手 - みる会図書館


検索対象: 蘭の血脈 : カウス=ルー大陸史・空の牙 天青篇
156件見つかりました。

1. 蘭の血脈 : カウス=ルー大陸史・空の牙 天青篇

それよりも、ユラスから逃れられたという点で、彼女がうらやましい。 ルイズ、今日もユラスがあざ笑う。わたしを笑っている , あなたはいま幸せか、ルイズ。自由になったのか ? それとも、泣いているか ? ルイズ、ルイズ。お願いだ、わたしを連れていってくれ : そう声がした。 ルイズ日デアリナのものだったのか。そうでなかったのか。 王子にはわからなかった。すでにおかしくなっていたのかもしれない。 王子は立ち上がった。声のしたほうに手を伸ばした。 たましい かっしよく その手を、褐色の細い女の手がっかんだ。ずるりと、魂だけをその手は引き出し、王子は 空に連れていかれた。 おいて :

2. 蘭の血脈 : カウス=ルー大陸史・空の牙 天青篇

彼こそが、彼女を決めるもの。 わたしは、ザクーシャ。 その名の意味するものは、「ザカードに属するもの。ザカードのもの」。 っゅ それでいいのだと、透緒呼は思っていた。〈思わされている〉とは露ほども知らない。 「聞こえているか、ザクーシャ ? そなたの右腕はくぞ。もとめる。そなたのこころがわた ほふ しをもとめるよう、その右腕は屠るものをもとめよう」 ョウシ ぞうお 〈陽使〉は人へのはげしい憎悪から生まれた。ザカードの〈息〉は、透緒呼に人への憎しみと さつりく あお 殺戮への激情を煽る。 透緒呼は腕を持ち上げ、その手首の黒をばんやりとながめた。泡のようだったそれは、もう ふわふわとはしていない。 もりあがった入れ墨のように、手首をぐるりとめぐっていた。 腕からちからを抜き、手を床に落とした。ザカードが、その手に触れる。 「腕が疼いたら、手を挙げるがよい。その手のひらから、そなたのあのちからを出すのだ。青 白稲妻をな」 出セ。 瞳が言う。彼女の手のひらは真上に向けられた。 ずみ

3. 蘭の血脈 : カウス=ルー大陸史・空の牙 天青篇

彼が笑んだと、わかった。 「そう、楽しめ。この美しい青い炎を、血にまみれさせよ。それでこそ、そなたは輝く , ーー・ザ クーシャ : みずか 手のひらを返させ、ザカードは刃を自らに向けた。手首をつかみ、もう片手で、刃を握りし めた。 じ , っ : にお 肉の焼ける臭いがした。ザカードの手から黒煙があがっている。 「なに、してるの ? 」 すず 落ちつきはらっている彼にヘ透緒呼は訊ねてみた。涼しい顔をしているのだから、きっと、 たいしたことではないのだろう。痛みもなく、苦しみもないのだろう。 惚けたような透緒呼のなかへ、空牙刀がもどる。刃を握りしめた形のままに手を閉じていた ザカードは、ようやく手をひらいた。赤黒く焼けただれた手のひらを、示してみせる。 透緒呼は何もしなかった。その嫌なにおいに、眉をひそめることさえなかった。 「くつ」 ザカードが押し殺した笑いを漏らす。何も感じない透緒呼に、嬉しさを隠しきれないようだ っ ? ) 0 え

4. 蘭の血脈 : カウス=ルー大陸史・空の牙 天青篇

ザカードを呼ばずに。はじめに彼を呼んだわけも、きちんと思い出して。 くず 〈 : : : 効き目が崩れたか〉 つぶやきがあり、ザカードが目の前に姿を現した。くつろいだ、ゆったりとした薄紫色の上 着が、床からの光に、ほのかに輝いて見える。 「ザカード ちからが抜け、透緒呼はその場に膝をついた。ため息とともにうなだれる。まるで、道に迷 った子供が、親を見つけたようにほっとしていた。 「よかった、でてきてくれたのね : : : 」 「こころからそう思うか ? 」 「おもうわ」 問われ、よく考えずに答えた。言われたことの意味を理解しようとしないのは、すでにくせ になっている。ザカードの言葉は、透緒呼にとって光のようだった。〈導き手 >' だ。彼は正し 青 天 脈その思いがこころを占めている。だから、もう考えない。 のナニモ。 蘭 透緒呼は顔を上げた。手を伸ばす。彼の衣に触れようとした。 「思うわ。思うの。あなたがいてくれてよかったわ。いてくれなければ、困るのよ。出てきて ひざ ころも

