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検索対象: 朧月鬼夜抄 : <雨の音洲>秘聞
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1. 朧月鬼夜抄 : <雨の音洲>秘聞

震えを必死に抑え込みながら、隼王は見ていた。動いてはいけない。声を立てては。 見つかれば、斬られる 彼の仲間は、一人として立っていなかった。すべて斬り伏せられたのだ。 生きているのは、隼王と馬上の吹雪王、二人だけ 炎に咄まれ、行き場のない馬が暴れる。盗賊たちは周りを囲んだまま、なす術もなく立ち尽 くしていた。 ( いや、恐ろしいのか : く、つ 空を見つめたままの、〈御児方〉の少年。薄汚れてはいるが、身につけているものは明らか にイ衣たった。 〈御児方〉の、神官。それだけでも、怯むには十分すぎた。うかつに手を出せば、自らの命が あぶない。 そしてもし、彼らが少年を吹雪王だと知っているならば、なお手出しなど出来ない。 御所に火を放った鬼を、手に掛ける勇気などあるはずがない。 抄「馬をしすめよ」 やかな風が炎のなかに漂 鬼ふいに、涼やかな声が割り込んだ。盗賊には似つかわしくない、 いだす。 「しかしつ」 ひる すべ

2. 朧月鬼夜抄 : <雨の音洲>秘聞

てもなぜ彼が盗賊のような真似を。 「礼を申しますよ、隼王どの」 うっすらと、嵐王は笑んだ。 「よくぞ弟を探し出し、連れ帰ってくださった。 : ときに、東宮妃はいかがいたしたか、お 聞かせ願えないものだろうか ? 」 「行方は存じませぬ。われらもほうばうお探し申し上げたが、ついそ見つからずじまいだった のです」 彼のように打ち寄せられてはいないかと、ずいぶん川下まで探した。だが、女帯ひとつ、櫛 ひとつ、見つけることは出来なかった。 はるか 、海まで流されて、わだつみに召されたか : 「さようか。いたしかたなきこと」 呟くように答え、嵐王は自らの馬に吹雪王を乗せ替えた。おそるおそる、男たちが手伝い またが 嵐王も跨る。 みとどけて、盗賊たちはそれぞれ馬に乗った。さきほどの争いで馬の逃げた者が、従者気取 りで嵐王の手綱を取った。 のどもとから、刃が退いた。刀を収めた男が、仲間のあとを追う。 「それでは。この先も、達者でお過ごしなさいますよう」 とうぐうひ くし

3. 朧月鬼夜抄 : <雨の音洲>秘聞

吹雪王が息をのむ。ぎよっと立ちすくみ、鬼はらいのように手をかまえた。 「おにいさま」 腹の底から声が震えながらはいのばってくる。 これが夢であれば。 くりかえし思いながら、桜姫は吹雪王と見つめあった。 いま、なにをなさったの 「おにいさま :

4. 朧月鬼夜抄 : <雨の音洲>秘聞

る。 ざあっと、草の匂いの風がかける。 そのとたん、桜姫をはがい締めにしていた熱い力が抜けた。しゅうっと、蒸気が天井へ逃げ 精気を吸い取られたように、桜姫は転がった。仰向けになり、駆けたあとのように息をし 髪が糸のように顔や首にからみつく。それを振り払うだけの力も、体には残っていなかっ 桜姫は目を開けていた。まっすぐ、天井を見つめていた。 〈わたし : : : 〉 板張りの天井が、詳やかだった。今生まれたての赤児ならば、このように景色が新しく見え るだろうか。 溜まりつづけていた澱のような汚れたものが、すべて流れだしたようだった。喜べる場合で はないのに、嬉しさがこみあげる。 ( わたし、叫んだ : ・・ : ) 禁じてきた振る舞いだった。ひとに〈声〉を聞かれてはならないと。ひとの〈声〉を聞いて はならないと。 こ。 おり

5. 朧月鬼夜抄 : <雨の音洲>秘聞

ひとだま 峠は、青白い炎に埋めつくされていた。人魂だ いつのまにこれほどの数が集まったのだろうか。それとも、気づかなかっただけなのか。 炎たちは身をゆするように、ゆらゆらと揺れた。まるで焦れるようにも、何か言いたげにも 見える。 だが、彼らはそこにあるだけで、桜姫に寄ってこようとはしない。すがりつく気も、敵意も ないようだ。 びりびりと腕の粟立つような霊気が、足元から霧のように立ちのばってくる。 桜姫はじっとかれらを見つめた。かれらは何もしない。そう知って、落ちついてながめられ るのだ。 恐ろしいとは思わなかった。彼らより、彼女のほうが恐ろしい存在に決まっている。それ で、どうしてかれらにおののけるというのか。 見ているうちに、人魂がかすみ、ばんやりと幻が浮かび上がる。魂はかたちを変え、それそ れ生きていたときの姿を重ねあわせてゆく。 空気が揺れる。

