図書寮 - みる会図書館


検索対象: 蘭の血脈 : カウス=ルー大陸史・空の牙 天青篇
131件見つかりました。

1. 蘭の血脈 : カウス=ルー大陸史・空の牙 天青篇

部屋の壁の隅に、三十六本の傷がある。ひとつの夜が明けるたびに、王子が刻んできたもの ひぎかか あの夢を見て、起きるたびに王子は膝を抱えた。膝のあいだに顔を埋め、思い出した。 兵士に引き据えられて部屋を出た王子は、太い柱の陰に身をひそませるようにして見てい る、若い男と視線を合わせた。 彼とは顔なじみだった。図書寮で働きはじめたばかりの、職員だった。 男は衛兵にかこまれた王子を見て、びくりと肩を震わせた。気まずそうに、目をそらした。 遠目だったのに彼のあぶら汗も青ざめた顔色も、よくわかったものだと、王子はいまだに苦 笑したくなる。 それが、すべてだ。火を見るより明らかに、王子を罠に陥れる片棒は、あの男が担いだの だと知れた。 青彼ならば、王子が何を読んでいたかすぐに知れる。彼ならば、王子と同じくらいには古書の じゅじゅっ 脈なかの呪術に通じていたはす。 じゅそ の呪詛を書き写すくらい、わけもない。 蘭 裏切り者 : ・ いちどだって、王子が彼につらく当たったことがあっただろうか。仕事になれない彼がしく を。 わなおとしい かっ

2. 蘭の血脈 : カウス=ルー大陸史・空の牙 天青篇

ほろ だれかがはめようとしているのだ。彼は本当に王になりたくなかった。たとえュラスが国を 滅ばすと予言されていたしても、兄に王位を渡しただろう。 ただひっそりと、図書寮で暮らしたい。 むほん そう願っていたのに、謀叛など企てるか , 「やめんか ! 」 「はなれるんだ ! 」 ぎいにん 王子は、たちまち衛兵たちに取り押さえられた。罪人のように、槍を、あごのしたで交差さ れ、動きを封じられる。 「あなたさまの無実を、あかしだてする事はできません、王子さま」 衛兵隊長の声は、淡々としていた。 「さきほど、この呪詛がどういったものなのかを魔道院で調べさせました。この手のものは、 おさ ぶんけん 魔道を修めた者の方法ではないのだとか。古い文献には載っておりますが、魔術師を名乗るも のは使わぬのです。 調べた者は、こうも申しておりました。こんな古法を使うものは、図書寮で調べでもしたし ろうとだろうと」 「わたしじゃない ! 」 彼は絶叫した。 やり

3. 蘭の血脈 : カウス=ルー大陸史・空の牙 天青篇

青 天 脈 の絶叫で、目が覚めた。気づくと、王子は寝台の上にいこ。 蘭 ひどい寝汗だった。衣服の背が、べったりと張りついている。 ゅめ : ・ 悪い 王子が図書寮の職員よりもまじめにそこへ通っていたことは、王宮のだれもが知る事実だっ 。王子を探すなら、図書寮かルイズⅡデアリナ姫の家のどちらかだ、と言われるほどだっ 文献を探してつかった古い呪詛。 それは、犯人が王子だと言うために作られたようなものだ。陥れるための、黒い罠ー 「わたしじゃない ! 」 だれも耳を貸そうとはしなかった。衛兵隊長は首を振り、それから、おもい声で告げた。 けず 「王子さま、あなたはいまこの時より、その名から王族の『ケ・アカバ』の文字を削られま ゅうへい す。謀叛の罪により、国王陛下の命と名により、ダマカレスの塔に幽閉いたします」 こ 0 「わあッ ! 」 わな

