黒い - みる会図書館


検索対象: 闇灯籠心中 : <雨の音洲>秘聞 吹雪の章
148件見つかりました。

1. 闇灯籠心中 : <雨の音洲>秘聞 吹雪の章

黒髪が床にあふれかえっている。 、一うずい 衣の色がちらばっていた。帯が解かれ、裾が乱れ、襲の色が洪水のように御簾のほうへ押し 寄せている。 ひときわ白い片膝が見える。後ろにそらせたおとがいの先に、紅を掃いたロが見える。 もんよう その向こうから、水の紋様のようなうねりの黒いものが流れてくる。黒い、黒い滝のような 髪のながれ つめたい目をした男が、典侍の両手を押さえていた。ほっれた髪が、額に 「羽末衣のためだ。そうではないか、典侍」 声が矢のように飛び込んだ。 ため ハスエノ為。はっきりとそう聞こえた。 ああ ! ) 隼王は、それで我に返った。簀子を蹴って土に下りた。まっすぐに、梔舎の裏の門へ向か だいり 、内裏から抜け出した。 0 と すそ かさね 」かかっている。

2. 闇灯籠心中 : <雨の音洲>秘聞 吹雪の章

首ヲ。 ( わたしたちのせい ) 刑死。 ( わたしたちのせい ) 犬のように引き据えられてー ほうけたような桜姫のなかに、吹雪王の気づかうような気配が届いた。 くら その彼の中も、昏い闇が広がっていた。目を見開いた鴉王が、〈門〉の前に置かれた台でさ らされている光景が、ちらついている。 ( ああ、お父さま : : : ) 桜姫は両手を組み合わせた。 くらい おんな ( わたしたちは、なんてことをしてしまったの。位をきわめられた方の御名を、地に落とし て、踏みにじってしまった ) おんわ おかた おとど 中 〈あの温和なお人柄の御方を。よき大臣だった御方を : : : 〉 ほたる 燈吹雪王の〈声〉が震えた。黒い蛍のようなものが、いくつも見えた。彼の言葉を追って飛び 交っている。 〈吹雪王。わたしたちは、鬼だわ : : : 〉

3. 闇灯籠心中 : <雨の音洲>秘聞 吹雪の章

( よもや、共にいるのではあるまいな ) そうではないとは、言い切れなかった。隼王はぞっとして、早口に言った。 めい 「よろしい。馬などはくれてやろう。われらの命は、〈鴉〉の家のおふたりを、捕らえること」 すみぞ 『殺してもかまわぬ。ただし、墨染めだけぞ』 おう ほほえ 微笑みを扇の下に隠し、自分だけに命じた帝の顔を思い出した。 さくらひめ なぜか、そう言われてきた。桜姫だけは、生け捕りにせよと。出来るだけ、傷をつけぬよ とうぐうひ うえ ( 東宮妃さまを、生きて連れ戻して、どうなさるおつもりか、主上ーーー ) あわ その裏には、よからぬ謀が潜んでいるのだ。あの帝のこと、なにも憐れから出した一一 = ロ葉で はないだろう。 見つからぬほうがいい。本当は。 あかし 何とか、ふたりが死んだという証を持ち帰れないものかと、隼王はそればかりを考えてい っ ) 0 中 ( 首でなくてもいいのだ。帯や、片方の沓や、そんなもので、よい ) ついぶ キ一いく 燈一人きりで追捕するのならば、どこかで細工して、その品を持ちかえっただろう。ああ、 闇 ますぐにも、そう出来たならば。 「隼王さま」 はかり′」と くっ

