禅 - みる会図書館


検索対象: 蘭の血脈 : カウス=ルー大陸史・空の牙 天青篇
147件見つかりました。

1. 蘭の血脈 : カウス=ルー大陸史・空の牙 天青篇

まさか、おなじ目的だったとは、矢禅は知らなかった。爪の先ほども、その可能性を考えな つつ ) 0 ・カナ′ 子どもを身ごもった女が、そのこと以外の何かを思いめぐらせることがあるなんて、どうし て矢禅に想像できるだろう。真梛が幸せだとは思わない。けれど、彼女がほかの女たちと違う ふるまいをするとまでは思えなかった。 矢禅は男だし、真梛も、その子どものこともどうでもよかった。 しっと 嫉妬・・ : : ではない。 だれが蒼主の子を宿そうと、それは知ったことではなかった。自分には永遠にできないが、 それは矢禅の望むことではない。 あのひとと、共にゆくこと。 それだけでいいのだ。戦いのさなかは楯として。平和な世は、影として。 そのほかのことは、できる者がするといい。蒼主は王だ。いずれ、だれかとの間に子をなさ 青なければならないさだめを負っていた。 脈たまたま、その相手が真梛だったというだけだ。 の面倒を見てくれと、あのひとが言ったなら、僕はそうしますがね。 真梛を気づかってやるようにとは、蒼主から言いっかっていた。だから、矢禅は彼女のあと むちゃ をついて回っていたのだ。無茶をすることがないように。 たて つめ

2. 蘭の血脈 : カウス=ルー大陸史・空の牙 天青篇

あぎむ うつわ あれに、わたしは導かれた。いや、欺かれたのだ。いくども器を脱ぎ捨てて、繰り返しだま : そうさな。歳をとったのかも知れぬ」 しあった。それがさだめだ。出し抜かれたのは、 アラシャ 父の言葉はわからないことばかりだった。そばに亜羅写がいたならば、とうに滅びた、魔道 の黄金王国と謳われた国のことを教えてくれただろうか。 ザカードは、まだ矢禅を見ていた。 あわ 、、、だまされてやる気 「めずらしく、恋をした。おまえの母とな。だから、あの女を哀れと思し になっていたのかも知れぬ」 なぜかとは、矢禅はあえて聞かなかった。答えがあったとしても、理解できないような気が はだ 彼らの受け継いできた、ながい物語を肌 ジアフとはいえ、彼は枠の外の子どもだった。 , で知らない、カウスⅡルー生まれの者。 理解など、できないだろう。 おなじように、ザカードは彼の気持ちを理解できないだろうと、矢禅は思った。おそらく、 言葉をつくしても、矢禅の納得するカタチでは認めてもらえない。 なんだ。僕はひとか。 とうとつに思い、矢禅は拍子抜けする。ひとの世界でひとの母親に育てられてきた。 それだけで、〈僕〉は〈人〉になる。 うた

3. 蘭の血脈 : カウス=ルー大陸史・空の牙 天青篇

もし我に返ることがあれば、思い出すのだろうか。矢禅の肉を切り裂いた感触を。 おび 怯え、自分を責めるだろうか ? 同胞を殺したのだと。 そうだ、同胞だった。 こころギ」し 〈空牙衆〉だったのだと、矢禅は思い出した。蒼主の元で、志はひとつだったはず。 それがいま、こんなところでこんなカタチで終わろうとしている。 なげ 蒼主、嘆くでしようね : ・・ : あなたは。 泣き笑いのように、矢禅はロをゆがめた。 やぜん」 声がした。 ふと見ると、つられたように透緒呼が顔をゆがめている。苦しそうな表清にも見えた。 「くようがいるのよ、だめよ : : : 」 押し出すようにつぶやくのを聞き、矢禅ははっとした。 九鷹が捕まっているのか ? どす : ・ つかのま気がそれ、我に返ったのはその音だった。

