170 「マアナい」 風に乗って届く声。三度目で、彼女は窓から身を乗り出した。まさか ! 「トウザーシャ亠ーー ? 」 鎖骨が押しつけられ、悲鳴をあげる。 じゃない口 ちかり。前方に黒い影。空を飛んでいる、鳥、 「トウザーシャリ」 闇にうかぶ影は、界座城の城壁を越えたとき、銀灯に人の姿を現した。 トウザーシャロ 「マアナ : : : 」 窓越しに停止した少年を見て、真梛はヘたりこみかけた。窓枠にしがみつく 「いきて、たの」 実感がわかない。彼は、ほんとうに、ほんとうに本物 「マアナ」 陶磁器の手が、彼女の手を取る。つめたい。 感触に、記憶。ああ、彼だ : 真梛は腕をひかれて、半身を窓から乗り出した。片腕がつつばり、かかとが浮く。 トウザーシャが空中で彼女の頭をだきしめる :
灯 の 祭 「追うそ」 亜羅写の腰に腕をまわした。 九鷹は言い、 「クヨー 詰まった亜羅写の声。にがく答える九鷹。 「届かん」 これさいわいと、トウーザシャは、南西を目指した。遠ざかる , マアナ。マアナ , 君なら、わかるだろうか。僕の頭の霧を晴らした君なら。 ボクハ「ダレ」ナンダロウ : ( しゃあらり・ : ・ : ) 目の前をよぎった狂気の舞姫を、彼は振り払う。 飛び去るトウザーシャを追うように、つうっと銀色が尾をひいた。 ◆
ディ Ⅷで呼ぶとか。ムカシは王族の名に『太陽神の子』をはさんで、敬称にしたらしいけど」 「それが本題か ? 」 脱線しかけた話を、九鷹がもどす。 ちがうよ。本題はこのさき。で、それでいくと、『トウザーシャ』って、『ト x x に 属する者』ってイミになるわけ。わかる ? 」 訊いたのは、『自分の言ったことを理解したか』ではなく、『そこから導かれる、トウザーシ ヤの意味』である。 九鷹は、さっして苦い顔をした。 トオコ 「ーーーできすぎじゃねえか ? 透緒呼に属するヤツだって言いたいんだろ ? だしたい『ト』 のつくやつなんて、ほかにいくらでもいるだろうがよ」 亜羅写はいちおう認めた。 「うん。けどね、つづきがある。クヨー、オレがナシャーナと戦ったとき、首に傷のあるヤッ がトオコを呼んだ名前、わかる ? 」 「ザ : : : ザクーシャか ? 」 少年は眉をひそめてうなずく。 「そう、それ。おなじように、それは『ザ x x x に属する者』だろ ? それで、さっきのトウ ザーシャに戻るけれどさ。トオコに『ザ』はなくて、トオコの呼び名には、『ザ』がある。っ なんとか
173 祭りの灯 「トオコでもない ? 」 紫の眼が、揺れる。 「透緒呼でもない」 たしかな声。信じることが出来る : トオコではない、僕。 トウザーシャ。 ほかの、ほかのだれでもなくて。それが何であろうと、僕が何であろうと、関係ない。 ボクは、トウザーシャ 答え。結局、それがたどりついた答え。 ボクハ「トウザーシャ」ナンダ。 「僕はトウザーシャなんだ ! 」 たった一つの真実。 ボクガ「ボク」デアル、コト : ( しゃあん ! )
172 マアナ、君の名前だけが僕をはっきりさせる。君だけが、僕を正気に戻してくれる。 マアナ。ねえ、 僕は『だれ』なんだろう 泣けない。それがもどかしかった。 泣けない ! 感情がつまっているのに、それを吐き出すことはできない : ぎゅっと目を閉じたトウザーシャは、唇を噛んだ。肩がカみ、小刻みにふるえた。 「トウザーシャ」 彼の上着をつかむ。 真梛は、ゆっくりと体をずらした。顔を上げる。すこしアゴを上げればくちづけられるほど の位置で、彼女は唇を動かした。はっきりと。 「あなたは、トウザーシャ 黒髪に紫の瞳の少年。それしか、真梛は知らない。 おとしい 彼が〈陽使人形〉でも、透緒呼を陥れる罠でも、かまわない。 「ほかのだれでもない、 トウザーシャ」 かげ そう言った銀の瞳は、わずかな翳りもなかった。まよいも。 : トウザーシャ : 「僕は : 言葉を噛みしめる。ほかのだれでもない。 わな
