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検索対象: 闇灯籠心中 : <雨の音洲>秘聞 吹雪の章
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1. 闇灯籠心中 : <雨の音洲>秘聞 吹雪の章

ゆきど 心にひどく醒めた部分があると、嵐王は感じていた。それが雪解けの如く癒されぬうちに は、あたたかい気持ちなど芽生えぬような気がしていた。 ( それでもよい ) 不自由はなかった。 「小夜啼姫」 自らの考えのうちに沈み込みながら、嵐王は答えていた。 「わたしは以前にお約束した。いずれ主上におゆるし願うと。どうか、お信じになってくださ ひそ 密やかに、お待ちくださいますか ? 」 時満ちるまで秘密にしておけと、彼は言ったのだった。言葉は綺麗でも、永遠にそれはない だろうと知りながら。 「わたくし、待てます。その日まで、お父帝さまに、夫君はいらぬと申し上げつづけますわ。 ですから、嵐王さま、どうかお早くお迎えに来て下さいませ : : : 」 「ええ、はやく。あなたに釣り合うようになりましたら」 ( 心など問わず、ロは勝手に物を言えるのだーー ) 嵐王はそう考えた じつは、秘めた恋人としてではなく正式な夫として名乗り出るのならば、家柄の格に不足は . な、かつわ ~ 0 ごと いや

2. 闇灯籠心中 : <雨の音洲>秘聞 吹雪の章

ましてや〈鳥名〉貴族の姫や、帝の姫であれば生まれたときからの縁組も珍しくなく、引く 手あまたになるものだった。 じゅだい 桜姫は十三で入内したが、それも〈鴉〉家の姫と考えれば、早すぎるほどではなかった。 ひとみ それなのに、十八になる四の姫が、未だに独り身なのは外聞が悪すぎる。彼女に非があると 取られかねない。 うえ 「それで、なぜわたしを ? 主上がお呼びになるとお考えになったのですか ? 」 なっとく 四の姫の導き出した答えを、嵐王は納得しかねていた。 むこ 彼を四の姫の婿に、などはあり得ない。彼女は、それを望むあまりに早とちりして、嵐王を ここへ招いたのだろうか。 きんだち 「昔から、若い公達のことは若い者に訊けと申します。嵐王さまはお父帝さまに信頼の厚きお 方ですもの。ご相談を、うけないともかぎりませんでしよう」 げんがい 恥じ入るように消えてゆく声に、嵐王は笑いをこらえた。言外ににおわせる四の姫の思惑 を、拾って言葉にする。 とのがた 「どこかにいい殿方はいないか、もしくはわたしなどどうか、と ? 」 しゅ 四の姫は嵐王の胸に顔を押しつけた。きっと胸まで朱に染めて、火照らせているだろう。 ( のんきな姫だ ) からす がいぶん て

3. 闇灯籠心中 : <雨の音洲>秘聞 吹雪の章

るように話しかける。 〈お兄さま。聞こえていらしたら、お返事して。ねえ、ここにいたら、見つかってしまうわ。 もう、その辺りにいるかも知れないわ。あれは追手でしよう。その声なのでしよう ? 〉 おとり 〈そうだよ。けれど、いま動いてはいけない。あれは、きっと囮だ。声は遠いよ〉 〈でもーーー〉 はず 〈でもじゃないんだ。わたしたちがいまだこの辺りにいるなんて、だれにもわかる筈がないん しりたた だ。臾螺のところからは、馬を一頭盗んできた。あの馬の尻を叩いて放しただろう ? 〉 〈ええ、放したわ〉 キ一いく 吹雪王が、ふたりが馬で逃げたと見せかけるために、そういった細工をしたのだ。あの大き な黒馬が一頭足りなければ、彼らはそれを手掛かりに、馬で駆けて遠くを探すだろう。 とうげ ふたりはまだ、〈不死〉の峠さえも越えてはいない。今までのように昼に進むのはやめ、夜 ものけ の物の怪の飛び交う闇のあいだに、まるで罪人のように、少しずつ東を目指していた。 ( 闇のなかほど恐ろしいものはないわ。兄さまが火を作ってくれなければ、わたしたち、きっ 中 と何かに取り憑かれてしまったわ ) さんぞく 燈 けれど、それ以外にもう道はなかった。ふたりを追う者は、山賊ばかりではないのだ。恐ら みやこ ついぶし くは、都から追捕使が差し向けられているだろう。彼らとて、もう都は発ったはずだ。〈フワ〉 の関も抜け、さらに先まで来ているはず。 っ

