鬼 - みる会図書館


検索対象: 朧月鬼夜抄 : <雨の音洲>秘聞
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1. 朧月鬼夜抄 : <雨の音洲>秘聞

知らず、両手を握りしめ、ロに持っていった。凍える雪の日のように、急を吹きかける。 ( おにいさま・ : : ・ ! ) 祈るように目を閉じた。 〈お兄さま わたしを呼んで。 ここから、助け出して。 ここから早く助け出して。 わたしを、呼んで むみよう 桜姫は無明の闇にいる。恐怖の闇にとらわれている。 助け出せるのは吹雪王しかいなかった。この闇を、光となって貫いてくれるのは彼だけだ。 鬼となった。 桜姫は、鬼となった。 オニトナッタ : いやよ、いや : : : 」 すす 熱いものが駆けめぐり、涙となって吹き出した。森のなかに座り込んだまま、桜姫は啜り泣 鬼、鬼、鬼、鬼、鬼ー

2. 朧月鬼夜抄 : <雨の音洲>秘聞

涙ぐみそうになって、小夜啼姫はロを押さえた。声を立てることさえ、魔を呼ぶような気が する。きっと鬼は、夜に起きている者を、犬のようにめざとく嗅ぎつけてやって来る。 くちなししゃ 梔舎で、また鬼の気配がするという。 亡き九重典の霊が出るとの評判だ 0 たかの舎が、このところにわかに騒がしくな 0 たと一言うのだ。 とうぐう′ ) しょ 少し前までは、焼け落ちた東宮御所に鬼が出た。その鬼が、梔舎に移ったのだろうか。 たちばなしゃ この橘舎は、そこから遠いとはいえ、恐ろしさには代わりがない。 みやこ ( 都にも、鬼の噂があるのだわ ) さら からすおうおとど 鴉王の大臣が、首を晒されたという。その無念から、都は曇りばかりがつづくのだと、女房 らが噂していた。 ( ーー怖い ) おえっこら かろうじて、彼女は嗚咽を堪えた。どうして、そんなにも鬼がいるのだろうか。都の内にい だいり るのに。なによりも安全な内裏にいるはずなのに。 都なんて大嫌いだと彼女は思う。毎夜、こんなに恐ろしい思いをしなければならないなん て。 あらしおう ( 嵐王さま ) みやこ

3. 朧月鬼夜抄 : <雨の音洲>秘聞

加まるでそれを忘れたかのように、二人は振る舞っていた。汗を散らし、貪欲に、脱びをむさ ばり喰らっているのだから。 「ならば : : : 死んだ鬼も、いるというのか : 常磐が問うた。嵐が身を沈める。 「梔舎には、衣装の乱れた女の鬼が出るそうです。噂には、亡き九重典侍だとか。隼王の御母 ですよ」 きんじようてい 御世がかわったあとも梔舎に住みつづけた九重典侍は、今上帝の慰み物にされたのだとい う。前帝の子まで産みまいらせた彼女が、血はつながらぬとはいえ、息子にあたる今上に踏み にじられたのだ。 その無念が、典侍を鬼に変えたのだろうか 「出るなら出よ。恐ろしゅうはないわ」 生きて、梔舎に暮らしているのはわたくしだ、というような口ぶりだった。事実、常磐は恐 れないのかもしれない。本当に鬼が現れ、その力をまざまざと見せつける瞬間まで。 「では、外の鬼も恐れませんか ? 」 いたずら心を出して、彼は訊ねた。都を満たしているこの噂を、彼女は知っているだろう 「このところ、空模様がすぐれないでしよう」 どんよく

4. 朧月鬼夜抄 : <雨の音洲>秘聞

とっさには、何も思いっかない。鬼を捕らえるなど、それは嵐王の仕事ではなかった。 つかさ おお 「〈不死〉の神官では、お気に召さないと仰せですか ? あれらが、鬼払いの司でございます が」 じゅじゅっ 彼らは呪術にたけている。高位の神官ならば、鬼を封じ込めることも、倒すこともかなうと い , つのこ。 「それでは、つまらぬ」 ひとこと、帝は言った。 おもむき またたくまに退治されるのでは、趣もないと言うのだ。 ふいと突き落とされたように、嵐王は暗闇に落ちた。 ( 主上はわからぬ。ときどき、考えも及ばぬことを、ロになさる : : : ) あざけ 都内の鬼は、自らをおびやかすというのに、それをはやくに鎮めるよりも、死したものを嘲 たわむ るような戯れが欲しいというのか。 嵐王には真似が出来ない。風格の差か、歳の差か。 : 、しばし、時をいただけませぬか。つぎにこちらにお渡りの折、申し上げたいかと」 夜 鬼「そのようにいたせ。楽しみにしておるゆえ」 朧 逃げの口上を、あっさりと帝は許した。残された刻がわずかだったのか、急ぎ足に簀子に 出、沓をはいて裏庭の木々のなかへ消えてゆく。 くっ すのこ

