禅 - みる会図書館


検索対象: 蘭の血脈 : カウス=ルー大陸史・空の牙 天青篇
147件見つかりました。

1. 蘭の血脈 : カウス=ルー大陸史・空の牙 天青篇

ャゼン 駆けてゆく自分を真梛に見られたと、矢禅は感じていた。 ソウシュ うかつなこともあったものだ。蒼主が禁じた手前、だれも異次元に入り込むはずがないとタ 力をくくって、よくたしかめもせずにここに踏み込んだ。 それが間違いだった。 はっとした真梛が、彼を追うように視線を向けてきていた。遠ざかりながら、背後にすっと 気配があった。 あのひとに、告げロするだろうか。 恐れのように湧いてきたのは、その言葉だった。蒼主は彼がひそかに王宮をでたことを知っ セイレイ ているのだろうか。もしかしたら、精霊たちがそれを告げたかも知れない。 けれど、そのわけまでは知りようがないはずだった。矢禅が、どこへ向かおうとしているの か、も。 : それにしても、真梛はなぜここにいたのか ? かかとそうやづる 第六章踵草の矢蔓 っ

2. 蘭の血脈 : カウス=ルー大陸史・空の牙 天青篇

ひび にぶい音がした。いやな響きだ。 「やりやがったわねえっ ! 」 篇せつな 青 刹那、透緒呼の瞳が色を増した。ふかく、濃い紫色が両目にみちる。 天 脈怒りの色だ。 ふところ の矢禅は眼鏡をはすし、懐にしまいこんだ。おなじほど濃い紫の瞳が現れる。 蘭 こうなったら、侵された透緒呼は手のつけようがなかった。骸を操った矢禅だからこそ、わ かる 実の息子ではなく。 このおんなにー ふく 腹のなかで、黒いものが膨れ上がった。かツ、と床が紫の光を放つ。 じちょう 警告か、自嘲するように思った。向こうにはお見通しなのか、彼がいまから何をしようとし ているかのは , 撃つならば撃て ! そんな思いで床を蹴り、透緒呼を平手打ちした。憎さと、正気づかせるためと、半々に。

3. 蘭の血脈 : カウス=ルー大陸史・空の牙 天青篇

「透緒呼、迎えにきました。帰りましよう」 透緒呼は、何の感情も読み取れない目つきで、矢禅を見ていた。壁にもたれて、足を投げ出 している。 何の調度品もないひろいだけの部屋には、おびただしい数の陶器のかけらが積み上げられて びどう かしやり、とひとつの山が崩れた。透緒呼はその音にも微動だにしない。 何も見えす、何も聞こえないかのようだった。耳には綿が詰められ、目には膜がはられてい ふう : そんな風にも思えた。 相当すすんだのだろうか ? 青神経質に、矢禅は彼女を見つめた。ザカードの術は、透緒呼を使い物にならなくなるほどに 脈病ませてしまったのか ? の「透緒呼」 蘭 せわしなく、彼は透緒呼を揺さぶってみた。黒髪がはらはらと、彼女の胸元で揺れるだけだ 8 っ , 0 る。 ◆ わたっ

4. 蘭の血脈 : カウス=ルー大陸史・空の牙 天青篇

ここがたとえザカードの城でなくても、おなじことだ。この目は、彼女の目はそれしか宿し ていない。〈殺意〉しかー ちからの差や立場ではなかった。〈気〉がちがう。この気迫を前にして、逃げおおせられる 亠頃がいるとい , つのかー 驚きとすくみとで、矢禅は動けなくなった。透緒呼がこんな顔をする。それが、なぜこんな かな に哀しみをおばえさせるのだろうか。 まるで裏切られたように。 空気を舐めるように、刃が持ち上がる。 紙のように空気が切れ、ばらりとふたつに割れた気がした。音はない。代わりに、それだけ で両腕に痛みが走った。 まね めちゃくちゃ : 目茶苦茶に突いてくるようは真似はしまい 篇 青一撃だ、心の臓へ、まっすぐなひと突き。 むだ それ以外は考えられなかった。無駄な動きは髪一筋ほどもせず、矢禅の息の根を止めるだろ 脈 の , っ 蘭 すくんでいる自分がみじめだった。 あわ そして、おなじくらい透緒呼が憐れだ :

5. 蘭の血脈 : カウス=ルー大陸史・空の牙 天青篇

ところが、透緒呼の腕はぐったりしたままだった。からだはまだ眠っているというように。 そうしゅ ? 」 つづみ 問うた言葉さえ、彼女の意志ではないようだった。鼓を叩けばかならず音が返るように、透 緒呼も聞かれれば、その言葉を繰り返すのかも知れない。 おじうえ 「あなたの叔父上です」 つらぬ おそ 矢禅はあせっていた。いつ、脳天を貫く痛みが襲うのだろう。 倒れ伏すのだろう。 父は僕を裁くだろうか。 おじうえ ? 」 「そうです、叔父上です。蒼主が待っていますから」 立ち上がらせようと、腕を揺さぶった。 そのくせ、彼女を抱えあげて連れ去ろうとは彼はしなかった。その方法を思いっかないの 青 天 か、これ以上透緒呼に触れたくないのか、ザカードが恐ろしくてできないのか、矢禅は自身に 脈問うてみることをしなかった。 の「さあ、はやく」 蘭うなが 促され、透緒呼がのろのろと顔を上げる。ようやく動く気になったか、とほっとする間もな 、彼女の表情が変わった。 いつ、黒こげになって、床に

