Ⅷけれど拳を握るのか ? たいこうしやかんげきめ セドリックは赤信号を無視し、対向車の間隙を縫って強引に右折した。抗議のクラクション てんめつ とライト点滅が起こるが、かまっている暇はない。 和泉はライトを起こし、ハイビームにした。クラクションに右手を押しつけたまま、全速カ で埠頭に入る。 ライトのなかに黒い特攻服と、もみあっている紫の特攻服の群れが浮かび上がる。 いっせい 一斉に振り向いて、そのまぶしさに手をかざす。 バーマをかけた金髪が揺れた。木刀を手に した男たちが、手に手に振り上げる。 彼らの輪の百メートルほど手前で、和泉はプレーキをかけた、車体がつんのめる。 路肩に押し退けるようにセドリックを停めた和泉は、ドアをあけて走りだした。気づいた白 い服の親衛隊たちが駆けだす。 「高島さん ! 」 どせい 殴りつけるような怒声が押し寄せる。 考えている余裕はなかった。 龍二たちは和泉のあとを追って走る。彼を大将だと知る男たちが向かってくる。カラスと呼 ふくめん ばれる三角の覆面で顔を隠した彼らの特攻服の胸元に、赤いが三つ。
どっと息を吐き、龍二は立ち上がった。栄を助け起こす。 「なんとか、間に合ったな」 駆け込み乗車した中学生に見せようと、笑顔を作ってみる。 栄も何とかうなずいた。片頬だけが、ひきつるようにゆがんで笑む。 へた 二人とも、下手な芝居だったかもしれない。 服の埃を払った二人は、鞄を手に車両を移った。先頭車両まで歩き、シートに崩れるように 座り込む。 「ばツかやろう : ・・ : 」 乗客は、遠くに一人だけだ。 龍二は思わず毒づいていた。 「あんなモン、持ってやがってよ」 いっか猫を切り裂こうとしたナイフだ。獄狼に出入りするようになって、捨てただろうと勝 手に思っていた。 栄はうつむいたまま、何も言わなかった。すこし余裕が生まれたのか、右手を眺め、手をゆ つくりと握った。 ゆっくりと、またひらく。 ヘルハウンド
しんふなばし 『新船橋、新船橋ー』 隣の駅に着いた。乗ってくる客はまばらだ。 降りようか。龍二はそれを思いまる。 まだだ。近すぎては、すぐに足がつく。 とっさに、家とは逆の方角を目指したのは正解だった。地元での事件ではなかったのも、捕 まらないためのプラスの材料になるだろう。 夜遊びを始めたとき、あの町を選んだ理由が、いま役に立つなんて。 皮肉な気持ちが、苦笑を生む。 ( 警察が、マヌケだといい : そう祈らずにはいられない。 「おまえ、前は ? 」 上の空で、彼は首を振った。 ( よかった。マシになる ) ホッとしながらも、恐れがっきまとう。現代の警察は、血の一滴からでも、犯人を割り出せ るのだから。 祈るしかない。 栄はまだ、手を開閉させている。その目つきとしぐさは熱に浮かされたようで、龍二はぞっ とした。手を伸ばし、彼の手を握って膝に下ろす。 ひぎ
しり 龍二はナイフを尻のポケットにねじ込み、ハンカチを出した。体を折って、手にまきつけ る。 すぐに血がしみてくる。朋重が悲鳴を上げて戻ってきた。 「龍ちゃん」 龍二の手を取り、すぐに栄に食らいつく。 「さっちゃんあんた何したかわかってんの龍ちゃんのね、龍ちゃんのねえ」 「一色のせいじゃなくて、俺がしくじったんだよ」 たしな 窘めたが、朋重は聞いていない。 聞いていないという点では、栄も同じだった。 彼は立ち尽くしている。呼吸は荒いが、動こうとはしない。顔は上げているが、目はどこも 見ていない 龍二が傷ついてショック、というわけでは無さそうだった。第一彼は、止めに入った者が誰 かさえ、わかっているか怪しい ナイフが手から離れたせいか、それ以上暴れるような形跡はない。だが、心ここにあらず ( おいおいおい ) ナが 自分の我よりも、彼のほうが心配だった。彼は本当に壊れてしまったのだろうか。 あまみや 「雨宮やめろよ。一色、一色 ! 」
218 って、言ってやるぜ」 特攻隊のメンバーとなる条件は、一にも二にも腕つぶしと度胸だ。 数えるほどしか集会に出ていない新入りが選ばれるのは、たしかに異例ではあった。 だが、龍二のスタートは実力半分ひいき半分といったところだ。三蛇の横井を倒したこと で、ようやく名実ともに 0 たようなものだ 0 た。 「おもしれえよ。本気になるぜ ! 」 警棒でまるで剣のように突きかかってくる。手も足もすべてを武器に、将宗は攻撃をしてい キエ从うき はもの た。回転する刃物か、人間凶器だ。 スピードと、がむしやらな力が龍二を押す。 何に飢えているのか。 ぎらっく差しに、龍二は思 0 た。彼はまるで必死に手を伸ばすコドモだ。けれど何が欲し いのかはわからない。 強さか、安住の地か。 ( 俺を倒せば、それが手にはいるのか ? ) も。も 龍二は頬を横殴りにされ、こめかみを殴り返した。将宗の拳が歯に当たり、自分の腿を警棒 がかする。 わからなかった。やりきれない気持ちになる。 将宗を、心から憎んだことはない。和泉の向こう側の人物。彼とは別にかわいがられていた
