面への列車を見送ると、駅の端のほうに赤とクリーム色にカ ラーリングされた登山電車が何台も停まっているのが見える。 ひとつの機関車に客車が 2 両付いており、これ以上連結はさ れないのでラ隹時には何台もが連なって出発することになる。 最高速度は時速 12 。標高差は 13 m 。シーニゲ・プラッテ まで約 50 分の道程だ。 ・ユングフラウ 3 山と感動のご対面 ヴィルダースヴィルを出発するとすぐにリュッチネン川を 渡る。ュングフラウ方面への線と分かれると、線路は急勾配 になりいきなり森の中へ。山の西斜面の森をどんどん上って 写真 / 上 : アルプの中をぐんぐん上 いく。 38m ほど高度を稼いだところで長さ 1 m のローテン っていく列車下左 : トンネルを抜 工ッグ Rotenegg トンネルへ。トンネルの中で方向を変えて再 けると進行方向右側にユングフラウ 3 山が登場。車内から歓声があがる び短いトンネルをくぐると線路は山の北斜面に出る。 下右 : 中間駅で SL を整備点検する で来ると左側の車窓には急にインターラーケンの町並みやト 機関士。こういった人の努力で、 100 年以上現役でいられるわけだ ゥーン湖が見えるようになる。まもなく森の中のアルプに到 着。プライトラウエネン Breitlauenen だ。蒸気機関車は必ずこ こで停まって給水していくし、登山電車も行き違いをする。 かってはここにホテルもあったが現在ではクローズ。ハイカ ーなど乗降客はけっこう多い。 森林限界を越えると、広い牧草地のあちこちでごっごっと 岩が剥き出しになっていて、その間を牛たちがのんびりと歩 シーニゲ・プラッテの山頂には き回っている。緑豊かなアルプとちょっと趣が異なり、周辺 1832 年に開業したというクル の岩山の風景とあいまって、どちらかというと荒々しいとい ム・ホテルがある。シャワー、ト イレ共同のシンカレな宿だが、清 う印象を受ける。 潔で気持ちよく泊まれる。なに 視界がよくなってきたら列車の旅は後半へと差しかかる。 よりここから朝焼けに染まるユ 淡々と上ってきた前半部から一転、後半に大きな見せ場が待 ングフラウ 3 山の大パノラマが っている。草を食む牛や羊の群れを見ながらアルプをぐるっ 眺められるとなれば、少々の不 と回るようにして標高を上げていったあと、 162m のグレット 便は気にならないだろう。 山頂ホテルに泊まりたい 080
写真 / P68 上 : インターラーケン・ ・インターラーケン→グリンデルワルト、ラウターブルンネン オストとグリンデルワルトを結ぶ インターラーケンにはオスト ( 東 ) とヴェスト ( 西 ) のふたっ BOBO シーニゲ・プラッテヘの出発 駅、ヴィルダースヴィルに停車中 の駅があるが、ユングフラウ方面への玄関口となっているの 下 : ヴェンゲン駅に停車中の WAB 。 は東寄りにあるオスト駅。西からはベルンやドイツなど各地 ここからさらに急勾配を下ってラウ ターブルンネン駅を目指す からの列車が、東からはルツェルン方面からプリューニック P69 上 : ユングフラウ鉄道グループ 線がやってきて出合う駅だ。 の起点となるインターラーケン・オ スト駅中 : グリンデルワルト駅。 こからグリンデルワルト & ラウタープルンネンまでは BOB ホテルが隣接する便利な駅下 : ク が走っている。前半分の車両がラウターカレンネン行き ( 所要 ライネ・シャイテックに向かう WAB アルプの中に線路があるので、牛が 約 20 分 ) 、後ろ半分がグリンデルワルト行き ( 約 40 分 ) で、ふ 線路のすぐ横にいることも たつめの駅ツヴァイリュチーネン Zweilutschinen で分かれる。 