ない。だれかが作った感情で、そんな気持ちになれたりなんてしないわ。トウザーシャ、私は しんじる。しんじられる。あなたのその気持ちだけは、絶対に、絶対に本物だわ。たとえほか が全部ウソでも、それだけは本物だわ : : : 」 みつともないほど泣きじゃくっているのが、自分にさえわかる。 真梛は涙をこすってつづけた。 「トウザーシャ、逃げ、ましよ」 少年が上体を起こした。人間であったなら、瞳が充血して濃い色になっていただろう、そん な顔で。 「ニゲ、るーーー ? 「そう。あなたが作られ、たのな・ら、あなたの運命が作られた、のなら。それ、から、ここ から、その人からっ : すべてが嘘から始まったのならば、すべてを捨てて。たった一つの真実と、本当の気持ちだ 灯 けをもって : の 「もういちど、はじめま、しよう。ね ? 」 処小まゆね 眉根をよせ、彼は言った。 「でも、マアナきみはーー・」
よ。まぶしいとしか思わなかったわよ : : : 」 おえっ 嗚咽をこらえて、手の甲を口におしつける。 この気持ちをきちんと表せる一言葉なんて、どこにもありはしない。どこにもー うつむいた真梛に、透緒呼が返せる言葉はなかった。そんな資格はなかった。 あなた。 透緒呼は〈人形王〉にこころで呼びかける。 あなたに何度狙われて、どんなにつらくなっても。それでもあなたを憎めない私には。未だ に刃を向けることをためらう私には。 真梛の気持ちを責めることは、できない : 「透緒呼。婚約は碗棄するわー かばそく真梛が言った。 かんどう 「父様に、、 しちおう頼んでみる。そこで勘当されれば、私は出ていくわ。幽閉されれば、一生 牢屋で暮らす。無理に連れ戻されるようなら、偃月島か、どこか山奥に消えるわ。それだけ 灯 トウザーシャはも、つ、 いない。残る道なんて、どこにもなかった。 祭 「どこか山奥って、あんた一人で暮らせるわけがないでしよう : : : 」 はいぜん 配膳はしたことがあっても、料理をしたことがない。身の周りの掃除をしたことはあって ゅうへい
-4 ザクーシャとはちがった、月に護られた、やわらかなきれいさ。 かん・ヘきいろあ 彼はみとれて息を飲んだ。トウザーシャの記憶の映像は、彼女を完璧に色褪せてったえてい たようだ。 知っていたのに、こんな気持ちになったのは、初めてだったのだから。 ば。たまらずに、彼は実世界に出現した。真梛のすぐ後ろに。 暗がりに、彼は影のように揺れた。ビクつ。真梛がふるえる。
「女々し い、なあ : : : 」 トウザーシャはごち、かるく自分の頭をこづいた。 そういうところが、僕はナサケナイんだ。。 サクーシャのように、まえを見なけりゃならない けれど。 マイナス 出来の良すぎる妹にたいする負の気持ちは、つのってゆくようだった。 「キライじゃないよ、ザクーシャ。けれど」 僕は、いったい君に会って、どんな顔をすればいいんだろう 「 : : : かった」 つぶやき声に、トウザーシャは引き戻された。はツと、下を覗く。 通路館から、ずいぶん流れてきていたようだった。生活のにおいのする、使われている部 灯 の 空気が呼吸を伝えている。 祭「あれ ? 」 ばんやりと橙の光が部屋を照らしている。そのすぐそばに、 屋。
幻 がしやがしやがしやがしゃ。 崩れ、もどり、くずれ、戻り : ウソの記憶が膨れる。本当の気持ちが、まぎれてゆく。もみくちゃにされる。 ながれて、ゆく 「マアナ」 くよ・も , っため、だよ 「マアナ、ばくにとどめを」 ちめいしよう 君の〈命〉だけが、再生しつづける僕の致命傷になる。なることが出来る。 生きているうちに、意識があるうちに。 狂った人形になりきらないうちに 真梛はつよく首を振った。ざんばらの髪の先が、頬を叩く。 「【クルッタ】。ココロノハタラキガ、フツウトオナジデナクナル。マアナ ! 」 できるわけがない、できるわけがないー トウザーシャを、この手でだれに、そんなことができると 「マーナ ! 君はこんなに悲しいこいつをいつまでも見ていたいの」 ふく
