのだろう。獅伊菜を、何度も打ちのめしたのだろう。 でも獅伊菜、貴里我様、そんなに悪い人じゃないわ。 こころの内でつぶやく。 ひとつだけ、透緒呼は覚えていることがあった。まだずっと小さな頃、筮音に連れられて彩 女城に行ったことがある。何の用だったかは忘れてしまったけれど : : : 、座上から迎えた貴里 ョウシ 我は、まっすぐ彼女を見ていた。〈陽使〉の子だ、不義の子だと噂され、無視されたり、視線 をかわされたりしがちだった透緒呼を、なんの悪感情ももたずに。 非難しない大人は、彼女がはじめてだといってもよかった。それが、透緒呼にはひどく不思 議で、新しいものに思えていたのだ。 もっとも、そのときのことを貴里我が「わたしを見ても、おびえもしない。さすがに姫の娘 よの」と、筮音に苦笑してもらしたことなどは、知らなかったけれど。 : とにかく、そんな印象があったからか、透緒呼は貴里我を否定しきることはできない。 貴里我だって、獅伊菜をきっと憎んでいたわけ、じゃ ふぎ

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その法則に緊張はすでにあった。そして、ひらいて読んだ筮音は、その内容にちからを失っ たのだ。 サヤメ 『彩女城は血の匂いにむせ、城門はおびただしい赤に塗られ、まるで北家の時代が戻ってきた かと 乱れている筆跡に、彼は顔をしかめた。とんでもないことが、とうとう起こってしまった。 セイワゲッ 清和月に戻って、まだ七日しないというのに。 シイナ やったな、獅伊菜・ : 予感はあったとはいえ、恐ろしいことだ。いずれ起こったことだろうが、あってはならない ことだー 獅伊菜ガ処刑ヲオコナツ・タ 貴族や大臣ではなく、町人階級のものらしいという。身元は不明。原因も不明。とにかく、 あらかじめ告知される罪人の処刑とはちがう。ちがったのだ ! 刑場で行われる通常のものだったら、蒼主も何の注意も払わなかっただろう。少なくなった つぐな とはいえ、罪の重い者はその命での償いを言い渡されることもある。 けれど、そうではない。獅伊菜は、その理由も明らかにしないまま、城門から、遺骸を九つ にお

8. 影曨の庭 : カウス=ルー大陸史・空の牙

どでもないが、九鷹が着いていることを知ったら、彼女はおどろくだろうか。 「嵐が姫ですか」 彩女大公がたずね、こんどは九鷹が口をひらかなかった。ふいっと、視線を扉のほうへ反ら まね なら 獅伊菜は、そのまま彼を真似した。何事もなかったように、倣って扉を見つめる。 「獅伊菜、はいるわ ! 」 えんりよ 高めの声がして、扉が遠慮など微塵もなしにばたん ! とひらいた。すぐに、黒ずくめの少 女が駆け込んでくる。 「おおっと」 あた 獅伊菜のまえに立ちはだかろうとする前に、九鷹は腕をのばした。透緒呼の胴の辺りをぶつ け、その勢いで引き寄せる。 「このばかたれが」 「くよ , つつ」 くちもとおお 庭声が重なり、彼のほうが、強引に彼女のロをふさいだ。手のひらで、がばっとロ許を覆って 曜しま , つ。 影 「くよう、じゃねえ。清和月の空で何か聞いて落っこちそうになってすぐに、彩女なんかに向 かいやがって。ーーー勝手にうごかねえっていう決まりがあっただろうがよ」 す。 みじん

9. 影曨の庭 : カウス=ルー大陸史・空の牙

霧のようにまとわりついて離れない血の匂いを意識しながら、獅伊菜は顔を仰いだ。こころ が、おどる。 さあ、どう来るのだろうか。 じじよ 訪問の内容に、検討はついていた。紫万の侍女にした女の、元の仲間を、彼が城門に吊るし たことに係わることだろう。 ふう 予想しながらも、獅伊菜は浮き立っていた。さて、紫万はどんな風にここに来るのだろう 泣いて ? わらって ? 怒り狂って ? つめほお ととととん、と爪で頬をたたく。ほとんど無意識にそうしたことに、獅伊菜は気づいて苦笑 ほんとうに、楽しみにしてしまっている。花嫁の支度の終わるのを待っている気分だった。 着飾って現れる最愛の婦人を、目にするまでに想像をかさねてしまうのに似ているだろう。多 分。 庭日差しとおなじくらい上機嫌で、彼は紫万を待った。その背景を考えたとき、他の人はそう 瓏は思えないだろうけれど。 影 九人の人が殺されて、彼女はやって来るのだから。樽いつばいの血が流されなければ、彼女 が来ることはないのだから。 きり たる あお

10. 影曨の庭 : カウス=ルー大陸史・空の牙

めちゃくちゃ 紫万は、こわくはなかった。突然に宴が目茶苦茶にされて、驚いても、恐れてはいない。 これが〈陽使 めずら 珍しいものでも見るように、青年を見つめる。流れる茶の髪。紫の瞳。本当だ、色がない ぎんせいしよく 自分のことを『色無し』と差別されながらも、〈陽使〉が本当に〈銀聖色〉を持たないとは 思ってもいなかった。ようやっと、実物を目にして納得する。 そうなんだ、 じじよ みような安心感を持ったとき、すうっと彼女は意識を手放した。膝の侍女に折り重なるよう くず に崩れてゆく。 シイナ、、 ザカードが、片手をあげていた。そのカで、広間すべてが眠りについたのだ。獅伊菜とひと りを抜かして。 「やりにくいですか、さすがに」 獅伊菜は、彼が現れたときと同じに、顔色を変えることはなかった。ただ、当たり前のこと が当たり前のように進んでいると、思っているかのように。 〈陽使〉の答えは一瞥だった。おや、とその姿に、獅伊菜が目を細める。 まばろし 「幻、ですか」 0 いちべっ 0 0