聞こえ - みる会図書館


検索対象: 闇灯籠心中 : <雨の音洲>秘聞 吹雪の章
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1. 闇灯籠心中 : <雨の音洲>秘聞 吹雪の章

あれは、、 しつのことだろうか すのこえん くちなししゃ 簀子縁をやって来る足音が、梔舎に聞こえはじめた。 「どなたか、お渡りですわ」 はやぶさおう ここのえのないしのすけ ふるくから隼王の母に仕える女房が、こわばった声になる。彼や母・九重典侍を取り巻 くように座していた乳母や女房たちが、慌ただしく辺りを片づけはじめた。 こうきゅう 梔舎は、後宮のもっとも奥まった寂しい場所にある。 に・よう・′ ) ちゅうぐう いまを時めく女御などは、決してそこには住まない。中宮ならば、柏の殿に程近い楓の殿、 あいひ たちばなしやこうばい 愛妃ならば華やかな橘舎や紅梅の殿などがあたえられる。 さきのみかどのこ 隼王たちがそこに暮らしていたのは、九重典侍が前帝の遺していった典侍だったためだっ 御世はすでに移っている。「それでも置いてやるだけありがたい」と思わねばならない立場 っ ) 0 ニ秘くちなし ( ひめくちなし ) かしわ かえで

2. 闇灯籠心中 : <雨の音洲>秘聞 吹雪の章

す たぶんそうなのだと、桜姫は思った。彼女は罪を犯したのだから。鬼に、引き据えられても のだ。 仕方がない ( 悪いことなんて、していないのに ) きんき 実の兄を愛するのは、それほどいけないことなのだろうか。禁忌だというけれどー・・ーどうし 誰よりも誰よりも恋しいのに。それが、だめだというのだろうか : 答えなど、わからなかった。けれど、 「わたし、神様の、お裁きを受けるのね」 つぶや ふともらした呟きは、はじけるような笑い声にかき消された。 「はははは」 声は真上から聞こえた。頭を押しつけられているその胸の奥からも、伝わって聞こえる。 桜姫を捕らえている男が、笑っていた。 ( なにがおかしいというの ) 桜姫は男を押し退けるようにして、顔を上げた。 ( ちがうおに ) ふぶきおう 男の顔は金色をしていた。吹雪王の馬から彼女をひったくった者は、黒い顔だったはずなの

3. 闇灯籠心中 : <雨の音洲>秘聞 吹雪の章

をしまいこんだ。 だからこそ、余計に、いがく。棘をさされたかのように。 ( いったい、何をお考えか ) れんちゅう あらわ 帝が手の内をすべて明かすことはない。簾中におわして、そのかんばせを露にしないよう みずか 嵐王は、自らに与えられた帝の数少ない言葉から、先を読み、取る道を決めてゆかねばなら . な . かつわ ~ 。 ふきようこうむ 決して、不興を被ってはならない。 「 : : : ぬばたまの君さま」 消え入りそうな女の声が、ふいに聞こえた。立ち止まった嵐王は、目を凝らして庭木のあい す だを透かし見る。 ぬばたまの君、と聞こえた。 ぬばたまとは、見事な黒色をさす。鴉の濡れ羽色のことだ。 中暗に嵐王をさし、遠回しに彼を呼んでいた。 籠「だれだ ? 」 おうぎ 用心のために扇に手を触れながら、問う。冷や汗が、つう、と流れた。 ものけ こんな夜更けに暗闇から声をかける女など、信用ならない。物の怪か、それとも鬼女か

4. 闇灯籠心中 : <雨の音洲>秘聞 吹雪の章

けものみち それら二つをかわし、昼に動くのは無理だった。街道は、追捕使たちが通る。獣道は、山 賊たちが通る。 だから、鳥たちのさえずりが聞こえだす頃に、桜姫たちはこの大きな岩の窪みに身をひそめ たのだ。日が落ちるまでは、なにがあってもここにいる。そう約束した。 〈吹雪王、わたし恐ろしい 。どうして、森はこだまするの ? あの声は近く聞こえるわ。 今にも、その藪をかき分けて、兵が出てきそうだわ〉 〈気のせいだ。わたしがいる。大丈夫だから、じっとしていよう。あの声は、もしわたしたち がまだこの辺にいるのならば、驚いて飛び出して来るだろうと、それを待っているのだから〉 えりもと 背をそっと撫でさすられ、桜姫は襟元にしがみついた。真っ白だった単は、土や汗、草の緑 まだら に、斑に染まっている。 〈あのお衣装、見つかってしまったのじゃないのかしら ? わたしの小袿が〉 昨日の夜、桜姫はあの小袿を捨てた。裸で歩くような真似はしたくないと、ずいぶん頑張っ かち ては見たが、徒には重すぎたのだ。 仕方がないと、いまは素直に思える。もう、なりふりに構ってなどいられなかった。桜姫も 吹雪王も、真っ黒と言ってもよかった。衣は、元の色がわからぬほどになってしまっている。 無事に〈尾〉の領地へ行けるのか。それだけがすべてだった。よい衣装も、食べるものも、 たどり着きさえすれば、また手に入る。きっと。 こうちぎ ひとえ