5. 蘭の血脈 : カウス=ルー大陸史・空の牙 天青篇

こら 両手で膝を押しつけて、紫万は崩れそうになるのを堪えた。膝が震える。 泣きたいのか笑いたいのか、自分でもわからなかった : 「それはなに ? 」 膝に爪を立て、問うた。なまはんかな答えなら、許さない。だめだと思う間もなく、平手打 ちをするだろう。きっと , 獅伊菜がかるく首を傾げた。おかしいことをしているとは、思わないのだろうかー まね 「獅伊菜さま、それは何の真似って訊いているの。手なんか埋めて、何するの ? 棒なんか立 ててお墓みたいに。お墓のつもりなの ? 」 「そうですよ」 「どうして ! 」 こともなく返した獅伊菜に怒鳴りつける。目の端の草むらが揺れ、イリューンが姿を現し 「あんたは向こうに行ってなさい ! 」 言葉を叩きつけ、紫万は手を伸ばした。土の山から生えている木の枝をひったくる。折り取 ったばかりのようなそれには、まだみずみずしい葉がついたままだった。 その根元から、べったりとした黒いかたまりが落ちた。嫌な音をさせて飛び散る。 ひぎ かし ひぎ

6. 蘭の血脈 : カウス=ルー大陸史・空の牙 天青篇

そまっ 粗末な小屋だった。雨風がしのげるだけの大きさしかない。板の壁は虫食いの跡があり、そ こから外がのぞけた。嵐がくれば、ひとたまりもないだろう。 ここが〈我が家〉。 彩女城とは比べ物にならない。あの時の紫万の部屋ひとつだけで、ここの倍は大きかった。 けれど、あたしたちがいま持っているのは、これで全部。 一つの部屋、ありあわせの板で作ったひとつの寝台。木の碗と、着替えが少し。 口にできるものは、木の実や、根の食べられる草。肉も酒も、あまい菓子もなかった。 おけ 紫万は桶にためてあった水をくみ出し、それで手を洗った。衣の間で拭きながら、ついたて のほうへ行く。 水差しは、彼女が出てきたときのままになっていた。動かした跡はない。 紫万は戸口のほうに引き返し、碗を一つ持ってきた。 「獅伊菜さま ? お水のむ ? 」 かしゃん : すき のぞきこんだ紫万は、その場に立ちすくんだ。瞬いている隙に、手から碗が滑り落ち、床に

7. 蘭の血脈 : カウス=ルー大陸史・空の牙 天青篇

て、真梛の背をたたく。 「よくありませんよ」 ばん、と背を押され、つきものが落ちたように真梛は手を止めた。どうやって、彼が動いた のかわからなかった。 呼吸だけが、名残のように荒い。真梛は膝に手をつき、それでも獅伊菜をにらみ上げた。 そまっ 「いのちは粗末にしちゃいけません。せつかく、生まれようとしているのだから」 「あなたにそんなこと言われたくないわね ! 」 あれほど多くの血を流させた者が、よくそんな言葉を口にできる。 おこな 真梛は獅伊菜の正気を疑った。ほんとうに、この男は自分の行いをわかっているのだろう 「獅伊菜さまを責めるのは止めてよ ! 」 青紫万が叫ぶ。泣き声にちかいそれが、真梛に刃のように斬りつける。 私のまえで、このひとをかばわないでよ : : : 」 脈「よしてちょうだい : あせ 血 の じっとりとにじむ汗を、真梛はぬぐった。ばかばかしい立場を、何とかしたい。どうして、 蘭 私がわるものにされているのだろうか。 「 : : : あ、あんたが何て言ったっていいわ。あたしは、やめない。獅伊菜さまがいなくちゃ、 なごり ひざ

