王子 - みる会図書館


検索対象: 華烙の群れ : カウス=ルー大陸史・空の牙
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1. 華烙の群れ : カウス=ルー大陸史・空の牙

と、王子は恐れを感じている。 「だってじゃなくて」 まさお ルイズⅡデアリナは、彼の隣に移動した。真っ青な衣の裾を、からだの下に押し込むように して、横座りをする。そっと、王子にもたれかかるように。 「いつも言っているでしよう。物ではわたくしをだれも、縛れないのよ。わたくしを留めるの は、こころよ。それだけよ。 これだって、珍しいからしているだけだわ。あなただって、変わったものを贈られれば嬉し いはずね ? 」 王子は黙っている。ぎこちなく手がのびて、ルイズⅱデアリナの袖に触れた。 彼女は手をかさねる。頭を、彼の肩にもたせかけた。 「もっと自信を持って。わたくしは、あなたが好きよ。あなただけよ。、 しつも、あなただけ」 繰り返し繰り返し、言ってきた一言葉だった。真実だ。ルイズⅡデアリナは、王子を好きだっ た。どんなに頼りなくても。 彼が身じろぎし、ルイズⅱデアリナは頭をおこした。王子を見る。 むらさき 彼の紫の瞳は、泣きだしそうに充血していた。口が何か言いたげにひらきかけ、閉じ、ま た開いた。 「わたしが : 王にならなくても ? 」 すそ そで

2. 華烙の群れ : カウス=ルー大陸史・空の牙

め、王位継承に関する問題は、つねに宙づりのまま放り出されていた。 そのつけが、今目の前に突きつけられていた。二人の王子のどちらが、正式に″ケラスドニ ア四世〃となるか。 「王位は、兄上が継ぐべきだ。僕はい、 話を打ち切ろうと、王子はそう言って腰を浮かせた。この嫌な話から、この部屋から逃げだ そうとする。 「それで、はたして臣下の幾人が納得しましようか」 もうきん 彼を見据え、老侍従は矢のような鋭い声を放った。両の眼が、猛禽のように鋭くなってい る。 「王太子が暴君になるのは、分かりきったこと。それに、不安を抱き、おびえぬ者はなしでし よう。その不安を取りのぞけるのは、王子、あなた様しかございませんぞ」 「いいんだったら ! 」 とうとう王子は声を荒らげ、椅子を蹴って立ち上がった。部屋を出てゆく。 れ「王子 ! どちらへ」 の「そんなの知るものか。夜まで帰らない ! 」 ひるがえ 華 叫ぶように言い残し、彼は身を翻した。廊下を飛ぶようにすぎて、城の外へ向かう。 四息づまるような思いでいつばいだった。どうして、そうやって自分を、政争の真ん中へ引き

3. 華烙の群れ : カウス=ルー大陸史・空の牙

れ「逃げてきたわね、泣き虫」 の暑さにつよいグラフという四本足の動物に乗って訪れた王子を、ルイズⅡデアリナはなかば 華 呆れ顔で迎えた。 王子の頬には二筋、白く粉を吹いたようなあとがある。ここに来るまでに流した涙が乾いた カくもよいこと ほら、この通りわたしは身動きがとれぬというのに ! 王位を継がぬとは、、 ふちど 王太子にしなだれかかっている女たちが、声をたてずに忍び笑う。金糸で縁取った、あざや かな緑や紫の衣装が、さざ波のように震える。 「すみません」 ) 、よ、つものこと 小さく言うと、一礼をして、王子は脇をすり抜けた。この程度のからカし。し だ。気にしては 「ははは・は、はは がいとう・ ュラスの笑い声が、後から追いかけてくる。王子には見える気がした。ュラスの赤い外套 が、誇らしげに揺れているところが。 ◆ あき

