111 祭りり灯 「ただいま」 めった 滅多に会わない父に、透緒呼がはにかんで下を向いた。 まくっ 皐闍は魔窟のような部屋の真ん中にあぐらをかいて座り、真梛を膝に乗せた。膝許に、透緒 呼を呼ぶ。 しゃべ 「透緒呼もいっしょに聞きなさい。それから、二人とも、これはだれにも喋ってはいけない。 いいね ? 」 二人の娘が真剣にうなずく。それを確認してから、皐闍は話しはじめた。 おうたいしでんか 「真梛、おまえの婚約がきまったよ。王太子殿下・蒼主様とだ」 「こんやく ? 」 訊かれて、大公は言い直す。 「結婚を約束することだよ」 「じゃあ、真梛は王女さまになるの ? 母さまとおなじ」 透緒呼が手を叩いた。 「ゆくゆくは、王妃様だ」 皐闍が訂正し、透緒呼が声を上げた。 「すごーい。叔父さまといっしょに、おじいちゃまの座っているところに上がるのね ? 」 おじいちゃま 彼女の " 祖父。が座るところというのは、玉座のことである。ものわかりのいい透緒呼に ソウシュ ひぎ
も、水汲みや薪割りのような重労働を知らない。それは、透緒呼と同じだった。 えじき 「それに真梛は〈命〉でしよう。外に出たら、格好の〈陽使〉の餌食になるのよ」 普段の〈命〉は、一般人以上に非力なのに。戦うことも、身を守ることも、満足に出来はし 「そうなったら、そうなった、だわ」 「 ! 怒るわよ真梛 ! 」 透緒呼が思わず手を上げた。自分を捨てるような投げ遣りさが、彼女はいちばん嫌いだ。 「叩くなら叩きなさいよ , ーー私本気だわ」 揺るがない視線。火花が散る。 こんま やがて、透緒呼が根負けした。髪をぐしゃぐしやと引っ掻きまわす。 「わかったわ。私が界座までおくる。父上がなんて言うかわかるまで、ついているわ。馬鹿な 真似なんか、させてやらないからー 真梛が透緒呼に近づいた。妹の方に頭をつける。 「ありがとう。ーー透緒呼」 透緒呼がびくり、コメカミに筋を立てた。真梛の顔を起こして、両頬をひつばる。 「あんた、それはイヤミなの ? 」 けんのん いっかの彼女がやったのと同じことをした姉を、剣呑な顔で見つめる。 まき すじ
121 祭りの灯 「とんでもない。私の感謝は透緒呼と同じだってこと」 しれっと真梛は言い、二人は眼を合わせた。 ちいさく吹き出す。 それがつらさを隠した笑いだと、二人とも知っていた。 これは、真梛の問題であると同時に、透緒呼自身の問題でも、あったのだから : ・ : ちょっと待ってて、真梛。そこ動かないでよ ! 」 透緒呼は、ふとあることを思い出し、あたふたと下衣を着けた。上着を引っ掛けて出てい 「ごめんね、行こうか」 やがて戻ってきた透緒呼が言い、真梛はうなずいて窓を開けた。
つめたい、陶磁器のかけら。 砕け散って、しまった ? 透緒呼にそっくりな、けれどちがう、トウザーシャ。 さっきまでは、生きていたのに。 生きていた、のに : これのどこが、瘴気だというのかー ほのかに残る、香辛料のにおい。 おえっ 嗚咽がもれた。真梛はのろのろとかけらをかき集め、ゆっくりとその上につつぶした。 「出ていって : : : 」 こんがん 懇願にちかい、よわよわしいセリフ。矢禅が三人にそッと合図した。 「透緒呼、ーーおい、透緒呼」 ロ許にやった手がガタガタと震えている透緒呼を、九鷹が揺さぶる。視線はとうにどこかに 飛んでしまっている。 ( そのまま ) まね 矢禅が小声で言い、抱える真似をした。九鷹は透緒呼を正気付かせるのをやめ、肩を抱えて 向きを変えた。 全員が退出し、亜羅写は扉を閉めようとして、一度だけ室内を振り返った。
1 彼は機嫌よくうなすいた。頭をなでる。 「よくわかるね。 そうなんだよ、真梛」 不安そうに眉を寄せている娘に、皐闍は視線を向けた。 「そうしゆさまって、だあれ ? 」 真梛が、やっと尋ねた。混乱しているのか、泣きそうである。 「あら、透緒呼の母さまの弟よ。こないだ教えたじゃない」 こまっしやくれてすかさず言った妹に、姉は破裂しそうな顔をした。彼女自身は、蒼主に会 ったことはない。 「私いや。透緒呼の母さまはいじわるなんだもん」 きようだい 真梛は妙なことを言った。血がつながっている姉弟は、おなじ性格だと思えるらしい 「母さまはいじわるじゃないわ ! 」 透緒呼が真っ赤になって怒る。 「おやさしいわ ! それに、叔父さまもお優しいわ ! 透緒呼はこないだ首飾りもらった ムキになって叫ぶ義娘を、皐闍はなだめた。 「透緒呼、怒鳴らなくてもいいんだ。真梛は、少し怖いだけなんだから」 「だってほんとだもん ! 」