4. 闇灯籠心中 : <雨の音洲>秘聞 吹雪の章

め と思うと、気が滅入る。それだけだった。 「わたくしの生まれた国は西国ですが、その道のりは、ここよりももっと寂しいところでござ りますよ」 となり 隣に馬を進めていた男が、そう返してきた。 ふ 隼王の家の者でも、部下でもない、リ 男の府から借り受けた、旅馴れた者の一人だった。下級 さむらい あだう の侍らしく、兄の仇討ちにゆくという隼王の話に、大いに感じるところがあったようだ。 じよう さかん はした 判官や主典といった位官の者よりも、端下の者のほうが、隼王とよく口をきいた。役目違い おとうと の、しかも帝弟がいると、やりにくいのだろう。避けるというはどではないが、遠巻きにして 「西国とは、〈チクシ〉のほうか ? 」 まぎ 少しでも気を紛らわそうと、隼王は尋ねた。 「いいえ、あれほど遠くでは。〈オキ〉のあたりでござりますよ」 「〈オキ〉か。海近い、よいところなのだろうね」 「それは、もう」 侍の男は、うれしそうに笑った。陽射しを浴び、若木のようにまっすぐ育ったのだろう。素 直だった。 「わたしも、そういった所に生まれればよかったかな」 さい′ ) く ひぎ

5. 闇灯籠心中 : <雨の音洲>秘聞 吹雪の章

ほのかな明かりに、それらに使われた銀糸が瞬くように輝きを放つ。陽のもとに照らせば、 どれほどの品だろうか。 「ああ、そこに置け」 なれた様子で男は言い、 部屋の真ん中にどかりと座った。斜め後ろに倒れかかり、茵を引き 寄せる。 桜姫の前にそれを滑らせた。 「あまり上等ではないが、ないよりはよいだろう。お座りになるとよい」 桜姫は言うとおりにした。もう、横を向く気力も、ここで意地をはる力も残ってはいなかっ た。身の上を見透かされた、その恐ろしさに、何もかもが吸い取られてしまったようだった。 かぎ 家来の男は灯台を置くと、鉤を外し、御簾を下ろして出ていった。 「さて」 男は一人呟き、両手を頭の後ろに回した。 黒い紐が、ばらりと肩に落ちる。面が外れた。 びりようあらわ すい、と通った鼻梁が露になった。うるさそうに、 こばれてきた髪を払った男は、目を上げ そうばう 細く切れ長の双眸は、水をたたえたように濡れて見える。引き結んだ唇は鐫で刻みつけたよ うだった。 っ ) 0 ひも すべ またた ひ のみ しとね

6. 闇灯籠心中 : <雨の音洲>秘聞 吹雪の章

146 髪があおられて、揉みくちゃにされる。うつかりと飲みこんでしまった髪が、のどの奥まで いってしまい、桜姫は咳き込んだ。 「なんだ女だ ! 」 「女が逃げるぞ ! 」 すきま 風の唸りの隙間から、男たちの声が咆哮のように聞こえた。 桜姫は兄に強くしがみついたまま、振り返った。 「あっ」 黒い馬に乗った男たちが、追ってくるー 恐ろしさのせいだろうか、その馬は、普通よりもずっと大きなものに見えた。 ( その顔ーーーし 「吹雪、黒い鬼 : : : 」 出した声は、自分でも驚くほどうわずっていた。 男たちの顔は、みな馬と同じくらい黒い色をしていた。黒いに乗り、黒い衣に身を包ん だ、黒い顔の男たち。短い髪を振り乱し、黒ずくめのなか、両目だけが、らんらんと金に輝し ている。 したた だらりと垂れた舌が、血の滴るように赤い。 まるで、今し方、人の肉を食らってきたよう ほう - 」う

