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検索対象: 蘭の血脈 : カウス=ルー大陸史・空の牙 天青篇
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1. 蘭の血脈 : カウス=ルー大陸史・空の牙 天青篇

乱れたこころが、ふたたびカタチを取りはじめた。透緒呼のなかに正気という一一一日葉が帰って くる。気づいたそのことが、彼女をうつつに引き戻した。 ム わな いくども憎み、憎もうとして、倒そうとしてきた。罠にはめられ、つきまとわれ、苦しくて 苦しくて、でも。 ついてきた。彼とともに来た。紫のその瞳をもとめ、眼差しをつねに意識してきた。 まみ いまに始まったことではない。昔からだ。はじめて、森のなかで彼に見えたその時から。 父かと疑い、父ではなく、それでも嫌いきれなかった。 すっと、目をそらしつづけてきた。水面にうかびあがる言葉を、必死に押しこめつづけてき っ ) 0 ひ 認めたくなかったのだ。〈陽使〉にこころ魅かれてきたと。父ではないと知ったそのときか だま 青ら、「騙されてきた」ことでできた傷を理めようとするように。 脈彼女が彼の城にいる理由が、正しいものではなかったとしても、言い訳にはならなかった。 すき のたとえ隙をつかれたからだとしても、すべてのちからを賭けてザカードを憎んできていたなら ば、ここにはいなかっただろう。無意識にでも、誘いをはねつけられたに違いない。 そうはならなかった。透緒呼はここにいる。いるのだから。 むらさき まなぎ

2. 蘭の血脈 : カウス=ルー大陸史・空の牙 天青篇

とな じゅもん ひとこと、呪文のように唱えるだけで。 : スキ。 あぶくのように、ばかりと言葉が浮かんだ。好き。 ざかーどを 、刀 とおこ、 、、ゝ 0 とも 思いついて、透緒呼のからだはすう 0 と冷えた。まるで、いのちの灯された蝦燭を、吹き消 されたかのようだった。凍りつく。 あかなかった扉がひらいた。鍵束を持って鍵穴に鍵を差し込みつづけた成果があがった。 そんな気がして、透緒呼は震えた。恐ろしさにではなく、おそましさにでもなく、はじめて 識ったように、ただ驚いていた。 ザカードを好き。 恋として、愛としてかはわからない。だれが許さなくても欲しいと思うような、何を言われ てもそばにいたいと願うような、そんな気持ちとは違うのかもしれない。けれど。 や、 0 ろうそく 透緒呼

3. 蘭の血脈 : カウス=ルー大陸史・空の牙 天青篇

3 背が冷たかった。振り向けば、何か青白いものがそこに立っているような気がした。濡れた 手で、透緒呼の肩に触れようとしているような気がした ! 透緒呼は空を探す。ザカードはどこかできっと見ている。目が合うはず ! 〈何をおびえておる ? 〉 「出して ! 」 彼の問いを聞かずに叫んだ。何かがいる。追ってくる、追ってくるー 「出して、ここから出してザカード ! お願いよ ! 」 彼女の言葉の意味を計りかねたような沈黙があった。きゅうにおびえだした透緒呼を、彼は 理解できないのだ。透緒呼自身、その理由がわからなかった。 ただ、腹の底から突き上げるように湧いてくる、怖いという言葉と、出たいという気持ち が、透緒呼を駆り立てるのだ。 「お願い ! 」 もう、穏やかで冷静なこころは帰って 〈陽使〉の〈息〉の作用だとは、彼女にはわからない。 こない。凪いだ時は終わったのだ。ふたたびの混乱が、なぜか部屋への恐れへと向かってい 知っていれば、透緒呼は黙って耐えただろうか。

