まさか、おなじ目的だったとは、矢禅は知らなかった。爪の先ほども、その可能性を考えな つつ ) 0 ・カナ′ 子どもを身ごもった女が、そのこと以外の何かを思いめぐらせることがあるなんて、どうし て矢禅に想像できるだろう。真梛が幸せだとは思わない。けれど、彼女がほかの女たちと違う ふるまいをするとまでは思えなかった。 矢禅は男だし、真梛も、その子どものこともどうでもよかった。 しっと 嫉妬・・ : : ではない。 だれが蒼主の子を宿そうと、それは知ったことではなかった。自分には永遠にできないが、 それは矢禅の望むことではない。 あのひとと、共にゆくこと。 それだけでいいのだ。戦いのさなかは楯として。平和な世は、影として。 そのほかのことは、できる者がするといい。蒼主は王だ。いずれ、だれかとの間に子をなさ 青なければならないさだめを負っていた。 脈たまたま、その相手が真梛だったというだけだ。 の面倒を見てくれと、あのひとが言ったなら、僕はそうしますがね。 真梛を気づかってやるようにとは、蒼主から言いっかっていた。だから、矢禅は彼女のあと むちゃ をついて回っていたのだ。無茶をすることがないように。 たて つめ
あぎむ うつわ あれに、わたしは導かれた。いや、欺かれたのだ。いくども器を脱ぎ捨てて、繰り返しだま : そうさな。歳をとったのかも知れぬ」 しあった。それがさだめだ。出し抜かれたのは、 アラシャ 父の言葉はわからないことばかりだった。そばに亜羅写がいたならば、とうに滅びた、魔道 の黄金王国と謳われた国のことを教えてくれただろうか。 ザカードは、まだ矢禅を見ていた。 あわ 、、、だまされてやる気 「めずらしく、恋をした。おまえの母とな。だから、あの女を哀れと思し になっていたのかも知れぬ」 なぜかとは、矢禅はあえて聞かなかった。答えがあったとしても、理解できないような気が はだ 彼らの受け継いできた、ながい物語を肌 ジアフとはいえ、彼は枠の外の子どもだった。 , で知らない、カウスⅡルー生まれの者。 理解など、できないだろう。 おなじように、ザカードは彼の気持ちを理解できないだろうと、矢禅は思った。おそらく、 言葉をつくしても、矢禅の納得するカタチでは認めてもらえない。 なんだ。僕はひとか。 とうとつに思い、矢禅は拍子抜けする。ひとの世界でひとの母親に育てられてきた。 それだけで、〈僕〉は〈人〉になる。 うた
もし我に返ることがあれば、思い出すのだろうか。矢禅の肉を切り裂いた感触を。 おび 怯え、自分を責めるだろうか ? 同胞を殺したのだと。 そうだ、同胞だった。 こころギ」し 〈空牙衆〉だったのだと、矢禅は思い出した。蒼主の元で、志はひとつだったはず。 それがいま、こんなところでこんなカタチで終わろうとしている。 なげ 蒼主、嘆くでしようね : ・・ : あなたは。 泣き笑いのように、矢禅はロをゆがめた。 やぜん」 声がした。 ふと見ると、つられたように透緒呼が顔をゆがめている。苦しそうな表清にも見えた。 「くようがいるのよ、だめよ : : : 」 押し出すようにつぶやくのを聞き、矢禅ははっとした。 九鷹が捕まっているのか ? どす : ・ つかのま気がそれ、我に返ったのはその音だった。
目の前にいるザカードに、ふしに言しかけた。父は驚いているようだった。頬杖をしたま みは ま、目を瞠っている。 いきなり侵入されるとは、思ってもみなかったのだろう。 「このくらいはできますよ」 あなたの息子ですから、という言葉を、矢禅はのみこんだ。この紫の瞳を前にして、かる がるしく口に出せるものではなかった。 「まえにも、いちどこうして現れたな」 つぶやくと、それはザカードにとってどうでも、 しいことになったようだった。また、もとの ような興味の失せた顔つきになる。頬杖を、つきなおした。 現れたのが透緒呼だったら、どうだったろうか : みずからの思いのなかに沈んでゆくような父を見ながら、矢禅もまたそうしていた。こんな 》所まで来て、自分は透緒呼と較べるのをやめないのだろうか。 かたわ 青情けない。蒼主の傍らに、この男ありと言われたはずの矢禅が。 けれどもう、あの日の自分は帰らないのだと知っていた。蒼主とおなじ歳の男として振る舞 脈 のい、肩を並べていると誇りを感じていた矢禅はどこにもいない。 蘭 二度目の成長が、そういったものをすべて押しつぶしていった。矢禅は老人のように歳をと ゆが り、同時に少年のこころを生かしつづけていた。何よりも歪んだカタチで。 むらさき ほおづえ
ふう どんな風にして、できたのかは知りませんが。 ひとことも蒼主はもらさなかった。 だからこそ、容易に知れるというものだ。 けいべっ そのことで、蒼主を軽蔑するつもりはない。たとえ十年あとだったとしても、彼はおなじよ うなやり方で、子どもを作ることになるだろう。いまのままで行けば、真梛に対してそんな態 度しかとれないのは、わかりきっていた。 どうでもいいです。真梛だって、あのひとの妃になるさだめだったんでしようし。 とはいえ、止めるべきだったのかと矢禅は思い返した。こんな所で何をしているのかと、問 いただし、ちからずくで王宮に、閉じ込めてくるべきだったのかと。 いいです」 しっそう 考えても、どのみちもう遅い。あの瞬間、矢禅はすでにザカードの城へ向けての疾走をはじ めてしまっていた。針の穴へ飛び込むようないきおいだったのだ。なにがあろうと、止まれな し速さになっていた。 矢禅の移動の仕方は、九鷹に似ていた。彼は異次元のなかを駆けてゆく。矢禅は、目指す場 所まで飛ぶのだ。放たれた矢のように。 そう思ったとき、矢禅は異次元を抜けた。ザカードの城で、ひとの姿を取る。 「おひさしぶりです」 クョウ きさき
