組織させ、成長させ、発展させ、奮起させ、日本における階級闘争を激化させ、日本の国力を弱料 める工夫であったと受けとらざるをえません。 日本への恐怖が生んだ「三十ニ年テーゼ」 そして、国際共産党組織が発行した文書の数量と継続性から見るとき、国際共産党組織の課題 とする行動の優先順位の第一は、実質的には、まさしく日本問題であったと考えられます。その 理由とするところを、「三十二年テーゼーが、次のごとく明白に述べているのです。 とくに注目すべきことは、二個の帝国主義的憲兵ーーヨ ーロッパの憲兵である帝国主義フ ランスと、極東の憲兵である帝国主義日本ーーの同盟であって、この両者はともにソヴェト の国にたいする出征の発頭人としての役割を引きうけたのである。日本帝国主義は、極東か ら攻撃することによって、それと同時に、またはすぐっづいて、西方からフランスとその諸 てはず 属国 ( ポーランド、その他 ) がソ連邦を攻撃できるような条件をつくりだす手筈になっている。 日本が中国におけるその強盗戦争において他の帝国主義列強や国際連盟全体から支持をうけ た理由は、なによりもまさにこうした反ソヴェト計画によって説明される。 当時の共産主義ソ連は、すなわちスターリンは、諸国がソ連に攻めかかる際に、日本こそがそ の先兵の役割を担うと信じていたのですね。その見通しが当たっていたかどうかはさておくとし lllllllllllllllllllllllllllllllllllllllllllllllllllllllllllllllllllllllllllllllllllllllllllllll コミンテルン ほっとうにん コミンテルン
本主義的ーと決めつけています ) 。 ④日本の国内には封建制の強大な遺物、農民にたいする半封建的な搾取方法、が認められ る ( 「封建制の強大な遺物ーを指示し「半封建ーと規定しています ) 。 ⑤日本資本主義は、軍事的・警察的反動の状況のもとで、また国内における封建制の遺物 の基礎の上で育ってきた ( 繰り返し「封建性の遺物、が強調されます ) 。 ⑥日本はフランスと共にソヴィエトの国に対する出征の発頭人としての役割を引きうけ、 反ソヴィエト計画を持っている。 一読しただけで、いわゆる社会科学的用語における錯乱が明らかでしよう。 普通に『帝国主義論』と呼ばれているレーニンの著作は、正確な書名が『資本主義の最高の段 階としての帝国主義』 ( 全集巻 ) なのです。その意味で日本は、帝国主義なんですね。しかし、 その基礎には、前資本主義的諸関係があるんだそうです。 つまり、封建制の強大な遺物、ですな。また単に、封建的、というのではない、半封建的な搾 取方法、も認められます。また一方では、絶対主義的、なんですね。『広辞苑』を引くと、絶対 主義とは、封建制から資本主義への過渡期に現われる現象であると説明されています。とどのつ お まり、日本は、軍事的・封建主義、という判子を捺されるに至りました。なんとも賑やかなこと ですね。 日本は封建的であり、また半封建的であり、そして絶対主義的であり、もちろん資本主義であ ほっと、つにん
と、つ とすばらしいことではありませんか。この論理からすれば、日本国民は北京政府ができるだけ強 力な核兵器を持ってくれるよう、ひたすら祈って声援をおくらなければならぬことになります。 いっとき共産主義者が唱えた迷文句に、「帝国主義国 ( 自由経済諸国を指す ) が核実験でまきちら す灰は黒く汚れているが、共産主義国が核実験で生みだす灰は白く清らかである」という抱腹絶 ひやくしやくかんとう 倒の珍論がありました。しかるに竹内好は百尺竿頭一歩を進めて、アメリカやソ連が保有する 核兵器は核戦争の可能性をはらんでいるが、北京政府が持つであろう核兵器は、これだけは例外 的に格別に、核戦争を防ぐ力になる、と保証したわけです。 竹内好のひそかに夢みるところ、アメリカもソ連も核兵器をすべて放棄し、北京政府だけが核 兵器を持つ状態こそ望ましいのかもしれませんね。 