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検索対象: 闇灯籠心中 : <雨の音洲>秘聞 吹雪の章
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1. 闇灯籠心中 : <雨の音洲>秘聞 吹雪の章

( わたし、一人で走らなければならないのだわ ) あまりのことに、桜姫は座り込みそうになった。 この邸は、大抵の貴族たちの家と同じだ。桜姫にも、わかる。吹雪王の言うとおりだと。 逃げる、ならば、見張りを振りきれ ! 「お兄さま 手を伸ばし、吹雪王によりかカオ 、つこ。足が冷たくなってゆく。心の臓が、乱れた。 「わたしの見張りは、どのくらいいるの ? 」 ばうぜん なかば呆然と、そう訊いていた。あまり多ければ、無理だ。桜姫には、何の力もないのだか ら。 「わたしに五人。あなたには、一人だけだ」 北の対へ魂だけ渡ってきた吹雪王は、すべてを見てきたようだった。 やしき 「その者を振りきって : : : 邸を抜け出せばいい 出来るだろうか、一人きりならば。 「桜姫」 「教えて、吹雪王。そうすれば、わたしたちは逃げられるの ? 見張りを振りきったら、どう すればいいの ? 」 「一人で、するおつもりか ? 」

2. 闇灯籠心中 : <雨の音洲>秘聞 吹雪の章

二人ははね起き、桜姫は胸元をかき合わせた。だれ ! 「桜姫、そちらか」 引帷をかき分け、一人の男が姿を現した。 「お兄さま」 桜姫は思わず叫び、わずかに身をそらした。 もう一人、吹雪王がいた 薄汚れた神官の衣をまとい、肩で息をしている。頬には土がこびりつき、目がいつもよりも なまなましい血の赤をしていた。 ものけ 「おのれ物の怪か ! 」 のうし ほうえ 直衣の吹雪王が、桜姫を背にかばった。乱れた衣のまま、法衣の吹雪王に立ちはだかる。 まばろし 「幻とやり合う気はない。桜、そのわたしを退けてくれ。あなたがわたしを恐れると、その わたしが、わたしを倒そうとするだろう。桜姫、わたしが物の怪ではないと、あなたならわか るだろう ? 」 中 燈答えられず、桜姫はふたりの吹雪王を見つめつづけた。 自信がなかった。そう。そもそも、ここはどこだというのだろうか ? やしき こんな邸のこんな部屋に、見覚えなどない :

3. 闇灯籠心中 : <雨の音洲>秘聞 吹雪の章

224 その馬が、鬼の持ち物となっていると言うならば。 ( ふたりも、その手に落ちたか、喰われたか : : : ) 苦い思いがこみ上げ、隼王は唇をかみしめた。自らが危うくなることばかりでなく、あのふ たりが露と消えたかと思うと、たまらなかった。 しあわ ( あそこまでして、御所を抜けたのだ。もう少し、倖せになっても、よかったのではないか ) 「馬を、いかがなさいますか、隼王さま」 しんかん 「鬼に、手出しは出来ぬよ。わたしは神官ではない」 あっさりと、諦めの様子を見せた。仕方がないだろう。 「はい。ですが、隼王さま。もしも、その鬼が、人であったらどうなさいますか ? さと え、郷の者の一人が、あれは鬼の面をつけた男どもだと、言い張ってきかぬのです」 「人、か」 人を鬼と見間違うのはあることだが、鬼のように恐ろしいものを、人と思うものはそうはい 「ならば、人であるだろう。その者が正しいのだろう」 隼王はひとりごちた。 ( それが、人であったらーーどうする ? ) 馬を持っているというのなら、あのふたりに会ったのだ。 あきら

