216 往来から見えない場所を見つけ、そこで止まった。男たちを待ち受ける。 彼らが素知らぬふりで通りすぎるか、この道を避けるか、それとも近づいてくるかが見物 工場の壁にもたれて、カジャはやって来た道を見る。ああ、男たちは来た。 かん 彼が勘づいたと逃げはしなかったのだ。それなら、襲いかかってくるか ? ただの通行人を装うか ? ゅうぎ 胸が躍る。ひさしくなかった遊戯だ。 男たちはカジャに近づくと、ふと歩調をゆるめた。まるで、彼に声を掛けてもらいたがって しるよ , つに。 「よお」 カジャは期待にこたえた。よそ見をしていた男たちが、やっと気づいたように顔をあげる。 「よお」 おうむがえしに挨拶を返し、にやりと笑った。 こいつは同類だ。 くちびる ピンと来る。むこうも同様なのだろう。唇をゆがめて見せた。 「何か楽しい話、知ってるか ? 」 たず カジャは訊ねる。彼らは儲け話の売人だ。知り合った同業者に甘い汁を吸わせるかわりに、 その儲けの数割を話料として持ってゆく。 あいさっ おそ
診察はとっくに終わり、医師の打っていった鎮静剤でいまは落ちついているようだった。 かすかな寝急に、ヴュティーラとカジャはロをつぐむ。薬の効いているアキエは、幸いにも 目を醒まさなかった。 「仲の悪いのはいいけれどさ、他のやつに迷惑かけんなよー にらみあう二人に、ナイザがため息をつく。彼自身が直接、二人のいさかいを見るのは初め てだが、お互いから聞いていた文句により、いつもの光景に映るようだった。 「そこでひとりだけ、物知ったような顔すんなよな」 にら カジャが憎々しげに睨みつけた。見ているだけでかッとして、ヴュティーラは横からロを出 す。 「あんたこそ、ぜんぜん変わってないじゃない。ひとにつつかかるそのクセ、やめなさいよ ね」 「は。人ごとに首を突っ込む性格を直せないくせに、エラそうにすんなよ ! 」 いらだ 倒れたアキエを見て、飛行港の待合室から駆けだしてきたヴュティーラたちに、彼は苛立ち を覚えているのだ。 ぶぎま あげくの果てに、二人は階段を転げ落ちている。無様なことといったらなかった。 「バカって言葉、あんたらのためにあるんだぜ、きっとー ちょっと ! 」
ばならない。 「それでね。昨日は、ナイザも嫌いだった。頼る人は一人しかいないのに冷たくするなんて、 って思ってた」 「ごめん」 「ううん。そうやって卑屈に思うのは、わたしの心が揺れていたせいなの。昨日も言ったと思 うけれど、クインティーザがわたしのなかにいるって」 「聞いたよ」 ナイザがうなずく。その吐息を感じて、ヴュティーラは泣きたくなった。なぜか。 「ショックだったの。聞いたこともない話よ ? テューナスが体のなかに入っちゃうなんて。 わたし、アキエにも言われてた。あなたのなかに傷ついた鷹が見えるって。 それって、ちっとも嬉しいことじゃないの。わたしにとっては最悪のことなの。〈気吼 銃〉から鷹が出たのも、そう」 「うん」 ナイザの、声。ヴュティーラは抱えた膝に爪をたてた。 「わたしの顔見ないで、そのまま聞いてて。グリーヴィアがなにか訊く前に、知ってもらわな そろ くちゃならないの。 : ほんとうは、ずっと黙ってるつもりだった。こんなに符号が揃わなけ れば、言わないつもりだったの」 「うん」 ひくっ ひざ
