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検索対象: 闇灯籠心中 : <雨の音洲>秘聞 吹雪の章
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1. 闇灯籠心中 : <雨の音洲>秘聞 吹雪の章

( うわっ ! ) じゅばく 二度目の音に、呪縛が解けた。彼は首をすくめ、身を低くする。 すのこ そのまま、耳を澄ませ、彼は簀子に突っ伏した。 ( 中の音だ : : : ) しりぞ 自分ではなかった。恐らく、几帳を退けるとか、誰かが几帳に腕をぶつけるとかしたのだ。 ( よかった ) どっと汗が吹き出した。いまここで「だれ ! 」などと帝が誰何するようなことになれば、き っと母が責められた。 つめていた息を吐きだし、ふたたび彼は動きだした。いままで以上に、あちこちに気を配 と。 押し殺した泣き声が聞こえた。 沖女人のものだ。まさか。 籠隼王はからだをこわばらせた。 ( おかあさまが、泣いている ? ) とすると、あの音は母が几帳にぶつかったものだろうか ? きついお叱りに、耐えきれず泣 る。

2. 闇灯籠心中 : <雨の音洲>秘聞 吹雪の章

時折、ごうごうと言う音がその中に混じる。川が近いのだろうか ? そんな気がした。 「ふぶき」 「しツ」 そっと呼んだ声は、厳しく制された。まるで黙らせようとするかのように、腕の力が強くな る。 こす もつれてしまった髪が、擦れて音を立てる。耳を押さえられ、聞こえにくく苦しい 桜姫は腕から逃れようともがいたが、吹雪王はそれを許さなかった。動きを封じるよう、腕 をずらして肩を引き寄せる。 「しずかに、桜。いま音を立ててはいけない」 「でも」 「しずかに」 くちもと と・か 声を出すのを咎められ、桜姫はロをつぐんで下を向いた。ロ許を、引き結ぶ。 おって ( だって、吹雪。見つかってしまったんだわ。あれは追手の声でしよう ? そうでしよう ? ) 胸のあいだを、冷たいものが滑り落ちてゆく。 ああ、とうとう見つかってしまうのか。もう、これまでか。 ( 吹雪 ) 兄の名を呼び、桜姫は声を出さずにかわせる言葉があるのだと思い出した。目を閉じ、念じ すべ

3. 闇灯籠心中 : <雨の音洲>秘聞 吹雪の章

桜姫は身をよじった。この手に捕まったら、また、また : 「ほうら。お姫さん、捕まえちまうぞ ! 」 その手が、幾度も袖をはたいた。 その気になれば、男にはすぐ桜姫がっかめるのだ。それを、あえてしない。 からかって、いたぶっている。猫のように。 ねずみ この男にとって、桜姫は鼠でしかないのだー 「立ち去れ ! 」 吹雪王が振り向きざまに、男に二本指を突きつける。 物の怪の叫びのような、おそろしい音とともに、二本指から、火の玉が吹き出す。神官の術 「ぎやっ」 鼻すれすれをかすめた青白いものに、男は手綱を放り投げた。背をそらし、飛ばされたよう にふいに消える。 にぶ 鈍い音が、風の中からとぎれとぎれに聞こえた。落馬したと桜姫は知る。 ものけ そで ねこ

4. 闇灯籠心中 : <雨の音洲>秘聞 吹雪の章

ひッと鋭い音がし、桜姫はれが自分の立てた音と知った。 ″蕾の姫〃の面が、剥がれようとしている。 ( ダンジョウカラスノサクラヒメ。イマハ、トウグウヒデアラレタ、カ : : : ) まり 男の声が鞠のように転がる。 やはり知っている コノ男ハ、何モカモ 知っているー はかまおび 闇に吸い込まれそうになる意識をこらえようと、袴の帯を握りしめる。爪がたわんだが、手 をゆるめれば、そのまま気もゆるみ、倒れてしまいそうだった。 ( この男は、何者なの : : : ) ただの山賊であるはずがない。都のことを知っている。〈鳥名〉貴族のことを知りすぎてい 中 「そう、こわい顔をなさるな」 燈桜姫の気持ちをほぐそうというのか、男は苦笑するような顔をした。 かくま 「姫と兄君を、 : 引き離そうなどとは思わぬ「匿ってさしあげようと、申し上げているの だ。どなたであるか、承知の上で」 る。 トリナ つめ

5. 闇灯籠心中 : <雨の音洲>秘聞 吹雪の章

「吹雪王 ! 」 めいうん おしまいかも知れなかった。ここで、命運は尽き果てぬとも限らない。 う最後なのか ? 「さくら ! 」 吹雪王は立ち止まり、妺を振り向いた。かき抱く。 こた 桜姫が応える。 いっそこのまま、ここで命が終わってしまえば : 「行こう : 吹雪王が、両肩をつかみやさしく桜姫を引き離した。 その目が腫れている。いまにも、泣きだしそうに。 「いくわ」 くじけそうになる心を、吹雪王が支えた。桜姫はその手を握り、また歩きだす。 水音がふいに大きくなったようだ。川 の側に来てしまったのだろうか ? 「兄さま、前に行かないほうがいいわ。川が近いわ」 「前 ? 横ではないの ? 」 け・いめ・ゅ・う・ 渓流の音は、前からも左からも真上からも聞こえた。あたりにこだました音が、方向を定 これが最後か ? も

