もちろん例外はある。だが、それは肌の色が同じだからというだけでなく、似たような経験をし たからだと思う。 たとえば、私が会った何百人というアフリカ系アメリカ人の若者は、ほとんど全員と言っていし ほど、警察に敵意を抱いていた。この敵意のもとになっているのは、本人あるいは身近な人が警察 に侮辱されたことがあるとか、恐ろしい扱いを受けたことがあるという経験なのだ。 先に想定したビバリーヒルズのアフリカ系アメリカ人の医者の息子が、黒人がビバリーヒルズで を乗り回していたから、というだけの理由で警察に呼び止められ、いやがらせを受けたとす る。彼はおそらく警察に敵意を抱くだろう。 しやがらせ この場合、いやがらせを受けたのは人種のせいだが、警察への敵意が生まれたのは、 ) を受けたからであり、彼の肌の色のせいではない。 人種や性別、年齢などを知るのは、そう難しいことではないが、これだけを取り上げて結論を引 き出さないこと。その人の性格をあらわすような他の特徴を探し、次の三つの問いに注意を払って ほしい。「その人は思いやりに溢れる人か」「どんな育ち方をしたのか . 「自分の人生に満足してい るか」 思いやり度 初対面の人に対して、優しそうな顔つき、暖かい目、微笑み方、率直さ、気さくな言葉、かたい
見逃していたことに気づくこともある 初対面の人に対して、何か強い気持ちを抱くのは珍しいことではない。 しかし、時にはこういう強い気持ちが、何週間、何カ月と経ってから、つまり、その人について の情報を充分に得たあとにわき起こることもある。第二章「行動パタ 1 ンの発見」でも述べたこと だが、第一印象に頼ることなく、常に新しい青報にオープンでいることが大切だ。たとえその人を 知ってから何カ月も経っていたとしても、ある人への直感的な思いは、新しい情報として無視せず にきちんと取り扱おう。直感に注意を払うことで、それまで見逃していたことを見つけられ、より よい決断ができるようになる。 マクマーティン保育園裁判での話を例にしよう。 陪審候補者は皆、法廷での陪審選定の何週間も前に質問状に答を書き入れて返送してきていた。 アフリカ系アメリカ人女性の候補者が、質問状にびっしりとコメントを書き連ね、いかに自分が検 察側に賛同しているかを強調していた。裁判についての報道もたくさん見聞きしてきた、この事件 についての報道から判断すると被告人は有罪だと思う、とも書き記していた。私を含む被告人チ 1 ムは全員、候補者リストの彼女の名前の上にバツをつけた。 質問状が返送されてからおよそ二週間ほどして口頭質問が行われた。例のアフリカ系アメリカ人 女性は、質問状に書いた内容をほば取り消すような答弁をした。この事件についてさらに考えてみ 3 14
と答える。ただ、この答からは、なぜ彼らが死刑が必要だと思うのか、どれほどの必要性を感じて しいと思っているのかどうかはわからない。 ) しつもは死刑賛成者でも、 いるのか、例外があっても ) ためらいを見せることはあるものだ。そこで気をつけることは、なぜためらうのかを探り当てるこ とである。 連続殺人、夜のスト 1 カー事件の陪審選定の際に、陪審候補者のひとりのアフリカ系アメリカ人 の男性が死刑についてどう思うか、と質問された。彼の答は「ほとんどの場合適切だったとは思う が、不適切に死刑判決を下された人もいると思う」というものだった。 検察官はこの男性は原告側にとって有利な陪審員になると思ったようだ。被告人側のコンサルタ ントをしていた私は、反対の意見だった。 言葉巧みな自由回答式質問は、自分の気持ちを表現する自由を与える。この男性が、死刑判決が 不相応に下されたことがあると手短に指摘していることは、非常に重要だ。明らかにこの陪審候補 者は、アフリカ系アメリカ人は他の人種よりも死刑判決を受けることが多い、という事実に苦痛を 感じている。 彼の答から、私はこの男性は検察側にとって手強い陪審員になるだろうと思った。自分が不公平 だと考えているル 1 ルを使おうとする人はいないからだ。 私たちはこの男性を陪審員として残した。だが、裁判がはじまる直前に他の陪審員が、彼は「ば くはどうしても死刑に賛成投票できないーと表明していた、と報告してきたので裁判官は彼を陪審 から外すことにした。 192