4. 華烙の群れ : カウス=ルー大陸史・空の牙

「ふうん」 王子はぶいっと横を向いた。 「それにしちゃ、うれしそうだね」 やつばり。ルイズⅡデアリナは呆れたように天井を見た。どうしてこう、嫉妬ぶかいのだろ うか、この王子は。 姉と弟のように過ごしてきたふたりが、恋人同士に変わった途端に、彼はやきもきしはじめ ひるがえ た。ュラスと同い年、四つ年上の幼なじみが、いつ、ふわりと身を翻して去ってゆくかと、 気が気ではないように。 あと一年待たなければ、女性に求婚できる歳にならないことが、彼の焦りの原因だった。歳 なんてと、ルイズⅡデアリナはつぶやいてみるけれど、王子にとっては気休めにもならないだ ろう。 「ばかね。そんなこと言うために来たんじゃないでしよう」 姉の口調で、彼女はさとした。王子は自分に自信がない。愛される資格を持たないと、勝手 れに決めてかかっている。 の「だって」 華 子供のように、彼はロをとがらせた。 % 早くに母を亡くしたことが、深い傷になっているのだろうか。皆、彼を置いていってしまう あ しっと

5. 華烙の群れ : カウス=ルー大陸史・空の牙

四華烙の群れ もう少し、待ってちょうだいね。 ルイズⅱデアリナは心中でつぶやき、王子に向かってうなずいた。彼の頭を引き寄せてゆっ くりと、言葉をつづける。 「帰ったらはっきりと意向を示すといいわ。はやくに意志をあらわにしないと、あなたの知ら ないところで、争いが起きてしまうから」 腕のなかで、うん、と王子が答える。彼女は彼をそっと揺さぶりながら、ひそかに目を閉じ さげす わたくしは、自分のことしか考えられない おろかと、蔑まれてもいい うら へいか 陛下、お恨みになるでしようか。それでも、わたくしは、わたくしと王子の幸せを守りたい のです。王子でなければ、あのような乱暴者のユラスしか、王に持っことができない、かわい そうなシャーンを見過ごしてでも。 ああ、オンディーセン。どうか、わたくしたちと国をお守りください。天にまします、わた くしたちの母よ。 ルイズ = デアリナは知らない。すでに、彼女たちの女神は、魔に蝕まれはじめていること かげ を。この先、セラ日ニアは太陽が翳るように、滅びの道へと進んでゆくことを。

6. 華烙の群れ : カウス=ルー大陸史・空の牙

おくびよう 賢王ゆずりの知を持ちながら、小鳥のように臆病な彼であることを、知らない民はなかっ いっさい た。叱られるようなことを、王子は一切しようとしなかったし、師や両親のようにちからのあ る者を恐れていた。 しかし何よりも怖いのは兄だと、彼の態度を見ていてわからぬ者はいないだろう。 「ユラスがふさわしいよ」 投げやりに、彼は小さくつぶやいた。どうして、みんな自分をそっとしておいてくれないの 」ろ , っカ 「はたして、そうでしようか」 ひげ 王子の言葉を聞きとがめ、老侍従は反論した。白くなってきた髭を指でしごき、王子を見つ める。 「たしかにわが国は、厳しい立場にあるでしよう。ですが、あんな王をだれがのそむでしよう か。みなに慕われていたのは、優しく、広いおこころをお持ちだったケラスドニア三世ではあ りませんか。ひとをひとと思わず、こころを踏みにじる者を、どうして王と認められましょ れ , つ」 の「ユラスが王太子だからだろう」 華 王子はそう答えた。こんな危険なことが言えるのは、ここが彼の自室で、盗み聞きを防ぐ働 きをする機械が作動しているからだった。不審な気配がすれば、たちまち耳をつんざく音がす

7. 華烙の群れ : カウス=ルー大陸史・空の牙

のだと、彼の性格を思えばたやすく推測できた。 「しようがないひとね。いま、だれもいないけれど、 ・ : お入んなさい」 いくら王子といえど、不意の来訪はシャーンの礼儀では大変失礼なものであったし、家人が いないのに異性を屋敷に迎えるのも、良いことではなかった。 ルイズⅡデアリナはそう知っていたが、あえて無視することにする。四つ年下の、頼りない この王子を放っておくなんて、彼女にはできなかった。あとで父のアゴール伯に叱られたとし ても。 「それで。今日はなあに ? また陛下の夢を見たの ? それで悲しくて来たの ? それとも、 また恐ろしいひとくいむすめでも現れた ? 」 王が亡くなってから、この気弱な王子は、たびたび悪夢を見ていた。夜におびえ、暗がりに 影を見たといっては、眠れなくなっていた。死の世界に、彼を連れてゆこうとするモノがいる と、信じているよ , つに。 「ちがう」 彼は首を振ると、顔をくしやくしやにして両手で覆う。来る前にあった嫌なことを、思い出 してしまったのだろう。 「ほーら、しつかりなさいよ。いま飲み物を上げるから。ちょっと、だれかー」 王子を敷物の上座に座らせると、ルイズⅡデアリナは台所のほうに向かって声をかけた。か ハウザ おお