の動きはわからない。 『当然だね。それで、奴からの伝言だ。 「持って外へ飛ぶ」』 『そうか』 まゆ ヴュティーラは眉を寄せた。品物を渡せ、それを持ってテ・クラッドから逃げる、 という意味だろうか。 『昨日の仕事はこれで終わりだぜ ? これで全部じゃないよな ? 』 『ああ』 もら 『同じことをしろ。今度は、これの代わりに昨日のあれを貰ってこい』 がさりと音がする。男の一人が、何かをカジャに差し出した。 ほう、】う ナイザがふと顔をあげる。ほば同時に、六区の方角からどっと咆哮があがった。 路地に、閃光がほとばしる ! 『動くない』 静けさをやぶって警備兵が飛び出す。彼らがカジャたちに向けた大型の灯が、ヴュティーラ る はとナイザの目を直撃した。とっさに伏せた二人の耳に、銃声が届く。 星 眼鏡のせいで、太陽を見たようにまぶしい。耳には集音装置からの銃声が、鼓膜を破らんば ツ一まく
215 星は踊る あの毛、狼のに似てた。 『片足の狼ーーー』 アキエの言葉がよみがえる。 ( 偶然だ ) カジャは目を閉じる。振り切ろうと、額をぬぐった。 町をぶらっきだしてしばらくして、カジャは背後をついてくる気配を感じた。 まぎ 複数、二人の足音がする。時々物陰に紛れながら、つかず離れずの距離をたもってずっとっ いてくる。 何気ないふりを装いながら、彼は横道にそれ、振り返る。 尾けているのは、二人組の男だった。ありふれた職人らしい服装をして、二十代半ばほどに 見える。 そぶ 休暇を楽しむ素振りだが、ちがう。まなざしは、獲物をねらうように底光りしている。 町にうぶな様子をあなどられ、狙われているのだろうか。それとも。 カジャは何食わぬ顔で町を歩いた。相手を誘うように、わざと暗い路地を選ぶ。 人けのないところで仕掛けてくるなら、それもかまわない。あいにく、 彼は腕に覚えがあ おと 二人連れくらいに劣りはしない。 る。 おおかみ よそお
「ぶつからない」 大地が近づいてくる。町の壁や道がひときわ白くなる。 「ここから八区だよ」 しつくい ナイザがささやいた。機体は漆喰を塗り広げたような白い滑走路に降りてゆく。一本の黒い 線が、飛行機を誘導する。 「黒い線が光ってる」 てんめつ 帯のような線が、ばツ、ばッと点滅しはじめる。その光をまたぐように、機体は着陸した。 ヴュティーラはソフアに押しつけられる。お尻の下から、止まろうとする機体の振動が伝わ る。 げんそく 押しつぶすような圧力はすぐに去り、飛行機は黒い線に導かれながら減速してゆく。白い壁 の、直線ばかりで出来たような建物が目に入る。一面がガラス張りで、その奥で働く人々が見 える。 機体の正面で、上下のつながった変わった服を着た男が、両手を頭上で交差させるように大 きく振っていた。 「出迎えの人 ? 」 訊ねると、ナイザが笑いだす。 「俺たちの出迎えじゃないよ。この飛行機がどこで止まれ、、 : しししカ合図してる」 ヴュティーラが見ていると、男は手の振り方をしだいにゆっくりにしてゆく。そして、頭上
ばってりと太った眠たげな魚のような艇は、彼女らから少し離れた場所で、身震いするよう に動きを止めた。 ふちど 金色の縁取りをもっ艇体の底から、鎖に止められた砂袋が四つ降りてくる。錨だ。 飛行艇は錨の鎖を回転させながら、しだいに高度を下げる。やはり着陸だ。 カジャが振り向いて、アキエのもとに戻ってくる。ふたりは並んで、しずむように大地に近 づく飛行艇を見た。 「すげ工なあ」 カジャが声をもらす。こんな近くで飛行艇を見たことがないのだろう。 どこのものだろうかと、アキエは目を細めた。 これは大陸を横断する、定期運行便ではない。あの艇はもっと大きい。 ほう - ) うだ 遠目にも、高価な材質を使っているとわかる。方向舵やエンジンのプロペラには、金のメッ ほどこ キがわざわざ施されている。 貴人の持ち物だ。それも、小国の一領主などではない。 みずか これだけの飛行艇を自らのものとできる財力を持つ者は、世界に数えるほどしかいないだろ シュウウウ : けもの 船体内の比重を変える、空気の吸入とガスの排出の音が、海の獣の息のように吹き上がる。 それ以外は静かなものだった。かすかな風の吹く野原に、砂袋の錨がついた。 くトり いかり