エトランゼ 中国の核実験に感動する異邦人 そうして、ついに北京政府は核実験に踏みだしました。待ってましたとばかり歓喜おくあたわ ざる声をあげます。いちおう日本の国民感情をおもんばかって悲しげな風をしてみせますが、そ シュガーコート れはご愛想の糖衣にすぎないので、この露骨に高らかな勝利宣言をご覧ください。 中国の核実験は、不幸な出来事でした。あってはならない、あらしめてはならない出来事 でした。人間として、わけても日本人として、この出来事を残念に思わぬ人は少いでしょ う。これは理性の立場です。理性の立場からは、私はこれまでも中国をふくめてすべての核 ふう ほうふくぜっ
第 1 章こんな国家に誰がしナ 「三十ニ年テーゼ」が規定した近代日本史とは さてそれでは、問題の「三十二年テーゼ」には、一体どういうことが書き記されてあるのでし こようか。さしあたり近代日本史に関する論述としては、次のような章句が見られます。 ①日本は強盗的帝国主義であり、現に帝国主義的強盗戦争をおこなっている ( 「強とい う評語が何回も何回も繰り返し出てきます ) 。 図日本独占資本主義は絶対主義的な軍事的・封建的帝国主義であり、軍事的冒険主義であ る ( 「封建的」と念を押しています ) 。 ③日本の独占資本は、いまなお前資本主義的諸関係の緻密な網に絡みこまれている ( 「前資 まあ、大体こういう思考経路ができあがります。もちろん根拠のない馬鹿馬鹿しい思いこみで いわし すけれど、世の中は、鰯の頭も信心から、なのですから、こう思いこんでしまった人はもはや梃 こ でも動かない。以上の考え方を、私は自分勝手にあやしげな理屈を捏ねて観察しているのではあ りません。事実の問題として、日本の左翼人は全員このように考えたし、また今も完全にそう考 コミンテルン えているのが現実です。それゆえ国際共産党組織は神をもしのぐ絶対の無謬であると信じ、だか あが らこそ、「三十二年テーゼーを最高至上の聖典として崇め尊んできたのです。 平静な方にとってはあまりにも荒唐無稽な嘘八百に聞こえるでしようけれど、これが現実には 六十有余年もつづいてきた信仰のかくれもない実態なんですよ。 あみから てこ
スになるのかもしれませんね。 それはともかく、大内兵衛はもちろん北方領土問題をめぐってはひじように慎重で、いつもざ つくばらんな文章を書く人が、突然にはなはだしく口ごもります。 領土問題はもちろん大切である。國民としては寸尺の地も失いたくないのは至情である。 そしてまた戦爭の結果は、この問題についての結末を中心とするものであるから、これにつ いて國民の議論がやかましいのは當然である。しかしこれにも一定の約束があり、歴史があ る。それを正しく考えそれを國民の前に決しておかないで、ただ、昔あれは日本の領土であ ったから、あれをよこせというのは、外交ではなく、正しい政治論でもない、それ自體完全 なショービニズム ( 注・国粋主義 ) である。帝國主義である。そう國民感情論だけでは、講和 條約などはできない。そうではなく、そういう國民的要求をいままでの自國の態度と、両國 間の約束と双方の將來の利害に照して考え合せて、その上で合理的な妥協點を見出すのが講 ( 同前 ) 和談判なのである。 要するに、わが国が北方領土にこだわるのは「ショービニズム〈国粋主義〉」であり「帝国主 義」で醜く卑しい。しかし、共産主義国家・ソ連が北方領土を確保するのは「ショービニズムー でもなく、「帝国主義」ではない正常な合理主義である。だから、今後はソ連側の真当な「外交」 と「正しい政治論」に従うべきだというのでありましよう。無条件降伏論がそうであったよう まっとう
