栄 - みる会図書館


検索対象: Pure gold : 華は藤夜叉
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1. Pure gold : 華は藤夜叉

「くれてやれば ? 」 兄が苦笑気味にいうのだからと、龍二はボタンをむしりとる。差し出された手のひらに乗せ てやると、彼女はくるりと栄に振り向いた。 「お兄ちゃんのも」 「俺はおまけみてーだな」 笑いながら、栄もボタンを外した。 「あーばくもー」 じだんだ 泰明が地団太を踏む。ふたりはそれぞれ第一ボタン、第三ボタンを渡してやった。 大時計は、出発三十分前になろうとしていた。 「もう行かないと」 栄が促すと、彼の母親は龍二を見た。 「龍二君。栄をよろしくお願いします」 いくども話し合った結果、選んだことだった。栄は、ここに残る。 龍二と一緒に 0 「は。い 駅「母さん、元気で」 こら まゆ ゆが 栄の言葉に、彼女はふいに顔を歪める。眉を下げ ( 堪えるようにしてから笑った。 「さっちゃんもね。みんな、元気にしてるから」

2. Pure gold : 華は藤夜叉

と。 ガキ ( 俺たちは子供だ ) しようだく どんなに望んでも、親の承諾なしには何も進められない。 いくら栄が頑張っても、母親はうなずかなかっただろう。それならなぜ、共に行かないのか 彼女にしてみれば、父親のもとにただ一人残してゆくのは気掛かりだったのだろう。 殴られつづけたのは、栄。 耐えつづけたのも、栄 : ・ とっぜん栄が手を放した。 「どうしてーー」 どうして、うまく行かない。 何もできない。 ( どうして ) どうして現在、子供なのか ( ちくしようつ ) くや いらだ 悔しさがこみ上げる。ぬぐってもぬぐっても止まらない涙にさえ、龍二は苛立った。 「おまえが泣くなよ」 栄が苦笑した。龍二の肩に手を掛ける。 「泣きたいのは」

3. Pure gold : 華は藤夜叉

栄が低く息を吐いた。拳を握りしめて叫ぶ。 「俺だってやったんだよⅡ」 えりくび 次の瞬間、龍二は栄に襟首を掴まれていた。 こっちで暮らして、 「やったんだよ ! 考えたよ ! 金借りるとか、ハンコ持ち出すとかー 一人で高校行くようにやったよ ! やっても駄目で、出来ねえからそう決めたんだよ ! 仕方 ねえんだ、あの人に迷惑を掛けずにいるには、こうするしかねえんだよい」 我を忘れたように、栄は龍二を揺さぶった。 あおむ 歯ぎしりが聞こえる。龍二はされるがままになりながら、目を閉じて仰向いた。 ( だから、いなかったのか : : : ) つじつま いまなら、すべて辻褄が合う。 栄の義母は、息子の遠慮を諫めたにちがいない。共に行き、向こうでの進学を繰り返し勧め ただろう。 それだけは避けたかった栄には、行方をくらます以外には方法がなかったのだ。出願期間を あきら 過ぎてしまえば、諦めてもらえるだろうと。 8 どのみち、こちらに残れば進学は出来ないのだからと。 龍二が英訳をしているあいだ、栄は駆け回っていたに違いない。親戚の援助がうけられれ ば、奨学生になって学費が払えれば。 かな カ いくつもの可能性に賭けたはずだ。だが結局は叶わなかった。 っ しんせき

