二人の間に、氷のような亀裂が走る。ナイザの手足から、血の気が引いた。 殺し文句だ。俺の生まれ・ : 「〈破壊魔〉の作った〈機械〉を使った小娘、 : : : のう」 わら 嗤うようなリカレドの声が、耳をうつ。 うなが ふたたび扉を叩いた音に、二人は顔を上げた。リカレドの声に促され、髪をまるく結った制 服の女性が入ってくる。 襟元の記章が、八区の住民管理課のものだ。 「あの小娘の認識票のことか」 つぶや リカレドの呟きに、女性はうなずいた。 「お話し中すみません。認識票制作の担当のものです。ナイザさま、少しよろしいでしよう か。今日到着されたヴュティーラさまのことで。 わかる範囲でお教え願えませんか。お部屋にいらっしやらないので、制作が進まないので す。明朝には、正規の認識票を完成させておきたいのですが」 「いない ? 」 る 彼女の言葉に、ナイザはぎよっとした。ヴュティーラは、どこへ行ったというのだ ? うかが 。お部屋にお伺いしたら、いらっしゃいませんでした。仮票の追跡の結果、図書館とわ かりましたが」 きれつ
きけたもんだよ」 「内に秘めたものだけで、すべてが守れると思っているのかおまえは。あの細腕で何ができ る ? グリーヴィアの守らねばならぬのは、小さな町の城門とはわけがちがう」 「ヴュティーラは小さくたって、腕の立っ剣士だ。俺が保証する」 「おまえが保証か。は」 鼻で笑われ、ナイザはテープルの足を蹴飛ばした ! 飲み物が飛び、ガラス板が割れそうなほど震えた。冷静になろうと努め、ナイザは深い呼吸 を繰り返すが、うまく行かない。 「ーーあんたは、俺の何を信用できないっていうんだ」 ひくく問うた。子供だからか、経験がないからかと、詰めよるための言葉が頭のなかで回 る。 たしかに自分よ若、。、 しししくら高い位があっても、経験は浅い。このテ・クラッドから出たの も、今回の旅が初めてだ。 生まれも育ちも、この第八区。外の世界を彼は知らなかった。 だが、腕は確かだと自信を持ちたい。そして、力を見抜く目も。 リカレドが、ふいに目を細める。彼は両手の指を組み、ナイザを見た。 「わかっておるはずじゃ」 っ っと
178 「それ、前にも言ってた」 ヴュティーラはうなずく。この言葉が、生まれたときからわたしたちを照らしている : 「フイゼルワルドの王は〈鷹〉よ。一世代に二人以上の〈鷹を持つ者〉が生まれたなら、争う ぎよくざ しかないの。互いをつつき殺し、どちらかが勝って玉座にのばるーー・」 「つまりヴュー」 ヴュティーラは小さく笑った。 「そうよ。四人兄弟のすべてに〈鷹〉が生まれたわ。わたしたち、父様が亡くなれば、剣をと らなくてはならないのよ : : : 」 ポルドウェイ、アシリアック、ヴュティーラ、シヴェック。 す 四人のうち、生き残ったものがフイゼルワルドを統べる。その両手を、兄弟の血に染めて。 それが〈双頭の鷹〉の意味するさだめ。 「ばかな。ただの言い伝えだろ ? 訊かれ、ヴュティーラは首を振った。 「現実に裏付けられた言い伝えよ。記録が、あるの。この前の〈双頭の鷹〉は、二百年前。鎖 国した頃よ」 国を解放した王もまた、〈双頭の鷹〉だったという。彼は、国を救う前に自らの兄を斬り殺 し、〈王〉になった 「君たちが同じことを繰り返すとは限らないよ」
ヴュティーラは震えた。わたしの運命。 「わたし、名前が違うの。本当の名前は、ヴュティーラ・ティーアライン・カザ・ダシュッ ト。フイゼルワルド王の、ーーー娘なの」 めったに出さない正式なものを口にする。″カザ〃は直系のみに許される尊称だ。その名を 言いなおすなら『王ダシュットの娘、ヴュティーラ・ティーアライン』となる。 ナイザが息をのんだ。当然だろう、まさか一国の姫とは思うまい : って思うでしょ ? 調べたいなら、この腕輪の紋を調 「お姫さまがひとりで国を出てヘン : べて。ほんとだってわかる。 前に、国にいられなくなったって言ったでしよ。