りゅうた その声につられて、竜太たちも一斉に川をみた。 ぎらぎらと虹色に光るものが、ゆらゆらとながれてくる。 「油だ : : : 」 竜太はうなった。 ちょっけい 直径三十センチから五十センチぐらいの円になった油が、合計五つも竜太たちの前をながれさ げんば 「いますてたばかりよ。現場に行けば、犯人をつかまえられるかも : み 久美が川上へ向かって走りだした。 「ちょっと待って。一人じゃあぶないー 竜太はとめたが、間に合わなかった。そうかといって、追いかけても竜太の足では、久美に追い つけない。 「だれか、久美ちゃんといっしょに行ってくれ」 じしん 竜太は足に自信のある男子生徒たちにたのんだ。 っ一」 0 きだろうじんとうちゃく 久美は、四の橋のたもとで、竜太と木田老人の到着を待っていた。 はんこうげ・んば 「竜太くん、犯行現場はここよ。川岸に油がこばれているわ」 にじいろ いっせい はんにん 2
きだろうじん りゅうた やだ 矢田先生は竜太と久美をうながした。それから、木田老人に頭を下げた。 せいそう 「川岸の清掃をてつだっていただいたそうで、ありがとうございます」 つきみがわ 「いや、こちらこそ、この二人の生徒さんのおかげで、月見川に油をながす犯人の目星がっきかけ きようりよく たところです。先生も、ぜひ協力してください」 ようしよくいけひ力いじようきよう かりゅう 木田老人は、川岸を下流に向かってあるきながら、養殖池の被害状況を矢田先生に話すのだ っ一」 0 ふほ、つと、つ * 、 「いや、まったくこまったものです。川岸のごみひろいよりも、油の不法投棄をやめさせるほうが かんし せんけっ 先決ですよ。わたしも、生徒たちに話して、川岸をそれとなく監視させましよう」 やくそく と矢田先生は約束した。 さくらしようがっこう つぎの日も、桜小学校は一時間目の授業を、月見川の清掃にあてた。 「犯人がまた油をながすかもしれないわ」 久美は竜太をさそって、わざわざ四の橋の近くで川岸のごみひろいをした。 「むだだよ。ばくたちのすがたが見えたら、犯人は油をすてやしないさ」 と竜太は期待していなかった。 ほ , つか′」 放課後、二人が校門を出ると、木田老人が待っていた。 はんにん きたい じゅぎよう はんにんめぼし 85 第 4 話川をよごすのはだれだ ?
しゅうち せいそう さくらし 桜市では、春と秋にクリーン週間をもうけて、全市民が一斉に市有地や道路を清掃することにな っていた。 おさ さくら つきみがわ 月見川は、桜市の南部をながれる美しい川で、むかし、この地方を治める大名が、川原で月見 うたげ の宴をもよおしていた。いまでも川のほとりの月見神社で、秋の十五夜には〈月見祭り〉がおこな われる。 ふつう、月見といえば、秋の夜空にばっかりうかんだ満月を見るものだが、桜市の月見は、川の 月がよごれたら、せつかくの月見がだいなしだ。 水面にうつってゆれる満月を見るものだった。 「月見川のきれいな流れをまもって、月見祭りをつづけよう」 これが、クリーン週間の目的の一つだった。ところが月見川は、桜市内を東西にながれているか ? きより ら、川岸の清掃といっても、距離が長くてたいへんだ。 べんとう かん 「ごみには、二種類あるみたいだよ。ジュ 1 スのあき缶とか、みかんの皮だとか、弁当のあき箱と いうような小さいごみは、通行人がすてているんだ。車のまどから、投げる場合もあるみたいだね。ご たいりよう これは、いやなにを もう一種類は大きなごみだ。大量のごみといったほうがいいかもしれない。 おいのする土だとか、コンクリ 1 トのかけらだとか、こわれた家具だとか : : : ひと山ずっすてられ ている。おそらく、軽トラックか、ライトバンのような車に積んでくるらしい。こちらをやめさせ ないと、月見川は一、二年のうちにくさいどぶ川になって、もう月見祭りなんかできなくなると思 うな つきみじんじゃ まんげつ いっせい さくらしない だいみよう