4. 蘭の血脈 : カウス=ルー大陸史・空の牙 天青篇

0 Ⅷ II 川則ⅧⅢⅢⅡ II 9 7 8 4 0 8 6 1 4 2 6 1 8 〃Ⅲ II ⅢⅡ懾 II 馴 1 9 1 0 1 9 3 0 0 4 4 0 4 ( 本体 427 円 ) 定価 440 円 C 0 1 9 5 P 4 4 0 E I S B N 4 ー 0 8 ー 6 1 4 2 6 1 ー 9 コバルト文庫 ( 再活用図書 ) リサイクル資料 除籍済

5. 蘭の血脈 : カウス=ルー大陸史・空の牙 天青篇

「われわれは、あなたさまを捕らえに参りました」 「えつ」 よろめくように一歩引いた王子に、進み出てきた者が、巻いてあった紙をひろげた。 じゅうひ ばろばろの獣皮のいちめんに、赤黒い文字が散らばっている。図書寮中の本を読み尽くした 彼には、それが何の文字であるか一目で知れた。 のろ 呪い文字だ : ・ じゅそ ュラスの御世に汚ればかりがあることを願い、民が苦しむようにという呪詛に王子は気が遠 くなった。だれがこんなー 「うそだ ! 」 彼は目を疑った。その獣皮の上に、見慣れた名前が綴られている。 青王子の名だ。彼が、兄を陥れようとした 脈「わたしじゃな、 のぶるぶると震えて、」彼は隊長に飛び掛かった。胸ぐらをつかみ、揺さぶる。 蘭 「わたしじゃない、わたしが、こんなことをするものか ! 衛兵隊長、信じろ ! おまえなら わかるだろう ? 」 おとしい

6. 蘭の血脈 : カウス=ルー大陸史・空の牙 天青篇

じっても、責めるようなことはしなかった。 おうへいな態度も、気まぐれに乱暴を働くこともしなかったのに。 おだ ュラスの弟としては、王子は穏やかすぎるほど穏やかで、親切すぎるほど親切だった。あの むち 兄だったら、しくじった男を鞭で叩き、ついでに図書寮中の本棚をひっくりかえして帰っただ わ , っこ。 それでも、あの男はユラスについたのだ。 しわざ すべては兄の仕業だった。そうに決まっていた。ュラスは、あとから王子派が立ち上がり、 むほんにん 王位を奪おうとするのを恐れたのだ。それを防ぐためには、弟を謀反人に仕立て上げ、幽閉し てしまえばよかった。 事実、ユラスはそうする男だった。 殺さなかったのは、王としての知恵が、すこしはついたためだろうか。いくら反逆したとは きようばう いえ、弟は弟。即位したばかりで殺しては、ユラスの凶暴さが目立ってしまう。それでなく ても、彼は荒々しさで国中に名を馳せていたのだから。 頼りなく腹が鳴り、王子は顔を上げた。寝台から逾い下り、盆のうえのバンを鷲掴みにす 日にたったいちどしか運ばれない食事のせいで、目覚めるたびに気の狂うような空腹を感じ る。 わしづか

7. 蘭の血脈 : カウス=ルー大陸史・空の牙 天青篇

目の前にいるザカードに、ふしに言しかけた。父は驚いているようだった。頬杖をしたま みは ま、目を瞠っている。 いきなり侵入されるとは、思ってもみなかったのだろう。 「このくらいはできますよ」 あなたの息子ですから、という言葉を、矢禅はのみこんだ。この紫の瞳を前にして、かる がるしく口に出せるものではなかった。 「まえにも、いちどこうして現れたな」 つぶやくと、それはザカードにとってどうでも、 しいことになったようだった。また、もとの ような興味の失せた顔つきになる。頬杖を、つきなおした。 現れたのが透緒呼だったら、どうだったろうか : みずからの思いのなかに沈んでゆくような父を見ながら、矢禅もまたそうしていた。こんな 》所まで来て、自分は透緒呼と較べるのをやめないのだろうか。 かたわ 青情けない。蒼主の傍らに、この男ありと言われたはずの矢禅が。 けれどもう、あの日の自分は帰らないのだと知っていた。蒼主とおなじ歳の男として振る舞 脈 のい、肩を並べていると誇りを感じていた矢禅はどこにもいない。 蘭 二度目の成長が、そういったものをすべて押しつぶしていった。矢禅は老人のように歳をと ゆが り、同時に少年のこころを生かしつづけていた。何よりも歪んだカタチで。 むらさき ほおづえ