していたら、あなたは「だらしのない身持ちの悪い女の子」、もしかしたら「体を売っている女の 子ーかもしれないと結論するだろうか ? 最近の流行に疎ければそう思うだろう。もしこういう格好をしている女の子が皆、売春婦だとし たら、南カリフォルニアにいる十五歳から二十一歳までの女の子は皆、売春婦になってしまう。 「ちゃんとした女の子」でさえ、今はそういう格好をしているのだ。 最近、年老いた白人男性と白人女性がアフリカ系アメリカ人を「ニグロ」と呼んでいるのを耳に した。彼らは黒人を差別しているのか ? 侮蔑しているのだろうか ? いや違う。ふたりとも「ニ グローという呼称がアフリカ系アメリカ人をいう礼儀正しい言葉だった時代に育ったのだ。その時 プラック 代、「黒人ーという言葉こそ侮辱的だと思われていたのだ。 若いカップルが誇らしげにタトウーやボディーピアスをさらけ出しているのを見たことがあるだ ろう。彼らは変人だろうか ? それとも社会のはみだし者 ? ロックミュージシャン ? いや、彼 らは単に世代の若者なのだ。今は想像もできないだろうが、おそらく十年も経てば、彼らは あなたの子供たちに微分積分を教えたり、八百屋で野菜を売ったりしているかもしれない。 文化的影響は恐ろしく複雑で、把握しにくいものだが、次にあげるポイントが助けになると思 ・人種や出身国だけが文化的影響を及ばすのではない。宗教、年齢、出身地域、性的嗜好、経 済状況、職業、また同年代グループなども考慮すること。 ・決して文化的ステレオタイプをもとに判断しないこと。常に相手の人生経験に照らし合わせ 294
ただ、女性を集団としてとらえた場合、確かに女性の方が男性より思いやりがあるようだ。とい うのは、女生は人の面倒を見るようにと育てられた人が多いからだ。だが、死刑判決の下りる可能 性のある裁判について陪審員を選ぶ際には、頑なで人生を斜めに見ている女性よりも、お互いを思 いやる愛情溢れる家庭で育った男性の方を選んだ方がいいだろう。 この場合に考えるべきことは、「その人は男か女か」ではなくて「その人は思いやりのある人か」、 「その人はどんな育ち方をしてきたのか」なのだ。 年寄りは若い人より保守的になる傾向がある。だが、保守的になりがちなのは、単に歳を取って いるからではない。ほとんどの老人はほとんどの若者より、保守的な時代に保守的な家庭で育った からなのだ。多くの老人は大恐慌の頃の大変さをよく覚えている。この「育った環境ーが彼らの信 条や価値観を形作っているのだ。 あらゆるステレオタイプの中で、人種にもとづいた偏見がいちばん広く行き渡っているのではな いだろうか ? ここでもまた繰り返すが、情報を集めてから判断を下すのではなく、偏見に頼って見 発 の 行動するのは馬鹿げたことだ。人の世界観を作るのは、皮膚の色でなくて、人生経験である。 まったく人種差別のない社会になるまで、人種的な背景は人生経験に影響を与え続けるだろう。 だとしても、ビバリーヒルズに住むアフリカ系アメリカ人の医者の息子のものの見方は、低所得者行 章 向け住宅で育ったアフリカ系アメリカ人のものの見方より、同じビバリーヒルズに住む白人のもの 第 の見方により近いはずだ。
第十章 内なる声に 耳を傾ける それは殺人事件の裁判だった。 百三十キロはゆうにありそうな巨漢のアフリカ系アメリカ人の被告人は、ゝ、 し力にも傲慢そうに見 えた。スーツに身を包み、ネクタイをしめていても恐ろしさがにじみ出ている。 一方、陪審候補者のひとりは小柄で教育のある、裕福な家庭出身の白人女性だ。 傾 耳 弁護士はじっくりとこの白人女性に質問した。私たちは何時間もかけて彼女にさまざまな質問を したが、クライエントである被告人に同情的な答は何一つ得られなかった。実際、彼女のバックグる 内 ラウンドを知れば知るほど、終身刑、もしくはそれ以上の刑に投票しそうなタイプに見えてくる。 章 十 この日の終わり、私たちチームの主任弁護士は肩をすくめ「彼女はやめた方がいいな ? 」と私に 第 向かって言った。 直感力も見逃せない
自分の縄張りにいるのに、物怖じしたり、居心地悪そうにしているなら、おそらくかなりシャイ な人か精神的に不安定な人なのだろう。あるいは何かに悩んでいるのかもしれない。だが、知らな い場所や緊張を強いられる場所で同じような様子をしていても、シャイだとか精神不安定だとか、 もちろん、何か別の根拠があれば話は違うが。 悩みがあるのかなどとは思わない 「環境」も行動に影響することを忘れないように 第一章から、同じ特徴でも状況によって反対の意味を持っことがあるということを何度も繰り返 してきた。 声が大きいのは、自信のあらわれかもしれないし、逆に不安のあらわれかもしれない。ミスマッ チな服装をしている人は世間からズレているのかもしれないが、実は仲間うちではそれがいちばん オシャレだということになっているかもしれない。まわりの環境が外見や行動に影響するというこ とを忘れてはいけない。 読 この点について、特筆すべき例をあげよう。これはロドニー・キングを殴打したとして訴えられ人 境 た四人の警官の裁判でのことだ。 環 陪審員が選定された次の日、陪審員のひとりで、中年のアフリカ系アメリカ人の女性が黒い手袋 章 をしてあらわれた。裁判中ずっと同じ黒い手袋をしていたので、私はどうしてなのかと頭を抱えて しまった。何か人種的な主張をしているのか ? 政治的な意図があるのか ? それとももっと別の