7. 闇灯籠心中 : <雨の音洲>秘聞 吹雪の章

226 きんばく 緊迫した声で侍に呼ばれ、隼王は我に返った。はっと顔を上げ、その途端、前方に、道いっ ばいに広がる黒いものが、目のなかに飛び込んできた。 馬を、止める。 「まえにーーー怪しい者らが」 押し殺した声に、彼は頷いた。あれは、馬に乗った人の群れだ。大きな黒馬ばかりの。 黒馬ばかり 「主典。あなたの申されていた鬼とは、あれらのことか ? 」 「え」 かば 追捕の一行は、ふいに馬足を乱した。わらわらと止まり、主らを庇おうと、侍や供の者が出 ばっとう きはく てくる。侍たちは、すぐにも抜刀しそうな気迫をみなぎらせた。 「おさがりください、隼王さま。危のう、ござります」 隼王はそれを制した。 めい し一ろ・ 「こちらは帝の命を受けた身。追捕の一行と、見れば知れよう。帝のご威光にかけて、進むの だ。気づけば、あちらが道をゆずろう」 ぞく とが 賊ごときに、道をあけたと知れたならば、隼王らは咎めを受けることになる。 それは皆が承知だった。ここにいる者らすべての命よりも、帝の威光の方が優るものなのだ

8. 闇灯籠心中 : <雨の音洲>秘聞 吹雪の章

152 くら あた 地面に投げ出され、辺りが昏くなったのはわずかの間だった。 すぐに、吹雪王は意識を取り戻す。跳ねるように立ち上がっていた。 ( さくらひめ ! ) とっさに辺りを見回す。右手の奥にいる一騎が、向きを変えたところだった。 こうちギ一 黒い顔の男が、小袿姿の女人を抱えている。 ( そこか ) 「おっと ! 」 駆けだそうとした彼は、すさまじい音を耳元に聞き、はツとした。 っちばこり 土埃が舞い上がる。周りを、黒馬に乗った男たちが囲んでいた。 赤い舌を突き出した黒い顔が、彼を見ている。 男たちは黒塗りの面をつけていた。近くで見て、そうとわかった。 やとう おそらく、彼らは野盗か何かなのだ。素顔を見られるわけにはいかず、そんなものをつけて いるのだろう。 自分の声が、ひどく遠くに聞こえた。桜姫の意識が、遠くなってゆく :

9. 闇灯籠心中 : <雨の音洲>秘聞 吹雪の章

はなづら 黒い馬の鼻面が、そこにあった。足を動かせば、その馬に、桜姫はぶつかる。 「ふ、ふぶきツ」 男の黒い顔が見えた。暮れかけた林のなか、目はそれでもぎらぎらとしている。 「いい女だ。かわいらしく、 まだわかい ! 」 とうぐう こわいろ その声色は、東宮に似ていた。桜姫を、籠のなかの珍しい鳥だとしか思わなかった、あの男 あの男の、嫌らしい目つきと舌なめずりにー みずもち 身体中をはい回る、水餅のような手を思い出した。鳥肌が立つ。 ( この人達は、同じことをするわ。わたしを捕まえたら、きっとそうする ) 歯の根が合わなくなる。あんなこと、もう二度としたくないー 「ふぶき、にげて、にげてえツ」 泣き声に、男が笑いだした。日焼けした腕をのばす。 燈「そら ! 」 こうちぎ 闇 小袿を、指先が叩いた。 かご

10. 闇灯籠心中 : <雨の音洲>秘聞 吹雪の章

いりますから」 「 : : : ほんと , っ ? 」 袖のなかから、声だけが聞こえた。 「はい」 隼王は笑いながら答える。 簡単な文字ならば、彼にも書けた。四の姫に何を書けばよいかと聞いて、それを叶えてあげ れま、、。 簡単オ ( ああ、わたしにも、こんな妹姫がいたら ! ) くちなししゃ きっと、梔舎も華やぐことだろう。彼も、九重典侍も、笑って暮らせるだろう。 * 一さい 母に足らないのは、楽しみだ。どんな些細なことでも、愛らしい妹姫がいれば、毎日が心の 浮き立つ日々となるはず。きっと , 「では、、ましばらく」 隼王は、駆けだそうとした。 「ですが羽末衣王さま、いま梔舎には 辺りを ' り、女房の声は尻すばみになった。 はっとして、彼も立ち止まる。主上が 「 : : : おじちゃま ? 」 、、つ ) 0