アメリカは中国との戦争を決意している、と私は推定します。着々と準備を進めている。 そのための足場としてヴェトナムを確保したいのでしよう。次の段階は、ここから中国へ向 ( 昭和年『世界』臨時増刊号「熱戦の代りに思想戦を」 ) かって挑発に出ることだと思います。 デマゴギー 講釈師、見てきたような嘘を言い、という要領でしようか。まことに、ぬけぬけとした扇動調 です。アメリカがシナへ攻めこむために「着々と準備を進めている」具体的な証拠など、なにも ありません。竹内好も馬鹿ではないから、その点はよく心得ています。 そこで持ちだしてくる論拠はたったひとつ、つまりヴェトナム戦争の意味するところを、あれ 人はシナに鉾先を向けるための「準備」であると自分は「思います」という単純な「思います」理 玳論です。鳴くのは烏の勝手でしよ、と歌うドリフターズの加藤茶にならって、思うのは私の勝手 忠でしよ、というわけですね。 ひぼ、つ 府こんな誹謗を、もし逆に共産主義国に向かって言おうものなら、帝国主義者の卑劣で醜悪な中 京傷だと喚きたて、怒鳴りこまれるのは必須ですが、アメリカは根がおっとりしていますから、こ めくじら の程度の放言にいちいち目角たてて怒ってきません。ことアメリカの立場と方針に対する悪口な 体ら、いくら嘘八百を言っても大丈夫、と、竹内好はアメリカの寛容に対して深い信頼を寄せてい るのでしよう。アメリカがシナとドンパチ戦争する必要がどこにあるのでしようか。またなんの 章利得が期待できますかね。 第建国以来二〇〇年、アメリカがシナを敵視したことは一度もありません。アメリカの仮想敵国 ほこさき からす 211
第三の領域は有権者としての国民の投票行動です。 あらためて言うまでもないでしよう。当時は社会党も共産党も躍進していました。むしろ保守 党のほうが心の底からおびえていた時代です。これから少しあとになりますが、将来を案じる心 いしだひろひで 配性の石田博英 ( 元労相 ) は、近い将来に社会党が絶対多数となり、単独政権を樹立するであろ うと、憂え顔で予言したくらいです。 社会主義に同調しない人はもちろん多数ありましたが、それは、むしろ敬遠の姿勢とも言うべ きで、国民の一般に「社会主義への憎しみ」など、けっして広がってはおりませんでした。 このように念をいれて見わたすとき、向坂逸郎の言うところが、いささかも事実に基づかない はったり 虚喝であることがあきらかでしよう。彼は現実をありのままに見る気がないのです。ひたすら腹 を立てているだけの怒りん坊とでも申しましようか。 この人は、戦後の日本が一挙に社会主義国・共産主義国にならなかったのがご不満なのです。 これからじっくり論理を展開して、国民を共産主義へ誘導してゆこうという啓蒙家の精神など薬 にしたくもありません。国民の全員が共産主義を信奉しないのに腹を立て、国民は愚かであると さげす 見下げて蔑み、国民を罵って、ひとり己れを高しとしているだけなのです。これも、反日的日本 メンタリティ 人に共通した精神構造であり、彼らはおしなべて″不遜の権化〃と一一 = ロえましよう。 そして向坂逸郎は、核兵器がどういう意味を持っているかを理解していません。また欧州諸国 が順次アジアの植民地から引きあげていった趨勢を視野にいれていません。 つまり、帝国主義の時代が終わったと認識することができないのです。さらには、世界戦争の ののし すうせい ヨーロッパ 232
売りが通常の商売のしきたりでないこと言うまでもないでしよう。 本来、物品の売買こそ最も平和な相互交換ではありませんか。買う人は欲しいと思うから買う のです。値段が妥当であると認めたから手を出すのです。商売の次元では押し売りなんて絶対に ありえません。いわんや、国際貿易はお互いに損得を十分に計算したうえで自発的に購入を決め るのですから、品質や価格に少しでも難点があったら買わなければいいのです。 なぜ、日本の経済発展を憎むのか ただし、世界史のやむをえぬ流れの途中においては、帝国主義時代という、カずくで捩じ伏せ て買わせる横暴な押し売りも横行しました。しかし幸いにも帝国主義時代はあきらかに終わりを すなわち関税と っげたのです。昭和十九年のブレトン・ウッズ協定から昭和二十二年のガット、 貿易に関する一般協定にいたる過程で、関税の差別待遇をなくする「自由貿易の原則ーが確立さ れました。