ナイザは壁のスイッチを押し、部屋の換気をした。壁に煙が吸いとられるより先に、部屋が ノックされる。 「どうされました ? またですか ? 」 「また ? 」 振り向いたナイザに、ヴュティーラはいて答えた。 「二度目なの、これ」 ナイザが絶句し、天井を見上げる。 「かわいそうなやつら。まあいいや、ヴュー 、今日は直してもらっておとなしくしててよ。 きこうじゅう 俺、図書館のほうも見て来なきやだし。〈気吼銃〉も直さなきやだしさ。また明日にでも、ゆ つくり話そう。 そうだ、飯持ってくる奴にタ飯の時間言っておきなよ」 彼は疲れたように言って、ドアを開けた。待っていた通信機担当の男に事情を話し、出てゆ 入れ替わりに入ってきた男は、通信機に目をやり嘆息した。こんどは持ってきていた工具箱 を開き、道具を並べはじめる。 ごめんなさい」 ヴュティーラはいたたまれなかった。ナイザの言葉が耳に残っている。
彼らは自分の意志では支えられないのか、一様に頭をがくりと下げた。なかの一人は、意味 もなく首を振りつづけている。 リカレドはちらりとそれをみて、また視線をそらした。はめられた手枷の傷により血をたれ おうだ さんび ながし、あちこちに黒いあざと殴打による黒いこぶを作った酸鼻きわまるその姿を、見続けら れなかったからではない。 あわ 憐れも痛みも感じなかったからだ。この男たちのこの姿は、当然のものだ。 むく これは、相応の報いだ。 坂道を降りた男たちは、リカレドを先頭に中庭を歩いた。痛めつけられた男たちを縛り上げ た制服が、脇に退いて敬礼する。リカレドたちは、その前を黙って通りすぎた。 なが あか リカレドは、少し離れた場所に立ち止まり、繋がれた男たちを眺めた。垢じみた髪。手枷の 傷に白い虫をたからせた男。足が片方、ねじれたまま戻らない男。 ごうもん 全員、辛うじて生きている。日々の拷問に耐えて。 聞きたいことはすべて、もう彼らから聞き出した。彼らが誰の命令でこのテ・クラッドに忍 さぐ び込んだのか。何を探り、どんな方法で知りえた物事を都市の外へ伝えていたのか。 レザンティアのネズミめ。 リカレドは内心つぶやいた。じかに声を掛けてやるほどの存在ではなかった。 彼らのい色にくすんだ肌から、もとは中央民族の者たちだ 0 たと、い 0 たい誰が想像する だろうか かろ
「 ! なんだよその言い方 ! 」 「 : : : よしてナイザ : : : 」 ヴュティーラは右手に銃をぶら下げたまま、ナイザの服を掴んだ。 指先が冷たい。 肌に触れたナイザが顔をしかめ、それから驚いたようにその手を取った。 「真冬みたいじゃないか ! 」 自分でもよくわかっていた。手の感覚がない。 ( こんなこと : : : ) ヴュティーラがいちばん、この結果を信じられなかった。 銃を撃った。 鷹が出た。 ( それも、双頭の鷹がⅡ ) しよう・ちト - う・ 何よりも見たくなかったものだ ! 不吉の象徴。彼女の運命。 血ぬられた ( あなたのなかに、クインティーザが ) る はウイラ・ジーンの言葉に、震えが走った。 ぐしようか 星 今出てきたのは、クインティーザなのか。それとも、呪われたさだめの具象化なのか ! その時、楽器の弦をはじいたような音が響きわたった。 のろ つか