4. 蘭の血脈 : カウス=ルー大陸史・空の牙 天青篇

なにゆえ ? 笑いを含むような声に訊ねられ、透緒呼はばいと放り出されたような気持ちになった。から だが冷えてゆくように、心細くなる。天井の闇が濃くなる。ばんやりと白く発光する床の上 に、ひとり座っていることが、こわし ( しゃあらりら : : : ) 陶器のかけらたちが、見透かすように意地悪く哭いた。まるで夜の森が風に吹かれ、葉をざ まぎ わっかせるように、ひそやかな笑いを紛れ込ませて。 しゃん、しゃあん、しゃ : ・ : ・らりらあん しゃあん、しゃあん、しゃあん しゃん、しゃん、しゃん、しゃん : ・ : しゃああああん 青斬り捨てたばかりのかけらたちが、責めている。嘲っている。墓場に迷い込んだ子供を、か らか , っこたまのよ , つに。 脈 血床の白さが、とろけるような丸みを持ちはじめている。それ自体が生きているかのように。 蘭 まるで、こころの回路が切り替わったようだった。なぜここにいるのかがわからない。こん 的な所にいるのかがわからない。恐ろしい部屋。生きていないモノが蠢いている部屋。 あぎけ う′ ) め

5. 蘭の血脈 : カウス=ルー大陸史・空の牙 天青篇

「ザカード、いるんでしよう、答えて。出てきて ! 」 記憶にあいた穴を埋められるとしたら、彼しゝ 力いないはずだった。ザカードは、透緒呼をこ ふう こへ連れてきたのだ。どんな風にかして、連れてきたのだ。 苦い丸薬を飲み込んだように、舌先に言葉が残っている。「ツレティッテ」と、知らずに頼 んでいた。 , し 彼こ頼んでいた。こころからの願いではなく。 願ってーーーなどなく。願っていないー 「ザカード ! 」 彼女をこの部屋に放り込んだのが彼だとしても、そのままどこかへ行ってしまうとは思えな い。ザカードはいる。この部屋が、透緒呼が見える場所に。のそき見られている透緒呼を、そ しぐささかな の仕種を肴にしている。 「ザカードⅡ」 〈心地よかったか ? 〉 青言葉が返り、透緒呼はその出所を探ろうと身を固くした。部屋に現れ出た気配はない。声だ 《けなのだろうか 血 ここちよかったか ? の 蘭 ロ、刀 ? ・ 向けられた一一 = ロ葉が、するりと一回りして、ひっかかった 答えられずに、透緒呼は彼の姿を探した。どこに狙いを定めて声をぶつけるべきなのだろう さぐ

6. 蘭の血脈 : カウス=ルー大陸史・空の牙 天青篇

けもの 戦う者であるのとは別に、昔からのならいだった。獣のようだといわれるほど、緊張を絶やし はしなかったのに。 おとろ それが、衰えたのはいっからだろうか ? まだ十日ほど ? 二十日 ? それとも一月 ? ま さか、もっと ~ 則 : おかしい 私、おかしい ワタシオカシイ。 「どうしよう」 まわ 透緒呼の周りで、透緒呼だけを残してすべてが回ってゆく。流れている。そう、わかってい て止められなかった。その術を透緒呼は持たなかった。 流されて。 「流されて、来たんだわ : : : 」 ザカードの城にいるのだ。あれほど嫌い、憎んできたはすの男に、透緒呼はついてきてい い / 、ゾャも、 いくどもいくどもいくども倒そうとしてきた男に。 透緒呼は憑かれたように立ち上がり、空を見上げた。 っ ) 0 っ