「こんなところに、ごみをすてるなんて、ひどいやつだ」 つきみがわ 「まったくよ。月見川をよごすなんて、ゆるせないわ . 「犯人をつかまえて、川にしずめてやりたいな」 六年二組の生徒たちは、ぶつぶつ いいながら川岸にすてられたあき缶、雑誌、くさったくだもの、 やさい しゆるいべっ ぶくろ 野菜などをひろいあつめて、種類別のごみ袋に入れる作業をつづけた。 りゅうた くみ もちろん、竜太と久美も頭にきていた。 じゅぎよう せいそう 「クリ 1 ン週間もいいけど、毎朝授業をつぶして、川岸の清掃はたまらないよ」 さくらしよう 「月見川の受け持ちになるなんて、桜小はツィてないわ」 はんにん 第四話川をよごすのはだれだ ? かんざっし 0 8
りゅうた すいり 竜太は、ごみをすてる犯人たちを推理した。 つきみがわ 月見川の両岸は、コンクリートと鉄パイプの柵でかこってあるだけだ。川岸にすてられたごみは、 日にすべり落ちたり、ころがりこんだりしやすい 「やあ、みなさん、ごくろうさま」 顔見知りの老人が近づいてきて、竜太たちに声をかけた。月見川のずっと下流で、農業と鯉の養 きだよしまっ 殖をやっている木田吉松だった。 「先生は ? 「三の橋のほうに行ってますけど : と久美が答えた。 「そうか」 きだろうじん 木田老人は、川岸のごみひろいに加わった。 のうぎようようすいたんすいぎよようしよくようすい 月見川は、農業用水や淡水魚の養殖用水としても使われている。 ゅうがいぶっしつ 「水面に多少のごみがうかんで、ながれてくるくらいならかまわないけど、水そのものが有害物質 おせん で汚染されたら、農業も淡水魚の養殖もおしまいだよ。うちの養殖池にこのごろ油がながれこんで、 こい 死ぬ鯉がふえてきた」 木田老人は川の流れに目をやって、とっぜんさけび声を上げた。 「あっ、あれだ ! 」 しよく み はんにん さく
男の子は、ビニール袋のドーナツを見せた。ドーナツをちぎって川に投げこんでいるうち、足を すべらせたのだろう。 「この川のお魚は、ド 1 ナツなんかあまりよろこばないよ」 せっとく りゅうた 竜太は、男の子がもうドーナツを川に投げないように説得した。 ふつうのパンならすこしぐらいかまわないが、ド 1 ナツは油をたつぶりふくんでいるから、 投げ入れたら、水をよごすことになる。 あぶらおせんはんにん 「ひょっとしたら、油汚染の犯人はこの子かしら ? くみ 久美は竜太にささやいた。 「そうじゃないよ。ばくたちは川にうかんだ油を見ただろう ? あんなに大きな油の膜は、ドーナ しよくようあぶら ツの油ぐらいじやできないよ。やはり、使用ずみの食用油そのものをながしたのさ。川岸の草にれ もべったりついていたじゃないか」 ようぎしゃ 竜太には、この男の子が四人目の容疑者とは思えなかった。 「でも、犯人となにか関係があるかもしれないわ」 「それはそうだー 二人は男の子といっしょに川岸をぶらぶらあるきながら、いろいろなことを聞きだした。 ようちえん こまっ 男の子の名は小松つばさ。家は四の橋から五十メ 1 トルほどはなれたところにあった。幼稚園か つきみがわ らもどると、いつも月見川のまわりであそんでいる。 はんにん ぶくろ = 一口
ちょっかんひつよう 〈パン天国〉があやしいと思うのよ。証拠はないけど : : : 直感も必要なんじゃない ? くみ りくっ このごろ、久美は理屈をこねるようになった。 しよ、つめい はんにん 「もちろん、直感で犯人を当てられることだってあるよ。でも、それが正しいかどうか、証明し たんてい て見せるのが探偵の仕事だと思うよ りゅうた こんなぐあいで、理屈のいいあいになれば、久美は竜太にまだまだかなわなかった。 「だれか、来て ! 」 ひめ とっぜん、子どもの悲鳴が上がった。竜太と久美はおどろいて川岸を見まわした。 さい 四の橋のすぐ近くで、四、五歳ぐらいの男の子が川にずりおちかけていた。両手で川岸のツッジ の枝をしつかりつかんでいるが、両足の先が水面すれすれだった。 「がんばって , みがる 身軽な久美がまず子どものところへかけよって、手首をつかんだ。 つづいてカ持ちの竜太がかけつけ、久美に協力して男の子を安全な場所に引きあげた。 「もう柵の中にはいっちゃだめよ」 久美は男の子の服についた土ばこりをばたばたとはたいた。 「川のそばでなにをしてたの ? せいいつばい と竜太が精一杯やさしい声でたずねた。 「お魚にえさをやってたんだよ」 えだ てんごく れ、しゝ しようこ