6. 朧月鬼夜抄 : <雨の音洲>秘聞

131 朧月鬼夜抄 その途端、重しが取れたように桜姫ははね起きていた。まるで体を川底につなぎ止めていた 藻がちぎれたように。 をそらそうとして出来なかった。 吸い寄せられるように、動けない。 「姫、起きてみられよ」 強く言われ、すくみそうになる。桜姫は臾螺を見つめたまま、唇を噛みしめた。 出来ないと言いたくて、けれど一一 = ロ葉が出てこない。 「さあ」 急きたてられ、動かずにはいられなくなった。腕に力を込め、桜姫はなんとか一言葉に添おう とする。 体は、眠っているように重かった。もしかしたら、川を流されているあいだにあちこちを岩 に打ちつけ、手や足の自由は無くなってしまったのかもしれない。 重さを耐えようと目を閉じ、ぐいと力を入れる。

7. 朧月鬼夜抄 : <雨の音洲>秘聞

2 ぐに、辺りは曇ってしまうだろう。 都の塀が月に輝いたように見え、桜姫はそッとした。体のなかに稲妻が戻ってくる。 「 : : : できないわ」 答えた。悔しいけれど、そういうしかない。 桜姫は鬼なのだ。護りの内側には行くことができない。 「でも」 ひらめいた言葉にすがりつくように、桜姫は言葉を継いだ。 「お兄さまがお助けしてくれるならば、行けるかもしれないわ。わたしが、お兄さまを都から 遠ざけるお手伝いができるように」 「じゃあ、だめだね。あなたには、わたしをここから連れだせはしないからだよ」 「なぜ」 なおも食い下がり、兄を見つめる。けれど吹雪王は桜姫を見ているようで、見ていなかっ 。顔だけを向けて、目線は彼女の後ろへやられている。 そのまま、吹雪王は言った。 かな 「わたしの心は、ここにはないから。いくらあなたの願いでも、叶えてあげられない。どんな に言葉を尽くしても、動かされてはあげられないよ」 「なぜ ? 」

8. 朧月鬼夜抄 : <雨の音洲>秘聞

はかないことを思った。吹雪王は戻りはしないとわかっていて。 ( このひとに、任せるーー ) 臾螺を見つめた。彼は桜姫の腕を拭くことだけに夢中になっているようだった。 悪い人ではない。鬼となり、心を乱した桜姫を、幾度も叱りつけ、彼女に、幾度も涙ぐん 悪い人ではない。 桜姫は目を閉じる。それでも、思い切れなかった。 吹雪王を忘れられない。少し前まで、魂がちぎれるほどに愛してきたのだから。 悪い人ではないのに 臾螺が前に回ってきた。ふと鎖骨の下に触れられ、桜姫は目をあけた。 気配に気づき、臾螺も目線を上げる。 息をのみ、桜姫は声を押し出した。 「お願いが、あるの」 月「なんだろう」 かし 臾螺は戸惑ったようにかすかに首を傾げた。 もういちどのどを鳴らし、彼女は続ける。 さこっ

9. 朧月鬼夜抄 : <雨の音洲>秘聞

ふぶきおう 吹雪王はまるで、いたずらを見とがめられた子供のようにかッと頬を染め、すぐに開き直っ たようだった。 しえき 「見たまでのことだよ。父上を、わたしの使役のものとした」 ばく からすおう そう言ったきり、ついと目をそらしてかがんだ。玉に縛された鴉王を拾い上げる。 玉は鴉の濡れ羽色で、めのうのような赤い縞が入っていた。 ふところ それを懐にしまいながら、吹雪王はまた桜姫に目を移した。じっと見つめ、あやふやな顔 をして訊ねる。 さくらひめ 「桜姫 : : : 」 そのいでたちはどうしたのか ? そう聞きたいのだとわかる。けれど、さすがに言葉が続か ないのだろう。 無理もない。生き別れになった妹が、一月後に、金色の髪をして現れたのだから。 ど 案じるような顔に、桜姫は唇を噛んだ。父への仕打ちの怒りが、脇に退けられてゆく。 四ハザマニアリテ ( はざまにありて )

10. 朧月鬼夜抄 : <雨の音洲>秘聞

げて : 父は自分を取り戻している。だから、あの姿に戻れたのだ。今なら、あの世に行けるだろ 「いかがかな、父上」 吹雪王は、父を満足そうに眺めてからそう言った。 耳を疑い、桜姫は兄を見つめた。 : : : 笑っている。 野を踏みしめ、吹雪王はゆがめた笑みを浮かべている。父を見下している。 くつじよく 鴉王は答えない。さらなる屈辱にたえるだけで精一杯なのだろうか。 「いけませんよ、いくら嵐の兄上と母上をお恨みでも、都をお騒がせになっては。帝がおわし ますのに」 嵐の兄上と母上を ? わからないなりに、いやな予感を覚えて桜姫は眉をひそめる。先程の、盗賊のような嵐王の 姿が重なって見えた。 、お悔しいのでしようね。一矢なりとも報いたいとお思 「ご自分を見失うほどに恨まれて : いでしよう」 ちょうしよう あわ 憐れむようでいて、けっしてそうではなかった。嘲笑しているのと同じだった。 みくだ