二階の踊り場で、弟が足をもつれさせた。もどかしくなった龍二は妹の手を放し、彼を抱き 上げる。見上げた少女は覚悟を決めたようにうなずき、先に立って走りはじめた。 三人は団地の敷地内にある公園へ出た。家からそれほど離れてもいないが、見える場所でも ・ヘンチまで走って、少女が止まる。ここまで来れば大丈夫というように、べンチに手をつい てあえいだ。 その脇で、龍二は弟を下ろす。彼にしがみついていた少年は、ばっと姉の背に飛びついた。 かば 手を回して庇いながら、彼女は顔を上げる。まだ荒い息のまま、それでもまっすぐ龍二を見 つめた。 「お兄ちゃんの、おともだちですか ? 」 かわい 訊ねた声は、ト / 学生とは思えないほどしつかりしている。切りそろえた前髪が可愛らしい 龍二はうなずき、名乗った。学校の同級生だと告げる。 きようだい 「栄の妹弟だよね ? 」 やすあき めぐみです。これは弟の泰明」 弟をせいいしい引き寄せるようにして、めぐみは言った。 「ええと : : : 」 そうつぶやいたきり、龍二はロごもる。 こんなとき、どうしていいかわからなかった。なんて慰めればいいのだろうか。ひとりつ子
途中で止めた栄が、 「ーーー行くなよ」 無意識のうちに、龍二はロ走っていた。 「行くなよおまえ、どこにも行くなよ ! 」 彼は顔を上げる。肩にある手を押さえた。 「栄 ! 」 うつむいたままの彼が首を振る。これ以上父とは暮らせない ( 暮らせないというのなら ) 方法を必死に考えた。金と大嫌いな〈人〉の庇護。未来の保証。 保証。 龍二は、支える手に力をこめた。 「おれがなんとかする」 「え ? 」 8 「俺が何とかする」 彼には出来る。方法はある。ずっと逃げつづけてきたけれど、嫌う気持ちに変わりはないけ れど。 「何とかする。サチ、何とかする」 : : : うつむした。
と。 ガキ ( 俺たちは子供だ ) しようだく どんなに望んでも、親の承諾なしには何も進められない。 いくら栄が頑張っても、母親はうなずかなかっただろう。それならなぜ、共に行かないのか 彼女にしてみれば、父親のもとにただ一人残してゆくのは気掛かりだったのだろう。 殴られつづけたのは、栄。 耐えつづけたのも、栄 : ・ とっぜん栄が手を放した。 「どうしてーー」 どうして、うまく行かない。 何もできない。 ( どうして ) どうして現在、子供なのか ( ちくしようつ ) くや いらだ 悔しさがこみ上げる。ぬぐってもぬぐっても止まらない涙にさえ、龍二は苛立った。 「おまえが泣くなよ」 栄が苦笑した。龍二の肩に手を掛ける。 「泣きたいのは」
「ダ 「ダピ : : : ド、フ。だろ ? 」 滑りだしてきたそれを手にし、栄もようやくそれを読んだ。 「うまいのか、それ」 独タバコだ。メイド・イン・ジャーマニー 栄は肩をすくめる。もちろん知らないのだ。 「なんで、それ買ったんだよ ? 」 「 : : : 箱、赤いから」 要領を得ない答えに、龍二は鼻にしわを寄せた。なんだそりや。 栄に答えるつもりはないようだった。例のように笑って、ポケットにしまってしまう。 「今度、おまえも店行くだろ ? 」 「ポーソーゾクの溜まり場だろ ? 」 はしっているあいだ 和泉が何をしている人なのかは、走行中に教えた。龍二が、そこに出入りしていることも。 「嫌なのかよ ? 行くッて言ったよな ? 」 栄は、もう一度笑った。 ( イエスだな ) かすかにはにかんだ目の端を、龍二は見逃さなかった。 彼もマルポロを一箱手に入れた。栄に、背を向ける。 , た
「やめて龍二お兄ちゃん ! 」 ろうか 加勢するように、栄が廊下をやって来る。彼の肩を掴み、ぐいっと引き離した。 「いいよもう。俺たち行くから」 「当然でしよう ? 」 「いままで、お世話になりました」 やすあき 栄がふかく頭を下げる。めぐみと泰明の手を取ると、玄関に向かった。 二人とも、ランドセルを背負っている。 「おい待てよ」 本当に行ってしまうのか 「土足で上がってくるなんて」 龍二に掴まれていた手を外し、さすりながら冷ややかな声を出す。 かッとした龍二が声を出すよりもはやく、栄がちらりと振り返った。 ふか 濬いーー目をする。 8 居すくんだように、彼女が息をのむ。 駅めぐみたちが靴を履くのを待って、栄の母親はふたたび頭を下げる。 うかが 「本当に、ご迷惑をおかけいたしました。いずれ改めてお礼に伺いますので」 「けっこうですよ、そんなの」