・も。 「〈銀〉の光・ : ・ : 」 鏡台に向かってなにか言っている少女の髪が、ばうっと銀色に輝いていた。 ジアフ サカンゲッ やわらかな〈銀聖色〉。叉幻月の愛した証は、〈陽使〉であるトウザーシャの胸をえぐった。 めまい 毒をそそがれたように、くらり、と眩暈が押し寄せる。 苦しくて、けれど甘い感覚にトウザーシャはよろめいた。 「 : : : 大っ嫌い : : : 」 少女の消えそうな声。トウザーシャは興味をひかれて、彼女の真後ろに移動した。 魅き込まれた。 そして、のそき込んだ鏡のその顔に、 サカードのことも、何よりも大事な使命のこと その瞬間、トウザーシャはすべてを忘れた。、 「マアナーーー」 呼びかける。 少女は、異父母姉だった。顔は知っているが、実際に眼にするのは、これが初めての : まゆ 月のごとくに、光る髪。ひそめられた細い眉。白い肌、頬に立てられた銀の爪 けしん 優美な、化身。 なぜかはわからないけれど、トウザーシャは月神サカンゲッを見たと思った。胸がしめつけ られる : ゲッシン
61 祭りの灯 ろうきゅうか ふいに、〈陽使〉は砕け落ちた。老朽化した建物が、崩れてゆくように。 両手をコメカミにあてて、真梛がこの世の終わりのような、声にならない悲鳴を上げた。 トウザーシャであったものが、白いかけらとなって寝台の下に落ちる。こなごなに、ばらば ふんえん らになって。かすかな粉煙さえ、あげて。 「あ、あ、トウザーシャ : 〈陽使〉臭 : ・ 「だれだてめえ」 九鷹が警戒した声を発した。むろん、トウザーシャにだ。 ホク ? トウザーシャが首をめぐらせる。キリリ : 不自然な音が響いた。口がひらいた。 「ばくはとうざしや、ザクーシャを父上のもと と。言いかけた彼のからだに、無数のヒビがはしった , がしゃん。
182 「私の運命なんて、はじめ、からないわ。もう、いらないのよ。なにも、いらないのよ」 おうかくまく しやくり上げつづけて、横隔膜が痛い。 トウザーシャが右腕をのばした。手の先の布で、彼女の頬をやさしくこする。 「汚れちゃったね、ごめん。マアナ」 。くちびるが、ふれあった。 やがて。 界座城内がざわっき始めた。真梛がいなくなったことが、トウザーシャがいることが発覚し たのだろうか 「急ごう」 照れくささに、せわしなくトウザーシャは立ち上がり、真梛に手を貸した。ひつばり上げる ようにする。 彼女は彼の腕に負担をかけないように、素早く立ち上がった。 「あー ふと思い付いて、肩を抱き寄せるトウザーシャを軽くおしのける。 「まって」 真梛は辺りをさっと見回した。目当てのものを探して、眉がしらが下がる。 「なに ? なにか落とした ? 」
剛〈あたえよう〉 真梛は、両手をさしのべた。 ふつ。 っ・はさ 青年の姿が消え、同時に真梛の背に銀の翼がのびる ! 同化 からだのなかに、銀の炎がはしった。瞳がみひらかれ、白目との区別なく聖色にそまる。 真梛はトウザーシャに近づいた。全身が銀の光に包まれ、揺れた。 「トウザーシャ」 カナしい、メカミ。 トウザーシャは思い、なぜか微笑んだ。ずっと、いまの真梛を知っていた気がする。 ハジメテあったとき・カラ。 かしゃん。砕けるのがとまり、トウザーシャは五体満足の少年に戻る。 しゃありら、り : 鳴り続けた陶磁器の音がやむ。たったいま作られたような静けさが、彼に戻った。 「持って行くから たった一つの真実と、本当の気持ちを。
「こんなふうに祭りを眺められるなんて、思ってもなかった」 「私も」 逃避行の途中。なのに、フリだけでなく、、いから笑いそうになる。 「マアナ、たのしみカタは ? 」 訊かれ、真梛はあせった。手を振る。 「知らないわ ! 私、地元の祭りに出たの、十年ぶりよ」 「じゃあ、イマまで、ナニしてたの ? 」 りとう 「灰色の離島で、聖女様ごっこ」 つんとすました顔を作る。それがあんまり子供つばくて、トウザーシャは吹き出した。 「マアナ、マアナ、へんーーー」 「ちょっ、よあにがヘンだというの ? トウザーシャ」 ヒジで小突こうとする真梛から、トウザーシャは笑いながら身をかわす。 と、かち一り。 の【変】。ショウタイがわからすに、アヤシイ様子。オカしいコト。 「どうしたの ? 」 祭 急に笑いのこわばったトウザーシャに、、い配の声。 「ヘイキ」