「さすが。一発で覚えたじゃないか」 ナイザに感心され、腹が立った。もう少しで、心臓が止まるところだ ! 二人は、その高さで前進をはじめた。輪つかを引いた分ずつ、そろそろと進んでゆく。 もろ っち 八区の、うすく高い塀を越えた。見た目には脆そうなその壁は、槌をふるってもびくともし ない、特殊な材質で作られている。 れんが 町並みが、すこしだけヴュティーラの見慣れたものに変わった。煉瓦や石作りの建物が増 え、建物の階数も八区に比べるとぐんと低くなる。 本当にあそこだけが〈特別区〉なのだと彼女は感じた。八区は支配者として、その力を見せ つけている。 「この辺は六区。そのひとっ向こうが十二区」 ナイザが前方を指さす。連なる建物の向こうに、かすかに城壁が見える気がする。 「わたしたち、そこに向かっているの ? 風を切りながらねた。砂漠の夜空は、身震いするほど寒い 「その隣の十三区。ーー人の真上を通るなよ」 往来には、まったく人がいないわけではない。細くとはいえ、月が出ている。頭上に影がさ る 踊 せば気づくだろう。 星 「十三区に、カジャがいるの ? 」 どこがそれだかよくわからないまま、ヴュティーラは訊ねた。区をへだてる壁は、うねりな
「ごめん。彼に部屋へ案内してもらってて。ーー彼女、ここ初めてだから、よろしくお願いし ます」 後半をリカレドについてきた男に向け、ナイザは走りだした。リカレドに追いっき、さかん しⅱしかけているが、老人は取り合おうともしない。 「行きましようか」 残されたヴュティーラに、男が言う。彼はヴュティーラを連れて、自分の降りてきた筒のほ うに戻りはじめた。 「向こうと、こっちと、筒の意味が違うんですか ? たず 白い詰め襟の背中に、彼女は訊ねた。これが昇降機というものなのだろうと、それだけは理 解がいった。 「長老の向かったものの方が、より高い階まで行きます。あれは最上階の十六階まで。こちら の筒は、十二階までです」 「どうして〈機械〉の動く範囲が違うの ? 」 「十三階よりも上は、長老のような評議会員がお住まいになっているからです」 答えた彼は、数本の筒のうち、いちばん左のものの前で止まった。筒を見上げるようにし る て、ロをひらく。 星「『ここです』」 かすかな振動が、上のほうから聞こえはじめる。目を瞠ったヴュティーラに、彼は説明し みは
彼はあちこちを指さした。飛行港の建物だと言われたガラス張りの屋舎の向こうに、段階を 経て高くなってゆく白い建物がある。 それが、評議会のものだという。彼は、どうやらそこに向かおうとしているようだった。 「評議会舎の高いほうの階は、窓がたくさん並んでいるだろ ? あそこが宿舎だよ。ヴュー も、あのなかの一室をもらうことになるんじゃないかな」 「ずいぶん : : : 高いわ。何階くらいあるの ? 」 「いちばん上が、十六階かな ? 宿舎は八階から。見晴らしはいいよ。ーーー高いところ、平気 だよね ? 」 「 : : : と思うけれど。山の上で育ったし、遠くが見えるのは、嫌いじゃないから」 「だめだったら言って。部屋、替えてもらうから」 「うん」 ガラスの建物に入ると、空気が冷たくなった。初秋の肌感覚だ。 「扇風機の親玉みたいな〈機械〉で、涼しくしているんだ」 彼女の疑問を見越したように、ナイザは言った。感心したヴュティーラは、連れられて歩き ながらあちこちを眺める。 る 床は、今まで歩いたことのない材質で作られていた。靴音が吸収されて小さくなる。色は生 星 成りで、つるんとしている。 壁は上半分が白、下半分が茶に塗り分けられ、天井にばつばっと〈機械〉式の明かりがはめ なが
雲ひとつない。抜けるような空とは、このようなものを言うのだろう。 青色が、まるで空の雲をすべて集めたような、白い建物の壁の色にしみる。この窓の外にあ らせん るバルコニーも 、バルコニーの端からゆったりと続く螺旋階段も、降りた先にある中庭も、中 庭を底として作られた幾つもの坂道もその壁も、飾り気のない白だった。 こてで塗りのばしただけのような、なめらかな白だけが、中庭まで続いている。 しきい リカレドは長衣の裾をからげ、敷居を越えてバルコニーに出た。男が、無言でついてくる。 彼らはバルコニーの階段を降りてゆく。行き当たった中庭へ向かう坂道のひとつを下る。 細い路地のなかから、同じように従者を従えた男たちが次々と現れはじめた。彼らはまちま ちに、それぞれからもっとも近い坂道を使って、中庭へと降りてゆく。 行きあっても、誰も何も話さなかった。ただ魚のように、湖の底のような中庭へと降りてゆ 十数人の男たちが、それそれの従者とともに中庭へ向かうあいだに、中庭の奥につくられた 重い木の扉が開いた。リカレドのいた部屋の、真下辺りになるだろうか。 そこから、カーキ色の制服の男たちが現れる。右手に駆け、そこに立ち並ぶ黒い棒の具合を 揺すって確かめた。 る 大丈夫。どれも折れる心配はない。 星 その後ろから、両脇を制服に抱えられた男たちがやって来ていた。手枷をはめられたどす黒 昭い男たちが五人、立てられた黒い棒に縛りつけられる。