訊きたいことがつぎつぎと浮かぶ。透緒呼のこと、トウザーシャのこと、彼らの父のこと、 彼ら自身のこと。 あまり多くのことが浮かび過ぎて、彼女はパンクしそうになった。 透緒呼、透緒呼を呼んでこなくちゃ。それから、それからええと、 急ぎすぎた思いが回る。 その中で、不思議とトウザーシャが〈陽使〉かも知れないという警戒は生まれなかった。無 意識に、信用していた。 透緒呼の兄、と聞いたからだろうか。それとも 混乱する真梛に心配そうな顔をして、トウザーシャは彼女の言葉を待った。それ以上、なに を言ったらいいものか、わからなかったのだ そして、そのまま二人は沈黙した。おなじ、顔をして。 まよった瞳と、待った瞳は銀板の反射を中継して、むすびつきーー引力が生まれる。 たがいに引き合う。魅きあう。惹きつける。たしかめるように。 同じ表情。視線。透緒呼のように前を見続けることのできない、弱いこころ。 親近感。 『ねえ、わたしたち、わたしたちをしっているの : 探りあう。探しあう。鏡ごしの瞳のなかの、自分を。 あいて ョウシ
登場人物紹介 クウが 透緒呼と同じく〈空牙衆〉の透緒呼の父親違いの姉で、 「空牙」の日に生まれた黒い ひとり。支配階級の民とは ~ 「央夏満月」の日に生まれ 髪、紫の瞳の少女。カウス = セイワゲッ ルーを治める王家・清和月一別の自由民の出だが、清和一た、銀髪・銀瞳・銀の爪の少 に連なる公女だが、余聖一月王・蒼主と契約して彼の ~ 女。億に一人の聖なる力を 色〉を持たぬこともあって ~ ために動いている。神出鬼一具え、透緒呼とともに〈空牙 隔離されていた。〈空牙衆〉一没で人養ったそのは、一衆〉に属することになる。祭 りの日々を迎えてなぜか気 入りは果たしたものの、父一時に透緒呼を苛立たせるが 持ちが沈んでいるのは : ・。 親の謎に苦しんでいる。 クョウ 真榔 透緒呼九鷹 オウカマンゲッ
震えが滑り出す。亜羅写が小さく聞きとがめた。 トウザーシャ ? 蒼主はおもむろに鞘を拾った。刃をおさめて、矢禅に渡す。 こんわく と、彼をにらみつける。 困惑する三人を残し、国王は退出しようとした。真梛がキッ , 「待ちなさいよッ ! 陛下、あなたは一体なんてことをするの ! 自分のしたことがわかって いるの、わかっているのあれは、透緒呼の兄よ。私の弟よ ! 」 : 「アレハ、透緒呼ノ兄。私ノ弟」・ きようがく 真梛の言葉に、〈空牙衆〉は驚愕した。なんだって ばあん。透緒呼の頭の奥で、なにかがはじけた気がした。 「透緒呼 ! 」 たちくらみを起こし、しやがみかけた彼女を、九鷹が支える。 砕けたあの人が、私の、兄さ、ん。 陶磁器の兄弟 ? 人形ーー〈陽使人形〉の くだ
〈陽使〉と逃げた、だと ? 〈命〉が ? 「 : : : だ、それほど時間はたっていないと思います。いま、九鷹と亜羅写がーーー〈空牙衆〉が 追っていますから。未然に : : : 」 ながれる透諸呼の声。その伸びた背筋は、まさしく筮音の娘。けれど、射るようなまなざし +6 一瞬、透緒呼の姿になにかが重なって見え、皐闍は眼をすがめた。 いまのは ? デジャビュ 既視感。義娘にかさなった紫の影を、ひきつれる小さな傷を、彼は知っているように思え あれは、だれだったろうか ? とおい昔に見た、少女 ? それとも青年 ? 『透緒呼につらなる血の者』。 そんな言葉がちらりとかすめたとき、皐闍は義娘のいぶかしげな視線にあたった。 ハッ、と我に返る。とうに報告は終わり、透緒呼は彼の言葉を待っていた。 ( 〈空牙衆〉が真梛を追っていますから、ことを大きくしないように、それとなく手配をして くださいとのことですわ )
「九鷹、そこを出て右に行って」 透緒呼は空牙刀を握り、指示した。扉を開けて出ていく九鷹につづく ためらっているヒマはない。 『私はトウザーシャが好きなの ! 』 叫んだ真梛。その彼女のもとに人形が行ったのなら 先は見える気がした。ふたりが堕ちてゆくのが見える気がした。 それを、止めるのは透緒呼。止めなければならないのは、透緒呼。 いんねん ふせき 大事な姉と、因縁の〈人形王〉の布石が出逢 0 たのなら。どこがどうな 0 て、こんな運びに なったのだとしても。 それがどんな波紋を呼んだとしても。 ゲット ワタノ、 、、ノ、〈月徒〉、ダカラ : 「そう、〈月徒〉だから」 走りだす。 の真梛が二度と透緒呼のもとへ帰れなくなる前に。人でなくなる前に 「トオコのおかあさん。 : シッレイします」 祭 亜羅写が扉を閉める前に、筮音にかるく一礼した。 筮音は見送り、きつく眼を閉じて、組んだ両手を額にあてた。