すでに捜査も、ひととおりすませていた。 「なるほど、さっきながれてきた油をすてた場所はここらしい」 かくにん りゅうた 竜太もこばれた油を確認し、指につけてにおいをかいだ 「天ぶらか、フライか : : : そういうものに使った油のにおいがする」 せんもんかぶんせき ようしよくいけ きかいあぶら 「うん、機械油じゃないな。うちの養殖池にながれこんだ油も、専門家に分析してもらったら、 天ぶらのようなものに使った食用油だといわれたよ」 きだろうじん と木田老人はうなずいた。 はんにん 「それで、犯人の手がかりは ? 」 み 竜太がたずねると、久美はざんねんそうに顔を横にふった。 れ せんぜん見かけなかったわ」 「あやしい人間は、、 四の橋のあたりは、昼間でも人通りが少ないところだ。そのせいか、これまで川岸にごみがすて の す られることも、あまりなかった。 よ を 「こっそり油をすてるには、つごうのよい場所ってことだな。ずるがしこいやつだ」 木田老人は、なにか犯人につながるものをさがそうと、川岸や橋の上をあるきまわった。 話 「とにか / 、 、犯人は食用油をよく使う人間、つまり、いつも天ぶらやフライをあげている人間か、第 そういう人間につながりのある人間ということになります」 すいり 8 と竜太は推理した。 そ、フさ
はぎ りゅうた 竜太の返事は歯切れがわるかった。 かわまたけ とりあえず、三人は川又家へ向かった。 かわまたろうじん りゅう なんとか、理由をつけて、また川又老人に会うつもりだった。 もん ところが、川又家の門には黒い紋入りのちょうちんがかざってあった。そして、町の人びとがい そがしそうに出入りしていた。 「なにかあったんですか ? 」 竜太は門から出てきた中年の男にたずねた。 「川又老人がなくなったんだよ」 のうてん くみ そのひとことで、竜太と久美はハンマーで脳天をたたかれたようなショックを受けた。 へ ど しんきんこうそく 川又老人は、庭で植木の手入れ中に心筋梗塞の発作でたおれ、家族が家の中にはこびこんだとき土 事 は、、も一つ、こときれていたとい一つ。 大 「もし、川又老人が犯人だったとしても、たしかめようがないわ」 しよなのか そういって久美は、ためいきをついた。すでに初七日もすぎていた。 第 ほつほ、つ 「まだ方法はあるよー かんだふじん 5 竜太は久美をさそうと、同じ棟にある神田夫人の家をたずねた。そして、いきなりいった。 はんにん と、つ ほっさ = 一口
かわまたけてんじしつ 「ぬすまれた土器は川又家の展示室にあるかもしれません」 「ほんとう ? 」 かんだふじん 神田夫人はおどろいて、とても信じられないという顔をしたが、 「それじゃ、さがしに行きましようか」 りゅうた くみ と立ちあがったので、こんどは竜太と久美がびつくりしてしまった。 じようもんどき てんじしつ かわまたろうじんゆいごん 「じつは、川又老人の遺言で、川又家の展示室にある縄文土器のコレクションは、そっくり市の きようどしりようかんきふ わたなべしゅにん 郷土資料館に寄付されることになったわ。それで、今日、渡辺主任といっしょに、見に行くこと になっていたの」 こんなわけで、竜太と久美は神田夫人につれられて、ふたたび川又家をたずねることができた。 渡辺主任は、まだ来ていなかった。 かわまたふじんあんない れいぜん 三人は、霊前に花をそなえてから、川又夫人の案内で展示室にはいった。 かわまた 「あのう、川又さんは夜中に展示室で土器の整理なんかされることはありましたか ? 」 えんりよ 竜太は、遠慮がちにたずねた。 「ええ、ときどき夜中におきだして、土器をいじっていたようだわ。それで、どろがついたままの ねどこ 寝巻きでまた寝床にもぐりこむからふとんがよごれてこまりました。そのたびにあたしはこごとを いったのですが、きよとんとして、夜中におきたことをぜんぜんおばえていないことがよくありま した。すこしポケていたんでしようかねえ」 2