でいた。 まね あわ 気づいて、慌てて手を放した。ばかな真似をしたと、が熱くなる。 それでも、なぜこの結界をめざしたのかがわかった : 知らすに、ここにだれが隠れているのか、真梛は嗅ぎ取っていたのだ。 はじめから、彼らを裁いたり捕らえたりするつもりはなかった。 「言ったでしよう、大変なのよ。九鷹はあの爆発に巻き込まれたわ。透緒呼はザカードに連れ 亜羅写がエセラで矢禅の右手を吹き飛ばしたのよ。もう、だめ。 ていかれた。亜羅写は、 クウガシュウ 〈空牙衆〉はお終いだわ。清和月はお終いだわ : : : 」 たったひとり無傷で残った者といえば、彼女だろう。むろん、真梛だっていくつもの衝撃を 受けてはいる。でも、それは傷だと思わなければ。 工セラが収まらなくなって、目を塞いでいるのよ。矢禅を傷 「せめて、亜羅写を助けて : つけて、それだけでも傷ついているのに」 医師としての獅伊菜には、信用がおける。彼ならきっと、亜羅写の目を落ちつかせることが できるだろう。 み 「わたしに亜羅写を診ろというんですか」 じちょうぎみ たず 訊ねた獅伊菜は、なぜか自嘲気味だった。ますます紫万を引き寄せながら、ため息をつい まお ふさ
152 扉〉まで爆発させて。あんなにたくさんの人を、ただの炭のかたまりのようにしたって言うの ちょっと待ってください」 さえギ一 まがお 真顔になった獅伊菜が遮る。 「〈大扉〉は爆発したんですか ? それはわたしじゃない」 しら 2 しら - 「白々しいわね」 ョウシ あのあと、到着した彩女大公の一行が〈陽使人形〉だったことを真梛はぶちまけた。その人 形の首に、獅伊菜が使ったものというあかしの、細い紙が巻きつけてあったことも。 考え込むように、獅伊菜が黙り込んだ。 「言い訳なんておよしなさいよ、見苦しいわ」 モチヅキヒメ 「言い訳はしません。 , 、ーー望月姫。その人形は、わたしが送りました。紫万、あなたは覚えて はだ いるでしよう、あなたの部屋に糸くずやきれを持ち込んで、あなたやカョウの肌や髪の色とあ わせていたのを」 「ああ : : : あれ」 そんなこともあったか、と一言うように紫万は頼りなくうなすいた。 「そう、それです。三日月さまに来られると困ると思って、〈大扉〉を止めたかったのもたし
それでも、からだを満たしていた怒りはどこかへ散ってしまったと、彼女は感じずにはいら ひょうしめ れなかった。拍子抜けした気持ちになる。 「いけませんよ、子どもを大切にしなければ」 「どうやって大切にするのよ、望んでなんかないのよ」 さっきよりま、、 。しくぶん素直になっている自分に気づく 「望んでますよ」 「そう見えるだけよ。赤ん坊は大事にするものだと教えられてきたから、私はお腹に手を当て るのよ。それ以外に、わけなんてないのよ。もうどうでもいいの」 あやっ 「そんなことありませんよ。さいごに決めるのは、ひとの意志です。操られでもしないかぎ り、その人の行いは、その人のこころなんですよ、望月姫」 「へえ。それじゃあなたは操られていたってわけね ? あんなことを仕出かしたのは。たいし 》た言い訳だわ」 さいな 青苛むように、薄笑いをうかべた目を向けてみる。 脈「ちがいますよ。あれはわたしの意志でした」 おび 血 の ところが獅伊菜は、否定した。怯えたような紫万を手招きし、傍らに引き寄せる。 蘭 そんなしぐさが憎々しくて、真梛はさらに語気を強めた。 「あらそう。それじゃあ、あなたはご自分の意志で、彩女領をめちゃくちゃにしたのね ? 〈大 かたわ