前方に輝く白銀の峰が、目指すュングフラウ。懐の氷河か ら流れてきた川はミルキーホワイト色をしている。一方、グ リンデルワルト線と並行に流れる支流には澄んだ水が流れる。 1890 年の開業当時は蒸気機関車が走っていたという BOB は、勾配のある区間だけラックレールに歯車をかませて上る。 耳を澄ませていれば、途中で音が変わるのに気付くだろう。 しかし、 BOB の勾配はあまり急な感じがしない。特にユング フラウョッホからの帰路にはなだらかに思えてしまうが、 れでも最大勾配は 120 パーミル。日本の登山電車の最急勾配 パーミルよりも急なのだ。 ・グリンデルワルト→クライネ・シャイデック 左回りの BOB に乗るなら、右側の座席がいい。終点の手前 でアイガー北壁が右側の車窓いつばいに現れるからだ 日本人観光客に絶大な人気があるグリンデルワルトの村は、 いつ訪れてもにぎやか。大型ホテルやギフトショップ、スキ ーショップが建ち並び、立派な日本語観光案内所まである。 ぜひ滞在して、周辺のハイキングコースを歩いてみたい。 こから先は、全線がラックレールのヴェンゲルンアルプ 鉄道 (WAB) となる。クライネ・シャイデック経由でラウター カレンネンまで全長 19.1 。世界最長の登山鉄道だ。 グリンデルワルトは斜面の中腹に開けた村であるため、駅 をあとにした WAB はいったん坂を下り、谷底にあるグルント Grund 駅でスイッチバックをして、アイガーに向けて上る。箱 根登山鉄道のように高度をかせぐためのスイッチバックでは なく、動力車を常に坂の下側にするためにスイッチバックを するわけだ。このため、もし車窓から思う存分アイガーを見 上げたければ、グリンデルワルトで乗り込む際、進行方向右 側の座席に、後ろ向きに座るといい。 クライネ・シャイデックまでの所要時間は 35 分。到着する までユングフラウとの再会はおあずけだ。 登山列車の旅 ュングフラウ鉄道グループ 069
登山列車の旅 ュングフラウ鉄道グループ 写真 / 上 : ユングフラウ鉄道とハイ 引いている極地犬の訓練所がある。ョッホからの帰りはこ キングコース。線路の下のコースは で下車し、クライネ・シャイデックまで 1 時間ほど歩いてみ ヴェンゲン方面に下るコース。線路 の上はアイガーグレッチャー方面に るといい。眺めは極上だし、夏なら花も多い。午後になると 向かう中 : ユングフラウョッホに 氷河が崩れ落ち、轟音が谷にこだまする。 向かう途中駅、アイガーヴァントの トンネル。窓はアイガーの北壁に造 歩き慣れた人なら、線路を渡って反対側からアイガー直下 られている下 : アイガーヴァント を歩くアイガートレイル ( アルピグレンまで下り約 2 時間 ) も から眼下にクライネ・シャイテック を望む おもしろい。首が痛くなるほどの高さにそびえる北壁に、運 がよければクライマーの姿も見えるかもしれない。 さて、列車はアイガーグレッチャーを出発するとすぐトン ネルに入り、あとはひたすら岩盤内部をよじ上る。 JB は、お よそ 50 分の乗車時間の 4 分の 3 がトンネルの中。うす暗い車 内は退屈で、ついうとうとしてしまうが、 250 パーミルという 急勾配なので、後ろ向きの座席だとお尻がずり落ちそうにな って少々乗り心地が悪い。 このトンネルは 16 年の歳月をかけて 1912 年に完成した。当 初は、ユングフラウの山頂ヘロープウェイをかけるプランや、 山頂直下まで真っすぐにトンネルを掘るプランも検討された という。これらは技術的には可能だったが、あまりにも短時 間に高所へ上るために、高山病の危険が大きいとして却下 最終的に、アイガーとメンヒの胎内を迂回するプランが採用 された。標高差約 148m に分をかけるのは、乗客の体のた めでもあるのだ。 設計者のツェラー A. G. zeller は全線開通を見ることなく、 工事途中で心臓発作のために亡くなった。彼は未来の乗客の ために粋なはからいを用意してくれていた。トンネルの途中 2 ヵ所に横穴を掘り、外の景色を見せてやろうと考えたのだ そのアイガーヴァント駅 Eigerwand とアイスメーア駅 Eismeer の停車は、 JB の楽しみのひとつになっている。 073