それは、わたしのさだめのせいなの」 また指先が冷えてゆく。ヴュティーラは両手を握った。 「フイゼルワルドではね、王は〈鷹を持つ者〉がなるの。王のテューナスは必ず鷹なの。だか ら、鷹を持つ者は一世代に一人。王家にしか生まれない 生まれた順番でもなく、性別でもなく、後継者は〈連獣〉がさだめる。 「君にはクインティーザがいた」 ナイザが言った。声がかすれている。彼女は王位継承者なのかと。 る 踊 皮肉な笑いをヴュティーラは漏らす。ただそれだけであれば、よかったのに : 星 「古い予言があるの。『双頭の蛇は引き裂かれ、双頭の鷹は互いをつつき殺す。これもまた世 界琲ぞある』」
ひびきの・かな 1972 年 11 月 20 日、埼玉県生まれ。蠍座、 O 型。法政大学文学部を卒業 し、専業作家に。使える時間が増えたはすなのに、〆切り前は徹夜の 綱渡りである。何でだろう。趣味はドライプだが、ハンドルを握ると 性格が変わると影で囁かれている。コバルト文庫に「誘いの刻』「太陽 の工セラ』「祭りの灯』「嵐が姫《幽幻篇》《風雷篇》」「忘我の焔』「睡蓮 の記憶』「今日命の螺旋縲ねの鉢植女神の輪郭 ( 前編 ) ( 後編 ) 」「影 隴の庭』「聖女の卵』「夢眩の鏡」「華烙の群れ』『蘭の血脈《天青篇》《地 猩篇》《紫浄篇》ド羽硝子の森ド月虹のラーナこの雪に願えるなら ば」「闇燈籠心中桜の章・吹雪の章ド朧月鬼夜抄」「クインティーサ アルーナグクルーンの刻印 の隻翼ェズモーゼの左手講がある。 星は踊る COBALT-SERIES 1998 年 1 月 10 日 第 1 刷発行 著者 発行者 発行所 ☆定価はカバーに表 示してあります 野夏菜 島民雄 会社集英社 株式 小 響 〒 101 ー 8050 東京都千代田区ーツ橋 2 ー 5 ー 10 ( 3230 ) 6 2 6 8 ( 編集 ) 電話東京 ( 3230 ) 6 3 9 3 ( 販売 ) 印刷所 OKAN A HIBIKINO 1998 ( 3230 ) 6 0 8 0 ( 制作 ) 凸版印刷株式会社 Printed ⅲ Japan 本書の一部あるいは全部を無断で複写複製することは、法律で認め られた場合を除き、著作権の侵害となります。 落丁・乱丁の本はご面倒でも小社制作部宛にお送りください。送料 は小社負担でお取り替えいたします。 I S B N 4-08 ー 61 441 7 ー 4 C 01 9 5
まばゆいものは、瞬く間に鷹の頭と化した。すぐに翼が生まれる。 「あツ」 誰かが叫んだ。 わかれてゆく : ・ 鷹の頭が ( 双頭の鷹 ? また ふたっ : : : みつつ : ・ な シャアッと鷹が哭いた。 わかれた頭のそれぞれが、標的のそれぞれを貫いてゆく。目的を果たすと天めがけて方向を 変え、羽ばたきを残して消え去った。 標的だったものが、音をたてて倒れた。 中庭は前にもまして静まり返っていた。だれもが、その力を目の当たりにし、言葉を失って 「も , っ いいだろ ? これでヴューの力はわかっただろ ? いいよなじっちゃん ? 」 ひび ナイザの声が響きわたる。リカレドは彼を振り返りうなずいた。 「よいだろう。無力ではないと、認める」 またた つらぬ
117 星は踊る 聞こうとする意志が生まれていた。 こす ぬれた頬を擦って顔を上げる。その様子を見ていたウイラ・ジーンはうなずき、慰めるよう 、頬に触れた。 「人の持っ〈連獣〉がいかに大事かは、わたしも知るところです。失った哀しみも、経験はし ていませんがわかります。だから、意地悪ではないんですよ ? わたしはただ、あなたがこれ 以上、無意味な捜索をしないようにと思って言ったんです」 ゆくえ たしかに、クインティーザの行方を知るためならば、ヴュティーラはどんな小さな情報でも 追って、世界を巡っただろう。 よ亠つよう・ 「これがどういう予兆なのか知りませんが、クインティーザらしき鷹は、たしかにあなたのな かにいます。わたしのナグクルーンがっげるものですから、間違いはないでしよう」 「なぐ、くるーん ? ふたたび耳にした言葉に、ヴュティーラはしばたたいた。あのトランセルバの時のはざま で、。ハーフィ・ラーも口にした言葉だ。 そして「アルーナグクルーン」とナイザも。 「それ、どういう意味 ? 」 「ナグクルーンですか ? 〈星〉ですよ」 訊ねると、ウイラ・ジーンはためらいもなく答えた。 「じゃあ、『アルーナグクルーン』は ? 」 なぐさ