5. 闇灯籠心中 : <雨の音洲>秘聞 吹雪の章

桜姫は、耳を疑った。 ( 今のーー ) 誰が一言ったのだろう。うるさい、 吹雪王。だった。 ( 聞こえ、た ) 口に出された一一 = ロ葉ではなかった。〈声〉だ。桜姫の心の〈耳〉が聞き取った、吹雪王の、心 の〈声〉だった。 ( うるさい、って : ・・ : ) 泣き声さえも、気にいらない。そういうのだー 中 燈とっさに声を殺した。けれど、涙は止められなかった。 あとからあとから、涙があふれだす。ぬぐっても、ぬぐっても止まらない。乾かなかった。 お兄さまの、ばか : と。

6. 闇灯籠心中 : <雨の音洲>秘聞 吹雪の章

( うわっ ! ) じゅばく 二度目の音に、呪縛が解けた。彼は首をすくめ、身を低くする。 すのこ そのまま、耳を澄ませ、彼は簀子に突っ伏した。 ( 中の音だ : : : ) しりぞ 自分ではなかった。恐らく、几帳を退けるとか、誰かが几帳に腕をぶつけるとかしたのだ。 ( よかった ) どっと汗が吹き出した。いまここで「だれ ! 」などと帝が誰何するようなことになれば、き っと母が責められた。 つめていた息を吐きだし、ふたたび彼は動きだした。いままで以上に、あちこちに気を配 と。 押し殺した泣き声が聞こえた。 沖女人のものだ。まさか。 籠隼王はからだをこわばらせた。 ( おかあさまが、泣いている ? ) とすると、あの音は母が几帳にぶつかったものだろうか ? きついお叱りに、耐えきれず泣 る。

7. 闇灯籠心中 : <雨の音洲>秘聞 吹雪の章

「いたぞ さくらひめ 鋭い叫び声が森をつらぬき、桜姫ははっと腰を浮かせた。 「だめだ」 すぐに、吹雪王に腕を掴まれ引き戻される。その力に、岩のみに潜むように座 0 ていた兄 の胸に倒れこむ。 起き上がるよりも早く、桜姫は腕のなかに閉じ込められた。吹雪王が、両腕で、押さえつけ た。が苦しくなるほどに。 ゃぶ いな がさがさと、遠くの藪を誰かが進んでくるような音がしている。否、本当はもっと近くを歩 、て、るのかもしれない。 そらみみ 燈否、空耳かもしれない。 何一つ、たしかなことは分からずに、それがよけいに不安をかき立てる。あの声はどこ。ど こから聞こえているのだろう。 四ニ人しづか ( ふたりしづか )

8. 闇灯籠心中 : <雨の音洲>秘聞 吹雪の章

桜姫は身をよじった。この手に捕まったら、また、また : 「ほうら。お姫さん、捕まえちまうぞ ! 」 その手が、幾度も袖をはたいた。 その気になれば、男にはすぐ桜姫がっかめるのだ。それを、あえてしない。 からかって、いたぶっている。猫のように。 ねずみ この男にとって、桜姫は鼠でしかないのだー 「立ち去れ ! 」 吹雪王が振り向きざまに、男に二本指を突きつける。 物の怪の叫びのような、おそろしい音とともに、二本指から、火の玉が吹き出す。神官の術 「ぎやっ」 鼻すれすれをかすめた青白いものに、男は手綱を放り投げた。背をそらし、飛ばされたよう にふいに消える。 にぶ 鈍い音が、風の中からとぎれとぎれに聞こえた。落馬したと桜姫は知る。 ものけ そで ねこ

9. 闇灯籠心中 : <雨の音洲>秘聞 吹雪の章

いりますから」 「 : : : ほんと , っ ? 」 袖のなかから、声だけが聞こえた。 「はい」 隼王は笑いながら答える。 簡単な文字ならば、彼にも書けた。四の姫に何を書けばよいかと聞いて、それを叶えてあげ れま、、。 簡単オ ( ああ、わたしにも、こんな妹姫がいたら ! ) くちなししゃ きっと、梔舎も華やぐことだろう。彼も、九重典侍も、笑って暮らせるだろう。 * 一さい 母に足らないのは、楽しみだ。どんな些細なことでも、愛らしい妹姫がいれば、毎日が心の 浮き立つ日々となるはず。きっと , 「では、、ましばらく」 隼王は、駆けだそうとした。 「ですが羽末衣王さま、いま梔舎には 辺りを ' り、女房の声は尻すばみになった。 はっとして、彼も立ち止まる。主上が 「 : : : おじちゃま ? 」 、、つ ) 0

10. 闇灯籠心中 : <雨の音洲>秘聞 吹雪の章

112 表立って、彼は何をすることもできない。けれど、こうして文字を綴るだけならば。 遠くで、何かが倒れた。 鴉王は顔をあげる。 ふいに、人の気配が増えたようだった。家人が、目を覚ましたのだろうか。 何か おとど 「大臣さまっ ! 」 かれい 鋭い家令の叫びが聞こえ、彼はやにわに立ち上がった。 やとう 夜盗か つまど 鴉王は壁に掛けてあった守り刀をひったくり、妻戸を抜け、廊下に飛び出した。 「おとどさま、大臣さまっ ! 兵が ! 兵がい」 初老を過ぎた家令が、向こうから駆けてくる。その後ろに、ぎらりと刃が光った。 「なにごとぞ ! ここをどの家とわかってのふるまいかッ ! 」 たち 廓に立ちはだかった鴉王は、太刀を振りかざし向かってくる男たちを一喝する。 『お放しくださいませッ』 けに , ん いっかっ