4. 闇灯籠心中 : <雨の音洲>秘聞 吹雪の章

172 みやこびと 桜姫だけでなく、他の都人もそうに違いない。 ばくだいみつ 〈尾〉の家は、年の始めに朝廷に莫大な貢ぎ物を送り届ける以外、都とのつきあいを絶ってい っ ) 0 いまでは、あの家を〈鳥名〉貴族と数える者も少ないだろう。出世には縁遠く、政に、何 のかかわりも持たないのだから。 ミカド - 一くし かの一族の支配する地に入れば、帝や国司の力は、ほとんど及ばない。役人がその地へ足を しようえん 踏み入れるのは、〈鳥名〉貴族たちの荘園へ入るのと同じように難しいことだった。 ( 遥かな、東の地 ) ここはもうそうなのだろうかと、桜姫が思いを巡らせているあいだに、男は馬を止めた。家 来たちが、次々に横へ並ぶ。 「お一人でお降りになれるか、姫」 男に言われ、彼女は辺りに目をやった。 ついじぺい 夜闇のなか、崩れかけた築地塀が見える。その奥に、家があるようだった。見間違いでなけ はやぶさおう れば、ひどいあばら家だ。まるで、あの隼王の実家のような。 男は音もなく馬を降りた。桜姫に、手をさしのべる。 かくやしき 「ようこそ、我らの隠れ邸に」 まつり′一と

5. 闇灯籠心中 : <雨の音洲>秘聞 吹雪の章

「さくら・ : : ・」 涙に、にごった目をして、吹雪王が桜姫を見つめた。心から驚いている。 「今の、〈声〉で言ったね : : : 」 「言ったわ」 頷いた。 今までにはなかったことだ。桜姫は人の〈想い〉を聞き取ってしまうだけだった。 それが、語りかけた。吹雪王の、いに、直に。 ( どうしょ , っ : : : ) 桜姫は、何かを踏み越えてしまったような、心地悪さを感じた。 人の心をのぞいてはならない。人の心にも語りかけてはならない。 心はその人だけのものだ。誰も踏み込んではならない、神聖な場所であるはずなのに。 幼い日、桜姫は一人の男の〈声〉を聞いて " 蕾の姫〃となった。今、兄がまたそうならない とは限らない。、、 心に踏み込まれたことを恐れ、頑なになってしまったら。 中 ( 吹雪王 ) みは 燈見つめた彼は、はりつめた桜姫の表情にかすかに目を瞠った。すぐに、微笑みを見せる雨上 がりの、雲の切れ間のように。 ふえな 「あなたは本当に〈笛鳴り〉の姫なのかも知れないね。まるで神業だよ、桜。 じか かたく かみわざ

6. 闇灯籠心中 : <雨の音洲>秘聞 吹雪の章

「お頭ーー」 ↑みかましい声が上がった。 彼は相手にせず、笛を懐に仕舞い込む。そして、苦しそうにしていたサジをちらりと見た。 サジは、白目をむいている。その笛の音に気絶したようだった。耳がふさげなかったのだ、 無理もない。 「おい、おまえ」 適当な者に、話しかける。 「サジを、いっしょに乗せて帰れ。サジの馬も、誰か引いてゆけ」 二人ばかりを指さし、臾螺は洒弭螺に言った。 「〈御児方〉はおまえが連れてゆくのだ」 「承知」 くら 洒弭螺は頷き、馬をすすめた。一人が駆け寄って吹雪王を抱え上げた。洒弭螺の鞍の上へ押 し上げる。 中 臾螺は一度、何かを振りきるように頭を振った。桜姫を抱えた男を手招いた。 おかた 燈「よこせ。そちらは、おまえごときの触れていい御方ではない」 男ははっとしたように息をつき、馬上の臾螺に桜姫を渡した。 「お頭、本当に :

7. 闇灯籠心中 : <雨の音洲>秘聞 吹雪の章

230 「たわけ、逃がすかっ」 おど 彼らのあいだに、黒馬が躍り込んできた。刀を振り回し、怒鳴り散らす ! ひ 「退け ! 〈フワ〉の関まで退けい ! 役人に助けを求めてこい 山賊が現れたと ! 」 「ひっ、ひいい」 鼻先を刃がかすめ、判官たちは手綱をさばいた。来た道を取って返す。 「散れい ! 」 ど′一う 怒号に、隼王も後を追った。ここから去れば、彼らは殺す意志はないのだ。それならば。 はやが 馬に鞭をあて、速駆けした。二人の追捕使たちは、それにまさる速さで先を行く。 ( そうだ ) 隼王は、とっさに道をそれた。身をかがめ、下草の生い茂る林のなかを、抜けてゆく。 ( いまだ : : : ) この騒ぎならば、隼王が一人抜け出したと、誰も気づくまい。追い散らされ、幾日か行方が しれずとも、言い訳できる。 つくろ ( 急げ。ひそかに、あのふたりを探すのだ。何か品をもらい、死んだと、そう取り繕うのだ ) そして、あなたがたは逃げるのだ 伸びるにまかせて払われることのない枝が、頬や腕を捕らえては掻きむしる。 その痛みを堪え、隼王は手綱を握りしめた。馬首に、顔を押しつける。 したくさ ほお ゆくえ