102 ゅううつ 気がついたとき、トウザーシャはひどく憂鬱な気分だった。 : ? なぜだろう。なんだか、ひどく哀しい 泣きたい気持ちだった。信じていた人に裏切られたような、心をかきむしられた傷が、くっ きりと残っている。胸がうずくように痛んだ。 なぜだろう : 頭が重く、自分に起こ 0 たことを思い出せない。居心地のいいような悪いようなこの部屋 に、自分がどうしてやってきたのかも、わからなかった。 ばんやり。かすむ意識のなかに、かちりという音がした、気がした。 【記憶】。ボクは、妹をチチのもとに連れにここにヤッテ来た。ソシて、マアナにあ 0 た。 そのあと、オジウェにキられた。斬られた ずきり。こころが縮んだ。痛みの原因は、これだった。
ソウシュ 「蒼主」 ャゼン 矢禅は主の部屋に入りなから、国王を呼んだ。蒼主は椅子に座って、彼に背を向けている。 「やはり、真梛はいませんでした」 出て行ったようです。声はそう響き、蒼主は手のなかの書き付けを握り潰した。 くしゃ。たよりない音がする。 「透緒呼が同伴したもようなので、危険はないかと。行ーー」 カイザ 「行き先は界座。知れたことだ」 蒼主は、短く言った。書き付けがどんどんつぶれてゆく。 『親愛なる陛下】いまなら、筮音様のお気持ちがよオくわかります。ごきげんよう』 馬鹿丁寧につづられた、真梛の文字。最大級のイヤミ。 4
浮かんだャゼンに言われた言葉は、彼を凍らせるほど嫌な気持ちにさせた。 ( しゃん。しゃあん ) げんせい かけらの幻声が聞こえる。 おろかもの、ザマアミロおろかもの。おまえは自分を知らない。 まど 惑わされろ、おちていけ、おちていけ、その地の果てにまで、 「やめろーーー」 絶望が身をつつんだ。なぜだか、こんなにもかなしい。反論できるだけの、しつかりした気 持ちの土台が、彼にはないように思えた。 ボクハ、「ダレ」、ナンダロウ : そのとき、遠くに足音を聞いて、トウザーシャは顔を上げた。 「だれか来るー 自分がここにいたら、またひどいことをされるのはわかっていた。それに、もしかしたら、 またマアナが突き飛ばされる , 「マアナ、マアナ ! 」 低くするどく銀の少女を呼ぶ。けれど、静まり返った部屋には、返事はかえらなかった。気 こお しらない
57 祭りの灯 こんなにも自然に。 ゴサン 【誤算】。なぜか、機械的な一言葉が頭をかすめた。 たいして気にも止めす、トウザーシャは一一 = ロう。 「つめたいのは : 空を飛んできたから、冷えているんだと思うよ。きっと」 呼吸が髪ごしに伝わる。その息も氷のようで、彼女は背筋をわずかに反らせた。さむさのせ いだけではなくて、そくそくとする。 自分の気持ちの動きを、真梛は感じていた。 私ハ、コノ人ガ好キ ? オナジ瞳ノコノヒトガ ? たったいま、出逢ったばかりなの 「マアナ」 トウザーシャがささやく。やさしい声 自然にまぶたが閉じてゆく。 時が、ゆるやかに流れ始めたーーーそのとき ! ハタンい 蹴り倒すようなけたたましい音を立てて、扉がひらいた !
39 祭りの灯 両方とも非常時にそなえた、戦士や追われる者に特有のものだった。 「タイへンだよね」 ご苦労なことだと肩をすくめたとき、二人がびくりと動いた。トウザーシャの侵入を感じた よ , つだ。 「おッと」 ふつ。知を消して、先へ泳ぎだす。 ナガイはムョウ、だ。僕の使命はもっと先なのだから : ・ 真っ暗な通路館を抜け、トウザーシャは後宮の左棟に入った。 「このいちばん奥に、・ サクーシャが、いる」 父上ののそむ、ザクーシャ、が トウザーシャは唇の裏側を噛んだ。胸のあたりに、いやな気持ちが渦巻いている。 「ホントは」 会いたく、ないな。 からだは前進するのに、心が後退してしまう。 会いたくない、な : 生き別れになった妹。十数年ぶりの再会に、嬉しくてもいいはずなのに。 「会いたくない、ザクーシャ :