アキエは日がなうつらうつらしている。 起こさぬようにとそっと、二人は人さし指を立てた。 けげん カジャが怪訝な顔をする。 「なんだよ ? 」 ないしょ 「内緒」 そろって横をむかれ、カジャはふてくされた。 「ああそうかよ」 「そうだよー ナイザがやり返す。そのまま、声をひそめた。 「いざ」 「ーーーレザンティアへ」 指を前方へ倒す。 カジャが鼻じろんだ。 それぞれの思いを乗せ、飛行艇はレザンティアへ向かってゆく おわり
る 「うわっⅡ」 星 とっさのことに、ヴュティーラは床に伏せる。ばふんと上がった煙が、見る間に部屋中に漂 いたした。 画面が、まるで何かを探すように点滅している。〈何を望みますか〉という文字は消え、次 の言葉を浮かべるばかりだ。 「図書館は、どこですか ? 」 送話器に向かって、もう一度言った。今度は、〈機械〉が答えてくれるかもしれない。 かたずの 通信機の点滅が、止まった。固唾を呑むヴュティーラの前で、画面が中心に吸い込まれるよ , つに暗くなる。 なんだろう。 彼女がいぶかしんだ途端、通信機は爆発した ! てんめつ
コバルト文ロ く好評発売中〉 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ 王女ヴュティーラの大冒険 ! くアルーナクワルーンの刻印〉 ◆ シリーズ ◆ ◆ イラスト / 桃栗みかん ◆ 物インティーサの隻翼ま ◆ トグクルーンの刻印 ルワルドの王女ヴィティ 故国を出る決心をす ◆ ◆ 械の街テ・クラッド ーしく連獣〉クイン ーザと旅立つが・・・ ◆ ◆ ◆ ンドへ向かう旅の途 ンセルノヾ国で「十ニ ◆ の . 、女」を選ぶ儀式にむりを。 り参加させられたヴュテ ◆ ィーラ。これがとんだ結果に ! ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ アル - ナグクルーンの刻印 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ 響野夏菜 かたはね 、 444 く◆◆◆◆◆◆◆◆ 工ズモーゼの左手
あの、標的に向かって。 引き金に手を掛けた。指にかかる力が、そのまま彼女の意識を青く光石に引きずり込む力と なる。 目標は、真ん中のひとつ。 ヴュティーラは、を止めた。 行け かたまり がちんと引き金が鳴った。あの時のように、青白い塊が飛び出してゆく。 幹部たちがざわめくのを聞く。ざまをみろだ。わたしはちゃんと使えるんだから ! る光のなかから、なにかが出てくる ! ヴュティーラは目を凝らし、ナイザが息をのんだ。 かたまり くちばし さらに光る白い塊。するどいーー嘴。 鷹の頭 る あの時とおなじ あわ 星 腕が粟だっ。この先を見てはいけないと予感が走り、ヴュティーラは目をそらそうとした。 そらせない !
ヴュティーラたちを乗せた特別輸送機は、空 を切リ裂くよ、つな亠日をたてて、テ・クラッド に向かっていた。見たこともない ^ 機械〉や 延物にびつくりするヴュティーラだったが、 出迎えてくれたナイザの〈しっちゃん〉とは テ・クラッドを管理している長老のひとりだ った。「用、えてしまった〈連獣〉クイン一丁イ ザの謎を探ろうと図書館に出かけたヴュティ ー一フは、さっそくトラブルに巻き込まれ・ 恋気分いっぱいの夢 0 小説誌 ! 1 3 月、 5 月、 7 9 1 1 月の 8 日 隔月刊てすの蕉お求めにくいこともあります あらかしめ書店にこ勺をおすめします。 集英社
通信の途絶えた王城で、アシリアックは画面に向かったままだった。通信機の後ろにシザマ る はイルが回っている。 星 彼は、さしいれていた手を通信機から抜いた。その手には、細い刃が握られている。 それでコードを切ったのだ。 〈破壊魔さま〉 子供のころから言われつづけた言葉だ。けど、いまはやけに重い この〈機械〉の都市には不適合だと言われている気がした。ヴュティーラは、確かに歓迎さ れていない。長老の態度からも、それは明らかだ。 呼ばれて、来たはずなのに。 ばつんと思い 、うなだれる。彼女を熱望したはずのナイザさえ、どこか冷たい気がした。 「いいですよ、これが仕事ですから。でもお嬢さま、今日はこれで最後にしてくださいよ」 係員の言葉に、ヴュティーラはカなくうなずいた。まもなく運ばれてきた食事は温かかった が、彼女には味を感じられなかった。