8. 蘭の血脈 : カウス=ルー大陸史・空の牙 天青篇

110 失望 ? なぜ私が ? どうして、あんたなんかに , りふじん いつばい 理不尽な思いで一杯だった。透緒呼が何をしたというのか ? 何ひとつ、非難されるような ことはしていなしー き 「訊かねばわからぬか、おろかな」 けわ 鼻先で笑ったザカードは、以前のような険しさに満ちていた。ここに彼女を連れてきた、彼 まなざ 女を守ってくれるかのような眼差しはもうない。 みくだ それが、よけいに怒りをあおる。見下されたことが、憎しみにすり替わるかのようだった。 こら 睨みつけた透緒呼を、ザカードはさらにさげすむように見た。 「ふん。そのほうに、あまやかな顔など期待してはおらぬわ。自分で屠ったものにおびえるな よろこ ど。一時でも、その腕の感じた悦びを忘れるなど。 ザクーシャ。 さつりく そのほうに望むのは、殺戮だけだ。血を見てよろこぶ、真のジアフとなった顔つきだけだ。 媚びてなど見せずともよい」 手をあげた透緒呼の前から、彼は姿を消した。反応する間もなく、部屋が明るくなる。 よっ」 ? ・ とっぜんの変化に、透緒呼は混乱した。ザカードを叩こうとあげた手で、目をかばった。闇 ほふ

9. 蘭の血脈 : カウス=ルー大陸史・空の牙 天青篇

またたいて目を凝らす。 「ジアフの〈もの〉だ」 視線に気づいたのか、ザカードはそう言った。心持ち、右手を上げてみせる。 てのひら その掌に、黒い球体が乗っていた。とはいっても、冷たい感触はないだろう。 きり おそ 球体はふわふわとして見えた。恐らく、実体がないのだ。霧を集めて固めたように、触れて も指は突き抜けてしまうのだろう。 「ザクーシャ、刀を握る手はどちらだ ? 」 、 ' のほうへのばすように 訊ねられ、透緒呼はわけもわからぬままに右手を持ち上げてした。彼 うなが 促され、したがう。 てのひら しつぶ ザカードはまた、彼女の前に膝をついた。つめたい彼の手が腕を取り、掌の球体を湿布で も張るように手首に押しつける。 しゅ , っ : 青 天 脈じようき らせん 血蒸気が手首から上がる。白い螺旋が八方に描かれてゆくのを、透緒呼は黙って見ていた。痛 おもしろ 蘭みはない。ただ、面白いように白いものが吹き出してくるだけだ。 くず あわ つん 球体が、形を変えてゆく。どろりと崩れ、泡のように手首の裏側へ伝ってゆく。 ひぎ

10. 蘭の血脈 : カウス=ルー大陸史・空の牙 天青篇

まど った。吹き込まれた毒に惑わされない、すべてをかなぐり捨てた透緒呼だった。 九鷹 その腕に触れたい。頬に触れたい。抱きしめたい。 ロづけたいと、こころから思った。もう嫌だ。こんなのは嫌だ。自分がわからずに、何をし ていたのかさえもわからずに、記憶に穴をあけて、時に流されてー から 今いる場所は頼りない。手に、絡ませて支えてくれる腕が欲しい。崖から落ちそうな透緒呼 をかるがると引き上げてくれるような腕が欲しい 相手は九鷹でしかなかった。他のだれも考えられない。 ザカードに感じた好意は、九鷹へのものとは違うと、突きつけられるようにして透緒呼は知 あこが った。あれは憧れだ。本当の意味で父親を知らなかった彼女の、大きい者への憧れだった。 おさな 幼い子どもの頭をすつばりと包んでくれるような、大きな手のひらが欲しかっただけ。 すきなのは、くよう。 篇 青はじめて知ったかのように、涙がこみ上げる。 どうして泣きだすのだろうカ : はじめから知っていた気持ちを、思い出しただけなのに。ふ 脈 のたたび、こころのカタチが、持ち直しかけただけなのに。 蘭 こっこっと硝子が叩かれたような気がし、うつむきかけていた透緒呼は顔を上げた。 へだ ・すぐそばに、彼が来ていた。間を隔てるものさえなければ、手を伸ばせば触れられる。