4. Pure gold : 華は藤夜叉

「ダ 「ダピ : : : ド、フ。だろ ? 」 滑りだしてきたそれを手にし、栄もようやくそれを読んだ。 「うまいのか、それ」 独タバコだ。メイド・イン・ジャーマニー 栄は肩をすくめる。もちろん知らないのだ。 「なんで、それ買ったんだよ ? 」 「 : : : 箱、赤いから」 要領を得ない答えに、龍二は鼻にしわを寄せた。なんだそりや。 栄に答えるつもりはないようだった。例のように笑って、ポケットにしまってしまう。 「今度、おまえも店行くだろ ? 」 「ポーソーゾクの溜まり場だろ ? 」 はしっているあいだ 和泉が何をしている人なのかは、走行中に教えた。龍二が、そこに出入りしていることも。 「嫌なのかよ ? 行くッて言ったよな ? 」 栄は、もう一度笑った。 ( イエスだな ) かすかにはにかんだ目の端を、龍二は見逃さなかった。 彼もマルポロを一箱手に入れた。栄に、背を向ける。 , た

5. Pure gold : 華は藤夜叉

「俺だって、どうにかなるなら、そうしてるよ」 ほんね 本音を言った。彼女よりも、泣きたいのは自分のほうだ。 栄は前よりもいっそう、他人との距離を取っているように見えた。右手を常にポケットに入 れたままだ。あの音は聞こえてこないが、ナイフは入っているとしか思えない。 また、ヤる。 その思いは、渦巻くように心に沈んだまま消えなかった。龍二だって、朋重と同じように彼 から目を離せない。あの日の二の舞が、いっかきっと起こると思うと。 ( あからさまなの、嫌いじゃなかったのかよ ) くや 教室から飛び下りた自分を見下した男が、こんな荒れた態度をとりつづけるのが悔しい。だ いきどお がそう思っても、憤っても情けなくてもこれが現実なのだ。 栄がバランスを失いかけている : 殴って解決するならそうしたい。けれど、カでは何も変わらないだろう。 相手は栄だ。暴力を憎んでいるはずの栄だ。もし龍二が一度でも殴れば、終わりになる。 いま思い返すなら、あの時どんな状況であれ、和泉は栄を殴るべきではなかったのだ。少な くとも、彼だけを殴るべきでは。 和泉が栄に詫びたのかも、龍二は聞いていない。 「龍ちゃん、何とかしてよお」 揺さぶられ、龍二はイライラと奥歯をかみしめる。

6. Pure gold : 華は藤夜叉

8 だが栄は目を伏せ、横を向いた。 「なんだよあれは。あの猫、おまえが持ってきたのかよ ? あの樹にーー・」 「よしとけ、龍」 弱い光が、打ちつける雨を白く浮かび上がらせた。追ってきた和泉が、二人の足元を照らし ている。 彼は懐中電灯を振り、光を一瞬栄の顔に当てる。まぶしさに顔をしかめた栄のは、どす黒 く腫れていた。片目だけ、やけに細し なぐ ( やつばり殴られたんだ : : : ) 暴力親父ーー 栄がくちびるを噛んだ。だが我を見たはずの和泉は何も言わずに、懐中電灯を肩に乗せ る。 「とにかく、車もどるぞ。雨なんかで風邪引いたらバカくせえ」 うむ 和泉は先に立って歩きかけ、振り返った。有無を言わせぬ視線を、栄に浴びせる。 「ついてこいや」 「行くぞ、ホラ」 あらが 龍二は彼の腕を取ったまま歩き出す。栄は抗わなかった。 ライトをつけたままアイドリングをするセドリックへ戻ると、和泉はトランクを開け、は、 っていたバスタオルを二人に投げてよこす。ナイフをしまうよう、彼に命じた。 か まお

7. Pure gold : 華は藤夜叉

栄が鼻で笑う。 ( ああリ ) おお 次の瞬間を予測して、龍二は目を覆った。 「ザけんな ! 」 鈍い音が栄の頬を殴り抜ける。 かなりのショックだったはずだが、歯を食いしばってやり過ごした栄は、平然と目を開け つ」 0 思いがけない反応に、高崎がわずかにひるむ。 彼はそのチャンスを逃さなかった。 ( バカ、やめーーー ) 「いつまでも、チョーシくれてんなよ ! 」 どな 怒鳴り声とともに、栄が高崎に体当たりしたー とっさのことに踏ん張ることもできず、高崎が床に背中からひっくり返る。大きく振り回し た腕がスツールに当たり、派手な音を立てた。 8 「くそッたれが ! 」 「なめてんじゃねえ ! 」 斉藤と吉尾が栄一人に飛びかかった。起き上がろうとするのを引き倒し、めちくちゃに殴り 1 はじめる。

