思い - みる会図書館


検索対象: 華烙の群れ : カウス=ルー大陸史・空の牙
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1. 華烙の群れ : カウス=ルー大陸史・空の牙

め、王位継承に関する問題は、つねに宙づりのまま放り出されていた。 そのつけが、今目の前に突きつけられていた。二人の王子のどちらが、正式に″ケラスドニ ア四世〃となるか。 「王位は、兄上が継ぐべきだ。僕はい、 話を打ち切ろうと、王子はそう言って腰を浮かせた。この嫌な話から、この部屋から逃げだ そうとする。 「それで、はたして臣下の幾人が納得しましようか」 もうきん 彼を見据え、老侍従は矢のような鋭い声を放った。両の眼が、猛禽のように鋭くなってい る。 「王太子が暴君になるのは、分かりきったこと。それに、不安を抱き、おびえぬ者はなしでし よう。その不安を取りのぞけるのは、王子、あなた様しかございませんぞ」 「いいんだったら ! 」 とうとう王子は声を荒らげ、椅子を蹴って立ち上がった。部屋を出てゆく。 れ「王子 ! どちらへ」 の「そんなの知るものか。夜まで帰らない ! 」 ひるがえ 華 叫ぶように言い残し、彼は身を翻した。廊下を飛ぶようにすぎて、城の外へ向かう。 四息づまるような思いでいつばいだった。どうして、そうやって自分を、政争の真ん中へ引き

2. 華烙の群れ : カウス=ルー大陸史・空の牙

116 「ですから」 「わかった。もう言うまい」 悔やむような思いを押し殺して、蒼主は答えた。過ぎてしまったことだ。もう、あのこと 二度と繰り返したくないと矢禅が言うのなら、止めるつもりはなかった。いいだろう、彼は そうすればい、。 自分が、違う策を取るように。 「そうですか」 矢禅は眼鏡のふちを指で押した。ちら、と視線を横に流してから、つづける。 「ですが蒼主、おばえておいてください。僕は悔やんでいたからだけで、透緒呼に告げたわけ よ、一しま ではないんです。邪な気持ちがなかったとは、言えない」 ど , つい , っことだ ? 」 思いがけない告白に、気持ちが引き締まった。邪な、 せかす思いが、目つきを険しくさせる。 「だれかをいじめたいと、僕のなかの血が騒ぐんです。戦うこと、人を撃っことに悦びを感じ る。その血が、わけもなく騒ぐから、透緒呼に言ったんですよ」 おそるおそる、たずねた。かってはなかったことだ 「〈陽使〉の血、か ? 」 よろツ一

3. 華烙の群れ : カウス=ルー大陸史・空の牙

212 ひはん 批判するような口調だった。 「おまえだって、真実を告げると言いながら、頭を打ったせいだと、今、透緒呼にごまかした だろう」 むっとしながら、言い返す。とはいえ、事実だった。胸に突き刺さるような、 : : : 本当のこ とだった。 たしかに、わたしは甘いのかもしれない。矢禅を憎みながら、捕らわれて目の前に引き据え られてくるのなど、見たくはなかった。透緒呼を殺せと命じながらも、あれが人でありつづけ ることを、どこか信じていた。 黙るしかなかった。矢禅はあやまった指摘をしたのではない。そうではないのだから。 思い詰めた顔に見えたのだろうか。矢禅が苦笑する。参りました、と言わんばかりに。 「それがあなたのいいところなんですよ、蒼主。僕はそう思いますけれどね。 しいじゃないで すか、身内に甘いくらい。それだけ、あなたのなかの〈何か〉が回復したんでしよう ? 」 ガイ 骸につけられた傷のことをさしていると、蒼主は気づいた。あの男のせいで、蒼主はひとを 信じられなくなっている。そして、即位直後の、みにくい宮廷の争いによって。 「いいんです。あなたはそれで。僕の甘さは、優しさじゃないですがね」 透緒呼に対するそれをさしていた。記憶をなくした真実の理由を告げなかったのは、思いや

