「わっはつはつは ! 」おじいさんは、ひざをたたいて笑いだしました。「ああ、子どもはこれ だから、 いいなあ ! わっはつはつはー また、まわりじゅうに、ブハブハ、キラキラ、笑い声がまぶしくわきたちました。ノンちゃ んは急に、 この雲の上には、おじいさんばかりでなく、ほかの人もいたんだということを思い だして、いそいでおじいさんのそでのかげにかくれました。 てき しいました。 「だからこそ、にいちゃ 「いいや、敵じゃない、敵じゃよ、 / し」と、おじいさんは、 てき じんじよう んはこまるんじゃ。敵なら、にいちゃんはもっと堂々とやる。それこそ、『尋常に勝負 ! 』じゃ。 ぜんこう ところが、おまえは妹じゃ。年下で、しかも女の子じゃ。それが、いつも全甲をとってきちゃ、 にいちゃんがなんかするたんびに、いちいち、かれこれいいおる。だから、にいちゃんはしゃ くにさわる。なんともいえず、むしやくしやする。おまえも少しはやさしくしてやればいいの に、なんでまた、じいっといじわるい顔してにらめたりするんじゃ。」おじいさんは、いそいで 何かいおうとするノンちゃんを、手をあげてとめ、「まあ、きけ ! おまえはいじわるくなどに らまんつもりじやろうが、だれでもにらむ顔は、あまりいじのいいものじゃないせ。で、まあ、 わしはひとつ、 にいちゃんの身になって考えてみたいのじゃ。」 そして、おじいさんは、にいちゃんの身になって、つぎのようなお話をしました。 てき わら わら 205
わるくち 「こないだ、おれの悪口、先生に、 ししつけたじゃねえか。」 『ムギが大きくなってきたが、ムギ畑へはいって、ムギ 「こないださ。先生があそび時間に、 をぬいたりする者は、この組にはないね』っていったとき、おめえ、『野村さんが、毎日ぬい しいつけたじゃねえか。」 ています』って、 わるくち 「だって、あれは悪口じゃないわ ! ほんとのことじゃないの ! ねえ、おじいさん、ほんと のことは、いわなくちゃいけないんでしよう ? だまってたら、うそねえ ? 」 「なかなかむずかし 「さあ、それは : : 」おじいさんは、おもおもしげに首をかしげました。 もんだい い問題じゃ。長さんが、先生にそういわれて、ああ、わるかった、もうしまいと思うような子 ひつよう どもであれば、わしは、何もおまえがロだしする必要もなかろうと思う。なぜかというに、そ ちょう う気がついたとき、長さんは、もういい子になっとるのだからな。だいじなムギをひっこぬい 、つけねば気がすま たあくたれとは、別の子どもになっとるのじゃ。それでもなお、先生にいし んというのなら、わしはそういう人間を、『シャクシジョウキ』というー」 しいはなちました。 おじいさんは、去」っ。はり、 ちょうきち ノンちゃんは、長吉のほうへ、チラチラ、目をくばりながら、だまっていました。 シャクシジョウギ ! なんてへんなものなのでしよう。ノンちゃんは、そんなものになりた べっ のむら 108
りがさっと流れたのです。それは、ほかの人にわかりやすくいうならば、ノンちゃんを中、いに して、前後にのびている、長いはてしない道でした。そして、道の一方はまっ暗いところへつ づき、もう一方は、あかるい光りのなかに消えていました。あかるい先は、まぶしくて何も見 くら えません。暗いほうは、暗いのだから、なお見えません。ただ、まっ暗くなる少し手まえのほ が、ごよごよたくさ のぐらいところに、なにかーーー生き物です、人間もまじっていました ん動いていました。そのなかに、チョンマゲにゆった小さい子どもがただひとり、地面にしゃ よねん すがた がむようなかっこうで、余念もなくあそんでいる姿が、これだけははっきりノンちゃんの目に うつりました。それがノンちゃんの知らない、おじいちゃんのおとうさんの「子どものとき」 その晩のおかあさんの話はなんだったでしようか。ノンちゃんはおぼえていません。とにか むし く、ノンちゃんは、お話なんかうわのそらで、夢中で「昔」のことを考えていました。「昔」 がノンちゃんをしめつけました。 「昔」でなく、「いま」自分はこうして、おかあさんのお話を聞いている : : : なんというふし ぎなことだろう。おじいちゃんのおとうさんにも、やはりその人のおかあさんから、このよう むし にしてお話を聞いた「いま」があったはずです。でも、それは「昔」になってしまいました。 けれど、「いま」ノンちゃんは、こうしておかあさんといます。「いま」は ! 「いま」はー ばん もの