九鷹は見ていた。 もや いま、矢禅が靄のように消えた。次元を抜けてどこかへ行ったのだ。おそらくはカウス日ル 死。 一文字が宙に浮かんでいた。矢禅はお終いだろうか。 透緒呼の刀が貫いたのは心の臓の位置だった。九鷹には、それ以上こまかくはわからない。 青はずすはずがない。透緒呼の腕を、彼はよく知っている。 脈殺した。 の矢禅が感じた以上の衝撃に、九鷹は押しつぶされそうだった。ザカードの言葉がよくわか る。彼女は彼のものだと、その〈息〉に、操られているのだと。 おもしろ 彼が見ていたと、彼女は知らないだろう。ザカードが、こんな面白いものを使わないはずが ひとことの声もない。 透緒呼だけでなく、城も静かだった。 矢禅は目を閉じる。そのことが、からだの傷のよりも、ふかく心をえぐった。 ◆
174 「はなして」 目の焦点があった。そう思った瞬間、矢禅ははねとばされていたー 「うわっ」 触れていた場所から、すさまじい熱が放たれたのだ。つよい痺れ。 雷だ。 壁に叩きつけられる寸前に、矢禅は自力で止まった。ちからを使って、何とか持ちこたえた のだ。 わかんないのかあッい」 「触るなって言ったわ。 いなずま 怒声とともに、稲妻が叩きつけられる。 右腕をかざして、矢禅はよけたつもりだった。 ほお ひとすじの稲妻がすり抜ける。頬をかすめ、おそましい音をたてた。 やられた ! ちっと舌打ちがでた。手のひらのあった場所だけ、はねかえせなかった ! いまだ右手はあるような気がしている。それが矢禅の感覚を狂わせていた。 分が悪い。 彼のきき手は右だったのだ。それが使えない上に、ザカードの城 今更ながら、そう思った。 / のなかだ。いつでも、彼は透緒呼に加勢してくるだろう。 しび
178 三度目の攻撃の前に、矢禅は彼女の足元めがけて矢を飛ばす。 射抜け ! あめ 矢は飴のようにぐにやりと曲がって床に落ちる。またか じゃま ちょうだい 「邪魔しないで頂戴 ! これは私の獲物だわ ! 」 うな 透緒呼が唸り声を上げた。・ サカードの手助けがはいっていると、きちんと気づいているの くすんと鼻を鳴らすようにして、透緒呼が笑う。矢禅を見つめ、目を細めた。 「いらっしゃい。ばらばらにしてあげる」 人ではない 「透緒呼、それは人殺しの顔です ! 」 とな 矢禅はあわてたように唱えた。透緒呼の顔はひとでも〈陽使〉でもなく、ただ血に飢えたも のだった。 あくりよう 悪霊や、山ほどの死体を築き、その血を浴びなければこころを安らかに保つことのできな たぐい い類のものと同じだ ! くすくすっと彼女は笑った。それが答えだった。 コロサレル。 さと そう悟った。殺される。確実に、矢禅はいのちを断たれる。 ョウシ
162 ザカードは答えなかった。貴里我という名に覚えがなかったのか、それとも殺したことさえ 忘れているのか。 それはだれだと、問いもしなかった。 「母を殺した者です。あなたの意識をかき乱した者がいたから、長いあいだわからなかった」 「あの女も始末した」 今度は、応えがあった。矢禅の言葉を聞いてないわけではないようだ。 「知ってます」 彼の瞳は、銀色に見えているはずだった。 矢禅は、眼鏡をそっと押した。 , 「ならよいだろう。ーー何が望みだ ? 」 目を見交わそうともせず、ザカードは問う。なぜ、そんな眼鏡をかけているのかと聞きもし 聞いてほしいのだ、と矢禅は痛みに似た気持ちで田 5 った。祈りのように。 なぜ、そんなものをかける。問われれば、答えられた。何か。僕は、あのひとのものだと くみ も、カウス日ルーに与する者として生きているのだとも。 ザカード、あなたを欲している。 蒼主に向かうのとおなじくらいのつよさで、矢禅はそう思っていた。夏に会ったとき、まさ かこれほどまでに、気持ちが大きくなるとは思ってもいなかった。
認められたい。 矢禅の〈少年のこころ〉は、そのことだけに占められているといっても良かった。自分が思 うのとおなじかそれ以上に、相手に認めさせたい。 蒼主についてはほば満たされているといえた。彼は矢禅を頼っている。また、次の時代へ向 けて、共に歩いていけるだろう。そう約束した。 だから、あのひとを傷つけることはだれにもゆるさない。 レ、うしゃ たとえ過去の出来事でも、容赦するつもりはなかった。 トオコ。 名が浮かび、矢禅はそっとした。 彼女を傷つけようとしている。 ないがし 自分の望みを、彼は知っていた。蒼主を透緒呼が蔑ろにしたからではない。彼女が、蒼主 のこころのなかにどれだけの位置を占めてきたのか。それを考えるたびに、炎のように気持ち ふく が膨れた。 セイネ それでいて、筮音には敵意は湧かない。あれはど姉思いの蒼主を見ても、なにも感じなかっ 筮音は、蒼主にだけ係わっているから。 透緒呼の父がザカードだったら違っただろう。筮音を矢歌と較べて、矢禅は切り刻んだかも