5. 朧月鬼夜抄 : <雨の音洲>秘聞

昨夜、常磐にからかい混じりにささやいたものだ。 嵐王は、袂に隠した手を、わずかに握りしめた。 都の、鬼。 父のことだ 0 た。帝にありと、引き据えられ、首をさらされた故鴉王。先の太政大臣 もや その彼は今、鬼となって都をさまよっているという。夜な夜な、白い靄となって空を翔けて いるとい , つ。 荒れ果てた鴉邸の辺りで、耳を澄ませば聞こえるという。鬼の哭く、野分きの風のような凄 まじい叫び声が。 けつかい ものナ 四方を〈門〉の結界に守られた、物ののちからの及ばぬはずの都内で、それはあまりにも 凄まじいことだった。 アメオトシマ 〈雨の音洲〉には、あまたの鬼や物の怪が飛び交っている。もともと、この地はそういったも 、ーリレ」製・ のものにあふれた所だったのだ。それを神〈鳥の人〉が払ったために、人々は暮らせるように よっこ。 もう・りレっ いまでも、夜には魍魎が現れ、暗がりには鬼が潜む。 だが、周りをぐるりと塀で囲んだ都の内側は違った。都と外を接点ぐ東西南北の四つの 0 たもと みやこうち

6. 朧月鬼夜抄 : <雨の音洲>秘聞

でしよう」 慰めるように洒弭螺が言う。彼のほうが、臾螺よりもいくぶん落ちついているようだった。 おやしろ 「もう、都では忘れ去られてしまった話です。〈不死〉の御社でも、語られることのない話で 知っていますか、まことの鬼の話を」 「まこ : : : と : : : の ? 」 はじめて聞く言葉だった。鬼とは、恨みや苦しみを残したまま死んだ者たちのなるモノだ。 少なくとも、桜姫たちはそう覚えてきた。 鬼たちは、すだまとなって辺りを飛び回り、人を恐れさせる。力の強いものは、生きている ききん ものを取り殺したり、飢饉を招くこともあるという。 だが・ : ・ : そうではないというのだろうか。 「かなり昔のことです。われわれは、ある方々がふしあわせな亡くなりかたをした時に、その 方が『鬼になった』と言っていました。自ら命を絶ったり、あやめられた場合、死なずに蘇る 方々があるのです。 月それを、かっては〈御児方〉と呼びました」 頬を打たれたような思いで、桜姫は洒弭螺を見つめた。

7. 朧月鬼夜抄 : <雨の音洲>秘聞

はやぶさおう 御の後も、息子の隼王とともにここに住みつづけ、そして病で亡くなった。 それが、十余年前。もう、昔のことだ。 それ以来、梔舎に近づこうとする者はなかった。庭も後宮内だというのに荒れ、さびれた様 子となっている。 そして今。梔舎には鬼が住む : うえかくま 「生きた鬼だ。主上に匿われた、二匹の、鬼ーー」 蜜のにおいの立ち込める薄闇のなか、嵐王は呟いた。何も身につけていない肩が、ゆっくり と、蛇のようにくねる。 苦しそうに目を閉じていた常磐が、つかのま彼を見る。すぐに、を詰まらせ、沈み込ん 「我らのことです。梔舎に棲む、生きた鬼とはね」 血のつながった母子だというのに、こうして、夜な夜な契りを結んでいる。 抄たった一月前に、父である鴉王が処刑されたというのに。そして、もとはといえば、父を死 の淵へ追いやったのは、嵐王と常磐だった。 鴉王は、首を落とされる前に毒を飲まされている。父を縛り上げ、無理やり口を開かせて毒 をそそいだのは、彼らだ ぎよ ときわ

8. 朧月鬼夜抄 : <雨の音洲>秘聞

おばろづきよしよう 朧月鬼夜抄 上の段花影橋 : 下の段鬼影山 : あとがき 目次 125 15 246

9. 朧月鬼夜抄 : <雨の音洲>秘聞

都ヲ離レロ。 それはつまり。 「お別れってことなの : : : 」 少なくとも、桜姫にはそう聞こえた。あなただけお帰りと。 吹雪王は頷いた。 「そうだよ。桜、もうあなたには会わないーーー」 また、彼は笑う。 〈遅すぎたよ〉 〈声〉が聞こえた。それは、諦めと、苦笑に彩られていた。 なにが、遅いというのだろう。 その答えを知りたくなくて、桜姫は兄を見上げた。目をそらした隙に、彼は答えを口にしそ 遅すぎたよ。 抄 その答えは、この、髪の色なのだろうか : 夜 月「わたしのせい ? 」 鬼だからなのか。その考えは桜姫を打つように冷たかった。 、 , 男れなければならないのは、わたしが鬼だから ? 鬼になって 恐れから、そう訊いてした。リ いろど すき

10. 朧月鬼夜抄 : <雨の音洲>秘聞

そのまま起き上がれずに、ただ息をはずませた。あまりのことに、すぐには何も出来そうに たった二歩で、森まで駆けてしまった : ・ いま、たしかにこの身で行ったことだった。だが、、いではそれを認められない。否やと叫ぶ ように、わなないている。 ( これが、鬼の力なのだわ ) 震えながら、そう思った。いやだと、ちがうと否定しながらも、思わずにはいられなかっ ちがうとすれば、なんの力だと説くというのだろう。ひとのカか ? 桜姫の持ち合わせてい たカか ? そんなはずがないのだ ! ( これが、鬼のカ ) 繰り返し、ぞっとした。 何という力だろうか。たった二歩で森まで駆けた。ならば、半刻もせずに都までゆけると言 夜うことだろうか。夜だけで、〈ダザイフ〉までも行けるというのか。 鬼 月 人ではない。 あらためて、刻みつけられるように教えられた。真実を、桜姫はぬぐい去ることも消し去る こともできない ~ みやこ