写真 / 左 : シーニゲ・プラッテの山 頂駅に停車中の SL 。目の前にはユ ングフラウ 3 山の大パノラマが広が る右 : 中間駅ブライトラウエネン 近くの展望台。時間がある人は山頂 駅から中間駅までのハイキングがお すすめだ下 : アルペン植物園はシ ニゲ・プラッテの東側の斜面に広 がっている。軽いハイキングも楽し める 登山列車の旅 1 シ・ こがこの鉄道最大の見せ場。 ライ Graetlei トンネルに入る トンネルを抜けると進行方向右側と前方に、ベルナーアルプ 山頂には 500 種類以上の高山植 ゲ 物が見られるアルペン植物園が スが圧倒的な迫力で開けるのだ。アイガー、メンヒ、ユング ある。斜面に広がっているため プ フラウの山々がきれいに並んで、まるで手を広げているよう。 に、見学には階段を上ったり下 フ 乗客からも大歓声があがる瞬間だ。 りたりしなければならないが、珍 列車は東向きに方向を変え、さらに右側の窓いつばいに山々 しい花々が手軽に見られるチャ 鉄 が広がる。乗客のほとんどは興奮状態のまま、ほどなく標高 ンス。花の時期に訪れたらぜひ 立ち寄ってみよう。 1967m のシーニゲ・プラッテ駅に到着。駅は断崖絶壁の上に あって、こから見る景色も大迫力だ。 展望台からユングフラウ 3 山の反対側を眺めれば、インタ ーラーケンの町やトゥーン湖まで遠望できる。こちらの眺め こからは歩いてグリンデルワルト方面へ抜 もなかなかだ けることができるので、ライゼゲペック ( → p. 208 ) を上手に利 用して、登山列車の旅とハイキングを楽しむのもいいだろう。 アルペン植物園 ツ Schynige Platte-Bahn(SPB) 1 インター ーケンへ 1 km 0 ・所要時間 ヴィルダースヴィル ~ シーニゲ・プラッテ約 50 分。夏季のみの 運行 ・乗車券 乗車券 ( スイスパス所持者への割引あり ) が必要。ユングフラウ パス有効区間 ・座席予約 不可。夏休み期間中、天気のよい週末などは大混雑することが ある。積み残されると次の列車まで待たないといけないので、早 めに行って多少待っことをおすすめする ・その他 ニゲ・プラッテ 山頂で、無料のハイキングシューズ、ストックの貸し出しサー *hynige 日 a ビスあり ・ウェブサイト •www.jungfraubahn.ch イルタースヴィル Wllde 「 swil プライトラヴェネン リンデルワルトへ 081
ユングフラウ鉄道グレープ 登山鉄道でトップ・オプョ ーロッノヾへ lnterlaken Jungfraujoch Text byTakane Fujimoto 写真 / P66 上 : インターラーケンの ヘーエマッテから見る、雲をかぶっ たユングフラウ下 : インターラー ケン・ヴェスト駅ホームの向こうに 見える山もユングフラウ P67 : 雲の切れ間から顔を出したア イガーをバックに走るヴェンゲンア ルプ鉄道。線路に沿って人気のハイ キングルートが延びている ・ルートは左右ふたとおり ただ列車に乗るだけで、鍛え抜かれたクライマーしか見る ことができなかった雪と氷の世界へ、 2 時間 20 分で到達でき 山の天候の常ながら、標高約 る。