夏の初めにどかんとやってからも、二チームの関係はくすぶっていた。それが、今日になっ て吹き出したというのだ。 こぜあ すいめんか 水面下で幾度も小競り合いがあったのは、チームと離れていても聞いている。 『会長がふいうちかッくらってんだよ ! すぐ総攻撃だ ! 』 「サチ ! 」 受話器をふさいで振り返ると、栄が床を蹴って立ち上がった。壁に吊るしてあった白い特攻 服に手を伸ばす。 「槇原、場所は」 『オートレース場の裏だ ! 』 とうきようわん みなみふなばし 南船橋駅の側だ。東京湾沿いは、道も広く夜は人もまばらだ。 「五分で行く ! 」 たた 龍二は叫ぶようにして電話を叩ききった。 「龍」 8 待ち構えていたように、黒い特攻服が飛んでくる。龍二は無言で袖に手を通す。 いずみねら 今度ばかりは行かなくてはならない。和泉が狙われている。 龍二は、彼の刃。 栄は、彼の楯だ。 たて そで
にらみ合い、それきり背を向ける。長い長い確執が、はじまる。 まくはり みなはふなばし 将宗は南船橋駅方面へ、龍二はバイクを放り出した幕張方面へと走った。 (T)>< が向かってくる。とっくに引き返していた栄が、戻ってきたのだ。 「乗れ、サイレンが聞こえる」 彼はわざとタイヤを滑らせて、車体を反転させて止めた。爆音が、オートレース場裏から四 方に散ってゆく。 「早く」 うながされ、龍二は拳を握る。こんな幕切れは許されない , 「くそッⅡ」 「おいてくぞ、このタコ ! 」 怒鳴られて、シートにまたがる。走りだすバイクの後ろで、龍二は目を閉じた。怒りをかみ 殺す。 ( くそ 0 家に戻ってくると、玄関のドアが開いていた。一階の明かりもすべてついている。 めった まだ十時にもならないと思えば、当たり前のような気もするが、高苗家では滅多にないこと ワ 4 、、こっこ 0 かくしつ
しんふなばし 『新船橋、新船橋ー』 隣の駅に着いた。乗ってくる客はまばらだ。 降りようか。龍二はそれを思いまる。 まだだ。近すぎては、すぐに足がつく。 とっさに、家とは逆の方角を目指したのは正解だった。地元での事件ではなかったのも、捕 まらないためのプラスの材料になるだろう。 夜遊びを始めたとき、あの町を選んだ理由が、いま役に立つなんて。 皮肉な気持ちが、苦笑を生む。 ( 警察が、マヌケだといい : そう祈らずにはいられない。 「おまえ、前は ? 」 上の空で、彼は首を振った。 ( よかった。マシになる ) ホッとしながらも、恐れがっきまとう。現代の警察は、血の一滴からでも、犯人を割り出せ るのだから。 祈るしかない。 栄はまだ、手を開閉させている。その目つきとしぐさは熱に浮かされたようで、龍二はぞっ とした。手を伸ばし、彼の手を握って膝に下ろす。 ひぎ
「じゃあ帰れよ」 こぶしなぐ 何だそれは、とかッとし、龍二は船橋までの金額のボタンを、拳で殴りつけた。吐き出され た切符を、引きむしるように取り上げる。 電車を待つあいだも、車内でも、栄は一言も喋ろうとはしなかった。視線も合わさずに、窓 の外ばかり眺めている。 気に入らない。 龍二は歯ぎしりした。彼はどういうつもりなのだろうか 訊きたいことはたくさんあるのに、きっかけがなかった。黙りこくったまま、船橋に着いて し亠ま , つ。 ホケットに手を入 改札を抜け、〈蝶々〉への道をたどりながらも、栄は無言のままだった。。、 れ、右肩を斜めに落として歩いてゆく。 しい加減にしろよ」 耐えきれなくなり、龍二はロ火を切った。 〈蝶々〉に着いてしまえば、すべてがうやむやにされてしまう気がしたのだ。 「何がだよ」 いらだ 立ち止まり、振り向いた栄は、まぎれもなく怒っていた。苛立ちを隠そうともせず、切り結 ぶように視線をあててくる。 しゃべ
はじめて船橋駅に降りたのは、半年前だった。 そのころの龍二はまだ、のどまで出かかった苛立ちを吐き出すすべを知らずにいた。 このままじゃ嫌だ。このまま誰かの言うなりに生きていたくない。 。ししカわからすにいた。 泣き出したいほど思っても、どうすれま、、、 中二の秋頃のことだ。学校では、相変わらす〈いい子〉だった。 苛立ちのはけ口に、なぜこの街を選んだのかは分からない。ただ無意識に、知り合いに会わ ない場所を選んだのは間違いなかった。 龍二たちの住む千葉市の中心は、千葉駅周辺だ。遊ぶにも買い物するにも、そこで用は 足りる。 とうキエう このまち 千葉駅から約三十分東京寄りの船橋に、自分の仲間や知っている大人たちが、理由なくして 来ることはない。 よはど運が悪くないかぎり、誰にも会わないとわかっていた。 だから半年前のあの日、龍二は、まだ自分が何しようとしているのかも分からないまま、船 はんかがい 橋駅に降りた。改札を抜け、繁華街のある西口に向かった。 とにかく、何かしたかった。この気持ちが収まるならば、なんでもよかった。 路上の看板を蹴り倒してす。デバートでの万引き。駅での置き引き。 十四歳の頭で、考えつくかぎりのことは、すべてやった。 ほどう じゅく がいけん いちども補導されなかったのは、塾帰りにしか見えない外見のせいだろう。大人たちはとり ふなばし