6. 闇灯籠心中 : <雨の音洲>秘聞 吹雪の章

232 ざっと、枝が臾螺に襲いかかった。道などない、林のなかに踏み込んだのだ。無理もない。 「くそっ」 毒づいて、彼は太刀を振るった。目の前に迫る枝を、片端から斬り落としてゆく。 少し先に、林をかき分けてゆく音がする。 あの男だ。いちばん身なりの良かった、貴族の男。 ( ハヤプサ : : : 王 ) 名が、ふい浮かんだ。それが、あの男の名なのだ。きっとそうだった。 「待たれよ ! 止まるのだ ! 」 ふところ 隼王が聞くはずもなかった。臾螺は舌打ちする。懐から、あの笛を取り出した。 「〈鳥名〉貴族ゆえ、余計に苦しむそ ! よいのかっ」 ひょ , つるりい 音が、風をはらみ、衣のように広がった。 くぐもった声が、先で上がる。ここからでも、その音色が聞こえたのだ。 「お苦ししカー 、 ) ? ならば止まられよ ! さもないと、いまいちど ! 」

7. 闇灯籠心中 : <雨の音洲>秘聞 吹雪の章

隼王の背後で、悲鳴が上がる。判官たちのものだろう。 「隼王さま ! お下がりください ! 」 っちばこり 土埃が上がり、二十騎あまりが向かってくる。侍たちが迎え撃とうと、刃を抜きはなっ 「かかれ 男たちの隊列が、二手に分かれた。両脇から、隼王たちを挟もうというのだ。 たちつか たづな 隼王も太刀の柄を握った。片手で手綱をたくし上げる。 馬首を返し、ぶつかり合う男たちから引く。 どおん 地響きがし、辺りは土埃に飲み込まれた ! おたけ にぶ 雄叫びが上がる。馬同士のぶつかる、鈍い音が響く。切りむすぶ音がいくたびか聞こえ、馬 いなな の嘶きがそれをかきけす。 燈「みなさま、お逃げくだされ ! 」 追捕の侍が叫んだ。声に、あせりがにじんでいる。強いのだ。 「判官どの、主典どの、いま少しさがりましよう。おはやく ! 」 ふたて はさ ゃいば

8. 闇灯籠心中 : <雨の音洲>秘聞 吹雪の章

214 けわ 声が険しさを帯びた。 〈臾螺に、何か、よからぬことを ? 〉 「あの、あの : : : 」 わけもなく、床に指をはわせた。早く何か言わなくては。何か、納得させるようなものを。 臾螺の姿を思い浮かべ、言葉を探した。 ( 青の嵐のような者だわ、目が涼やかで、笛を、そう、変わった笛を持っていらした ) 「姫君 ? 」 「わたし、笛が」 〈笛 ? 〉 洒弭螺が、とっさに臾螺の笛を思い浮かべたと、桜姫にはわかった。あの黄ばんだ笛。それ がどうしたというのか ? という問いの隙間に、洒弭螺の、あの笛に対する恐れが混じってい る。そう気づいた。 僅かな間のことだった。 ( ここの者たちは、みな、あの笛の音を嫌がっているのだわ。あの、高い音。あれを耳にする と、苦しくて、気を失ってしまう : ふえな 〈笛鳴り〉の力が、知らずに大きく放たれていた。桜姫は、洒弭螺のなかからそのことを見つ けてしまった。 いや ふえ

9. 闇灯籠心中 : <雨の音洲>秘聞 吹雪の章

黄ばんだ、何の飾りもない笛に桜姫はひそかに眉をひそめたまるで貧しいものから奪った ような品に見える。 器用にそれを指先で回し、男は笛を口に当てた。 ひゆるりい 、一う 小さな涼やかな音が香のようにふわりと立ちのばり、消えた。 ざあっと、桜姫の体を風が包む。草むらを渡る青の嵐が、体のなかを抜けてゆく。 ( この者の声と、同じ音色 ) 音の高さはまるで違うのに、なぜかそう思えた。荒々しいのに、そればかりではなくすがす 力しし ほほえ 男は桜姫に微笑みかけ、何事もなかったかのように笛をしまった。 いや 「この音色は、お嫌ではないね ? 」 桜姫は答えなかった。危うく、つり込まれて頷きそうになるのをこらえた。 もとのように、ちゅういぶかく心を閉ざす。 " 蕾の姫〃になるように。 ( お兄さま以外の方に、心なんてひらかない : そのほうがいい と、どこかで声がした。それが誰のものなのか、桜姫にはわからなかった。 あらし

10. 闇灯籠心中 : <雨の音洲>秘聞 吹雪の章

じ 1 ) く ( 鬼 ? 地獄の鬼なの ) すうっと、魂の抜けてゆくように、気が遠くなる。冷たくなってゆく指先で、それでも桜姫 は振り落とされまいと、吹雪王の衣をにぎりしめた。 とどろ 蹄の音が近づいてくる。ふいに、戦場に放り出されたように、地が轟いた。林じゅうにこだ まする。 ざわざわと、あちこちで音がした。鳥が飛んでいるのか。獣が逃げているのか。それとも岬 つば のどに氷の固まりを押し込まれたように、苦しい。桜姫は、何度も唾を飲み込んだ。 「お兄さま、はやく。もっとはやく ! 」 えて 「むりだ ! わたしは馬が得手ではない。これ以上は出来ない」 言いながらも、吹雪王は馬の腹を蹴っている。 は目を血走らせ、ロから泡を吹き出した。それでも、一向に速さは変わらない。やはり、 二人乗っているのがいけないのだ。 ( いたっ ) から 中 すり抜けた木の枝に髪が絡まり、何本かが引き抜かれた。けれど、止まれはしない。 燈「我らから逃れぬことは出来ぬ」 闇むだ 「無駄だ、無駄だ ・ちト - うしよう 嘲笑が、追、 ひづめ 、しかけてくる。