厳冬期ですらも、ヨーロッパ最長の氷河の源に立っこと 3500m のユングフラウの展望台 はいつも天気がいいわけではな ができる。そんな驚くべき登山鉄道が 1912 年 ( 大正元年 ) から い。晴天ならまさに「トップ・オ 走っているというのがスイスのすごいところだ。 ブ・ヨーロッパ」という景色が広 国際的なリゾート地インターラーケンから、ヨーロッパで がるが、霧がかかってしまえば 最も高所にある鉄道駅ユングフラウョッホ ( 標高 3454m ) まで 360 度真っ白。時間をかけて上 上るには、ベルナー・オーノヾーラント鉄道 ( BOB ) 、ヴェンゲ がってきた甲斐がない。登山列 車に乗る前に、山頂の天候を確 ルンアルプ鉄道 ( WAB ) 、ユングフラウ鉄道 ( jB ) の 3 本を乗り 認したい。ホテルや駅のモニタ 継がなければならない。レールの幅がそれぞれ異なり、直通 ーを見ればすぐにわかる。 運転ができないためだ。しかし接続はよいので、それほど不 便さは感じないだろう。 インターラーケンを出た BOB は途中で左右に分かれるが、 どちらを通っても峠の上のクライネ・シャイデックで同時刻 に出合い、そこからユングフラウョッホまでは JB の同じ列車 に乗ることになる。左回り ( グリンデルワルト経由 ) ならアイ ガー北壁の真下を走ることになり、右回り ( ラウターカレンネ ン経由 ) はユングフラウと氷河の眺めがすばらしい。ぜひ、往 復でルートを変えて両方走ってみよう。 天気の確認を忘れずに
著者紹介 text 、本書での執筆パート ・根本一哉 Kazuya Nemoto スイスの旅のコーディネーター。 ( 株 ) スペースタイ ムネット代表。長年の旅行業界の知識とスイス在住 経験を生かし、多彩なスイスの旅を提案。執筆、講 演活動も行っている。鉄道だけでなく、スイスの文 化や歴史への造詣も深い。地球の歩き方シリーズで は、「スイスアルプス・ハイキング」、「ヨーロッパ 鉄道の旅』、「ヨーロッパ・ドライプ旅行」などでも執 筆。 、「グレッシャー・エクスプレス」「べノにナ・エクスプレ ス」「シーニゲ・プラッテ鋳首」「フルカ山岳蒸気鉄道」「ピ ラトウス登凵職首」「リキ登はは首」「ゴー丿庁 ' ンパス・ライ ン」「ウィリアムテル・エクスプレス」「フォアアルペン・エ クスプレス」「チェントヴァッリ金蜷首」び介、窈也、「グ レッシャー・エクスプレスの歩み」「途中下車の旅」「モデル ルート」「スイス鋳首の歴剌、コラムなどを執筆、各 ・小じもとたかね Takane Fujimoto 自然と野生生物の保護に無関心ではいられないフリー ライター & 編集者。スイスはじ欠米各国に長期滞在 した経験をもとに地球の歩き方シリーズの「スイス アルプス・ハイキング」「アメリカの国立公園」など、 トラベルガイドの執筆、編集に携わる。誕生日が鉄道 記念日だからというわけでもないが、子供の頃から列 車の旅、特に雪国の鈍行列車で行くひとり旅が大好 き。 、「ゴルナーグラート鉄道」「ユングフラウ鉄道グルー プ」「ブリエンツ・ロートホルン鉄道」「モン・ブラン・ 工クスプレス」、コラムなど ( 敬称略 ) phOtO ・オフィス・ギア Office GUIA ・オフィス・ポストイット Office POSt は 《写真協力》 SwissTraveI System RhB スイス政府観光局 ュングフラウ鉄道 SchiIthorn CabIeway RaiI Europe Japan 231
