絽に転がる。 くさ なれつこになった鈍い音がし、空気がきな臭くなる。ヴュティーラは毛布から頭だけを出 し、壁伝いに手を伸ばして換気ロのスイッチをいれた。 ばち。 「いたっ ! 」 はち 指先に返った痺れに、飛び上がって手をかばう。まるで、スイッチの上に蜂がいたかのよう 、、つ ) 0 憎々しげに見上げると、スイッチからも細い煙がたなびいている。 「もうつい」 ヴ = ティーラは癇新を起こして、枕に拳を打ち込んだ。朝からま 0 たくついていない。通 信機に起こされ、取ったと思えば壊し、換気をしようと思えばそちらも壊す。 都市に敵意を持たれているとしか思えなかった。テ・クラッドで〈機械〉を使わずに暮らし てゆくことは出来ない。 それなのに〈機械〉は使うはしから壊れてゆく。 どうしろっていうの、とヴュティーラは毒づいた。毎日これではそのうち、彼女の通ったあ とには、一本のコードも無事ではすまないと、噂がたつだろう。 すぐに、修理係がやってくる。 にぶ
何も写さない黒い半円鏡のついた、四角形の台だ。ちいさな突起物が台の上に並び、それぞ れに数字が振ってある。 台の真横から、螺のコードが伸び、送話器らしいものがついていた。 似たようなものは故郷でも、ナイザの即席通信機でも見た。ということは、やはりこれが通 信機なのだろう。 ヴュティーラは掛け金から送話器を外した。どこかに、動力源のスイッチがあるはずだ。 通信機の台を、あちこち探す。左の側面と鏡のふちに、同じような突起があった。経験から して、これがスイッチのはず。 彼女は台の左、鏡のふちの順番でスイッチを入れた。とたんに、鏡が明るくなる。〈何を望 みますか ? 〉という意味の、文字が浮かび上がった。 つば 唾を飲んで、ヴュティーラは画面を見つめる。今までに知っているどれよりも、最新型だ。 画面のついた通信機なんて、知らない。 「えつ、と : : : 」 送話器に手を伸ばす。話してみれば、画面が変わるのだろうか。 「図書館、どこにありますか ? 」 とっきぶつ
「ほんとはね。でもややこしいから、〈機械工〉にしといて」 眼鏡の奥で、片目を閉じたようだった。 ヴュティーラはうなずく。どうせ聞いたってわからないのだ。 「そろそろ行くよ。ヴュー、上のスイッチ入れて」 彼女は言われたとおりにした。ふっと背が軽くなり、いまにも体が浮き上がりそうになる。 「下のも入れて。両脇の輪を上に引き上げれば飛ぶから」 ? こ , っ ? 」 ばちんとスイッチを押し、両手を輪つかにかけた。胸のほうに向かってぐいと引き上げる。 その途端、ヴュティーラは宙に放り出されたー 「きや 悲鳴が夜空に響きわたった。ぎよっと目を剥いたナイザが、すぐに上昇した。 「ヴュー ヴュティーラは飛行港の管制塔よりも高く飛び上がり、空中で停止した。〈プレート〉の作 用で、そのままそこに浮きつづける。 「気前よく引きすぎだって」 隣にやってきたナイザが眉を寄せている。よくわかった。いやというほど。 「この輪つかの引き具合で、方向のかわる速さや距離が決まるってわけ : : : 」 どうせなら、あらかじめ教えておいてもらいたかった。 ひび
帯がっき、箱の上ではうっすらと発光する緑色の円盤が回っている。 以前、彼が飛行機を造ったときに使った。〈プレート〉だ。見覚えがある。 「〈プレート〉が作用するから、そんなに重くないと思うんだけど」 言いながらそれを背負わせる。 「なに、これ」 「飛行〈機械〉。テックの中で鬼ごっこするなら、空からがい 誰もが作れるわけではなし。空までは監視がおよばないから」 「これで飛べるの ? 」 わきばら あた ヴュティーラは、体をひねって〈機械〉を調べた。帯の脇腹にふれる辺りに、引き抜くため の輪つかが付いている。 ほうこうだ 「それは方向舵のかわり。箱の右脇をさわって。上のスイッチが上昇 / 降下。下のが駆動系 「クドウケイ」 耳慣れない言葉だ。つまり、何をするもの ? 「まあ、習うより慣れでしよ」 「そんなあ」 かげん しい加減な発言に、不安になる。 「安心して。俺の自作だから、壊れて墜落することはないよ」 ついらく っとう得だから。こんなもの、
ナイザは壁のスイッチを押し、部屋の換気をした。壁に煙が吸いとられるより先に、部屋が ノックされる。 「どうされました ? またですか ? 」 「また ? 」 振り向いたナイザに、ヴュティーラはいて答えた。 「二度目なの、これ」 ナイザが絶句し、天井を見上げる。 「かわいそうなやつら。まあいいや、ヴュー 、今日は直してもらっておとなしくしててよ。 きこうじゅう 俺、図書館のほうも見て来なきやだし。〈気吼銃〉も直さなきやだしさ。また明日にでも、ゆ つくり話そう。 そうだ、飯持ってくる奴にタ飯の時間言っておきなよ」 彼は疲れたように言って、ドアを開けた。待っていた通信機担当の男に事情を話し、出てゆ 入れ替わりに入ってきた男は、通信機に目をやり嘆息した。こんどは持ってきていた工具箱 を開き、道具を並べはじめる。 ごめんなさい」 ヴュティーラはいたたまれなかった。ナイザの言葉が耳に残っている。
