「おいおい、どうした ? まだおこっているのか ? 」 ボクはあわてて首を横にふった。 とにかく今は、ここからどうやってにげ出すかを考える方がさきだ。そのあとで、いろ いろ考えればいいんだ。これからどうするかが、大切なのだ。ボクは無理やり、頭を切り かえた。 こめん : しいんだ。ちょっと、考えごとをしていただけだ。。 うたが にいたら、疑い深くなるのはあたり前だよな。気にしていないさ。それより : ばね ボクは他の大たちを見まわした。みんなほこりにまみれ、あばら骨が浮き出るはどやせ きず つかれきっているのが、 ているものもいる。どこかしら、すり傷や切り傷もっくっていた。 ひと目でわかる。 ころ 「この町をにげ出そうよ。ここにいたら、いっか殺されてしまう。早く出ないと ! 」 今度はアリサが首を横にふった。 ( し力ないわ」 「だめよ。飼い主たちが、にげられないから、私たちもここを動くわけによ ) 、 アリサはひとかたまりになっている、人間たちをチラリと見た こんな場所 まは、ろしの大
きっと、詩穂さんの部屋から、この国にとっぜんやって来た時、ボクはもう、前のボク ではなくなったんだと思う。いちど、この世界とサヨナラしたのだと : いっからか、ボクは『まばろしの大』とよばれるようになっているらしい。 そこにいる者たちには見えるか、ビデオやカメラを通しては見ることかできない大。戦 あらわ 場になった町や村に現れては、大たちの先頭に立って住民を守り、そして去って行く大。 なんだか、かっこ良すぎる。ほんとうは、たいしたことしているわけじゃないのに : 別にこれで、戦争をやめさせられるわけでもないのに : すがた ボクの姿がテレビや写真では見えないのなら、詩穂さんは何にも気づいていないんだな ざんねん と思うと、少し残念な気もする。ボクはここで元気にやっているよ、と伝えられたらどん なにいいだろ、フ。 でも、その反面、こうも思う。もし、ボクがこんな風に戦場の真っただ中にいる姿を見 だいす たりしたら、きっと詩穂さんは、大好きなチョコクッキーが、のどを通らなくなるだろう なって。そう考えると、やつばりボクは見えなくて良かったって思ってる。 だって、詩穂さんの悲しい顔は見たくないから :
たまご じゅう きず 卵かけごはんを食べているお父さん。爆弾の炸裂する戦場。銃を撃ちあう人。傷ついた子 ども。死者。未来は考えまいとするけれど、見たこともない風景や、会ったこともない人 の、つ までか、おそいかかるよ、フに脳裏にあらわれた。 お父さんかいなくなると、お母さんも少し変わった。元気いつばいという感し。前には 洗濯物が山になっていても平気だったのに、きっちりたたむようになった。毎日大そうし で、ピカピカ。未来は前のちょっとのんびりしたお母さんが好きだった。 なおみち 神社の鳥居の下で、同しクラスで同し新聞部の直道にあった。直道は両親と妹の四人づ れで、これから家族で初もうでに行くのだろう。新年そうそう一番会いたくないやつに会 ってしまった。お母さんが新年のあいさつをした。 直道はクラスの中で一番うるさい。学校で一番だろう。最悪。 六年生にもなって、トレイン新聞なんてダサイ名まえになったのは、直道のせいだった。 直道は鉄道のマニアで、聞いたこともないいろいろな路線の駅名を暗記していた。それが 得意でならない。だれかれに聞いてもらいたがる。駅のホームのアナウンスもまねる。意 ぎようむれんらく 味もないのに、「あぶないですから白線の内側におさがりくださーい」とか「業務連絡、 せんたくもの とりい みく ばくだんさくれつ
