ガラスぎわ さけんだちからで、透緒呼は起き上がった。硝子際に寄る。両手で硝子を押さえつけるよう しぼ むちゃ にして、声を振り絞った。無茶だー・ 「やめてちょうだいー そんなことしても無理だわ ! これを破るなんてできないのよ ! ザ カードがさせるわけがないじゃない , やめなさいよ ! からだが壊れちゃうⅡ」 透緒呼にはわかる。ザカードは、おたがいにおたがいを見せただけなのだ。捕らわれている と知らせ、苦しむのを見たいのだ。 ふたりを会わせるはずがない。触れ合うことなど、ゆるしはしな、 どけ、という彼のしぐさに、透緒呼は首を振った。どくものか。これ以上、そんなことをつ づけさせたくない。 , 彼のもくろみは、成されはしないのだから。 〈透緒呼、どけ ! 〉 九鷹が怒鳴っている。聞こえなくても、まばろしの声が耳に届く 「どかないわよ、ばか ! 」 青負けじとばかりに、声をはり上げた。おそらく、彼にも彼女の〈声〉が聞こえているだろ 脈 の〈危ねえんだよ、言うとおりにしろってんだよ ! 〉 蘭 「命令しないでよ ! 冗談じゃないわよどかないわよっ ! 」 じゃま 〈邪魔すんじゃねえっ〉
114 った。けれど、それならなぜ、想いを口にしようとしたのか ? なにを望んだというのか ? 申し訳なさがつのる。そんなに眉をひそめて、心配してくれなくても、 しいと言ってやりたか った。透緒呼には、それだけの価値がない「 つむ 九鷹のくちびるが、言葉を紡ぎだす。大丈夫か、と聞かれたような気がしたが、違うかも知 おはか れなかった。声が聞こえてこないのだ。くちびるの動きだけでは、推し量るしかできない。 口を引きむすび、透緒呼は首を振った。動きは小さかったから、彼にはよく見えなかったか も知れない。かまわなくても、 しいと、言ったつもりだった。そんな顔をしないでー トオコロ くちびるが、はっきりとそう動し 九鷹が膝を床に押しつけるようにして、いきおいよく立ち上がる。駆けたー ガラス どおん ! とにぶい音がこだました。硝子にぶつかっていった九鷹がはねとばされる。 彼はすぐに起き上がり、またおなじことをした。いくども、 いくども、体当たりして硝子を 破ろうとする。 そこから抜け出そうというのだ。透緒呼のもとへ来ようとしているのだ。 「ーーやめて ! 」 ひぎ まゆ
羽硝子の森 コバルト文庫 く好評発売中〉 ハネガラス 響野夏菜 イラスト / 水星茗 幼い頃誘拐され、記憶 障害のあるカレンは、 昔のことはほとんど覚 えていない。だがある 日閃くように最愛の兄・ りの存在を思い出し て・・・。奇妙な迷宮の中、 兄だけを探す力レンは ?
121 蘭の血脈《天青篇》 こぶし 九鷹が、ふたたび何かはげしく喋った。拳を硝子に打ちつけている。 けれど、それはもう透緒呼には聞こえなかった。その仕種もそのわけも、彼女の想像を越え たところにあるものだった。 こんな顔の九鷹を知っていると、ばんやりと思い出した。あれはセラニアだ。ザカードの わな 罠にはまり、同士討ちをしそうになった九鷹は、彼女を遠ざけようとした。 ふう その時の顔が、こんな風だった。 まさか、また同士討ちになるというの ? 冷たいものが、背筋を駆け降りる。 トオコ ! 〉 必死の表情に、透緒呼は首を振った。何も聞こえなかった。伝わってこない。 しゃべ
クウガトウ 空気が擦れるような音がし、右手に空牙刀が現れる。 「そう、この刀だ」 ザカードがうなずき、刃を透緒呼に知らしめる。 「屠れ」 ホフ・レ。 ガラス 言葉が、刻みつけられた。胸の奥に硝子のかけらが突き刺さるように、ふかく。 いけにえ 「これで屠れ。生贄はここにいくらでもいる。呼べ。出てこいと。望むなら、そなたをそれら の群れのなかに放り込もうぞ。楽しめ。ぞんぶんに。そなたのこの刀で。そなたの、このちか 青らで」 天 傷つけろ。 脈 ひらめ 血透緒呼の両目に、白光が閃いた。ザカードの言葉が刷り込まれ、刷り込まれたとは知らすに 蘭 彼女の意思になる ! 四「たの、しむ」 - 〈出セ ! 〉 じゃツー