登場人物紹介 ノ 局苗龍二 本編の主人公。 1 5 歳。自他、、 ともに認める優等生だった が、そんな自分に嫌気がさ し、和泉に誘われるまま、 く獄狼〉に参加する。 R Y U Ⅱ T A K A N A E 筧将宗 船橋に住む 14 歳。和泉が目 かけているが、手のつけ られない暴れ者で、だれか れかまわず突もかかっては 乱闘を繰り返している。 0 M A S A M U N E K A K 日
龍二の名前は : : : あった。 「やったな」 くち・よう おまえなら当然だというロ調で、栄は言って肩をすくめる。押しつけるようにして受験票を 返し、歩きだした。 「おい待てよ」 「帰ろうぜ」 長居は無用だというように答え、栄は止まろうとはしない。仕方なしに追いかけながら、龍 二は受験票を乱暴にポケットに押し込んだ。 来たときの半分の時間で、彼は駅に着いた。栄は無言のまま切符を買う。金額は地元までの 値段ではなかった。 「ーーーどこ行くんだよ」 「フナバシ」 訊ねると、簡単に返ってきた。 ふなばし ( 船橋 ? ) ちょうち - レう 8 解せない。〈蝶々〉に行くつもりなのか。 駅「気分じゃねえよ」 いずみ 和泉にも、メンノし ヾーこも会いたくない。 そんな気分になれないと告げると、栄はにべもなく言った。
突然鳴りはじめた電話のベルに、龍二は箸を置いた。立ち上がってライティングデスクに向 カ , っ 囲んでいたテープルでは、シチューがぐっぐっいっている。あの日買い込んだ調理器を、彼 らはあますところなく使っていた。 「もしもし」 部屋の電話は、彼専用のものだ。栄たちと暮らすようになってから、しばらく鳴っていなか 『龍二』 久しぶりの電話の相手は、男性だった。声だけでは誰だかわからない。 まきはら 『俺だ、槇原』 「槇原 ? 何かあったのか ? 」 めいもくじ・よう・ ヘル、ウンド 狼のメンバーだ。名目上は、龍二の上になる。 もう二月近く、姿を見ていなかった。龍二も栄も、弟妹の面倒を見るようになってから、チ ームとは遠ざかっていた。 ひま のんき なっかしい声だが、暢気にしている暇はないようだった。声が急いている。 さんじゃ やみう ふなばし 『いますぐ船橋に来い ! 戦争だ ! 〈三蛇〉の闇討ちだ凵』 0 せ
「龍、それどうすんの ? 」 思い出したように、栄が彼のズボンを指さす。尻ポケットから、つぶれた卒業証書がのぞい ている。 「ああ。 ーーー忘れてた」 夢中で突っ込んできたままだったそれを、龍二は引き抜いた。 広げて、まつぶたつに引き裂く。 「おい」 栄は驚いたようだが、やめるつもりはない。 ( 証書は破り捨てる ) 決めていたことだった。それが龍二のやり方だ。 彼はこれ以上は無理だと言うところまでちぎり、そのまま放り投げた。 二人の上に証書がふりそそぐ。アスファルトに落ち、風で幾葉かがひるがえった。 ( もう帰らない ) 千葉のあの町は、龍二の故郷ではなくなる。 8 ( 俺たちは、船橋ではじめる ) 一月ほど前 ( 彼は一人の男に会いに行った。 あるじ 高苗の、本家の主。 その男と、彼は正式に契約をした。彼らの住む場所と、二人分の学資の保証。 しり
「おまえら ! 」 「待ちなさい二人とも ! 」 もちろん二人は止まらなかった。フェンスをよじ登り、朝のうちに隠しておいたヘルメット かぶ を被り、 O(-DX に飛び乗った。 「高苗 ! 」 「一色 ! 」 「証書おとすなよ、サチ ! 」 どせい 教師たちの怒声のなか、龍二は叫んでエンジンを吹かした。 ねら この騒ぎは事前に報告済みだ。入学取り消しを狙う教師がいても、それは〈カ〉でもみ消さ れる。 「事故んなよ、てめえ」 栄の言葉を背に聞きながら、龍二は公道に飛び出した。 時刻、午前十時五分。 ふなばし やっと通勤ラッシュの過ぎた国道十四号を走り抜ける。集会へ急ぐように、船橋へ抜ける海 とうキ一ト ` う・ ひんおおどお 8 浜大通りを東京方面へ向かう。 オン、ウオン す シフトチェンジにエンジンが唸る。空いているとはいえない道を、龍二は縫うようにバイク を走らせる。 いっしき