ノンちゃんは、びつくりしておじいさんを見あげました。 おじいさんは急にきみわるくニャッとして、 うそもその調子でやってもらい 「では、早く、はじめてくれ。おまえはなかなか話がうまい うそというものは、ちょっとこれでおもしろいもんでなあ。使いみちによっては、わる いとばかりはいわれん。」 ハアバア、ワアワア、雲の上が、急にさわがしくなりました。おじいさんの正面にすわって 、まじめたのです。さっきのきれいなモヤは、いつの いる人たちが、みんないっしょに何かいしー けむり まにかすっかり消えて、火でもくすぶっているような、黄いろい煙が、プスプス、そこから立 ちあがりはじめました。きなくさいにおいがし、雲は気もちわるくゆれました。 ほうべん 「うそも方便ということがある : しさつじき 「ばか正直は、損のもとでねえ : 雲に乗って そん 233
ましたが、かんじんのにいちゃんが返事をしないものですから、少しすると、にいちゃんには 何もいわないで、ノンちゃんとだけお話をしました。 そんなことで、 いつもは、にぎやかなおひるごはんも、気まずくすみました。 いく日かまえ、やつばり学校の帰りにひ ごはんがすむと、にいちゃんはすぐ庭へとびだし、 ろってきた小大ーーーのちのエスですーーとあそびはじめ、おやつごろまでいなくなりました。 とっゼん 三時になって、ノンちゃんが茶の間で、おやつをたべていたときです。にいちゃんは、突然、 縁さきへあらわれて、 「おかあさん、ぼくにも。」と、はじめて口をききました。 「こっちへおいで。」と、おかあさんはいいました。 ぶん にいちゃんの分も、ちゃぶ台の上にのっていたのです。 「いいよ、ぼく、こっちでたべるんだ。」 おかあさんは、にいちゃんのおさらをもっていって、縁がわにおきました。 「手をあらってから、おあがり。」 にいちゃんが、手をあらってから、たべたかどうか、ノンちゃんは知りません。にいちゃん ってしまいました。 は右手にそのおさらを持ち、左手に大をだいて、またどこかへい なんだか、 にいちゃんが、大にな「てしま「たような気がして、ノンちゃんはとてもいやでした。 えん へんじ えん
てね。そうすれば、おかあさんがいくらぼんやりしてたって、おとうさんの中に、お写真がい るなんて思わないからねえ。日本語はむずかしいねえ。」 「おかあさん、そんなこといって、ばかだあ。」ノンちゃんは笑って、おかあさんのほっぺたを つくえ ぶちました。 : ウ・ : : ・おとうさん、 「この新聞、おとうさんのお机の上にあったから、あたし : しやしん このお写真いるのかと思ったの。」 / ンちゃんは気をつけて、まちがえないようにいし 、ました。 おかあさんは、ノンちゃんをひざからおろし、またお仕事をはじめながら、 「それは、ノンちゃん、きのう、おとうさんが釣りのお弁当をつつんでらしった新聞じゃない ひ、一う・き しやしん 、刀し ? ・ にいちゃんなら、飛行機の写真ほしいかもしれないけど、おとうさんはねえ。」 ひ・一うき ノンちゃんは、あらためてその写真を見ました。ほんとにりつばな飛行機の写真です。どこ か遠くから飛んできたものとみえて、そのまわりに大ぜいの人が立ってながめています。 「そうだ、 にいちゃんにこれ切りぬいといてやりましよう、ねえ、おかあさん。」 ノンちゃんは元気になって、その写真を切りぬきはじめました。ノンちゃんはときどき、そ うしてしんせつに、 にいちゃんのすきそうなものを、とっておいてやるのです。それなのに、 にいちゃんは、そういうものより、ノンちゃんの持っているものをほしがります。にいちゃん は、ほんとによくばりです 0 しやしん しやしん べんとう わら しやしん しやしん