そんな「日の丸」「君が代」を学校で重く扱わせようという動きは始まっています。二〇〇三 じえいたい とうきよ、つときよ、ついくしいんかい 年一〇月 ( 自衛隊のイラク派兵が決まっていくのと同時進行ですね ) に、東京都教育委員会は 卒業式や入学式などで「日の丸」、「君が代」の扱い方をこまごまと決めて、それに従うように指 しよくむめいれい 示を出しました。それは、先生たちへの「職務命令」という形になって、例えば、起立して いはん ばつあた 「君が代ーを歌わないと「命令」に「違反」したわけだから、罰を与える、ということになって かこ さんせい います。「日の丸」「君が代」の過去を考えると賛成できないという先生、「日の丸」「君が代」が 悪いとは思わないけれど、何にしても、言うことを聞かないと罰をえるぞ、というやり方かお かしいと思う先生が、たくさん起立を拒みました。そうして、その人たちは、お給料を減らされ 、定年後も教えることが決まっていたのにそれが取り消されたりしています ( もちろんみん だま けんぽ、つ しよぶん な黙って処分されているわけではなくて、そもそもそういう命令は憲法に違反していると訴え たたか 闘っています。そう、憲法は私たちを守るものなのです ) 。 せま 憲法に迫る危機、つまり平和に迫る すみません。話がそれてるわけじゃないのですが : 危機がへそまがり老人のこけおどしじゃないことは、おわかりいただけたと思います。 では次に、そのこととこの作品集の関係をちゃんとお話ししなくてはなりませんね。 あっか したが うった 6
けんぼう 憲法の問題にしても、戦争の問題にしても、社会科的な資料などで学んだ方が、すっと実際の むずか ためになるだろうに、どうして「おはなし」でそんな難しいことを考えなくちゃならないのだろ うと思う人もいるでしようかそれは、確かに言えています。「おはなし、だけで、世界の平和 をつくるのは無理です。でも、「おはなし」も平和をつくる道につながっています。 かん たとえば、この巻を読んで、みなさんハッとして、そ、つかと思ったところはありませんでした おそ か。私は、「まばろしの大」で、ポンタと同しように「あの、恐ろしい戦いの中に、大たちがい 、ツとしました。。、 ホンタが言うように「でも考えてみたら、あたり前」なのです るだなんて」とノ りくっ カ・・ 理屈ではわかっていることが、言葉にされてあらためて「そうだよ、そうなんだよ。と わかる、ということがあります。それから、わたしは、「サンタクロースをやめた日」で、子ど もが死んでしまったらサンタクロースはプレゼントが渡せないんだ、とハッとしました。今まで そんなこと、考えたこともありませんでした。戦場にも大かいるとか、サンタクロースかど、つだ なんてことは、「戦争とは何か、という質問の答えにはならないでしよう。しかし、そうしたさ まちかどに さやかな、でもはっきりとしたイメージーー。戦場になった街角で逃げまどう大や、空爆された町 くず があると、何となく頭だけで考えていた戦争 の崩れ落ちた家にばつんと残されたおもちゃ むね が、ずっと胸に痛いものになります。これが、「おはなし」の一つのカです。 たし しりよう じっさい / おわりの発言
みち たら最悪だ。急いでおもしろいことを考えようとした。アホなことをアホ道が言って笑わ せてくれないだろうか。お願いとアホ道を見た。アホ道はこんな時にかぎっておとなしい。 じけん つばいあ しかたがないので、アホ道の一番アホな事件はなんだったろうと考えてみた。い って、すぐにはなんにも思いだせなかった。どこがまちがっているのか、だれがまちがっ せいり ているのか、整理して考えられない。気持ちだけがどんどん熱くなる。盛り上がってきた なみだ 涙に、ストッフかかけられなかった。 「アホ道なにか言ってよ」 みく と、未来は言った。 す だから、大人は戦争が好きなんだよ。子どもには、みんな仲良くというのに。んだ ちっともおもしろくない。がまんしていたけれど、ポロッと涙がでてしまった。 ばれると、もうかまんかきかなくなって、次つぎにあふれてきた。 何でえ ? 」 しばけん と、ばかんとしてアホ道がいった。かなえちゃんにも、柴健にもばれてしまった。未来は 一度こ 2