4. 蘭の血脈 : カウス=ルー大陸史・空の牙 天青篇

目の前にいるザカードに、ふしに言しかけた。父は驚いているようだった。頬杖をしたま みは ま、目を瞠っている。 いきなり侵入されるとは、思ってもみなかったのだろう。 「このくらいはできますよ」 あなたの息子ですから、という言葉を、矢禅はのみこんだ。この紫の瞳を前にして、かる がるしく口に出せるものではなかった。 「まえにも、いちどこうして現れたな」 つぶやくと、それはザカードにとってどうでも、 しいことになったようだった。また、もとの ような興味の失せた顔つきになる。頬杖を、つきなおした。 現れたのが透緒呼だったら、どうだったろうか : みずからの思いのなかに沈んでゆくような父を見ながら、矢禅もまたそうしていた。こんな 》所まで来て、自分は透緒呼と較べるのをやめないのだろうか。 かたわ 青情けない。蒼主の傍らに、この男ありと言われたはずの矢禅が。 けれどもう、あの日の自分は帰らないのだと知っていた。蒼主とおなじ歳の男として振る舞 脈 のい、肩を並べていると誇りを感じていた矢禅はどこにもいない。 蘭 二度目の成長が、そういったものをすべて押しつぶしていった。矢禅は老人のように歳をと ゆが り、同時に少年のこころを生かしつづけていた。何よりも歪んだカタチで。 むらさき ほおづえ

5. 蘭の血脈 : カウス=ルー大陸史・空の牙 天青篇

ふう どんな風にして、できたのかは知りませんが。 ひとことも蒼主はもらさなかった。 だからこそ、容易に知れるというものだ。 けいべっ そのことで、蒼主を軽蔑するつもりはない。たとえ十年あとだったとしても、彼はおなじよ うなやり方で、子どもを作ることになるだろう。いまのままで行けば、真梛に対してそんな態 度しかとれないのは、わかりきっていた。 どうでもいいです。真梛だって、あのひとの妃になるさだめだったんでしようし。 とはいえ、止めるべきだったのかと矢禅は思い返した。こんな所で何をしているのかと、問 いただし、ちからずくで王宮に、閉じ込めてくるべきだったのかと。 いいです」 しっそう 考えても、どのみちもう遅い。あの瞬間、矢禅はすでにザカードの城へ向けての疾走をはじ めてしまっていた。針の穴へ飛び込むようないきおいだったのだ。なにがあろうと、止まれな し速さになっていた。 矢禅の移動の仕方は、九鷹に似ていた。彼は異次元のなかを駆けてゆく。矢禅は、目指す場 所まで飛ぶのだ。放たれた矢のように。 そう思ったとき、矢禅は異次元を抜けた。ザカードの城で、ひとの姿を取る。 「おひさしぶりです」 クョウ きさき

6. 蘭の血脈 : カウス=ルー大陸史・空の牙 天青篇

九鷹は見ていた。 もや いま、矢禅が靄のように消えた。次元を抜けてどこかへ行ったのだ。おそらくはカウス日ル 死。 一文字が宙に浮かんでいた。矢禅はお終いだろうか。 透緒呼の刀が貫いたのは心の臓の位置だった。九鷹には、それ以上こまかくはわからない。 青はずすはずがない。透緒呼の腕を、彼はよく知っている。 脈殺した。 の矢禅が感じた以上の衝撃に、九鷹は押しつぶされそうだった。ザカードの言葉がよくわか る。彼女は彼のものだと、その〈息〉に、操られているのだと。 おもしろ 彼が見ていたと、彼女は知らないだろう。ザカードが、こんな面白いものを使わないはずが ひとことの声もない。 透緒呼だけでなく、城も静かだった。 矢禅は目を閉じる。そのことが、からだの傷のよりも、ふかく心をえぐった。 ◆

7. 蘭の血脈 : カウス=ルー大陸史・空の牙 天青篇

174 「はなして」 目の焦点があった。そう思った瞬間、矢禅ははねとばされていたー 「うわっ」 触れていた場所から、すさまじい熱が放たれたのだ。つよい痺れ。 雷だ。 壁に叩きつけられる寸前に、矢禅は自力で止まった。ちからを使って、何とか持ちこたえた のだ。 わかんないのかあッい」 「触るなって言ったわ。 いなずま 怒声とともに、稲妻が叩きつけられる。 右腕をかざして、矢禅はよけたつもりだった。 ほお ひとすじの稲妻がすり抜ける。頬をかすめ、おそましい音をたてた。 やられた ! ちっと舌打ちがでた。手のひらのあった場所だけ、はねかえせなかった ! いまだ右手はあるような気がしている。それが矢禅の感覚を狂わせていた。 分が悪い。 彼のきき手は右だったのだ。それが使えない上に、ザカードの城 今更ながら、そう思った。 / のなかだ。いつでも、彼は透緒呼に加勢してくるだろう。 しび

