「わたしは、それを潰したのか ? 」 「おそらくは」 へだ しまの彼の気持 カラスを隔てて映る世界は、、 蒼主は言葉を切り、矢禅の眼鏡をかけてみた。・ ちのように、空虚がただよう。 「わたしは、間違ったと思うか ? あの娘の前で、ああするべきではなかったのか ? 」 普段の自分ならば、あれほど乱暴な始末の仕方はしなかっただろう。真梛の前だったから、 そうしてしまった。それが、蒼主にまよいを生ませる。 「傷つけてしまったか ? 」 またしても。 矢禅は首を振った。たとえ、蒼主のやり方が間違っていたとしても、彼には王を責める気は 起きなかった。 蒼主は蒼主なりにやったのだから。 じようじゅ 「いずれは、だれかがやらなければならなかったこと、です。あの恋は、成就しない。させ てはいけない。 ならば、早めにその芽を摘んだことは、正しかったはずです」 〈陽使〉と人間の恋は潰せ。その言葉に、蒼主は遠い顔をした。 「矢禅」 「はい ? 」 つぶ ムスメ
ソウシュ 「蒼主」 ャゼン 矢禅は主の部屋に入りなから、国王を呼んだ。蒼主は椅子に座って、彼に背を向けている。 「やはり、真梛はいませんでした」 出て行ったようです。声はそう響き、蒼主は手のなかの書き付けを握り潰した。 くしゃ。たよりない音がする。 「透緒呼が同伴したもようなので、危険はないかと。行ーー」 カイザ 「行き先は界座。知れたことだ」 蒼主は、短く言った。書き付けがどんどんつぶれてゆく。 『親愛なる陛下】いまなら、筮音様のお気持ちがよオくわかります。ごきげんよう』 馬鹿丁寧につづられた、真梛の文字。最大級のイヤミ。 4
どうするつもりも、こうするつもりもないのだ。昨晩、真梛がらみのごたごたがあって、そ のあと彼は、そのままふてくされるように寝てしまった。機嫌はどん底にちかいまま。 そういうときの、あの国王の考えは、ひとつ。 『シラをきってやる』 わかりきったいやあな答えに、矢禅は眼鏡をかけなおした。 「さばるつもりですね、蒼主 : : : 」 しよくだい 地獄の使いのような恨みのこもった声で、彼はつぶやいた。つぶやきながら、燭台を引っ たくり、主のもとへと走りだす。 しんか 蒼主の部屋は、空室を二つおいた隣である。本来なら、臣下である矢禅が後宮へ私室を持っ ことは許されないはす、なのだが、蒼主はきつばりわがままを押し通し、自分の近くに彼を住 まわせていた。 「蒼主 ! 」 家来らしい断りなどなしに、矢禅は王の寝室に踏み込んだ。そして、あまりにも平和な光景 灯こ、びしやりと額を叩いた。 ふとん じゃくはい 首まで『きっちり』布団にうずめて、 " 若輩王 , は、寝息を立てていた。その規則正しい呼 祭 吸を、彼はいまほど憎たらしいと思ったことはなかった。 「蒼主、起きてください
131 祭りの灯 じちょう 蒼主は自嘲するように笑った。 】てろ・さい 「ほんとうに相殺になったな」 わたしの暴言『マガナ』と、あの娘の『ひとごろし』と。 「そして、これで終わりだ : : : 」 つづく。たまらずに、矢禅は蒼主の肩を押さえた。 笑いがつづく 「蒼主、やめてください。傷はえぐるものではありませんと、僕は以前に教えたはずです」 出逢ったころに、あの頃に。 蒼主は笑いをとめ、肩の手に自らの手をかさねた。指を立てる。 「矢禅 : : : 。おまえが女なら良かったのにな」 うつむいていわれた一言に、矢禅はかすかに首を振った。 「もったいないお言葉ですが、僕は女だったら、あなたのもとには現れませんでしたよ。僕 は、あなたの妃ではなく、戦友になりに来たのですから」 「そう、だったな : : : 」 蒼主はつぶやき、椅子に沈みこんだ。 「矢禅」 「はい ? 」
のど くつくっと、蒼主は喉をふるわせた。矢禅が舌打ちする。 「動かないでください ! 襟の合わせがずれるでしよう」 「うん」 蒼主は笑みながら答え、言った。 「十年かー もう、そんなに経ったのか ? 「はい」 そうです、蒼主。矢禅はただうなずく。それは、彼らが「乗り越えてきた」年月だった。 言葉のいらない空白のあと、蒼主はまったく別のことを訊いた 「矢禅。おまえ、なぜあんなものが、あの部屋にいたと思う ? 」 " あんなもの。とはトウザーシャのことで、 " あの部屋。とは真梛の部屋のことである。 ョウシ 「〈陽使〉にすこしでも関わりがあるのは、透緒呼か亜羅写だけ。そうだったな ? 」 エンゲットウ きようけつかい 「ええ。九鷹はともかく、真梛は強結界の張られた偃月島で育ちましたし、後宮でも、もっ とも守りの強い部屋にいれましたから。〈陽使〉に眼をつけられることは、外へでも出ないか ぎり、ないはずだと思いますが」 考えるように、蒼主はあごに手をあて、矢禅ににらまれた。服がずれるのだ。 えり