九鷹が呼ぶ。彼は右手をのばした。おなじように、文字をつづる。 逃ゲ、ロ 目を疑い、透緒呼は彼を見上げた。 『オマエダケデモ逃ゲ、ロ』 あた 指先が繰り返しつづる。ふいに、風に髪をなぶられたように、透緒呼はこめかみの辺りを押 さえた。わからない。 、ナよ・、。よやくにげろ。ひとりでにげるんだ ! 』 『ここにいちゃしレオし。 「どうしてよ ! 」 ガラス 彼女は硝子を叩いた。 納得できなかった。ひとりで ? 透緒呼だけ ? あなたは 九鷹は 「冗談じゃないわよ ! 」 〈冗談で言ってんじゃねえっ〉 にら 怒声が聞こえた気がした。九鷹はまるで睨みつけるように見据えている。 なぜ 本気だ。本気で、透緒呼だけを逃がそうとしている。
コハルト入 . 響野夏菜の本 カウス = ルー大陸史・空の牙 らせん いざな 棘ねの鉢植 今日命の螺旋 ) ようめい 忘我の焔 嵐が姫《幽幻篇 祭りの灯 太陽の工セラ 誘いの刻 闇燈籠心中吹雪の章 闇燈籠心中桜の章 く雨の音洲〉秘聞 月虹のラーナ 羽硝子の森 ハネガラス サイコ・ラビリンス 睡蓮の記憶 ダードリア・アーシエナータ 蘭の血脈《天青篇》 華烙の群れ 夢眩の鏡 聖女の卵 影の庭 女神の輪郭 ( 前編・後編 ) この雪に願えるならは カハ、一絵 / 石堂まゆ 丁 /WOODY 装
118 ためらうように立っていた九鷹が、腰をかがめ、片手を透緒呼の手のひらに重ねるように押 しつけた。左手だ。こころに近いほうの手。 したう 薬指の先をびたりと合わせて、九鷹は彼女をのぞきこんだ。泣き顔の透緒呼に、舌打ちのよ つら うなしかめ面をする。 泣くなよ いた。こツからじゃ、どうにもしてやれねえんだよ。 くちびるがそう動 またたいて、透緒呼は彼を見つめる。金と銀の瞳が、彼女を見ている。 透緒呼は右手をのばし人さし指で、硝子に文字を書いた。ちいさな、一文字をつづる。 『好き』 〈知ってるよ〉 ふう 苦笑するように、九鷹は肩をすくめた。何気ない風を装いながら、耳たぶがわずかに赤くな っているようだった。 か 視線を交わし、ふたりはかすかに笑んだ。砂漠で出会った木陰のような、つかのま訪れたや さしい気持ちに。 〈透緒呼
116 「邪魔してやるわよ ! やめるまで、邪魔してやるんだから ! 」 九鷹のロが動くたびに、透緒呼は怒鳴り返した。本当は彼が何を言っているのかわからな い。けれど、顔つきから察せられるものがある。眉の上がり具合、不機嫌そうに曲げたロ。大 げさな身ぶり。 見慣れていた。ひとつひとつのしぐさが、透緒呼自身のものであるかのように、わかる。な かわ じんで、こなれた革の手袋が手に合うように。 うれ 腹の底に、熱いものが湧いた。嬉しいような泣きだしたい気持ちが、からだじゅうに広がっ てゆく。 半年、とい , っこと。 はだ 時の重みを、透緒呼は肌で知った。ずっと一緒にいた。生活を、行動を共にしてきたという こと。知らすに見つめつづけてきた九鷹のことだからこそ、わかるのだと。 言葉がなくても、伝わるものもある。 くようつ」 両拳で硝子を叩いた。会いたい 会いたし 「九鷹 ! 」 透緒呼は叫んでいた。それは、かき乱されたこころのなかで、たしかに透緒呼自身の言葉だ こんな形ではなく。隔てるものなどなく。 へだ
思いきり自分の頬を叩きたかった。痛みで前が見えなくなり、頭ががんがんと痛みだすま で、殴ってやりたかった。こんな馬鹿が自分だなんてー みじ こんなに惨めな気持ち ぎゅっと閉じたまぶたのふちが、ひきつるように震えた。動けない。 ますいばり になっているのに、からだは麻酔針を刺されたようにぐったりとしている。こころのなかで、 ののし 罵ることしかできなかった。 透緒呼は目をあけた。硝子の向こうに、両手を床につき、のぞきこむような九鷹がいる。 みは 彼は目を瞠っていた。動かない透緒呼を案じているようだった。 「ごめんなさい : : : 」 こら か あふ やり切れない気持ちが溢れだし、透緒呼はそれを堪えるようにくちびるを噛みしめた。泣き たかったが、自分にその資格はないと思った。泣いてすまされるようなことでは、ないのだか ら。 彼女は、九鷹を裏切った。そうとしか思えない。おなじようなものだ。 青彼を忘れ、透緒呼はザカードを好きだと思ったのだから。それを、伝えようとしたのだか 脈 のその後、どうするつもりだったのだろうか。 蘭 ムは、ザカードと、共に行こうとしたの ? 問うてもわからなかった。彼に感じた気持ちが、九鷹へのものとおなじであるとは思えなか ら。 なぐ ほお