うに、えさ箱のなかをのぞきはじめました。 けれど、ノンちゃんは、まだちっともわけがわかってなんかいません。 二、二年になったら、き、きっとあたしもつれてくって、いったんだ : うそっきだあ : この最後のことばが口を出たとたん、ノンちゃんはどうしていいかわからないくらいかなし くなり、腰をまげ、地だんだふみながら、ほえるように泣きました。 「お、お、おかあさん、うそっきだあ : ノンちゃんが、おかあさんについて、こんなおそろしいことをいったのは、生まれてこれが よ ` 一め はじめてです。さすがにノンちゃんも、いそいで、まぶたで涙をはたきおとすと、横目でおと うさんの顔をうかがいました。 おとうさんは聞こえないふりをしていました。 ゅうきひやくばい にいちゃんのばかあ、ばかあ、ばかあ : ノンちゃんは勇気百倍し、「にい おとうさんの手がのびて、ノンちゃんはむりに引きよせられました。そして、また鼻をつま まれました。さて、それがすむと、おとうさんは、少しこわい声で、けれども、しずかに、 「ノブ子、おまえ、わからないな。にいちゃんがわるいんじゃない。おとうさんがおまえはっ れてかないほうがしし 、といったんだ。あんなごみごみしたところ、なにがいし また病気にな こ おかあさん、 はな
「きようは、宿題は ? 」と、おかあさんの声がする。 さんじゅっ にいちゃんは、ハッとおかあさんを見る。そうだ、算術の時間に、おしまいの鐘が鳴ったと き、先生が、 とうしやばんおうようもんだい 「では、謄写版の応用問題は、うちでやっていらっしゃい。」と、 さんじゅっ 「うん、あるの、少し。算術だけ。」 「じゃ、それたべたら、しておしまいなさいね。」 ししと田 5 一つ。あとでゆっくりメダカとりにいけるから・ にいちゃんも、そのほうがすっと、 それに、きようは「読み方」がないから、わけはないや。 おやつがすむと、にいちゃんは、まだ自分の分を、チビチビかじってるおまえなんかしりめ ちょうめん にかけて、さっさと二階へあがり、宿題と帳面をにらみはじめる。 じびき さつれきし どうわ まんばこ 「ぼくたちの本箱に本が一五八冊あります。ぼくの本は童話が二十五冊、字引が一冊、歴史の さっざっし さっ 本が十三冊、雑誌が六冊、あとはにいさんの本です。にいさんの本は何冊ですか。」 なんだい、 こんなのやさしいやー : もう一題できちゃった。つぎは : じようきやく 「電車の中に六十三人の乗客がいました。つぎの停車場につき、その中から十五人がおり、あ たらしく八人が乗りこみました。その儀場を出たとき、乗客は何人にな「ていますか。」 さっ しったつけ・ さっ さっ かね 0 209
「いやだアー いやだア ! おとうさんが、ぼくのことぶったア : にいちゃんはそうやって、ずいぶん長いあいだ、やかましく泣いていました。 少しすると、おと一つさんがいいました。 「うるさいやつだ , もうぶたないから、こっちへこい にいちゃんは、それでもまだむこうをむいて泣いていましたが、泣き声はだいぶ、しずかに なりました。 また少しすると、おかあさんが、 「タケちゃん、こっちへいらっしゃい。」といい すると、にいちゃんは、こんどはおとなしくもどってきて、おかあさんのわきへすわりました。 おとうさんは、それを見て笑いました。 「おとうさん、ぶった、おとうさん、ぶったって、だれに、 ししつけてきたんだ ? 氷川様にか ? 氷川様だって、おとうさんはわるくない、そんな坊主は、もっとぶってよろしいとおっしやる ぞ。おとうさんには、ちゃんとわかってる。」 にいちゃんは、こまったように、指のあいだから、おとうさんをのぞき、おとうさんが笑っ ているのをみると、カのなくような声でロごたえしました。「アンナニブッタラ、イタイヤ。」 「いたくたってかまうもんか。おまえはおとうさんの子だから、おとうさん、ぶちたいだけぶ ひかわさま わら ました。 ひかわさま わら 136
「そうじゃないさ。」と、おとうさんはいいました。「あれはね、油が水におちても、水にとけ ないだろ ? そこでひろがって、ハクマク うすい膜になるんだ。そこへ太陽の光線があた くっせつ ってね、七色にわかれる : : : 知ってるだろ、太陽の光線が屈折すると七色にわかれること ? 」 「知ってるよ。プリズムでやったことあるもの。にじだって、そうだね。」と、にいちゃんがい いました。 「ああ : : : だけど、油の膜のときは少しちがう、というのは、膜の表で反射した光線と、膜に かんしさフ うらはんしゃ こうせん はいって裏で反射して、また出てきた光線とが、そこで干渉ーーー助けあったり消しあったりし さみよう て色がついて見える。