くっ みく トレイン新聞部の仲間はちょっと言い合いのようになりながら、未来の問いかけを受け止めま ころ す。「お父さんは死ぬかもしれない」「お父さんがだれかを殺してしまうかもしれない」と胸を痛 める未来。お父さんが飲んだ「魚になる水」を飲んでみたい、お父さんが走っていた道を走って みたいと思って、片道が七キロもある道を一人でたどった未来。私たちは「おはなし」の中で、 むし 未来という女の子としつかり出会ったから、未来の心からの問いかけを、もう無視はできませ はら ん。これも、「おはなし」の大きな力です。この問いは、腹をどんと据えてしつかり考えていか なければならない、大きな宿題です。未来 ( みく ) という一人の女の子の問いかけたけ きっと、未来 ( みらい ) から、今の私たちに「さあ、どう考える ? 」と投げかけられた問いでも まちが あるのです。というのも、「命をかけて働いている」兵隊さんが間違えているはすがない、戦争 ひはん はくじよう を批判するのは、命をかけた人々に対して、たいへん失礼で薄情で、いけないことだという理 屈が「戦争反対」の前に立ちはだかることがあるからです。 ほ、つ′」、つ 「まばろしの大。には、報道の力と布さを考えさせられました。。、 ホンタたちが初めて人間たちをの わ 守ったときのことです。二人の男性が入ってきてビデオカメラをまわし、写真を撮り始めると、 お じゅうこう にかにカ ポンタに銃口を向けていた兵士が「苦々しげに銃をおろす」のでしたね。その反対のことがイ ラクでは起こっていたのだそうですよ。 こわ
さいぜん 「最善の努力をしているんです」 といって、話をつづけました。 「今年も、ようやくプレゼントのめどがついたころ、無理をして働いていたサンタクロー かれ スの一人がけがをして、急に入院をすることになったんです。私たちはあわてました。彼 の受け持ち区域は、広く、他のサンタクロースに割り振るなんてことはできません。時間 も無いことで、今年は私と校長で手分けをして乗り切ろうとも考えてみました。 しかし、私たちは、もう若くありません。プレゼントをくばるのかおくれたり、まちか いがあってはこまるだろうとあれこれ考えて、ある生徒を思いだしたんです。 かれ 彼は、何年も留年している男ですが、自ら希望してサンタ学園に入学してきた男なんが や を ス です。 ええ。たしかにスカウトはしていませんよ。でも、彼は熱心なんです。どうしてもサン ン というんです。 タクロースの仕事をしたい、 サ きよか ですから、私たちも喜んで彼の入学を許可したんです。 校長は、その彼を卒業させて、サンタクロースにしようといいだしたんです。 りゅうねん
せま それから、真に迫った「おはなし」を読むと、実際には体験したことのないことが、あたかも ヾレフィーーレにー 実際に体験したかのように体の感覚に残るということがあります。「真夏のノ ぐんしゅう に、どきどきしたのは私だけではないでしよう。群衆の中に大事なカノジョの舞かいる。その まさのり 私もみな 群衆がぐんぐん近づいてくる。「撃て ! 」という命令。どうしても撃てない将紀 : じよ、つきよ、つ さんも、幸い今まで、人を撃たないと自分が撃たれるかも知れないという状況におかれたこと じか はありません。しかし、戦場の兵士はそういう状况に置かれるのだということ、それを体に直に そうぞう 想像させる、そういう力も「おはなし」のカです。 このように、感覚に働きかけるのが「おはなし」の持っ強いカですが、理性に働きかける つまり、いろいろ考えさせるという力もあります。 あなたにとって、この第一巻でもっとも考えさせられた、胸をすんと突かれた問いかけは何で したか。私の場合は、「おばけイチゴを食べた日から」の未来が抱えた問いです。 お父さんはまちがっているのだろうか。命をかけて働いているお父さんが、まちがっている のだろ、フか。 さいわ じっさ むね カ - カ 148
「おはなし」のカで 戦争をイメージする 平和を考える 日本児童文学者協会 創立 60 周年記念出版