て、真梛の背をたたく。 「よくありませんよ」 ばん、と背を押され、つきものが落ちたように真梛は手を止めた。どうやって、彼が動いた のかわからなかった。 呼吸だけが、名残のように荒い。真梛は膝に手をつき、それでも獅伊菜をにらみ上げた。 そまっ 「いのちは粗末にしちゃいけません。せつかく、生まれようとしているのだから」 「あなたにそんなこと言われたくないわね ! 」 あれほど多くの血を流させた者が、よくそんな言葉を口にできる。 おこな 真梛は獅伊菜の正気を疑った。ほんとうに、この男は自分の行いをわかっているのだろう 「獅伊菜さまを責めるのは止めてよ ! 」 青紫万が叫ぶ。泣き声にちかいそれが、真梛に刃のように斬りつける。 私のまえで、このひとをかばわないでよ : : : 」 脈「よしてちょうだい : あせ 血 の じっとりとにじむ汗を、真梛はぬぐった。ばかばかしい立場を、何とかしたい。どうして、 蘭 私がわるものにされているのだろうか。 「 : : : あ、あんたが何て言ったっていいわ。あたしは、やめない。獅伊菜さまがいなくちゃ、 なごり ひざ
- 一ぶし Ⅷ真梛は拳を握りしめる。投げつけてやりたかったが、物がなかった。 たず 「わかっているんでしようね、獅伊菜。あんたに、そんなこと訊ねる権利なんてないのよー 胸に手を当ててごらんなさい , 何をしたのみんなめちゃくちゃにされたわ ! 私も、透 緒呼も、そうよ殿下もね ! 」 下腹部に、ひきつれるような痛みが走った。 「ちょっとやめてよ ! 」 紫万が声を上げた。庇うように獅伊菜に向かう彼女に、真梛はなぜかかッとした。 「あなたは黙ってらっしや、 獅伊菜、教えてあげましようか、ご自分が何をなさった か ! 」 獅伊菜の前に立ちはだかり、指を突きつける。 この身に起こったことをぶちまけたら、獅伊菜はどんな顔をするだろうか。うつむくだろう か。このままだろうか。 見てやりたい気がした。泣くのなら、ひざまずいて許しを請うほどに、泣きわめかせてやり 「清和月は変わったわ、もうめちやめちゃよ。九鷹も透緒呼も行方不明。亜羅写は使い物にな けが らないわ。矢禅も怪我をしてる」 「やめてよ ! 」
ひすい Ⅷ大きな翡翠色の瞳が、じっと見つめている。 獅伊菜のほうに傾けたからだが、 彼女がどれだけ彼を頼っているかを表しているようだっ た。真梛が一歩でも動けば、すぐに彼の背後に飛び込めそうなかまえだ。ひげをびんと張った 猫を思わせる。 「逃げたとは聞いていたけれど、こんな所にいたなんてね」 うるお つばを飲みこみ、のどを潤した真梛のはじめの言葉はそれだった。 「どんなに山狩りをしたって、見つからないはずだわね」 サヤメ 彩女城が焼け落ちたあと、清和月の役人たちはそれこそ大陸中を捜し回ったはずだった。矢 サヤメタイコウ 禅の時など比べ物にならないほどの人数が、元彩女大公とその妃を狩りだそうとしていた。 できるかぎり奥深くにまで、山にも分け入っただろう。 「でも、あなたには見つかってしまいましたよ、望月姫。やはり、月梟のちからではかなわ ないのでしようね、あなたに」 ハナ この結界は、月梟の華によるものだったのだ。 やつばり。 サカンゲッ 叉幻月に属するちからだという推測は、当たっていた。月梟。叉幻月の愛鳥ならば、これく らいはわけもない。かって、自治区・唐木で、この鳥が次元還元をしたと、真梛は聞き知って カラキ ッキフクロウ あらわ