そこで、ああいう奇妙な模様ができるのさ。少しむずかしいかな。わか 十 / 、刀し」 「うん : : : でも、こんな雨が降ってても、太陽の光線さしてるの ? 」と、にいちゃんが、ふし ぎそうにいいました。 「さしてるさ。さしてなかったら、いままっくら 「はははは。」と、おとうさんは笑いました。 だせ。おてんとさまって、ありがたいじゃよ、 オしか。どんなに曇ってても、あらしの日でも、お てんとさまが、ちゃんと雲の上で照っててくださるおかげで、こうしてみんなの目が見え、お まえたちも勉強できるんだ。」 ノンちゃんには、おとうさんの話がよくわかりませんでしたし、にいちゃんの知ってるとい わら もよう こうせん こうせん あぶら はんしゃ こうせん
きゅう、 : フか いののそばへ寄ったり、しまのをかかえたりする。わしは、 ったい何魚かと思って、急降下 / しか。黒いのは、黒い海水着のおと した。ところが近・ついてみると、なんじゃい、人間じゃよ、 小さい娘とむすこだ。 うさん。赤としまは、 わしは、あらためて陸をながめた。そこは海水着をきた人間が泳ぐには、陸から遠すぎる。 しかし、か なんで、その三人は、もうタぐれどきというに、こんな場所で泳いどるのだ : およ りにも、そう思ったのは、わしのうかつじゃった。三人は泳いどるのじゃない。流されとるの きゅ・つ・う・か だ ! わしはおどろいて、いよいよ急降下 ! もう子どもたちは、両わきから父親にしがみつ わす くまて きはじめた。わしは、三人に気づかれてはこまるなどということは忘れて、やにわに熊手で三 人をひっかけ、流れのそとへひつばりだした。もちろん、おとうさんも必死に泳ぐ : そのうち、ようよう三人は、おだやかな波のうねってる場所まで泳ぎついて、ひと息もふた くまて 息もついたよ ! わしは、熊手でぐっとささえあげた。 父親は、そんなことは少しも知らぬ。しばらく死んだように浮かんでいたが、やがてむすこ をかかえなおすと、娘のほうをふりむいた。 「ハナ子 ! 」 ( その子はハナ子というなまえじゃなかったが、ま、ハナ子ちゃんにしとけ。 ) ハナ子ちゃんは、おとうさんのほうを見た。 およ およ なにざかな ひっし かいすいぎ 218
くはありませんでした。 「わしは、シャクシジョウギもすかんが、先生にそう注意されて、またやるようなばかもすか んなあ ! 」 ちょうきち こんどは、長吉が、チラチラ、ノンちゃんを見ました。ふたりは、チラチラ、見あいながら、 だまっていました。 「さて、わしがすきなのは : : : そうだ、それをいうまえに、ノン子ちゃん、ひとつ、ムサシ君 しさつじき の話をしてもらおうじゃないか。どうか、それも正直にやってもらいたいもんじゃなあ。」 ノンちゃんは、はっと気がっき、三たび、遠い空に目をはしらせながら、おおいそぎでにい ちゃんのことを考えようとしました。 これからがたいへんなのです。にいちゃんの話は、おとうさんの話のようにかんたんに、お しさフじき かあさんの話のようになごやかにすむはずはありません。にいちゃんの話を正直にすれば、そ げんかし れは長い長い「きようだい喧嘩史」でした。けれども、おじいさんはいま、「シャクシジョウ しいました : ししでしょ一つ。 ど一つい - つよ一つにエ自したら ギ」はすかんと、 そうだ、 にいちゃんのわるいところはあとにして ( それはいすれ出てこなくてはならないこ とですから ) にいちゃんのあだなの話からしよう、と、ノンちゃんはきめました。おじいさ んも、それを聞きたが「ているのですから。ノンちゃんは、おなかに力を入れ、ひと息すると、
「もっとゆっくりしてー・」 「なぜ ? 」びつくりしたようにききかえされて、 「落ちるとこわいからー・」 「おかあさんが待っとるぞ ! 」 「きようは待ってないの ! 」 おじいさんは、なおびつくりしたように、 「何をいっとる ! 待っとるぞ。」 : いないんだもの。」 「待ってないの、きようは : おじいさんは、こんど、少しおこったように、 「わしが待っとるといえば、待っとるんじゃ。おまえもなかなかきかん子じゃな。おかあさんが、 おまえをおいて、どこへいく。いつもおまえをはなれたことなどないのじゃ。」 「いつも ? 」ノンちゃんは、いままでギ = ッとつぶっていた目を、いそいであけ、「いまも ? 」 「いつでもじゃ。」 とら ノンちゃんは、はりこの虎にされながら、そこらじゅうを見まわしました。 「そうキョロキョロするな ! 」おじいさんがしかりました。「キョロキョロするから、なんに も見えん。目をつぶれ ! 」 241