4. 闇灯籠心中 : <雨の音洲>秘聞 吹雪の章

( だから、こう匂わせればそちらばかりを考えるだろう ) でも : 「嵐王さま : ・ 「なんですか ? 」 これを口にするのははしたないとばかりに言い惑う四の姫に、嵐王は微笑みをまぜて助け船 を出してやった。 そのほうが、言いやすいだろう。 「わたくしたちのこと、 お考えくださっていますよね ? 女の身で、このようなこと、申 し上げておゆるしください : 言い切るまでは彼の目を見ていたが、すぐに四の姫は顔を伏せた。握りしめた手が、白くな っている。 恥じ入る様子がういういしい にわかに愛しさを覚えた嵐王は、幼子にするように彼女の頭を撫でた。 撫でながら、考えを巡らせた。 そと ( いっか、添い遂げることを、か : : : ) そんな日は来はしないと、彼は知っていた。たとい家柄が釣り合おうとも、それはありえな いのだった。 かすみ しかしそのことを、四の姫は夢見ている。霞のような儚きものとしてではなく、いずれ訪れ おさなご はかな ほほえ

5. 闇灯籠心中 : <雨の音洲>秘聞 吹雪の章

臾螺という男に、自分はまったく逆さまの気持ちを持っている。「信じてはいけない」と 「信用できる」と。 本心はどちらなのか、見極めるために考えるならば、深い闇の中に落ち込んでゆきそうだっ わな た。逃れられない罠が、考えることの先に潜んでいる。きっと。 それならば、考えはしない。 いのち 桜姫にとっての命は、吹雪王なのだから。兄がいればいい。 ) 逃げるのだ。 そのために、ここまできたのだから。 そのために、すべてを置き去りにしたのだから。それなのに。 ( どうして、心が揺れているの 「ふたりでどこかでひっそりと暮らすのよ、吹雪王の兄さま。そうするの」 桜姫はすがりついた。吹雪王の衣に、爪を立てる。 この迷いを忘れさせてほしかった。断ち切らせてほしかった。 そうだね」 とまど うなず 戸惑いを消すように、吹雪王は頷く。問いかけた言葉を、そのまま捨てた。 「行こう。 吹雪王は微笑みかけ、それを通せずに顔を歪めた。目を、そらす。 つめ それだけでいい。

6. 闇灯籠心中 : <雨の音洲>秘聞 吹雪の章

すった。 うえ おば 「早とちり、それは勘違いですよ。安心なさい。主上は、恐れ多くも、そのように思し召しで はおられない」 「なんと ? 」 むさん かたす 怒りを霧散させ、肩透かしを食らったように常磐は目をみはった。 「ええ、そうです。主上が隼王をやがてお取り立てになるおつもりなら、わたしたちはこの やしき 邸にはいないでしよう。 おくびようもの 常磐、わたしは隼王を忠の者ではなく、臆病者とお見受けしますが ? 」 まゆね ふいに常磐は眉根を寄せた。 「嵐、それはどういうーーー」 嵐王は、母の耳元に口を寄せた。声をひそめた。 やっかいばら 「ここだけの話ですよ。あの話は、つまり、主上が厄介払いをされたのでしよう」 推論だが、おそらく事実だろう。 ( 主上が隼王を疎んじておられたのは、火を見るより明らか。役立たずの駒など、主上は持と , っとはし、ない ) たとえ彼が帝でも、余計者は追い出そうとしただろう。嵐王もまた、無駄駒を必要とはしな うと こま