7. 蘭の血脈 : カウス=ルー大陸史・空の牙 天青篇

93 蘭の血脈《天青篇》 きり 霧が晴れたような気分に、背筋がびりびりとする。汗まみれで走りつづけたあと、水浴びを こわ したような、い地よさが、 「わたし」 もうずっと長いこと、透緒呼は霧のなかにいたようだった。ああ、何があったのだろうか。 だれと会い、何を食べて、何を いっから ザカードの吹き込んだ〈息〉のちからが、薄まる時が来たのだとは、彼が教えないかぎり透 緒呼は知ることができなかった。そして、この晴れた日の海のようなこころも、またすぐに曇 ってゆくとも知れはしない。 彼女にいまわかるのは、振り向いた過去にいくつもの穴があいていることだけだった。はる かな昔を思い出すように、つい先日が、いくつかの景色のようにしか思い出せない。 シイナ アラシャけいこ 獅伊菜の城が燃えた。真梛が剣を持った。亜羅写が稽古をつけてくれと言った。矢禅と話し のだろうか それらをどの順番でつなげればいし なんなの」 こんなことになったのは、何がわるいのか。なんのせいだろうか ? 眠りについている以外で、透緒呼が気を抜くことはほとんどなかった。〈空牙衆〉である、 っ ) 0 クウガシュウ ャゼン

8. 蘭の血脈 : カウス=ルー大陸史・空の牙 天青篇

ザカードは、どこに行ったのだろう。 あた 透緒呼は辺りを見回してみた。白く発光する床が、部屋を大きな半球のように見せていた。 天井が濃く、黒い。その闇は夜明けのように、地平線である床に近づくにしたがって青に変わ っていた。 そのどこにも、彼の影はなかった。 かな 床には、ところどころに哀しく泣き叫ぶ陶器の山が作られている。その間にも、その向こう に、も、ザカー、ドよ、よ、。 彼に連れられてこの城に来て、椅子に座らされたこと、かたわらに彼カ ま、たことを透緒呼は 覚えている。ように思える。 夢ではないはずだ。けれど、そこから時が飛んでいた。かけらの音に気づいた透緒呼は、も うそこに座っていたのだから。 「放心 : : : していたってこと ? 」 がくぜん つぶやいて愕然とした。私が、意識を手放していたそんな。 あってはならない。 「そんな・ : ・ : 」 みずか 自らの頬に触れてみる。今ここに、たしかにいると、触れなければ思えなかった。 なんだっていうの ? ほお

9. 蘭の血脈 : カウス=ルー大陸史・空の牙 天青篇

( しやらりら : ・・ : ん ) つみかさなったかけらたちが、泣いた。 ( しやら : : : ん ) この物悲しい音を、透緒呼はからだのどこかで知っている気がした。聞いたことがある。カ タチがカタチでなくなり、けれどなおも在りつづけていると、訴えている。ここにいると、知 ってほしいと音を立てる。 ( しゃん、しゃあん。しゃあん : : : ) 青何だったろうか ? 天 手のひらがまるで冷えきったようにしびれていた。二の腕まで、だるい。肩から首にかけて 脈 ひたい 血は熱く、胸も首筋も焼けるようだった。額に、汗がにじんでいる。 蘭 腰を抜かしたように、床にべったりと座っていた透緒呼は、額をぬぐった。貼りついている 髪をひき剥がす。 第四章嵐ーーその色 あせ

10. 蘭の血脈 : カウス=ルー大陸史・空の牙 天青篇

涙が、ふたすじ流れていた。汚れた顔を、にじむように耳のほうへと伝っている。 まばたきもせす、彼は片手を動かした。傷ついた左手がもたげられ、紫万を招く。手のひら が、黒髪の上に乗った。 うなが 促されるようにして、紫万は彼の隣へ寝そべる。獅伊菜は空を見上げたまま、抱いた彼女の 頭を撫でつづける。 「一緒に生きようと、やくそくしましたね」 つぶやかれた声があまりにも静かだったため、紫万は飛び起きるのをためらう。そうだと、 さっきから言っていると、怒鳴るのをやめる。 「やくそくしました。だから、わたしたちはここに来た。落ち着いたんです。落ち着くという のがわかりますか ? 」 「うん : : : 」 たず 訊ねられ、あいまいにうなずいた。見つかりにくい場所にひそんで、ふたりはホッとしたの 天 「こころが静かになると、怖いんです。紫万、あなたとふたり生きて、生きてゆく先ずっとに 脈 血黒い雲がかかっている。後ろから、たくさんの手と血まみれの顔と、うめき声が追いかけてく 蘭 る。 わたしは、それを振り払えないんですーー」 、、つ ) 0 こわ