うに、えさ箱のなかをのぞきはじめました。 けれど、ノンちゃんは、まだちっともわけがわかってなんかいません。 二、二年になったら、き、きっとあたしもつれてくって、いったんだ : うそっきだあ : この最後のことばが口を出たとたん、ノンちゃんはどうしていいかわからないくらいかなし くなり、腰をまげ、地だんだふみながら、ほえるように泣きました。 「お、お、おかあさん、うそっきだあ : ノンちゃんが、おかあさんについて、こんなおそろしいことをいったのは、生まれてこれが よ ` 一め はじめてです。さすがにノンちゃんも、いそいで、まぶたで涙をはたきおとすと、横目でおと うさんの顔をうかがいました。 おとうさんは聞こえないふりをしていました。 ゅうきひやくばい にいちゃんのばかあ、ばかあ、ばかあ : ノンちゃんは勇気百倍し、「にい おとうさんの手がのびて、ノンちゃんはむりに引きよせられました。そして、また鼻をつま まれました。さて、それがすむと、おとうさんは、少しこわい声で、けれども、しずかに、 「ノブ子、おまえ、わからないな。にいちゃんがわるいんじゃない。おとうさんがおまえはっ れてかないほうがしし 、といったんだ。あんなごみごみしたところ、なにがいし また病気にな こ おかあさん、 はな
しゅうしん 「修身は ? 」 「すき。とてもおもしろいお話があるから。」 「おもしろくないなあ : 「書き方は ? ・」 ・。」おじいさんは、あごをなでました。 わら 「すきー つもはりだされるの。」ノンちゃんは、笑いだしながらいいました。おじいさんが、 ふざけているのだと思いはじめたのです。「なんでもできるの。一番 ! 」 「それは、気をつけなくちゃ、すよ、 し。 / レー・」おじいさんが、心配そうにまゆをよせながらいいま した。 「そういう子は、よくよく気をつけんと、しくじるぞ ! 」 「え ? 」ノンちゃんは、びつくりしました。 よっや ノンちゃんは、人からそんなことをいわれたのは、生まれて以裵、はじめてでした。四谷の むらききー、ぶ りさきしきぶ おじいちゃんなんか、ノンちゃんを「紫式部」とよんでいるくらいです。「紫式部」というのは、 にいさんの勉強するのをきいて、みんなおぼえて 大昔の人で、やつばりノンちゃんのように、 しまった、えらい人でした。 しんはい 「ほんと、おじいさん ? 」ノンちゃんは、少しむ配になってききました。 「ほんとだとも。ようくきいておぼえておけ。人にはひれふす心がなければ、えらくはなれん のじゃよ。勉強のできることなど、ハナにかけるのは、大ばかだ。ひれふすむのない人間は、 185
さあ、あれは何年まえの話だったかな ? ちかてんごく 夏だったよ。夏も末つかたのあるタ方、わしは、ある海べの地下天国を、ぶらりぶらり、散 歩しとった。夏のおわりから冬のはじめにかけては、よく日に何人ものお客をひろいあげるこ とがあ「て、にいうかきいれ時なんじゃが、なせかその日はお客さん、ひとりもなし。わし はひさしぶりに、ばら色にそまった雲の上で、のんびりとあくびをしてた。ところが、そのうち、 みよう 妙なものに気がついたのさ。おまえたち、海の水も流れるということを知っとるか ? それが 風などのぐあいによってな、とくにはげしいことがあるのじゃよ。雲の上から見とると、そう いう日には、波のくずれぐあいなど、いつもとちがって、またおもむきのあるものじゃ。 さて、その日じゃ、波がしらのさわがしくくすれるあたりに、おかしなさかなを三匹見つけ びき びき : と、わしは、はじめそう思ったんじゃ。一匹は胴がまっくろ、一匹は赤、一匹は黒と白 のしまじゃ。それに白い足が四本はえてる。黒いのがいちばん大きくて、それがときどき、赤 おじいさんのお話 ( ハナ子ちゃんの冒険 ) びき びき 217