8. 蘭の血脈 : カウス=ルー大陸史・空の牙 天青篇

178 三度目の攻撃の前に、矢禅は彼女の足元めがけて矢を飛ばす。 射抜け ! あめ 矢は飴のようにぐにやりと曲がって床に落ちる。またか じゃま ちょうだい 「邪魔しないで頂戴 ! これは私の獲物だわ ! 」 うな 透緒呼が唸り声を上げた。・ サカードの手助けがはいっていると、きちんと気づいているの くすんと鼻を鳴らすようにして、透緒呼が笑う。矢禅を見つめ、目を細めた。 「いらっしゃい。ばらばらにしてあげる」 人ではない 「透緒呼、それは人殺しの顔です ! 」 とな 矢禅はあわてたように唱えた。透緒呼の顔はひとでも〈陽使〉でもなく、ただ血に飢えたも のだった。 あくりよう 悪霊や、山ほどの死体を築き、その血を浴びなければこころを安らかに保つことのできな たぐい い類のものと同じだ ! くすくすっと彼女は笑った。それが答えだった。 コロサレル。 さと そう悟った。殺される。確実に、矢禅はいのちを断たれる。 ョウシ

9. 蘭の血脈 : カウス=ルー大陸史・空の牙 天青篇

162 ザカードは答えなかった。貴里我という名に覚えがなかったのか、それとも殺したことさえ 忘れているのか。 それはだれだと、問いもしなかった。 「母を殺した者です。あなたの意識をかき乱した者がいたから、長いあいだわからなかった」 「あの女も始末した」 今度は、応えがあった。矢禅の言葉を聞いてないわけではないようだ。 「知ってます」 彼の瞳は、銀色に見えているはずだった。 矢禅は、眼鏡をそっと押した。 , 「ならよいだろう。ーー何が望みだ ? 」 目を見交わそうともせず、ザカードは問う。なぜ、そんな眼鏡をかけているのかと聞きもし 聞いてほしいのだ、と矢禅は痛みに似た気持ちで田 5 った。祈りのように。 なぜ、そんなものをかける。問われれば、答えられた。何か。僕は、あのひとのものだと くみ も、カウス日ルーに与する者として生きているのだとも。 ザカード、あなたを欲している。 蒼主に向かうのとおなじくらいのつよさで、矢禅はそう思っていた。夏に会ったとき、まさ かこれほどまでに、気持ちが大きくなるとは思ってもいなかった。

10. 蘭の血脈 : カウス=ルー大陸史・空の牙 天青篇

認められたい。 矢禅の〈少年のこころ〉は、そのことだけに占められているといっても良かった。自分が思 うのとおなじかそれ以上に、相手に認めさせたい。 蒼主についてはほば満たされているといえた。彼は矢禅を頼っている。また、次の時代へ向 けて、共に歩いていけるだろう。そう約束した。 だから、あのひとを傷つけることはだれにもゆるさない。 レ、うしゃ たとえ過去の出来事でも、容赦するつもりはなかった。 トオコ。 名が浮かび、矢禅はそっとした。 彼女を傷つけようとしている。 ないがし 自分の望みを、彼は知っていた。蒼主を透緒呼が蔑ろにしたからではない。彼女が、蒼主 のこころのなかにどれだけの位置を占めてきたのか。それを考えるたびに、炎のように気持ち ふく が膨れた。 セイネ それでいて、筮音には敵意は湧かない。あれはど姉思いの蒼主を見ても、なにも感じなかっ 筮音は、蒼主にだけ係わっているから。 透緒呼の父がザカードだったら違っただろう。筮音を矢歌と較べて、矢禅は切り刻んだかも