写真 / 上 : 標高 3571m の頂に造ら れた展望台スフィンクス・テラス。 屋外の展望台は真夏でもかなり寒い ので上着を忘れずに下 : ュングフ ラウョッホから氷河を歩くツアーが ある。参加者か五いにザイルで結ば れているのは、万が一クレバスに落 ちたときの用心のため ・トップ・オプ・ヨーロッパへ この後、 JB はさらに標高をかせぐ。空気がどんどん薄くな ミルとは 1000 分の 1 を表す っているのを実感し、何度もッパを飲み込むうちに、列車は 単位、つまり千分率で、パーセ ントの 10 分の 1 。記号は % で表 にぎやかなホームに滑り込む し、 250 % = 25 % となる。 250 標高 3454m 。ヨーロッパで最も高所にある鉄道駅ユングフ % とは、水平距離 4 m 走る間に ラウョッホは、外が吹雪でも快適な地下駅。到着したら、何 1 m の高度をかせぎ、 1 km 走れ はともあれスフィンクス・テラスの表示を目指し、真冬でも暖 ば 250m 上ることをいう。角度 かい展望台から、ユネスコの世界遺産にも登録されたヨーロ で表すとおよそ 14 度になる。日 本の最急勾配は静岡県の大井川 ッパ最長のアレッチ氷河を見下ろそう。ユングフラウョッホ 鐵道井川線の 90 % 。箱根登山鉄 にはほかにも数々の施設が整っているが、こで消費される 道は 80 % 、長野新幹線によって 水や食料などはすべて、さきほどの列車に連結された貨車や 廃止された信越本線旧碓氷峠は 水タンク車で運び上げていることを頭の隅に入れておきたい。 66.7 % だった。 なお、いくら設備が整っていて快適とはいえ、アルプスの 銀世界を訪れるのだからそれなりの準備は必要。真夏でも暖 かい上着、滑りにくい靴、強烈な日差しから目を守るサング ラスなどを忘れずに クライネ・シャイデック / ineSchei g グリンルル 勾配を表す単位、バー Berner OberIand-Bahn(BOB) WengernaIpbahn(WAB) Jungfraubahnen(JB) を ン ヴ ガ イ ・所要時間 インターラーケン・オスト ~ ユングフラウョッホ約 2 時間 20 分。 6 : 35 ~ 深夜まで 1 時間ごと。夏の日中のみ 30 分ごと ・乗車券 全席自由席。 BOB と、 WAB のラウターブルンネン ~ ヴェンゲ ン間のみスイスパス有効。 WAB のほかの区間は 25 % 割引 ( スイ スカードは 50 % 割引 ) 。 5 ~ 10 月には、ユングフラウ地区の鉄 道やゴンドラリフトなどに連続 5 日間乗り放題の「ユングフラウ 鉄道パス」も販売される。また、始発列車で上って午前中に下り てくればクライネ・シャイデック ~ ユングフラウョッホ間か割 引になる「グッド・モーニング・チケット」もある ・予約 不可。乗り切れない場合は増発されるので、ほとんど問題ない ・ウェブサイト•www.jungfraubahn.ch アイガーグレッチャ アイガー水河 / ヴゲンへ ア ismeer 日 ge 「 g 回 he 「 メンヒ 0 ・、 / ユングフラウョッホ Jungfraujoch 074
・ラウターブルンネン→クライネ・シャイデック ツヴァイリュチーネンで分かれたもう一方の列車は、谷底 の村、ラウターカレンネンで終点となる。谷の左右にそびえ る断崖から滝が流れ落ちる清々しい村で、ミューレン方面へ の乗り換え駅でもある。 こからクライネ・シャイデックまでは所要 45 分。 WAB の 列車はすぐ隣のホームに待機している。座席は進行方向右側 がおすすめ。出発してすぐ、橋を渡るあたりから、教会の尖 塔の向こうにヨーロッパ第 2 位の落差約 300m を誇るシュタ ウフ。バッハの滝が見える 列車は 250 パーミルの急坂をぐんぐん上り、断崖の上に出 たところでヴェンゲン wengen に停車。