だまって穴を掘りました。けれど、ノンちゃんは知っています。にいさんがどんなにかなしか あな にいさんは、しあわせだった自分の子ども時代の半分を、その穴にほうむったのです。 ノンちゃんは、シャベルをふる 0 てその手つだいをしながら、鼻のわきをつたわ「てくる時を、 そっとはじきとばしました。 さて、これは、過去数年間に、 「ノンちゃんの家」におこった変化のいくつかですが、家の そとも、またかわりました。 ひかわさま 畑中の小さい町は、グンとふとり、となり村との境にあった氷川様の近くまで、家並は押し よせようとしています。いまもおとうさんが、朝な朝な、てくてく通う道は、幅もずっとひろ のりあい がり、コンクリートがしかれ、何年かまえから、つぎの町までいく乗合自動車が通いはじめま ひかわじんじゃ て、りゆ・ 1 フ した。「氷川神社まえ」という留場では、ごくたまにではありますが、にいさんが天下ごめ んの「ストップ」をします。 けれど、勉強にいそがしいノンちゃんは、たいてい毎朝、 「おとうさん、お先に。にいさん、お先に。」と、だれよりも先に家を出、自転車で駅まで通い ます。道の両がわは、ほとんど家でうずまったとはいっても、すぐそのうしろにムギ畑や田ん ぼをひかえている町の朝の空気は、すがすがしいものです。 ノンちゃんは、くちびるをかみ、大きく息をすいこみながら、力強くべダルをふんで、新し いえなみ
そうしたら、そのときこそ、ノンちゃんはその子をよぶのです。 「ハナ子ちゃん、 ( またはタロちゃんでもかまいません。 ) ちょっといらっしゃい。おかあさん がおもしろいお話をしてあげるわ。」 そして、ノンちゃんは、はじめます。 「あるところに、ノンちゃんという子がいました。いまから二十年ほどまえの、ある春の朝、 ノンちゃんは ああ ! その子はなんというでしようー きっと、きっと、いっかきっとー ノンちゃんは、こうかたく決心すると、いまもあいかわらず、おかあさんの待っている森か げの家をめざして、ひゅうー と風をき「て、自転鵈をとばします。 278
のです。まだおじいちゃんやおばちゃんも泊まっていました。ことにおじいちゃんなどは、ノン ちゃんさえその気なら、いつでも「おもしろいお話」をはじめようとして、ずっとノンちゃん のまくらもとで、たばこをのんでいました。 「どうだい、 ししながら いいながめだなあ ! 」などと、 そして、おばあちゃんもその日、ノンちゃんの顔を見にくることになっていました。 けれども、どうしてだか、ノンちゃんはさびしくてしかたがなくなりました。日曜やお休み あさね の日なら、朝寝していたって、ちっともいやではありません。いやどころか、ホカホ力あたた あさね かいお休みの日の朝寝ほど、気もちのいいものはないのです。それなのに、お友だちがみんな、 教室や運動場に集まって、 「だれか読める人 ? 」 とカ 「前へすめ ! おいちに ! 」 とかやっている日に、 ただひとり、おひなさまの前にねて、おじいちゃんの「おもしろいお話」 をきくことは、とてもさびしいものです。 茶の間の柱時計が、ポンポンポン : : : と、八時をうちました。学校ではいま、渡り廊下のあ わたろうか
にいちゃんだって、まえにはよく、ノンちゃんといっしょにままごともしたものです。四谷 にいたときなんか、おじいちゃんの家や、ノンちゃんの家のサザンカの木の下などで、大ぜい 集まって、さかんにしたものです。 けれど、こっちへひっこして来てからは、ノンちゃんにお友だちがないのに、ふつつりあそ んでくれなくなりました。でも、ごくはじめのころは、田村さんがあそびにきた日など、雨が みせ 降ったりすると、三人でお店ごっこやお客さんごっこもしました。 ところが、いっか急にいやだといいだしました。 にいちゃんは、ある日、学校からかえってくると、ごはんをたべながら、ノンちゃんの顔を つくづくとながめていましたが、「おかあさん、ぼく、いままで気がっかなかったけど、ノブ子、 ずいぶんへんな口のききかたするんだねえ ? 」 ノンちゃんは、にいちゃんが、何をいいだしたのかと思って、びつくりしました。 わら 「きよう、ぼく、こまっちゃったよ。田村君が帰りに、笑っちゃって動かないんだもの。ノブ 子が、こないだ、ままごとしたときね、『ゴメンケラーサイ』っていったっていうんだよ。『ゴ メンクダサイ』のことだよ、おかあさん。ずいぶんへんだろ ? 」 ノンちゃんは、そんなこと、いやしなかった、といいました。 たむら よっや 147