青 天 ・皿モチヅキヒメ の「望月姫 : : : ? 」 蘭 どこかの部屋に出た、と思った瞬間に真梛はその一一 = ロ葉を聞いた。驚いて、ひどくうわずった 4 声だった。 つまりそれが結界だった。精霊のちからで、世界とその場所のあいだに透明な膜を張るの まばろし それにより、見た目には続いている世界は隔てられ、結界のなかの風景は、幻だけ残して 異次元に隠される。 頂上の光は、それだった。 はだし 見て知ったというよりも、肌で識った真梛は、くちびるを噛む。だれも踏み込めない山のな 力にいったい何を隠しているというのだ。それもだれが ? っ 。しくどもまたたいてその 糸の張り詰めるような緊張を感じ、真梛は行き先を変える。光ま、、 存在を示した。気づいてほしいというように。 閉じ込められた者が、救いを求めている ? 真梛は頂上の光に向かった。空間を駆ける。 、、つ ) 0 ◆ へだ まく
138 戻ってきたのだろうか ? この次元を使った、九鷹の〈空間移動〉なのか ? とっさに考え、真梛はすぐに否定した。 ちがう。九鷹の気配じゃないもの。 彼ならば、太陽の熱さを感じるだろう。ある意味で、〈月の命〉と同類であり、また対極に いる九鷹を間違うはすがなかった。 サカンゲッ 光は、むしろ真梛に似ていた。叉幻月のもっとも近くに属する者たちの〈気〉。 とすると〈命〉だろうか ? 真梛以外にここに踏み込める者などいないというのに。 だれがいる ? あきら 思いっかない。真梛は諦めたように目を閉じた。こころが乱れたままでは、この先の次元に 進むことができない ザカードの城に行かなくちゃならないのよ。 自分に言い聞かせ、真梛はこころを大気に溶け込ませようとした。それが彼女のやり方なの だ。同化して、〈点〉を見つけ、そこを押し開く。 したう こころを研ぎ澄まそうとして、真梛は舌打ちした。目を開ける。 てんめつ 光はまだあった。自分に気づいてほしいというかのように、すこし流れては止まり、点滅し ている。
だれ。 そこに立ち尽くしたまま、真梛はもういちど問うた。はたして、この異次元に入り込めるち からを持つ者が、何人いるだろうか。 ゆくえ 真梛、矢禅、行方知れずの九鷹。 ミカヅキ 〈三日月王〉の蒼主では、ちからが足りない。 とすれば、真梛の知るかぎり、たった三人だっ っ ) 0 アールシアと四狼にもそのちからがある。けれど、彼らはセラⅡニアから出はしないだろ ふたりはセラⅱニアの民として、女神オンディーセンとともに逝くのだから。そのために、 九鷹と別れたのだから。 だから、だれ ? 光は二つあったのだ。九鷹はいない、 , そして真梛はここにいるのに。 篇 青もうひとつが矢禅だとしても : あとひとつは ? 脈ひゅん。 血まゆ の眉をひそめた真梛の前を、また光がかすめてゆく。 さっきの ? 上に向かっていった、消えたほうではない。尾を引いて流れた光と、おなじ〈気〉を持って シロウ
あけかけた扉から、とっさに手を放した。何か来るまさか爆発 ? 何卩 「きやっ」 きそ かか ふいに、光が目の前をかすめた。ひと抱えほどの大きさの光が二つ、まるで競うようにして ろうそく 飛び去る。ひとつは上に向かい、ふいに蝦燭を吹き消すように消えた。 もうひとつは、尾を長くひいて大気とおなじ方向へ流れてゆく。 「だれ : : : 」 その光は、この領域に侵入者のあったしるしだった。 九鷹のような〈空間移動者〉も、真梛や矢禅たちのような〈異次元ひらき〉も、ここを使わ ねば行うことができない とき カウス日ルーに属する異次元。九鷹は、この中を走ることにより、わずかな刻ではるか遠く に移動できる。真梛たちは、ここから外の次元に抜けることによって、セラⅡニアやザカード の城のような〈いけるはずのない場所〉へ行けるのだ。 九鷹や矢禅が、この場所でほかの者に会った時、それがどう見えるかは知らない。見えない 、。ナれど、彼女には、ほかの者の存在は光に見えた。 のかも知れなしレ 次元を開こうと思ったのは、これが二度目だ。だから、その光を「だれか」だと知ったの は、〈命〉のちからなのだろう。 ャゼン