8. 闇灯籠心中 : <雨の音洲>秘聞 吹雪の章

Ⅷ〈あなたまで、行かないで。わたしから行かないで ! 〉 吹雪王は泣いている。体でも、心でも。 「桜、もう少しだから。わたしが、わたしがいるから。ゅこう。この道を東へ、ゆこう : : : 」 兄の泣き顔に、桜姫は下を向いた。つらい ( 大好きな人に泣かれてしまうなんて ) うなず 頷いて、桜姫は頭を兄の胸に押しつけた。 ごめんなさい : っしょに、逃げてきたのに : 自分ばかりが辛いと、どうして思えたのだろうか。 帝だけでなく、神も裏切って来たのは吹雪王。彼女よりも、もっと多くのものを捨ててき ただ一人、桜姫のためだけに。 ( わたし、なにをまよったの ) 行かなくては、生きなくてはならないのに。 「お兄さま。わたし、もうわがまま言わないわ。ゆくわ、ごいっしょに」 ? ) 0 つら

9. 闇灯籠心中 : <雨の音洲>秘聞 吹雪の章

帝に会うのは、久しぶりだった。 きんじよう′」い めどお かな いくら母の違う兄弟とはいえ、兄は今上。五位の近衛ふぜいにおいそれと目通りが叶うは ずもない。 はやぶさおうしんか さきのみかどたまわ ナいふ ましてや、隼王は臣下だ。〈隼〉の姓を、父だった前帝から賜り、皇族の譜から外れて でんじよう ようやっと殿上を許される五位程度になど、滅多に帝は会わない。気に入られている者な らば別だ。しかし、隼王は違う。 うえ ( 主上が、わたしを好きなものか ) かって、一度だって優しい言葉をかけてもらった覚えはない。 ちちほうギ一よ 父帝が崩御したのは、彼が二つの時だ。その頃にはすでに、母の実家には人がおらず、隼王 母子は、そのまま宮廷に身を寄せるしかなかった。 はすえ 〈主上さまのご厚意で、わたくしたちは暮らせるのですよ、羽末衣王〉 ミカド 一落鬼眼 ( おどしおにのめ ) めった このえ

10. 闇灯籠心中 : <雨の音洲>秘聞 吹雪の章

240 鴉王は凍りついた。その言葉は遠回しだが、当てはめられるのは一人しかいなし うえ 「主上 : : : 」 すべ うめ 思わず呻き、両手を膝から床に滑り落とした。 「鴉に鳴かれるのは、ご不央だとのこと」 びしり常磐が言った。御帳台のなかで、帝がそういえと言ったのだろうか ? とばり 帳の奥を見透かそうとするかのように、彼はじっと目を凝らした。 あまりのことに、膝が震えた。わけがわからない。 ギ一トう、一う ( 主上が、入道の別邸に行幸なさったのか ? しかし、それでなぜわたしとお会いになる くつくっと、のどを震わせ常磐が笑いだした。扇を持った手の甲でロを押さえ、鴉王を見上 、十 .. っ ) 0 「驚きで、ロがきけませぬか、わが殿よ。ふふふ、そうでございましよう。わからずともよい のでございますわ、それで、正しいのですから」 めぎつね 女狐のようだと、その顔に思った。これは、本当にわが妻だろうか ? 狐が化けているので はないだろうか ? 「こちらのお方が、あることを話したいと仰せでおられます。よく、お聞き下さいまし」 こお ひぎ おお