127 星は踊る すじよう 彼はヴュティーラの素性を知らない。ヴュティーラはそれを思い出し、あわてて付け足し 「兄が、働いているから」 王子としての役割を果たしているのだ、まるで嘘ではない。 「ふうん。ーー俺がつなぐから、取り次ぎは自分でやってよ ? 」 いったん 気の無い返事をしたナイザは、一旦テ・クラッド内のどこかを呼び出す。画面に現れた係員 に、フイゼルワルド王城の番号を聞き、改めてスイッチを入れなおす。 なにを望むのか ? と問う画面に向かって、聞き出した王城の番号を打ち込んだ。 これはそうやって使うのかと、ヴュティーラは納得する。つまり、用を足すには相手の番号 を知らなければらないのだ。 せめて、食事とナイザの部屋くらいは教えてもらわねばと、ヴュティーラは「しばらくお待 ちください」の文字を映した画面を見つめながら思った。 「ナイザの番号を教えて」 つぶやくと、彼は手元の紙を引き寄せて、さらさらと書きつけた。送話器ごと押しつけて、 隣の部屋へ帰る。 「終わったら言って。俺が切るから」 彼が部屋を出たとたんに、画面が明るくなった送話器を握って首を傾げている老人が映 る。 かし
「認識票の番号をどうそ」 「〇〇八、〇〇一です。これ、仮のものみたいなんですけど」 「かまいませんよ。ご利用は、初めてですね ? 」 「はい」 たんす うなずくと、係員はにこりとした。背後の簟笥から、平たい板でできた、ほそい金属の輪を 取り出して立ち上がった。 先に立って歩き、奥の扉をあける。 彼女に続いて中に入ると、そこは倉庫のような場所だった。通路の両脇に、天井までびっし りと棚が並び、その一つ一つに板のようなものが収められている。 係員は、目の高さにあった一枚を選びだし、スイッチを入れた。 かまど 竈から鉄板を出すように、その板を引っぱりだす。 カラカラとローラーを回して出てきた板は、ヴュティーラの腰の高さで、ふわりと止まっ 宙に浮いている。 板は前後を示すように、片方のふちが丸くなっていた。前だと思われるふちの丸い側の左 踊に、螺なのコードでつなが 0 た手枷のようなものがついている。 星「どうぞ、乗ってください」 係員に言われ、ヴュティーラは板の上によじ登った。両手をついて座った彼女の左手を、係
飛行港の整備士たちのようなつなぎを着た男が、部屋の様子を不安そうに窺っている。その 胸に認識票を見つけ、ヴュティーラは思い切って扉を開けた。 「もしもし ? あ、どうかしましたか ? 」 彼女の顔を見た男は、漂う煙の臭いに鼻をひくつかせた。 「通信機ですか ? 」 「 : : : 壊し、ちゃいました」 ヴュティーラはうつむく。だが男は責めなかった。 「わかりました。待っていてください。すぐに道具を取ってきますから」 かばん きびす 言い置いて、彼は踵を返した。昇降機に乗り込み、ややして工具の詰まった鞄を下げて戻っ てくる。 「部屋に入っても、よろしいですか ? 」 「直りますか ? 」 恐る恐る彼女は訊ねた。男は顔を上げ、ふと笑う。 「直します」 彼は案内されずにも、まっすぐ奥の部屋へ向かった。たちこめる煙に少しばかり肩をすく る め、壁を探ってカーテンの影になっていた突起を押した。 星 風がうまれ、窓際のちいさな吹き出し口に、煙が吸い込まれてゆく。 どうやらそのスイッチを押すと、部屋の空気が入れ換えられるようだった。覚えておこうと うかが
るのは、リカレドとナイザが入室しているとわかっているからだ。 二人は聞いてもよいが、彼女には聞かせられない内容かもしれない。 そのところの事情は係員にもわかっていた。彼女はうなずいて、書き留めた紙を胸に出てゆ 「数字の件は、また後ほどに」 言い置いた彼女が扉を閉めると同時に、リカレドは壁の額のふちに触れた。 通信機のスイッチが入り、額から絵が消えて、かわりに女性が浮かび上がる。 壁の絵は、通信機の画面だったのだ。普段は喫茶室の雰囲気を壊さぬように、絵を写してい 「大変です、長老 ! 」 画面の女性は、彼らを認めると自分の端末にしがみつかんばかりになった。ヴュティーラの 行った、図書館の職員だ。画面のこちらでも、真っ青なのが見て取れる。 図書館 ! 二人ともはっとした。同じ意味で、違う意味で。 「なにがあった」 る リカレドが獣のように息を殺していた。大事ならば、彼の一言で町の秘密部隊が動く。 星「図書室で事故がありました ! 空中浮遊システムの一部が爆発 ! 自己回収機能により、室 四内に出ていた二十機中、十五機は回収。三機は避難帯にて停止 ! 」 る。