4. 華烙の群れ : カウス=ルー大陸史・空の牙

叛乱は不発に終わり、獅伊菜たちは雲隠れしてしまって。 「オレは、ダレなんダロウ : : : 」 亜羅写は立ち止まっていた。つぶやきが、床に落ちる。 鏡を見ればそこに映っているはずの自分が、今の彼には見えない。い の自分は見える。けれど、それが「どこにいるべきの」「だれなのか」がわからない 工セラ 亜羅写。セラ日ニア人。呪殺眼。 九鷹。半セラ日一一ア人。〈太陽契約者〉。 ふたり、並べテモ、ソンナ違わないハズなのに。オレは。 「オレは」 くら やり場のない、言いようのない気持ちに彼は支配されていた。九鷹と自分を較べる。そもそ やめられない。 もそれがおかしいのだと、わかっていて、 れクヨーはうまくいった。クヨーは居場所がある。 すく のそんな思いが、こころの隅に巣喰っている。 華 クヨーには、トオコもいて。ソウシュに望まれて〈空牙衆〉に入って。 失くしたものがあるツテ、わかッテんのに」 や、ばんやりとした顔

5. 華烙の群れ : カウス=ルー大陸史・空の牙

「〈偃月島〉で、教えるのがそんなに好きだとは思ってもいなかったわ。あの娘、私と一緒に、 離島に閉じ込められていたのね。働かないと、食べてはゆけなかったから、仕方なしだったと ころが、あったはずなの」 真梛は困惑しているようだった。その気持ちが、亜羅写にもわかる気がする。 カタナを持っことを、マエはあんなに嫌がっていたのに。 ちからを使わずに生きてゆくことができたなら、彼女はその道を選んだはずだった。亜羅写 もそうだ。工セラは、ないほうがしし : 「ユキだって、テキは待っチャくれないって」 くちぐせ 「言っていたわね。たしかにそれは口癖だったわ。でもね。矢禅にも、あんなにむきになっ いいんだけれど」 て。九鷹がいないから、不安でたまらないなら、 それ以外に原因はあると、疑うロぶりだった。亜羅写にも異論はない。 「トオコが、クョウのことグライで、あんなになるなんて。オレ、違うと思う」 「だから、厄介なのよ」 真梛はまた、目を伏せた。思いをめぐらせるように、じっと手を見ている。 ど , っしたら、 「私まで、調子が狂うのよ。あの娘が、あんなだと。 「オレには : : 。なんかデキれば、よかったんだけど : : : 」 亜羅写はロごもった。また、あの隹 . りが戻ってくる。 エンゲットウ やっかい あ しいものかしらね」

6. 華烙の群れ : カウス=ルー大陸史・空の牙

そう、言ってしまいたかった。 できないのは、自分がそれを言われたとしたら、ひどく傷つくからだ。同じように矢禅が傷 ついてしまうと思うと、言えない。 けれど。 透緒呼は背後の矢禅から、何とか気をそらそうとした。彼の存在を、消してしまいたい。 こから、自分の感覚のなかから。 矢禅。もう、あなたを信じられない。 くらきず 彼がザカードの、本当の子供だったこと。それが、透緒呼のこころのなかに、ふかく昏い疵 として遺ってしまっている。矢禅は、すっと昔から真実を知っていた。それなのに。 私の気持ちを、見過ごしにした 透緒呼が〈偃月島〉で過ごしていたころ、本土の蒼主との間に入り、いろいろ面倒を見てく れたのは矢禅だった。当時から、透緒呼の父親のことは、泥のように濁った噂となって彼女を つら れ取り巻いていたし、そのせいで辛い思いをしていたのを、彼は知っている。 の知っていたはず。 華けれど、矢禅がただ一言の真実を、告げてくれることはなかった。まるで、ザカードをめぐ るこの戦いがなければ、永遠に闇に理もれさせるはずだったというように。

7. 華烙の群れ : カウス=ルー大陸史・空の牙

透緒呼は、笑いながら真梛の部屋を後にする。近衛兵の倉庫から、予備の防具と木刀を借り - ) うよう 受けているときも、不思議なほどこころは高揚していた。 「なにかいいことでもありましたか ? 」 あまりの上機嫌に、倉庫番の兵士が声をかける。彼女の笑顔など見たこともない彼には、よ ほど特別な何かがあったように思えるのだろうか。 「何にもないわ」 答えるときにも、透緒呼は笑っていた。いつもなら余計なことを訊かれようものなら、横を 向いて一言「べつに」とつぶやくはずなのに。 : 私、ほんとに機嫌がいいんだわ。 木刀を抱えて歩きながら、ようやく彼女はそう思った。酒でも飲んだかのように、気持ちが ふわふわとしている。 お酒なんて、飲んでないのに。 「ねえ」 声に出してつぶやいた。楽しい独り言は、めったに言わない。それなのに。 「どうしてかしら ? 」 そうやって問うてみても、答えは出ない。 真梛に答えたとおりに、透緒呼には、この気分のよさが何かわからなかった。すこし前まで