電気自動車が走るだけ の静かなリゾートで、麓から通じる道路もないため、生活物 資などはすべて AB の貨車に頼っている。冬にはワールドカ ップも行われる一大スキー場としてにわかに活気づく。 列車は、両腕を広げたユングフラウの懐に吸い寄せられて いく。純白のトンガリ山、シルバーホルンから今にも崩れ落 ちそうな氷河は、日暮れになると乙女の頬をバラ色に染める。 峠を上り詰め、行く手にユングフラウの恋人アイガーの頂 が姿を現してきたなら、クライネ・シャイデックに到着だ ・クライネ・シャイデック→ユングフラウョッホ 標高 2061m 。小さな峠という意味のクライネ・シャイテッ クは、アルプスの名峰の誉れ高いユングフラウ、メンヒ、ア イガーの 3 山に最も近い、実に贅沢な展望台。 WAB と JB の 乗り換え駅としていつも大勢の観光客でごった返している。 ハイキングをする予定がない人に、ぜひおすすめしたいこ とがある。乗り継ぐ列車を 1 本遅らせ、草原に腰掛けて山々 を心ゆくまで眺めてみるのだ。アイガー側にあるレストラン のテラスも特等席。幾多のクライマーの命を奪ってきた北壁 を正面から眺められる。メンヒとユングフラウを結ぶ稜線に は、これから上るヨッホのドームが光っている もし、この時点て眺望がきかないようなら、高額な料金を 払ってユングフラウョッホまで上るべきかどうかよく考えた ほうがいい。どんなに交通が発達しても、山の天気はコント ロールできない。運が悪いと山はおろか 10m 先が見えないこ ともある。ただし、ヨッホの展望台は雲海の上ということも あるので、駅のモニター画面を確認するといい。 日頃の行いがよく、乙女に気に入られた人は、 JB に乗り込 もう。高山植物が咲き乱れる草原を走ると、まもなくアイガ ーの氷河が迫るアイガーグレッチャー駅 EigergIetscher に停車 ここにもホテルとレストランがあり、隣にはヨッホでソリを 072 写真 / 上 : ラウターブルンネン駅手 前。 WAB は奥に立ちはだかる岩壁 に敷かれた九十九折りのような線路 を通ってラウターブルンネンとヴェ ンゲンを結ぶ下 : クライネ・シャ イテック駅。奥の烽はチュッケン ( 2521 m)o 冬はすべてスキーのゲレ ンデになる
COLUMN BYTRAIN ユングフラウ鉄道の歴史 ヨーロッパ最高所の駅ができるまで 設コストを抑えられ、アイガー山中を大きく迂 ・夢のプロシェクトを支えた人々 回すれば人体の高度順応にもなると。そしてト 1886 年 4 月 1 日、スイスの新聞が、ユング ンネルを山肌のすぐ内側に掘り、途中に駅を設 フラウ山頂まで鉄道を建設するという一大ブロ けて外の景色を眺められるようにすれば、乗客 ジェクトを報じた。これは工イプリルフールの も大喜びするに違いない ! ジョークだったが、 3 年後、ジョークは現実の 彼はこの案をプロジェクト委員会に提出する ものとなった。現在も営業するインターラーケ ンの 5 つ星ホテル『ユングフラウ』の経営者で、 と同時に、このルートか高山病の問題を解決で 国会議員ザイラーが、ユングフラウ山頂へ鉄道 きることを証明する実験を行って高山病の問題 をクリアした。 を通すという夢を実現させようと動き出し、 1 9 年にユングフラウ鉄道プロジェクトが公式発表 されたのだ。 ・水力発電によるトンネル工事 プロジェクトは建設ルートの選定から始まっ 1896 年、 1000 万フランの予算と 7 年の建設 た。まず 5 つの路線を乗り継いで山頂まで鉄道 期間が国会で承認され、 7 月 27 日、工事が始 められた。当時はまだ蒸気機関車の時代だ。 を敷く案と、 4 本のトンネル内をケーカレカー 部の鉄道は 1888 年に電化されたが、ヴェンゲ で上下する案が出された。