は言いたくないが、まわりにどんな人がいるかは強力な判断材料になる。 土地柄も人に影響を及ばす 同じような性格や価値観を持っていても、居る場所が違えば服装や見かけも異なってくる。街や 地域、国によって、「普通」の格好が違うからだ。皆を同じ基準で見ることはできない。 この人はこ うだと判断する前に、その人が居る土地柄も考慮するようにしよう。 マンハッタンに住む若い女性が厚化粧をし、べリ 1 ショートで流行最先端のデザイナースーツに 身を包んでいても、私はそれほど注意を払わないだろう。単に自分のスタイルにこだわりがあり、 自分が居る環境の中で、よしとされるものに適応しているのだろうと思うだけだ。 だが、同じ格好をした女性がアメリカ中部の小さな町を歩いていたら、好奇心を持って観察す る。おそらく派手好きで表現豊か、まわりと違う格好をすることで注目を浴びたいと思っている人 だろう。あるいは退屈して、現状の生活に飽き飽きして冒険しているのかもしれないし、たまたま ニューヨークから遊びに来ている人かもしれない。 時間、曜日、季節の違い 朝五時に、ある女性を家まで迎えに行ったとしよう。ばんやりした目つきをして、のろのろ動 136
訳者あとがき 本書の原題は、 Reading People ( 人の読み方 ) ごといし アメリカでもっとも有名な陪審コンサ ルタントのひとりであるジョーエレン・デイミトリアス博士によって書かれました。陪審コンサル タントは、陪審裁判においてより有利な陪審選定をするためのアドバイスをする人であり、「人を 読む」プロだと言えます。そのプロの方法を日常生活にいかに応用するかについて書かれたのが本 書です。 職場での人間関係や友人関係のみならず、恋愛関係、家族関係など、私たちの毎日の生活は人と 関わることなくしては成立しません。人が持っ悩みの多くは、その中での人間関係が原因になって いることが多いのではないでしようか 「自分の子供が何であんなことをしでかしたのか ? , 「あの部下はいったい何を考えているのか ? 「あの人は私のことをどう思っているのかしら ? 」と困惑したり、唖然としたり、いらついたりす ることはしばしばあります。問題が起こってしまってから、「なるほど、そういえば、あの時の言 動がサインだった」と思い返すことも珍しくないでしよう。言い換えると、「人を読み切れない」 ことが悩みの種になっていることが少なくないようです。 また、「人を読む」だけでなく、「自分がどう読まれているか」についても本書は触れています。 就職試験の面接や初デート、契約交渉の場に限らず、私たちは常に相手に読まれています。しかし、 3 ラ 0
薬の匂いがするだろうか : 法廷での私は、全知覚を片時も休まずに総動員している。 慌てないで時間をかける しつかり人を観察するには時間がかかる。けれど、わざわざ時間を取って、ある人について情報 収集し、それについて考えるなんていう人はあまりいない。たいていは、まるで人生とは早く答を 出すと多く得点できるゲームであるかのように、せつかちに人を判断する。 だが、本当は逆なのだ。急いで出した答ほど間違いが多く、結局は失点してしまう。第一、そん なに性急な判断が必要な場面がいったいどれほどあるのだろう ? 実際はたつぶり時間が取れるこ との方が多いはずだ。 急いで人を読んだからといって、何か特典があるわけでもない。だとしたら、自分が使える時間 を充分に使った方がいい たとえば、ある仕事の話がきたとする。数日考えさせてほしいと頼んでも、その仕事がなくなる ことはあまりないだろう。医者や弁護士、会計士、保育園、修理屋などを選ぶ時も、考える時間は あるはずだ。何をしてほしいのか、相手のどこを見ればいいのかを考えよう。情報収集する時間を 取ろう。どうもピンとこないなら、もう一晩考えてみよう。どうか時間をかけて選んでほしい。 アメリカの裁判所では、裁判のはじめに、「すべての証拠が提示されるまでは、その事件につい ての判断を下さないように」と裁判官が陪審員に注意を与える。ヒントが全部出ていなければ、な 23 第一章「人を読む」には準備が大切