7. 闇灯籠心中 : <雨の音洲>秘聞 吹雪の章

174 何かーーーどこか、ちがう。 かしら 「お頭、この男はどうしますか」 しようき かっ 吹雪王を担いでいる男が問うて、彼女の考えは打ち破られた。兄は、まだ正気に返っていな この男は、という物言いが、ひどく気にかかった。吹雪王だけ、どうかするつもりなのだろ ( 乱暴は、よして ) まゆね 袖のうちで、桜姫は眉根を寄せた。 取りすがったり、男を揺さぶったりはもう出来ない。 " 蕾の姫。が、完全に戻ってきてしま っている。 げび 男たちの下卑た〈声〉など、聞きたくなかった。自分たちを捕らえて、カで言うことを聞か せようとする者たちの心は、きっといやらしいものに満ちているに決まっていた。 その醜さの力を心に受けるなど、出来ない。耐えきれず、桜姫の心は死んでしまうだろう。 ( お兄さまを痛めつけなどしたら、許さないわ。誰であっても、ゆるさない ) けれど、炎のような思いが、桜姫の水面下に広がった。 そう、許さない。わたしを、吹雪王から引き離したりなどしたら。あのひとを、少しでも傷 つけたりなどしたらー

8. 闇灯籠心中 : <雨の音洲>秘聞 吹雪の章

呆れたように、臾螺が手下の一人を振り仰いだ。すぐ左隣で、わずかに臾螺より下がってい た男が、その言葉に頷く 「そのようですね」 吹雪王にはさつばり通じなかった。ただ、洒弭螺と呼ばれた男が、臾螺の片腕なのだろうと 感じた。 ちきようだい その親しさは、乳兄弟か何かのようにも思える。 「お頭・ : ・ : 」 桜姫を抱えた男が、ロのなかで物を噛むように臾螺を呼んだ。手のなかの姫をどうするべき か、考えあぐねているようだった。 「うん」 臾螺は男に向き直り、桜姫に目を止めた。 吹雪王のなかに、強いしびれが走った。 なぜかはわからない。けれど、ひどく危ない。なぜか危ない , 「その女人はわたしの連れだ。こちらへ、、返していただきたい。返せば何もせず、このまま、 どこぞへか消えよう」 早口に言った。臾螺が桜姫に触れれば、よくないことが起こる気がする。 あき

9. 闇灯籠心中 : <雨の音洲>秘聞 吹雪の章

そ・、ぶ まじめ からかい 真面目くさった素振りの嵐王の揶揄に、途端に常磐は鼻を鳴らした。 「出世もせすに夢ごこちでいた近衛が、とうとう欲に目覚めたか ? おお、たしかにこの大役 を果たせば、出世は間違いない。、主上のお側近くに、必ずや取り立てられることであろうよ。 いまいましい。それを許すなど、あの御方も何をお考えか ! 」 「お静かに」 声の高くなる母を、彼は慌てて制した。 「常磐。ここは鴉の家ではないのですよ。こちらの家の女房に、そのようなことを聞かれた ら、 しかがするのですか」 はばか 「わたくしの実家で、わたくしが何を憚る必要があるというのですか」 ばちん ! 碁石を激しく打ちつけて、常磐が唸る。押さえつけられ、腹立ちがいよいよ増しているよう 「実家とはいえ、あなたはもう鴉王の妻ではないですか」 「ああ ! そのことはロにしないでおくれ ! 」 いらいらと常磐が叫んだ。ざあっと石のこばれる音が続く。碁石の入れ物を、倒したのだろ 鴉、鴉 ! せつかく、 「あの男のことなど聞きたくないと、いつも言っておるではないかー 、、つ ) つつ ) 0

10. 闇灯籠心中 : <雨の音洲>秘聞 吹雪の章

をしまいこんだ。 だからこそ、余計に、いがく。棘をさされたかのように。 ( いったい、何をお考えか ) れんちゅう あらわ 帝が手の内をすべて明かすことはない。簾中におわして、そのかんばせを露にしないよう みずか 嵐王は、自らに与えられた帝の数少ない言葉から、先を読み、取る道を決めてゆかねばなら . な . かつわ ~ 。 ふきようこうむ 決して、不興を被ってはならない。 「 : : : ぬばたまの君さま」 消え入りそうな女の声が、ふいに聞こえた。立ち止まった嵐王は、目を凝らして庭木のあい す だを透かし見る。 ぬばたまの君、と聞こえた。 ぬばたまとは、見事な黒色をさす。鴉の濡れ羽色のことだ。 中暗に嵐王をさし、遠回しに彼を呼んでいた。 籠「だれだ ? 」 おうぎ 用心のために扇に手を触れながら、問う。冷や汗が、つう、と流れた。 ものけ こんな夜更けに暗闇から声をかける女など、信用ならない。物の怪か、それとも鬼女か