翌年には、ピラトウ ス鉄道を考案したばかりのロッハーが、山頂ま ルンアルプ鉄道はまだ蒸気機関車だった。しか し全長 7. lkm もある急勾配のトンネル内で、煙 でまっすぐに 2 本のチューブを敷き、円筒形の 車両によってわずか 15 分で上る案を提出した。 を吐きながら客車を後ろから押し上げたのでは、 しかし、いずれのアイデアも大きな問題に直 アイガーグレッチャー駅に停車中。 面していた。それは建設にかかる技術的な問題 駅には作業員の宿舎がある だけではなかった。高度差 3000m 以上を一気 に上る乗り物など世界中のどこにもなかったた め、重引動を強いられる工事関係者はもとより、 乗客や乗員建康にどのような影響が出るのか、 誰にも予測がつかなかったのだ。 ・ツェラーのひらめき 1893 年、ヴェンゲルンアルプ鉄道が開業。鉄 道技術者ツェラー A. G. zelle 「はその日、蒸気 機関車がクライネ・シャイデックへ上っていく のをシルトホルンから眺めていた。そして、ひ らめいた。それまでのユングフラウ鉄道建設案 は麓から上るものばかりだったが、標高 2061m のクライネ・シャイテックを出発点とすれは強 076
シーニゲ・プラッテ鉄道 突然現れる 3 山の眺めに感動 WiIderswiI Schynige PIatte Text by Kazuya Nemoto 写真 / P78 上 : ヴィルダースヴィル 駅に停車中のシーニゲ・プラッテ鉄 道。開業時の SL 車両の定期運行も 始まり、クラシックな雰囲気の車両 が増えている下 : 出発を待つ SL 車両は 1894 年製。 100 年以上現役 というすごい機関車だ P79 上 : 中間駅を過ぎるとアルプが 広がり、振り返るとインターラーケ ンの町やトウーン湖の眺めが楽しめ る下 : ブリエンツ湖を見下ろす。 オープンエアの車両なので、写真が 撮りやすいだけでなく、音や匂い、 流れる風を直接感じることができる ・ 3 山のバノラマを見るならここ ! 6 月初旬から 10 月中旬まで運行 ベルナー・オーバーラントの有名展望台、シーニゲ・プラ とスケジュールは決まっている ッテに上る登山電車。ユングフラウ 3 山が見える展望台は数 が、山の気候は年によって異な あるものの、 こからのベルナーアルプスの眺めは秀逸。近 る。実際の運行開始日や終了日 すぎず遠すぎず、雄大なアルプスの全景のなかにユングフラ は積雪の状況などによって変わ ウ 3 山がきれいに並んで見え、現在でも数多くのスイスを紹 るので、春や秋に旅行を計画し 介するポスターや写真がここで撮影されている。 ている人は要注意。あまり余裕 のない日程で観光を予定してい 1871 年、リギ山にスイス初の登山鉄道が開通した。多くの る人は駅に確認してから出かけ 観光客を集めることに成功して以来、アルプスに登山鉄道の るほうが無難だ。 建設プームが訪れる。当時すでに展望ポイントとして有名だ ったシーニゲ・プラッテも例外ではなかった。イギリス人を はじめとするヨーロッパ大陸の観光客は、馬やロバに揺られ ながらすでにこの展望台を訪れていた。山頂にはこれらの観 光客を目当てにしたホテルもすでにあり、鉄道はそれらの声 に後押しされるように 1893 年に開通した。開業当初は蒸気機 関車で客車を押し上げていたが、 1914 年に電化されている。 現在でも 1894 年製の当時の蒸気機関車は保存されていて、 289 年から定期的に運転されるようになった。 登山電車が出発するヴィルダースヴィル駅は、インターラ ーケン・オスト駅からひとつめ。満員のグリンデルワルト方 078 運行期間に注意