「それとも : : : 傷ついてるんですか ? 」 「うるさい」 ずばし 蒼主はからだを丸めてしまった。どうやら図星らしい なっとく ひとたち ははあ。思い当たって、矢禅は納得した。昨晩、〈陽使〉を一太刀のもとに斬り捨てたとき、 なじ 真梛に「ひとごろし」と詰られたのが効いているらしい せんさい この国王は、妙なところで繊細だったりするようだ。 ふくしん 腹心は、放り出した布団を拾い、たたんだ。寝台のすみにおいて、蒼主の顔が見えるほうに まわりこむ。 「これで相殺じゃないですか」 意地悪く言ってやると、蒼主がムッと眼をあけた。矢禅は笑って、目の高さに合わせようと 腰をかがめた。 「いいクスリです」 国王はそっぱを向いた。 「おまえなんかきらいだ」 矢禅は吹き出した。これじゃ、まるで十五の子供だ。 こういうところが憎めないのだ。彼はそう思い、蒼主の肩を叩いた。
101 祭りの灯 かすかに彼は首を傾げた。眼鏡の蒼主はヘンな顔だと思う。 なにか言いかけ、王は打ち消した。眼鏡を人さし指で引き抜き、腹心にわたす。 「行ってくる」 彼に背を向け、蒼主は訊いた。 「ここにいるな ? もどってくるまで」 それは、まるで子供が母親を乞うような声に聞こえた。矢禅は、悟り、ただうなすいた。 いってらっしゃい」 いってらっしや、 それは、帰りを待つ者の言葉。ただいまを受ける者の言葉。 わりふ 割符をもらい、蒼主はこたえた。 「行ってくる」 かし
目の前で、恋人を斬り殺された顔、だった。 「そのとおりだったんじゃないですか」 矢禅が冷静に言った。蒼主が目を丸くする。 「ーー矢禅 ? 」 青年は銀ぶちの眼鏡をはずした。着つけおわった蒼主を裸眼で見つめる。 「〈陽使人形〉にとって、人に取り憑くことは恋とおなじです。魅かれた人間を自分の内側に 取り込んで、ひとつになるのですからね。魅入られた側の人間だって、おなじに熱にうかされ るでしよう」 だまった蒼主に、矢禅はたずねた。 いぎよう 「おそましいことだと思いますか ? 異形のものの恋は ? 」 王は答え、矢禅の手から眼鏡をむしりとった。 灯「あれは恋をしていたのか ? 」 祭「〈陽使人形〉トウ : : も恋をしていたのか」
新月。星だけが煌めいている。 「まあ、見ていろ。今年の夏は楽しいそ」 同じころ。蒼主は中宮で、空を見上げながらつぶやいていた。 背後では、矢禅があきれ顔になっている。亜羅写の〈空牙衆〉入りを許可した後、この国王 しゃべ はふざけたことばかりを、のんびりと喋っているのだ。 「楽しいのはあなただけですよ」 ふくしん 蒼主の後ろ姿に腹心が言った時、パシィッ , と鋭い立日がっこ。 灯「なんです」 空気がはじけるようなそれに、矢禅が身をかたくした。蒼主は数瞬、空を見上げたまま黙 祭 り、それからくるりと振り向いた。 「矢禅、剣を出せ。報せだ。何者かの侵入があった。異物だと告げている」 きら
114 と駆けだし、部屋を飛び出した。怒ると走り去るのが、彼女の 反論して、透緒呼はバツー くせである。 皐闍は溜息をついてみおくり、実娘の困った顔をのそきこんだ。 こころね 1 一うじよう そうめい 「真梛。殿下は、ご聡明な方だよ。強情なところもあるが、心根はよいかただ。父様はおま えが殿下の婚約者になったことを、誇りに思うよ。な、真梛。父様はお妃になるところが、見 たいな」 王妃姿が見たい。父親にそう言われ、真梛はようやく納得した。嬉しそうに笑う。 そしてその日から、蒼主の姿絵を見てはどきどきする恋が、はじまる ・ : その時のことを思い出し、真梛は時々ばからしくなる。 結局、丸めこまれたんだわ。あれは。 蒼主と真梛の婚約。それは、〈命〉同士だという政略結婚以外の何でもなかった。 ミカヅキ モチヅキ 『 " 望月 , の真梛と、 " 三日月。の蒼主。現存する〈命〉三人のうち、二人が夫婦にふさわしい 年齢差、階級に生まれたことは、カウス日ルー世界にとって好都合だ、より良い血統が残せる ではないか』・ それだけの理由しかなかった。 その証拠に、はじめて会った蒼主の吐き捨てた一一 = ロ葉。母のあいさつを無視し、真梛を一度だ 0 きさき 0