8. 華烙の群れ : カウス=ルー大陸史・空の牙

ていた。彼女を追ってここに来たのだ。 きやたっ 図書寮に入るなり、真梛は脚立を引きずり出し、その上に腰かけたまま、本を棚から抜き取 っては読みはじめた。まわりの音など耳に入らないふうだった。 一冊、二冊。何を調べているのか、彼女は顔を上げようともしなかった。話しかけるのを、 これだけながい間ためらうほど、その横顔は真剣だった。 その真梛が、ふと本を置いたのだ。ひとくぎり、ついたのかもしれない。 待っていた亜羅写は、そこですかさず声をかけたのだった。 ・「 : : : ああ。どうしたの ? 」 真梛はこころから驚いたようだった。書物とは無縁の亜羅写が、こんな所にいたせいだろ 「ちょット、いいかな ? 」 かし 遠慮がちに、彼は首を傾げてみせた。本に向かっているときの、厳しかった表情は失せてい な′一り みけん る。けれどもその名残のようなしわが、眉間に刻まれていた。 れ 群「いいわ。ずっと、そこにいたの ? 」 烙あいかわらず、真梛は察しがよい。居心地悪そうにしているのを、見抜かれたのだろうか。 華 「うん。ちょットね。 アノ」 「ここに、座ったら ? 」

9. 華烙の群れ : カウス=ルー大陸史・空の牙

工 ! ) とか思って二度洗いとかしてたけど、それって : : : 色落ち。その証拠に、髪拭いたタオ ルが黄色だよ。しかも牛のようなぶち模様。いっそのこと、全部黄色になってくれればよかっ りんじゅう たものを : ・ お気に入りのタオルが、ご臨終してしまいました。えーん。 じようぶ 気をつけてくださいね。髪が丈夫なら、染めるほうがいいかも。マニキュアは、ダメージが ないのが、メリットなんだけどねー。 ( しかし枝毛ばりばりのわたしが染めたら、目も当てら れなくなったかと思うと、これでよかったんだか : : : ) ↑いや、よくない。 教訓。ヘアマニキュアのあとは、ばろいタオルで髪を拭きましよう 9 間違っても、高価かっ たやっとか、お気に入りなんて、使っちゃいけません。 ちなみにご臨終タオルは、ゾーキンになります。しくしく、このわたしにぐし縫いをしろと ぞうきん さいほう は。 ( 裁縫キライ ) 。ひびきの、中学時代に家庭科の授業で、雑巾縫うの再提出 ( : : : ) だった ことがあります。おまえはトロいうえに不器用なのか、って言われそうだよ。↑そうだと友人 はうなずくであろう。いや、妹と両親もか。 でも、ボタンっけくらいはできるもん ( 自慢にならない ) 。 とおお、のこすところあと一枚だぜ。と書いて大事件 ! ああ、なんてことなの あ 今ね、これ書きながら買ってきたばかりの中古を開けたのね。 JANET JACKSON のア ルバム『 RHYTHM NATION 』 ( 古いなあ ) を買ったはず、なのにー たか

10. 華烙の群れ : カウス=ルー大陸史・空の牙

「いったい何なのよ ! 」 靴音を響かせて廊下を駆け抜けながら、透緒呼は叫んでいた。 こころのなかでつぶやくだけでは、止められない。いろいろな思いが、つむじ風のように吹 き荒れる。逆まく。 「もうつ ! 」 何だって、いうの : 蒼主を大事だったから、矢禅はザカードとのことを隠していた。蒼主のためなら、私なんか どうでもいい。矢禅は私と同い年。矢禅は普通に成長しない。矢禅は、 ううん、九鷹は。 九鷹は、もう、 黙っていた。ひとことも発さずに、目を閉じる。 そして、おもいため息をついた。まるで自分を責めるように。 首に筋が浮き、こきざみに震えた。 まるで何かを、こらえているように。 ◆