8. Pure gold : 華は藤夜叉

高崎がぐいと押し退ける「龍一一はすぐさま振り向いた。 「やめろッてんだよ。店ン中だろ」 高崎もそれを思い出したようだった。ふたたび、栄に手を掛ける。 「オモテにでろよ」 「テメーが勝手に出ろ」 にべもなく、栄は言い放った。今までためてきた怒りが爆発しようとしている。 「一色 ! 」 「んだと ! 」 龍二と高崎の声が重なる。がたツと槇原が立ち上がった。 「ずいぶんとチョーシこくじゃねえよ ? 」 「アンタほどじゃねえよ」 栄が返す。槇原の顔色が変わった ! 「んだコラアⅡ」 「ちょっと待てってんだろ」 店の真ん中に龍二は飛び出した。栄を振り向く。 「おまえも、ワケわかんねえこと言ってんじゃねえよ」 ふっとう 和泉がいないなら、自分で止めるしかない。誰も彼もが、沸騰寸前のお湯だった。このまま では、掴み合いになる。

9. Pure gold : 華は藤夜叉

「片づけろってんだよ、聞こえねえのかⅡ」 わらわらと幹部たちが、倒れたスツールを起こしはじめた。われたガラスのかけらを拾おう ちりと と、塵取りを取りに向かう。 龍二は唇を噛みしめていた。後悔に動けない。 和泉が彼に向かって歩いてくる。殴られるかと首をすくめたが、彼はまっすぐ栄に向かっ くらひとみ 栄は、ドア近くの壁際で瞑い瞳を和泉に向けている。 「てめえ、その手に持ってんのはなンだ ? 」 けいれん 彼は栄の右手を指さした。割れた花瓶を見て、頬がはげしく痙攣する。 「こンなもン、ぶらさげてんじゃねえよおッ ! 」 感情に任せたような一撃が、栄を殴り飛ばした彼は壁に肩を打ちつけ、反射のように起き 上がってかけらを捨てた ! 「なんだその目はア」 おどしつけた和泉から、栄が視線を外さない。 「和泉さん ! 」 緊張に龍二は叫んだ。我に返ったように和泉が先に視線をそらした。怒りを静めるような長 いため息を吐き、彼は龍二とゆっくり目を合わせた。 っ ) 0

10. Pure gold : 華は藤夜叉

が人か食べ物に当たってしまうのだ。 「ローソクは、二人で消せよ」 栄が弟妹に言う。それを合図に龍二は息を吸い込んだ。 「メリー」 「「「クリスマス ! 」ヒ じゅうまん クラッカーが短い間隔で四度鳴り、たちまち火薬臭さが充満する。まともに煙を吸った龍二 せ は咳き込み、栄がたまらずに窓をあける。 その間にケーキのロウソクを、二人が消した。泰明などは、はやくもケーキに手を伸ばして わ 「こばすなよ。シートを汚すと、あの目つきの悪りイ兄ちゃんに、怒られつからな」 いずみ 栄の言葉に龍二は吹き出す。和泉のことだ。 つめ 秋子の手作りケーキは、端が少し崩れていたがなかなかの味だった。長い爪で料理など作ら ないような顔をしているが、じつは得意なのかもしれない。 「オイ」 栄に小突かれ、振り返る。彼は、親指を立ててシートの下をさし示した。 「おっ」 忘れてはいけない。二人はずるすると下がり、シートの下から包みを引っ張りだした。チキ ンにかぶりついたまま目を丸くするめぐみたちに、まず栄がそれを渡した。 かやくくさ