戦後の世界に、もはや強圧的な押売りはありえないのです。 日本の商品がアジアの全域にゆきわたったのは、アジアの各国民がそれを心から歓迎して、進 ひも んで自発的に財布の紐をゆるめたからであること言うまでもありません。 わが国の商品が喜んで受け入れられた結果はどうなりましたか。 第一に、アジア諸国の生活水準が向上しました。第二に、アジア諸国民に、自分の国でもこう しげ・き いう秀れた商品を造ってやろうという生産意欲をおおいに刺戟しました。第三に、それゆえアジ ア諸国の生産業が非常な勢いで発展しました。第四に、勢いのおもむくところ、アジア諸国の近 にく 256
第 1 章こんな国家に誰がした 者、否、僣奪者になったのであろう。 私はボクロフスキーの『一九〇五年』も読んでいたし、プリポイの『対馬』も読んでい た。「革命的毒気の一掃ーの手段としての日本との戦争が、かえってその「革命的毒気」で ツアーの専制政治をふるえあがらせる一九〇五年の革命にまで高潮したことは、その革命の 推進者たちの一番よく知っているところだ。 レーニンの思いは、多少の程度においてまたそれはその同志たちの思いでもあったろう。 スターリンだけがその例外だったのだろうか。その日以来、私はレーニン主義とスターリン 主義との相違が、単に共産主義政治と世界革命との旧段階と新段階とに応ずる、その理論的 発展の度合に精密にもとづくという、公式的説明などは相当の条件づきでなくては受付けら れなくなってしまった。満州の工業施設のほとんど根こそぎ的な撤収、日本捕虜の仮借なき 長期使役ーーっづいて起ったそれら一連の事象は、それがいかに立派な「革命的」大義名分 がんめいころう きよくがくあせい にもとづくものであったにしても、頑迷固陋な私の如き「曲学阿世」の徒には、どうしても 釈然とできないていのものであった。 私の「曲学阿世」的空論によると、世界革命の参謀本部たるクレムリンは、それにいかに も似つかわしい画期的に明朗な創意的フェア・プレイでこういう問題を処理すべきで、人々 まぎやす かびくさ が散々見せつけられてきた、黴臭い帝国主義や専制主義に紛れ易いえげつないやり口の踏襲 などは夢にもしないはずだったのだ。このおめでたい期待は、次から次へと物の見事に背負 しょげかた 投げを喰わされた。それが「新世界ーからの便りであっただけに、私の狼狽と悄気方は目も
代工業は、今にもわが国を追いぬくかもしれないと観察する人もあるほど隆盛の一途をたどって います。 ばっぜん アジアの活力が勃然として目覚めました。まことに結構なことではありませんか。坂本義和が 「経済的進出」と呼ぶ日本の努力によって、アジアの近代化は、いまようやく軌道に乗ったので す。わが国もうかうかとしてはおれません。お互いに紳士的な競争によって、共存共栄の実があ がっている、それが誰の目にもあきらかな現実です。 しかし、坂本義和の目にはそういう喜ばしい光景が見えないらしい。彼は目を開いて見るので めいそう 家はなく目を閉じて瞑想し、日本の海外貿易を「侵略」だと罵ります。つまり、彼の頭には半世紀 イメージ 詭まえにすでに終わった帝国主義時代の映像しかないのですね。坂本義和の思考においては、時計 ストップ る すの針が五〇年まえで停止しているのです。 断 なぜ、そんな馬鹿げたことになったのでしようか。その理由は、彼が経済的発展そのものを憎 と 家んでいるからでしよう。、 しや、そう言っただけでは正確ではありません。彼は日本の経済的発展 略をこそ憎んでいるのです。それは、なぜか。 済国民の生活水準が高まれば高まるほど、人びとは現在の自由経済機構を肯定的に評価するよう をになります。そうなったら日本を共産主義化しようという意向が弱まるではありませんか。その じだんだ 日傾向を見てとって、坂本義和は地団駄踏んでいるのです。 章すべての共産主義待望論者とまったく同じく、坂本義和もまた、日本国民が貧困にあえぐ日が 第くることを心から願っているのでありましよう。 257