8. 華烙の群れ : カウス=ルー大陸史・空の牙

そう、ルイズⅡデアリナは考える。 けれど、わたくしも王妃の器じゃない : 王子を支えることはできるかもしれない。そうだとしても、彼女には儀礼すくめの王宮はっ とまらないだろう。王妃という名のもとに自由を奪われ、玉座にじっとしているなど、我慢が ならない。 そんなふたりで、国が治められるものか。 もっとも、他の誰かが妃になれば可能なのかもしれないが、それをルイズⅡデアリナは許し たくなかった。王子は、彼女のものだ。永遠に、そうでありたい。 「王になんて、ならなくていいのよ : : : 」 彼女はささやく。半分は、自分のために。 「ほんとうに ? 」 かすれた声で、王子が返した。瞳が、疑うように揺れている。 「ええ、ーー本当に」 ふうっと、彼が詰めていた息を吐きだす。だれかに、そう言ってもらいたかったのだ。自分 の責任を、ないものだと、消してほしかったのだろう。 かたん、と入り口のほうで音がする。飲み物を用意してきた娘が、きっとそこにいるのだろ う。気をきかせて、入ってこない。

9. 華烙の群れ : カウス=ルー大陸史・空の牙

シャーン王国では、いつごろからか王子に対する敬称が、二つ使われるようになっていた。 世継ぎの王子を〃王太子気それ以外を″王子第と、区別するためである。 ちゃくなん 彼は正妃の嫡男だが、″王子〃だった。それは、五つ年の離れた異母兄がいるためであり、 その兄が〃王太子みを名乗っているためだった。 ュラス王太子。今年十九になる彼は、血のような赤い髪に蜜のように濃い金の瞳をしてい たけだけ まゆりり る。彫りがふかく眉の凜々しい美男ながら、髪と瞳の色のかげんが濃すぎるため、凶暴で猛々 しい印象を与える男だった。 そして、その容姿通りの性格をしている。十三の誕生日に父から贈られた、狩用のケアルス 鳥の雛を、くちばしで手の甲をつついたからとその場で八つ裂きにし、ロ答えをした下働きの した 侍女の舌を、生きたまま引き抜いた。 ュラスの、そういった話は数えられないほどあった。今では、彼に表立って逆らおうとする 者はいない。王太子に意見できるのは、父のケラスドニア三世か、幼なじみのルイズ日デアリ ナ姫のふたりだけと言われていた。 れけれどもケラスドニア三世はみまかり、ユラスは炎を吹かんばかりに気を高ぶらせている。 の押さえつけていた頭の上の石が、とっぜん消えたのだ。無理もないだろう。 華 王位は必ず自分のものになると、王太子は思っているだろう。その日が来るのを、指折り数 えているのかもしれない。 ひな みつ おさな

10. 華烙の群れ : カウス=ルー大陸史・空の牙

るはす。 「王子 ! 」 彼の言葉に、老侍従がうなる。 「あなたはケラスドニア三世陛下の正嫡ではありませんか。いまこそ、そのお血筋を主張する 時ではございませんか ! 」 ュラス王太子の母親は、魔術師だった。魔術は物の乏しいセラ日ニアを豊かにし、人々をう るおす。魔術師は恩恵を施すものであり、尊敬される者だが、貴ぶ者ではない。 とこ 「あなたさまの母君、マレアナ姫は亡き陛下のお従兄妹。我こそが王と言うことに、何の不足 がありきしょ , つか」 「無理だよ。それは、わたしが生まれたときに言うべきだった」 ュラスが " 王太子〃となったのは、何も長男だからではなかった。シャーンには王位は男子 が継ぐという決まりはあるものの、長子でなくてはならないとは定められていない。 それなのに彼が " 王太子〃であるのは、ユラスが自分をそう呼ぶように命じたときに、だれ ひとりとして逆らわなかったためだった。 ふさわ 内心、正嫡の王子こそ相応しいと思った者もいたかもしれない。い や、気弱な王子ではと、 思う者もいたかもしれない。 まさかケラスドニア三世が、これほどはやくに亡くなるとは、だれも思わなかった。そのた とぼ