8. 蘭の血脈 : カウス=ルー大陸史・空の牙 天青篇

ふう どんな風にして、できたのかは知りませんが。 ひとことも蒼主はもらさなかった。 だからこそ、容易に知れるというものだ。 けいべっ そのことで、蒼主を軽蔑するつもりはない。たとえ十年あとだったとしても、彼はおなじよ うなやり方で、子どもを作ることになるだろう。いまのままで行けば、真梛に対してそんな態 度しかとれないのは、わかりきっていた。 どうでもいいです。真梛だって、あのひとの妃になるさだめだったんでしようし。 とはいえ、止めるべきだったのかと矢禅は思い返した。こんな所で何をしているのかと、問 いただし、ちからずくで王宮に、閉じ込めてくるべきだったのかと。 いいです」 しっそう 考えても、どのみちもう遅い。あの瞬間、矢禅はすでにザカードの城へ向けての疾走をはじ めてしまっていた。針の穴へ飛び込むようないきおいだったのだ。なにがあろうと、止まれな し速さになっていた。 矢禅の移動の仕方は、九鷹に似ていた。彼は異次元のなかを駆けてゆく。矢禅は、目指す場 所まで飛ぶのだ。放たれた矢のように。 そう思ったとき、矢禅は異次元を抜けた。ザカードの城で、ひとの姿を取る。 「おひさしぶりです」 クョウ きさき

9. 蘭の血脈 : カウス=ルー大陸史・空の牙 天青篇

まさか、おなじ目的だったとは、矢禅は知らなかった。爪の先ほども、その可能性を考えな つつ ) 0 ・カナ′ 子どもを身ごもった女が、そのこと以外の何かを思いめぐらせることがあるなんて、どうし て矢禅に想像できるだろう。真梛が幸せだとは思わない。けれど、彼女がほかの女たちと違う ふるまいをするとまでは思えなかった。 矢禅は男だし、真梛も、その子どものこともどうでもよかった。 しっと 嫉妬・・ : : ではない。 だれが蒼主の子を宿そうと、それは知ったことではなかった。自分には永遠にできないが、 それは矢禅の望むことではない。 あのひとと、共にゆくこと。 それだけでいいのだ。戦いのさなかは楯として。平和な世は、影として。 そのほかのことは、できる者がするといい。蒼主は王だ。いずれ、だれかとの間に子をなさ 青なければならないさだめを負っていた。 脈たまたま、その相手が真梛だったというだけだ。 の面倒を見てくれと、あのひとが言ったなら、僕はそうしますがね。 真梛を気づかってやるようにとは、蒼主から言いっかっていた。だから、矢禅は彼女のあと むちゃ をついて回っていたのだ。無茶をすることがないように。 たて つめ

10. 蘭の血脈 : カウス=ルー大陸史・空の牙 天青篇

ャゼン 駆けてゆく自分を真梛に見られたと、矢禅は感じていた。 ソウシュ うかつなこともあったものだ。蒼主が禁じた手前、だれも異次元に入り込むはずがないとタ 力をくくって、よくたしかめもせずにここに踏み込んだ。 それが間違いだった。 はっとした真梛が、彼を追うように視線を向けてきていた。遠ざかりながら、背後にすっと 気配があった。 あのひとに、告げロするだろうか。 恐れのように湧いてきたのは、その言葉だった。蒼主は彼がひそかに王宮をでたことを知っ セイレイ ているのだろうか。もしかしたら、精霊たちがそれを告げたかも知れない。 けれど、そのわけまでは知りようがないはずだった。矢禅が、どこへ向かおうとしているの か、も。 : それにしても、真梛はなぜここにいたのか ? かかとそうやづる 第六章踵草の矢蔓 っ