( ナイザ、早く帰ってこないかなあ ) ヴュティーラは扉に目をやった。彼がいなければ、ここでひとりばっちだ。 それにしても、彼は何者なのだろうか。 〈長老〉と呼ばれていたテ・クラッドの評議会員を〈じっちゃん〉呼ばわりし、当然のように 人を使っていた。 えんりよ 物おじすることも、遠慮する様子もない。 : ・なんて。 特別区であるここに住んでいて、リカレドと親しい関係のようだ : リカレドは祖父ではないと、言っていた。けれど、近しい血筋のものなのだろうか。 「謎だわ」 銃が作れて、飛行機も作れる。この間は、爆発物も作っていた。 あの技術は、ただの〈機械工〉ではない、はず。 ナイザは「テックの〈機械工〉だ」と名乗ったけれど、今となっては、それも信じがたい。 もっと、位は上ではないのか。〈機械工〉の上に、幾つの階級があるのかは、わからないけ れど。 ( そういえば、図書館はどこにあるのだろう ) とりとめもなく思いを巡らせるヴュティーラのなかに、そんな言葉が生まれた。 テ・クラッドの図書館には、古今東西の文献が集まっているという。そこで調べれば、行方 不明の〈〉・クインティーザのことが掴めるかもしれないとナイザは言 0 た。
171 星は踊る 肩をシャツでさすってくれるナイザは、兄のようだと思った。寄り添って温もりをわけ、慰 めてくれるのは、いちばん上の兄ポルドウェイやレオン、クインティーザに似ている。 「あの中庭、いやな感じだった」 つぶやくように言った。特に話したい事ではなかったけれど、いちど口をつぐんでしまえ ば、気持ちが沈んでしまう。 ( わたしは、血ぬられた運命ーーー ) その思いだけが、心を支配していた。 またしても飛び出した、双頭の鷹。いや、今度は頭が三つだった。 いちばん見たくないものが、どうして現れるのだろうか。いくつもの気にかかる言葉をいわ れたテ・クラッドで。 『あなたは、テックで生まれるのよ』 『クインティーザは、あなたのなかにいるようなんですが』 「ああ、あそこね。 うーん。仕方ないよ、刑場だから」 「刑場 ? 処刑するの ? 」 「うん。テックの技術を盗み出そうとした奴らだけを集めて、見せしめに、公開でね。まあ、 地下の牢からあそこに引きずり出されてきた時は、みんな救われたと思って死ぬんだろうけど ね」 「そんな ! 拷問をするの」
んまよー 「うたがう ? 」 目を丸くするナイザに、胸の認識票をしめしてみせた。 「要注意だそうよ」 ナイザが血相を変えて戻ってきた。服を切れそうなほど引っぱって、番号を読む。 「八区左、九九九五 ! 」 怒鳴って、リカレドを振り向くー 「数字の話は待てって言ったじゃよ、 オしか ! 俺はこんなの認めないー ヴュティーラ、外せ 彼女には、数字から意味を読むことはできないが、彼はそこから、ヴュティーラの扱いを知 ったようだった。 その顔色が変わってゆくのを、ヴュティーラはどこか他人事のように見つめていた。 くや 不当な扱いの悔しさは、もう遠い感情になってしまっている。すべてを疑い、自分を認めな いのならそれでかまわないとさえ思っていた。 勝手にすればい、。 る 生まれて初めて、ヴュティーラは心底から怒っていた。全身が冷たくなるような気持ちは、 星 今までに知らない。 「わたしはこの番号でかまわないわ。やることなすことに監視をつけたいなら、 ) つけさせてあ