6. 蘭の血脈 : カウス=ルー大陸史・空の牙 天青篇

母の愛した、〈陽使〉。 それは、彼にとって昔話でしかなかった。すこし正気ではなかった母が、幼子のように目を 輝かせ、くりかえしくりかえし語る物語でしかなかった。 変わってしまったのは、なぜだろう。 矢禅は、自身に説くことができなかった。気づいたら、こうなっていたとしか言えない。 彼の息子として、〈陽使〉の側につけ。そう強要されることを考えたこともある。 そっとするような夢想だった。おそらく矢禅は断っただろう。蒼主の敵にだけはならないっ もりだった。父とのはざまで苦しみ、そして結局は蒼主を選んだはずだ。 みもだ 身悶えするような選択になったはずだった。 けれど、父は呼んではくれなかった。 ザカードの追いつづけていたのは、透緒呼だけだった。血のつながりはないと知ったあとで さえ、おなじように欲した。 なぜだろう。 愛した女の息子ではなく。 彼女のどこに、父は惹かれる ? 「一言え。そして、はやいところ去るがよい」 しび 痺れを切らしたように、ザカードは繰り返す。彼のことなど、どうでもいいというかのよう ョウシ ひ おさなご

7. 蘭の血脈 : カウス=ルー大陸史・空の牙 天青篇

だれ。 そこに立ち尽くしたまま、真梛はもういちど問うた。はたして、この異次元に入り込めるち からを持つ者が、何人いるだろうか。 ゆくえ 真梛、矢禅、行方知れずの九鷹。 ミカヅキ 〈三日月王〉の蒼主では、ちからが足りない。 とすれば、真梛の知るかぎり、たった三人だっ っ ) 0 アールシアと四狼にもそのちからがある。けれど、彼らはセラⅡニアから出はしないだろ ふたりはセラⅱニアの民として、女神オンディーセンとともに逝くのだから。そのために、 九鷹と別れたのだから。 だから、だれ ? 光は二つあったのだ。九鷹はいない、 , そして真梛はここにいるのに。 篇 青もうひとつが矢禅だとしても : あとひとつは ? 脈ひゅん。 血まゆ の眉をひそめた真梛の前を、また光がかすめてゆく。 さっきの ? 上に向かっていった、消えたほうではない。尾を引いて流れた光と、おなじ〈気〉を持って シロウ

8. 蘭の血脈 : カウス=ルー大陸史・空の牙 天青篇

透罅、それは人殺しの顔ですよ」 ャゼン いっかのように矢禅は = = ちた。手招きする。 「おいでなさい。相手をしてあけましよう」 トオコ イラスト / 石堂まゆ第、 ~

9. 蘭の血脈 : カウス=ルー大陸史・空の牙 天青篇

でいた。 まね あわ 気づいて、慌てて手を放した。ばかな真似をしたと、が熱くなる。 それでも、なぜこの結界をめざしたのかがわかった : 知らすに、ここにだれが隠れているのか、真梛は嗅ぎ取っていたのだ。 はじめから、彼らを裁いたり捕らえたりするつもりはなかった。 「言ったでしよう、大変なのよ。九鷹はあの爆発に巻き込まれたわ。透緒呼はザカードに連れ 亜羅写がエセラで矢禅の右手を吹き飛ばしたのよ。もう、だめ。 ていかれた。亜羅写は、 クウガシュウ 〈空牙衆〉はお終いだわ。清和月はお終いだわ : : : 」 たったひとり無傷で残った者といえば、彼女だろう。むろん、真梛だっていくつもの衝撃を 受けてはいる。でも、それは傷だと思わなければ。 工セラが収まらなくなって、目を塞いでいるのよ。矢禅を傷 「せめて、亜羅写を助けて : つけて、それだけでも傷ついているのに」 医師としての獅伊菜には、信用がおける。彼ならきっと、亜羅写の目を落ちつかせることが できるだろう。 み 「わたしに亜羅写を診ろというんですか」 じちょうぎみ たず 訊ねた獅伊菜は、なぜか自嘲気味だった。ますます紫万を引き寄せながら、ため息をつい まお ふさ

10. 蘭の血脈 : カウス=ルー大陸史・空の牙 天青篇

矢禅はもう一度ロづけるつもりだった。屈みかけて、ふと自分の呆れたため息を耳にする。 こんなャツを連れてかえって、どうする ? おか ここまで侵されていては、戻る見込みなどはとんどなかった。外から治すのは、もう無理だ ろう。 じゅばく 透緒呼がふたたび透緒呼を取り戻す可能性は、彼女の意志にしかなかった。蜜より甘い呪縛 あらわ をはねのけるつよさを、彼女が表さなければ解くことはできない。 けれど蜜は甘い。 自由の羽を舐めつくし、溺れさせてしまうほどに。 ふん。 見下すような笑みを浮かべて、彼は腰をのばした。 だが、ふたたび屈みなおし、手を取る。 「蒼主が待っていますよ」 熱をこめてささやいた。彼女を放り出してきたと、蒼主が知ったらどう思うだろう。 のうり 青ふと脳裏をかすめたその思いに、矢禅は冷水を浴びせかけられたような気がした。 脈たとえ、王宮に閉じ込めたきりになっても、透緒呼は連れ帰らねばならない。 血 やめて」 蘭 単調な声で、透緒呼は眉をひそめる。外からの刺檄に対して、にぶくなっているのか、ゆめ うつつに近かった。 カカ おば あき みつ